さよならのかわりに13
(きみはだれ)


その一言がどうしても聞けなかった。モニタの向こう側でデュエルをしているのがAIではなく誘拐されていた誰かだとしたら。遊作が食事にありつけた向こう側で誰かが電気ショックと飢餓に苦しんでいたとしたら。遊作とあの声しか知らないこの男の子が遊作が死に追いやったのだとしたら。



男の子は表情が抜け落ちていて、呼びかけには反応するけれど、とても無機質な男の子だった。遊作が寝ても起きてもそこにいて、目の前にある数字のモニタの向こうでぼんやりとしている。いないときは遊作の代わりに端末に入り込んでデュエルをする。どちらかだった。


そのうち、少しずつ遊作の声に反応するようになった。精霊かと聞いたら、首をこてんと傾げられた。ユーレイさん、とよんだら悲しそうな顔をした。そのうち、遊作をじっとみているようになった。ここに連れてこられたばかりの遊作くらいの男の子だ。


ねること、おきること、デュエルすること。遊作だってできた、いやしないとしぬとわかっていたから必死だった最低限の人間らしさ。生きることはそういうことだ。


でも男の子はデュエル以外に興味を示さない。遊作が寝ているとき、ご飯を食べているとき、男の子は遊作のデュエルをする機械に入り込み、デュエルをしている。気づいたのは、遊作が負けたはずなのにご飯がでてきたからだ。いきなりマスタールールからスピードデュエルにルールが変更されて負け続け、電撃ばかり浴びていたらデュエルする気力すらうかばない、訓練された無気力状態となった。男の子はお構いなしでデュエルをし続け、遊作は突然現れたご飯などで生きる気力を取り戻していった。ようやく何かいると気づけるまで元気になった遊作がデュエルをするといつも傍に、あいつ、以外の気配を感じた。それがどうやら男の子であり、機械に入れるらしいと気づいたのはずいぶん経ってからだ。


はじめはありがとう、っていった。うれしかった。しんじゃったユーレイさんのかわりにごはんをたべるのは戸惑いもあったけどお腹が空いていた遊作は我慢ができなかった。生きることに一生懸命になると案外人は悩まないと知るのは、ここから出られたずっと後の話である。


男の子がデュエルにしか興味を示さないと気づいてしまった遊作は怖くなった。あの声がなかったらきっと遊作はこのこみたいになっていたに違いない。あの声も男の子が見えるみたいで、男の子にユーレイさんじゃないなら、遊作の真似をしないとほんとうにユーレイさんになるよといった。ユーレイさんじゃないなら、ごはんをたべて、おやすみしないといけないよ。


遊作もそう思ったから男の子にいった。おはよう、こんにちは、いただきます、ごちそうさま、おやすみなさい、男の子に聞いてもらうためにいいはじめたあいさつ。繰り返し繰り返し呼びかけていたら、ほんの少しだけ光が戻った。


「は、よ、ございま、」


遊作はうれしくなった。


「おはようございます」

「ございま、」


6さいくらいの男の子だ、学校にいくための準備だからきっと遊作みたいに覚えていたはずのあいさつ。誰もいないと忘れてしまう言葉たち。遊作がとりもどした言葉たちでもあった。たどたどしいけど男の子は笑った。男の子はちょっとずつちょっとずつ遊作のまねっこをはじめた。ユーレイさんだから毛布はかけられないし、すり抜けてしまう。でも寒そうだから遊作は2人でねむった。ユーレイさんがいるといつも部屋の中はほんの少しだけ寒いし、時々モニタがおかしくなるけど構わなかった。あの声もうれしそうだった。






お別れは唐突にやってきた。遊作が目を覚ますと男の子がいない。あれ、あれ、と辺りを見渡すと数字が刻まれた壁に向かってひどく怯えながら男の子が話しかけているのが見えた。不思議に思って近づいてみる。


「どうしたの?」

「……おむかえ」

「え?」

「きた、おむかえ、ぼく、もどった、から」

「お迎え?」


こくんとうなずく。 ガタガタ震えてしゃがみこんだ男の子は耳を塞ぎ、目を塞ぎ、やだー!と部屋いっぱいに響く叫び声をあげた。遊作には聞こえないなにかが男の子を迎えにきたらしい。


