さよならのかわりに14
遊作の夢の中の世界は、いつだって背景がない。どこにいるのかわからない。輪郭すら曖昧な白の真ん中に6才のころの遊作が立っている。誘拐されて半年間監禁されていたときの服のまま、遊作は立っている。


『ねえ』


いつもの声がする。救出された6人の中にはいなかった声。あいつ、の声。今なおロスト事件の首謀者にとらわれているのだとしたら何が何でも助けなければならない相手。それは少なからず、何もできなかった自分を救い出すためでもあるのだと遊作は知っている。あいつ、に当時の自分も投影しているのだ。あいつを助けて、なにか話すことができれば、この悪夢は終わるんじゃないかと。


『どうして助けてくれなかったの』


この一言さえいってくれれば、遊作は自分を責めることができた。でも、キミはここから出られる、といってくれたアイツは、出られない自分の境遇について一切言及しなかった。励ましてくれた。なにもいわないままお別れした。ばいばい、またね、最後の言葉はなんだったか思い出せない。おかげで遊作の良心はずっと悲鳴を上げている。夢の中ですら、あいつは責めてくれない。


『どうしておいていったの』


他の誰かを助けるために自己犠牲をした誰か、を遊作は知っている。残されたものの痛みも知っている。だから遊作は他者を巻き込むのが嫌なのだ。助けて、と手を伸ばしてくれたのに、最後までその手を取ることができなかった男の子がいるから、なおさら。

幽霊になってなお閉じ込められているのだと信じてやまなかった。成仏できない可哀想な男の子だと思っていた。和波と知り合って、グレイ・コードというハノイの騎士に所属していながらより過激な犯罪を行うサイバー犯罪集団を知ってしまった今ならわかる。あの男の子は和波のように体を乗っ取られ、精神だけ電子体に変換されて閉じ込められていたのだ。和波と境遇があまりにも同じだ。真っ暗は嫌だと泣きわめいた男の子の悲痛な叫びが耳にこびりついて離れない。電子体だから触れなかったし、機械の中を自由に行き来できたし、死んだわけじゃないから幽霊のように浮かんだりすることができなかったのだ。心が死んだら廃人になるからグレイ・コードに拉致された者たちは発狂することを許されない。男の子が正気を取り戻すのは遊作達とふれあえるときだけだとわかったから、定期的に無理矢理交流を持たされていたのだ、と気づいてしまった遊作は目の前が真っ黒になる気がした。知らなかったとはいえ、つらすぎる現実に引き戻す手伝いをしていたのだ。しかも遊作は男の子が解放される前に保護されてしまった。あの男の子はどうなったんだろうか。空っぽになったあの部屋を見て、なにかいわれていないだろうか。拉致された人間は絶望の果てにグレイ・コードの工作員となるようだから。ここまで考えて遊作はため息をつく。


だめだ、悪い方向に方向に思考が働いてしまう。ゴーストがあの男の子の可能性はきわめて高い、と思うのだ。初めて会ったときの第一声からすべてぴたりと何もかもが符合してしまう。和波のようにマインドスキャンに目覚めたわけではないだろうが、グレイ・コードはそもそもサイコデュエリストの片鱗がある人間を好んで拉致っているのだ。あの男の子だってきっとなにかあったはずだ。表だって動けないということは、きっと和波のようにSOLテクノロジー社のあの技術を使うことでスキルにサイコ能力を落とし込むことで日常生活に帰還できた可能性が高い。SOLテクノロジー社がロスト事件の首謀者である可能性が高い今、その恩恵にあずかっている人間の1人だとしたら、ゴーストも表だって動くことができないのだろう。きっと。和波のようにHALという強力な助っ人がいるわけじゃない。だからイグニスを欲しがったんだろうか、とも思う。ぐちゃぐちゃな思考回路は収集のめどが立たない。


「和波に聞かなきゃいけないのは、3つ。ひとつ、マインドスキャンの由来。ふたつ、Dr.ゲノムたちへの復讐内容の確認、みっつ……ユーレイさんを知ってるかどうか」


いつの間にか眠ってしまったようだ。机の上で目を覚ました遊作は、全然疲れがとれないまま惰性で学校に向かった。


放課後、屋上に呼び出された和波は遊作がすでにきていることに驚いた。

「草薙さんのとこじゃダメなんです?」

遊作は首を振った。

「これは俺の個人的なことだからな」

「はあ」

「和波、お前に聞きたいことが3つある」

「はい、なんでしょうか」

「ひとつ、和波のマインドスキャンだが、そのスキルはお前のサイコ能力を抑えてる専用スキルのモデルに作ったのか?それともスキルはあって、それに無理やり変換してるのか?」

