Solar eclipse
いつもはただの風景でしかないはずの空の違和感に誰も最初は気づかなかった。それぞれのエリアにふさわしい色に空をほのかに染めていたはずの太陽が、いつしかどのエリアから見ても銀箔のように輝いていたのだ。あらゆるエリアに差し込む光はいつになくまぶしく、デュエルに興じるデュエリスト達がデュエルディスクのモニタを見るのに支障を来すまでになっていく。


ここまできて、ようやく彼等はおかしいと思い始める。いつになく伸びる影が長い。まるで金色の雨が降り注ぐかのようだった。気づけばアバターの中まで射通す錯覚まで覚えてしまいそうになる。明るく乾いた光は鏡の破片でも振りまいているのかというほど強烈なものとなっていた。


彼等は驚く。リンクヴレインズに季節はおろか、時間設定などない。エリアごとのコンセプトに見合った演出はあってもすべてはデュエルモンスターズをするためのお膳立てにすぎないのだ。なによりもここは現実世界ではない、仮想現実だ。ただでさえ全盛期よりサーバの能力が落ちている今のSOLテクノロジー社が無駄な演出に力を入れるだけの余裕はない。ならこれはなんだ。なんの予兆だ。太陽とされているオブジェクトを直視したところで目は焼けない。見上げた彼等が目にしたのは、赤く熟した円盤のように輪郭のはっきりとした太陽である。まさに灼熱だった。もし現実世界なら火を噴きそうなほどの熱した光線を激しく大地に注ぐだろうが所詮はエフェクト、そこまで強烈なものではない。


なんだなんだ、と1人が顔を上げればつられて周りが顔を上げる。あっという間に太陽はリンクヴレインズのユーザー達の注目の的となる。あ、と声を上げたのは誰だったのか、わかる者はいない。少しずつ世界が暗くなり始めたのである。


「日食だ、初めて見た」

「なんかのイベントか?」

「でも公式はなにもいってないよな?」

「でもさ予告かもしれないぜ?」

「たしかに。なんだろーな」


好奇心を刺激されたのだろう、彼等は口々に期待を口にする。もちろん隙あらばリンクヴレインズをのぞいている島も例外ではなかった。


「部長、部長、日食ですよ!なにこれ、すげー!」


端末を差し出す島に部員達が群がる。金環日食の仕組みは頭で理解しているものの、実際に人工的な映像とはいえ目の前にすると理屈抜きに感動してしまうのは人間の性である。周りで誰もが同じものを見て、おー!と歓声を上げる光景はある意味感動的なのかもしれない。ましてや現実世界では島達の生きている間はまずここまできれいな金環日食はみられない、と言われているのだから。ここにいる誰も実際に金環日食を見たことはなかった。


「ここまできれいなのは僕も見たことがないですね、なにかのイベントかな?」

「楽しみですねー」


無邪気にはしゃぐ部員達の隣で、葵は考え込む。


「財前さんも気になります?」

「和波君」

「僕も気になっちゃって。お見舞いに来てくれた財前さんのお兄さん、そんなこといってなかったな。財前さんなにか聞いてます?」

「いいえ、私もよ。なにも聞いてないわ」

「ですよね。お姉ちゃんもパソコンさえあればできる仕事は少しずつ始めてるんです。だからちょっとずつイベントに必要なプログラムの調整とかで唸ってるんですけど、今回のことはなんにもいってなかったなあ。面白そうなことならこっそり教えてくれるんですけどね……駄目だけど」

「あはは、そうなの?駄目じゃない」

「しー、ですよ、財前さん。島君たちに怒られちゃう。僕も時々テスターとして呼ばれたりするので、言っちゃ駄目なことたくさんあるんですけど、やっぱり知らないや」

「和波君に話しちゃうから教えてもらえないんじゃない?」

「え、そっちです……!?ハブられてる……!?」


耐えきれなくなったのか葵は笑った。

(金環日食ねえ)

和波の体を現在進行形で操作しているHALはためいきだ。SOLテクノロジー社のスケジュールにはイベントの予告は見当たらない上に、外部からハッキングされた形跡があるのだ。どうみてもハノイの騎士かグレイ・コードによる犯行予告である。

(凶事の前触れって言うが、どんないわれがあるんだ?)