「やだー!いるー!!ここにいるー!!くらいのやだー!!こわいのやだあー!!」


わんわん泣きわめく男の子は、今までなく大きな声を出した。あの世に行くわけじゃないらしいことくらい、遊作だってわかった。尋常じゃない怯え方だ。また閉じ込められる、そう男の子怯えている。遊作には見えないなにかは男の子を閉じ込めているのだ。


「なんで?やだ、や、おこらないでよ!え?だっ、そんなむずかしいこといわれてもわかんないよぉ」


ぐずりはじめた男の子にぴかぴかと壁が光る。


「やだ、やだー!おうちかえる!かえしてー!だしてー!くらいのやだー!!」


わんわんなきはじめた男の子を咎めるようにぴかぴかが激しくなる。男の子はいやがっているらしい。ユーレイさんだからお迎えがくることはわかってた、でも男の子はすごくいやがっている。遊作は壁を睨みつけた。


「君が誰かは知らないけど、この子はぼくと一緒にいたいって!」


ぴかぴかは激しくなる。あぶないって声がして、気づいたら遊作は後ろにいた。かわりに男の子が倒れている。そしてどろりとくろいどろりとした液体が溢れ出した。ぞっとするほど真っ黒な液体はあっというまに男の子を飲み込んでいく。遊作はあわてて助けようとしたけど名前がわからなくて、だめっていうしかできなかった。


でもくろい液体は男の子をごくりと飲み込んで、ごきゅごきゅぼりんばりんって怖い音を立てた。なにがおきたかわからなかった。遊作は声が出なかった。呆然と立ち尽くしている遊作に、ぎょろりと黒が目を開いた。ぞっとした。そして、へんな音がたくさんして黒は男の子の姿になる。

「なにしたの」


黒くなった男の子は数字の向こうに消えて行く。


「あの子はやだって、やだっていってたのに!」

「またね、ゆーさくくん」

「あの子の声でまたねっていうな!」


黒いあの子は絶対にしないような笑顔を浮かべていった。


「またね、だ。心配しなくてもまた会えるさ、壊れたらまたよろしく頼むよ」


黒いあの子は、あの時みたいに数字の壁の向こうに消えてしまった。遊作は後悔した。名前、聞けば良かった。そしたらあの子が黒いやつに呑み込まれるとき、止められたかもしれないのに。


止められないことをまだ遊作は知らなかったのである。



「なあ、遊作。その男の子って、和波君じゃないのか」

「違う」

「なんでそう言い切れる?その男の子がつかったスキルは、マインドスキャンそのものじゃないか」

「違う。だって和波がマインドスキャンに目覚めたのは5年前、闇のデュエルに巻き込まれたときだっていってただろ、草薙さん。俺がユーレイさんに会ったのは10年前だ。それきり俺はユーレイさんに会ってない。会えてないんだ。半年の間に無気力状態になるたびに俺のところに送られてきたんだ。俺が保護される一週間前にも。でも、それきりだ。それきり俺は会ってない」

「……そうか、そういえばそうだったな。悪い、先走った」

「いや、俺も和波の話を聞いてなかったら、もしかしたら、とは思った。この研究所はデンシティだ、それも俺たちが監禁されてた施設となにか関係あるはず。Dr.ゲノムがいる時点でロスト事件に関わってたはずだ。俺が強要されたスピードデュエルは、少なからず和波が強いられてたものとつながってたのかもしれないな」

「ユーレイさん、か。誰なんだろうな、この子。ロスト事件の被害者に死者はいなかったはずだよな」

「ああ、俺たちが保護された施設に死者はいなかった。そう聞いてる。保護されたときはもう極限状態だったから、あの施設に誰がいたかなんて覚えてないんだ。あの部屋から出られたのはあの一度きりだ」

「覚えてないのも無理ないさ、気にするなよ。俺もそう聞いてるからな」

「でもグレイ・コードの誘拐事件で帰還できたのは和波だけなんだろ?他の奴らはたいてい絶望して工作員になるらしいからな。もしかしたら、ユーレイさんは……」

「和波君が来たらまた聞いてみよう」

「ああ、そうする。もしかしたら、とは思ってたんだ。でも和波の誘拐事件は海の向こうだろ。デンシティじゃない。だからグレイ・コードが世界規模のサイバー犯罪集団だということを考えたら、確証がないときりだせなかったんだ。和波につらい過去思い出させるつもりはない。アイツは俺たちのことを何も聞いてこないからな」