「どうしてそんなこと聞くんです?」

「これから聞きたいことに通じてるんだ、答えてくれ」

「そうですか。実は僕のスキルの名前にはモデルがいます。インダストリアル・イリュージョン社名誉会長、デュエルモンスターズの生みの親である人です。この人はなんらかの理由で僕みたいに後天的にサイコデュエリストになったそうです。僕が巻き込まれた闇のデュエルは、決闘王が仲間たちと戦ったグールズがまた再結成されたことによるものでした。フランキスカはその会社の後継者たちがペガサス会長を復活させようとした研究に深くかかわっていたんです。すぐに気付いたんでしょう、手駒の変化に。マインドスキャンだといったのは、僕に闇のデュエルを仕掛けてきたサイコデュエリストでしたが、それを通信で報告したら簡単にではありますが詳細を教えてくれました。スキル自体はSOLテクノロジー社が不正なカードを使用していないか監視したり、テストプレイのために用意したものでしたから、名前は特についてませんがありましたよ」

「そうか、ありがとう」

(つまり、あの男の子は運営側が作成したスキルを使えた、のか)

「藤木くん?」

「いや、わるい、大したことじゃないんだ。なあ、和波。そのスキルは和波のお姉さんが作ったのか?」

「うーん、どうでしょう?誰が作ったのかまではわかりません。聞いてみないと。ただ、リンクヴレインズの開始前、B版の頃からあったのはたしかみたいですよ」

「そうか」

「はい」

(それもリンクヴレインズ運営開始前の段階で存在したスキルを)

「藤木くん、ほんとに大丈夫です?」

「ごめん、どこから話していいかわからなくてな」

「はい?」

遊作は昨日の出来事について話した。

「…………僕すっごい寝てました、そんなことがあったんですね」

嘘だなと心が読めない遊作にだってわかるくらい、和波には苛立ちが浮かんでいた。遊作にぶつけないのは互いに不可侵だと暗黙の了解があるからだ。

「ふたつ、和波はどうしたい」

「どうって?復讐したいに決まってるじゃないですか。僕は真実なんてどうでもいいです、僕にあんな目に合わせた人たちが許せない。僕以外の誘拐されてる人たちを助けたい。具体的にはHalに食べられちゃえばいいと思います」

やはり和波は相手を電脳死させることに躊躇はないらしい。

「復讐といっても、草薙さんと藤木くんの具体案が違うように、僕たちもきっと違いますよね」

「そうだな」

「僕は正直フランキスカから聞かされたから真実はわかってます。だからどうでもいい」

「でも俺たちはまだわからない」

「そうなんですよね、そこがネックになるだろうなとは思ってました。草薙さんもたぶん直接手を下したいタイプだと思うので、かち合っちゃう。……でも、草薙さんも藤木くんもフランキスカの件にはかかわらないでいてくれました。今度は僕が返す番です。ロスト事件のことがわかるまで、僕は待ちます。わかってから考えましょう」

「ほんとか?」

「はい」

「ありがとう、和波」

「お礼をいうのは僕の方ですよ。順調なのも元を辿れば藤木くんたちのおかげなんですから」

「それでも、だ」

「というわけで、僕ももう少しだけ一緒にいていいでしょうか」

「もちろん」

「ありがとうございます」

「とりあえず共同戦線は継続で」

「そういうことになりますね、よろしくおねがいします」

和波は遊作と握手を交わした。

「さいごにみっつ」

「はい」

「……和波はグレイ・コードに誘拐された被害者たちについて、なにか覚えてることはないか?俺がさっき話した男の子のこと、とか」

「本命はそれです?」

「ああ」

「……たくさんいました、それくらいの子供たちは。だから、藤木くんがあいたいユーレイさんが誰なのかはわからないです。僕たち、ナンバーで呼ばれてたし、なにかさせられるときは誰かの体に入れられてその体の名前で呼ばれてたから」

「そうか」

「お役にたてずすいません」

「いや、いいんだ。ユーレイさんがあの時の男の子かもしれないって確証が得られたから」

「番号がわかればなあ。HALが持ち帰ってくれたデータから照合できるんですが」

「番号、か」

「はい、番号です。ちなみに僕は11ですね」

「11……」

遊作は静かに首を振る。思い出せそうになかった。


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