こっそり端末を操作する。和波はゴーストとして《魔弾》デッキのテストプレイに忙しいのだ。きっと今日も朝から夕方、厳密には遊作がログインする可能性がある放課後までネームドキャラ、一般ユーザー、問わずデュエルをし続けているに違いない。今日帰ったらそのデュエルログを確認して、またひとつHALは和波のバックアップを強化しながら《魔弾》のプレイングを学ぶことができる。

あの青年が来てから、たぶん和波は一度も遊作達と会ってないことになる。HALが代行しているからだ。気持ちはわかる。青年は和波が姉にしようとしたことはこうだと現実に突きつけているも同然の存在なのだ。目にするだけで強烈にこみ上げてくる激情のはけ口を和波は求めている。もし姉が死んで復活の儀式に手を出したとして、応じてくれるかどうか、なんて和波が一番わかっていた。でも実際にどうなったかを見せつけられてしまったのだ。サクスは遊作達に出会えないまま、突き進んでしまったもう1人の和波だと言って差し支えない。きっと歩むはずだった道によっては、またグレイ・コードに戻ってしまう未来だってきっとあったはずなのだ。

(ま、どっちだっていいんだけどな。誠也はどのみち俺様の手を取ってくれる。今んとこは、だが)

懸念材料はやっぱり藤木遊作だ。遊作がゴーストをユーレイさんじゃないかと思い始めている。HALは早すぎるんじゃないかと思ったが、和波は和波なりに考えがあって複製のデータを中途半端に残したのだ。こればかりはHALが立ち入れない場所である。

まあ、結果的に遊作はゴーストがなんの躊躇もなく青年をただのデータに還そうとした。それを目撃したという事実だけが残った。それについて疑念を抱くにしろ、深入りするにしろ、どのみち行動を起こすとわかっただけで儲けものだ。どう動くのかわかるだけでもだいぶん違う。

とりあえず、和波には《魔弾》デッキをものにしてもらわないと、それをトレースすることで自身の複製を作るHALは次の段階に進めないのである。

(凶事、凶事)

HALは検索をかける。データを収集する。

古代から凶事として恐れられてきた日食が運営の予告なく行われた。太陽はすべての生命の根源であり、世界を明るく照らす重要な天体であることは古くから認識されてきた。その太陽が変形、時には見えなくなる日食は重大な天変として人々に関心を持たれてきた。複数の神秘的な力の対立や争いをかき立ててきた。なにかのイベントにしては意味深すぎるのだ。深読みが好きなユーザーたちは討論に忙しい。


(月が太陽を侵食するから一種の天変地異ってわけか、なるほど。人間はおもしろいことを考えるもんだ。こればっかりは羨ましいというか、なんというか)


当時の人々が持っていた知識を総動員して理由付けしてきた、今となってはただの伝承にすぎない話を読みあさり、HALに浮かんだのは笑いだった。


(これだから人間はおもしろいんだ)


「でさー、聞いてくださいよ。俺の家のパソコン、サーバがウィルスにやられてたみたいで、全部買い換えるはめになったんですよ。業者が補填してくれるからまだいいけど」


気づけば鈴木が愚痴っている。匿名で送った通報に会社があわてて対応していることはニュースでも話題になっている。そりゃハノイの騎士がハッキングしている様子を動画にして送りつければ嫌でも対応せざるを得なくなるだろう。サイバースの風が吹いていると言うことは、リンクヴレインズとネットーワークが不正につながっている証でもあるのだ。スピードデュエルができる時点でハッカー達の不法地帯となるのは目に見えていた。ただでさえハッカー人口が多すぎるのだ、この街は。気を抜けばすさまじい損害が出てしまう。


「それまでレンタルで旧式デュエルディスク使うはめになっちゃって。あーあ、ついてねえ」

「お、藤木とおそろいじゃん、鈴木」

「ほんとだ、一緒ですね」

「そーいや藤木は?」

「今日は用事があるそうです」

「そっか」


ぱんぱん、と乾いた音がする。部員達はおしゃべりをやめて近くの椅子に座る。


「さあ、そろそろミーティングを始めようか。今日は、そうだな。ハノイの騎士が起こしたサーバのハッキングにちなんで、コンピュータウィルスに感染したときどうしたらいいか対処法を勉強してみよう」


(お、タイムリーな話題じゃん。真面目に聞かねーとな。……ついでに財前に今のウィルスバスターなに入れてるか聞いてみるか。用心に越したことはないしな)


HALは和波がいつもしているように手帳を広げながら部長の話を聞き始めたのだった。


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bkm






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