「聞かなかったことにしてくれてるのは感じてるよ。だから俺たちはグレイ・コードに関しては関わらなかったんだからな」

「でも、Dr.ゲノムがグレイ・コードの幹部も務めていたのなら、話は別だ。あいつは復讐を望んでる。一度話を聞かなきゃならない」

「和波君はグレイ・コードから脱出するときに、たくさんの人間を電脳死させたっていってたな、たしか。今更戻れないともいってた」

「ハノイの騎士を電脳死においやりかねなかった俺がとやかくいうことじゃない」

「たしかにな」


いつだったか、アイがハノイの騎士をもろとも捕食したことがある。あのとき、遊作はハノイの騎士が遠隔操作されているAIだとリンクセンスでわかっていたが、もしわからなくても躊躇無く捕食を止めることはなかっただろうと思うのだ。あの時点ではSOLテクノロジー社、ハノイの騎士、ロスト事件の首謀者たちが何処の人間だったのか想定しうる人間はすべて復讐の矛先が向いていた。真実を知るために必要な犠牲だとも思っていた。初めこそ驚いて、おい、と止めようとはしたが、最終的に絶叫が響き渡る中アイが取り込むのを見ていたのだ。フルダイブした人間なら電脳死直行である。この方法で和波が脱出したというのなら、誰が咎めるというのだ。イグニスという存在がSOLテクノロジー社によって隠匿されている今、HALの力を借りて行った罪を誰も咎めることはできない。


「和波はグレイ・コードの関係者の抹殺と被害者の奪還を願ってる。Dr.ゲノムがその対象になるのなら、ロスト事件の究明まで待ってもらえるか聞かないといけない。それにユーレイさんについてもだ。気になることがある」

「なんだ?」

「ゴーストがいってたんだ。ゴーストって呼び始めたのは俺が最初だって。……まさかとは思うが」

「単純に考えるなら、そうかもな。遊作、ユーレイさんの声とか姿とか覚えてないのか」

「覚えてる。覚えてるさ。忘れようがない。でもゴーストは一度だって基本アバターのまま姿を現したことはないんだ。そんなのわからないに決まってるだろ」

「一応聞くけど、和波君じゃないんだな?」

「……和波じゃない、と、思う。声変わりとかされたらわからない、けど」

「もし和波君ならなんで話してくれないんだろうな」

「……怒ってるんじゃないか。俺が、おいてったから。何度も助けてって手を伸ばされたのに、俺はなにもできなかったから」


手をキツく握りしめ、遊作は唇を噛む。


「あんまり自分を思い詰めるなよ、遊作。お前だって異常な状況だったんだからな。ユーレイさんの状態だったなら、触れなかったんだろ?」

「……ああ、一度もその手を取れなかった」

「じゃあ、無理だ。あのときのお前には無理だった。でも今は違う。もしゴーストがユーレイさんだったなら、生きてたってことじゃないか。和波君みたいに脱出できたってことだ。俺たちはサイコデュエリストとしての和波君しか知らないけど、もしかしたらマインドスキャンって言うスキルがあるかもしれないだろ。それを転用してプログラムに和波君が落とし込んだって可能性もあるんだ。可能性はいろいろある。とりあえず、喜ぶところは喜んだらいいんじゃないか」

「そう、だな」

「しかし、おどろいたなあ。ゴーストがまさか和波君が探してるグレイ・コードの被害者の1人かもしれないってのは。もしかしたら、仲間にできるかもしれないぞ、遊作。ユーレイさんなら遊作のことを気に入ってるのだって説明がつくじゃないか」

「……ああ」

「はは、一気にいろんなことが起こりすぎて頭が混乱してるみたいだな。だいじょうぶか、遊作。そろそろ休んだ方がいいんじゃないか?」

「そうする……」

「おう、そうしろそうしろ。この兄さんはとりあえず俺が預かっとくよ」

「ありがとう、草薙さん。お休み」

「お、まてまて、近くまで送ってくぞ。さすがに今のお前じゃちゃんと帰れないだろ。とりあえず助手席に座れよ」

「……ああ」


prev next

bkm






×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -