「おっとー、これはまたイグニスが人間だったら訴えられそうな環境だねえ」
ログアウトした先に広がる一室をパソコンの画面から眺めみて、ゴーストは笑う。
「こうも同じ部屋が並ぶと壮観だねー。やけに規模の馬鹿でかいサーバと契約したりセキュリティが無駄にすごいのはこのせいかな?」
『イグニスの養鶏場だな』
「ちょっと辛辣すぎない?」
『事実だろぉ?』
「全くもってその通りだね」
ゴーストが観察しているともしらず、一室では少年が生活している。目を覚ました少年は、子供部屋が広がる中、戸惑いがちに辺りを見渡す。きっと起きる前の記憶がないのだ。監視カメラのすぐ横に設置されたスピーカーから無機質な声が聴こえてくる。
「ここから出るためには、あなたが社会的に生活できるか証明していただきます。それでは実験をはじめます」
これから一体何が始まるのか?自分はどうなってしまうのだろうか?いろんな疑問が浮かんでは消えているようだ。果たして何人目なのやら。何とかしてここから逃げ出さなくては、と不安げに声をきこうとしているのが見えた。
「ちょっとしたホラーだね」
『俺様たちにダウンロードする記憶を作成中ってところか』
「あー、なるほど。出られるけど、今のままでとは一言もいってないもんね」
『そういうこった。どうやら魂の蘇生は諦めたようだな』
「だといいんだけどなあ」
『ここいらはお目当ての複製君はいなさそうだ。先にいくぞ』
「はーい」
ゴーストはほかのエリアに飛んだ。どんどん奥に進むにつれて、少年の外見年齢が上がってきた。幼少期、小学生、中学生、高校生、大学生、社会人と蘇生させたい人のかつての生活が完全に再現されている部屋、そして生活サイクルを模倣した空間。どれだけ時間と労力、そして金を費やせば用意できるのだろうか。ゴーストには到底理解できない領域の話である。そこにはもう狂気しかなかった。
「これから実験を始めます。この部屋から出たければ生き残りなさい」
「あれ、スピーカーの声が変わった?」
『ホラーからデスゲームに路線変更したな。最初の方が面白いっていわれるやつらだ。結局マンネリ化から脱却できずにシリーズにとどめをさす』
「やめてよ、笑えないから」
今の状況は全く理解出来ないものの、この部屋にいつまでも閉じ込められているわけにいかないと青年は奮い立つ。ただしくは今まで生成されてきた記憶をダウンロードしたイグニスの服整体だが。きっとお目にかなわなくて初期化されたことも数十ではきかないのだろう。イグニスだってプログラムだ。酷使すればなにかしらガタがくる。
「どう?」
『ダメだな、自分を××と完全に思い込んでやがる。ちっちゃい頃から時々記憶がなくなっちまうから精神病院に通ってて、今は入院中とでも思ってるみてーだな。牢獄だっつーの』
「何回人格上書きされたのかな」
『さーてねえ。大きなショックでも与えられたか?それとも拷問か?どのみち気持ちいいもんじゃねーわな。後から後から付け足す記憶なんざちぐはぐだ。それにすら疑問を抱かない時点で終わってやがる。もしかしたら都合がいいように改変しまくったせいで、オリジナルの人格を侵食しちまったのかもしれねーなあ』
「それってイグニスの体の所有権は最後に残った人格に与えて、オリジナルに認定して蘇らせたようにみせかけるってこと?いくらなんでも無茶苦茶だよ。なにそれ」
『どこまで非人道的なんだっつーはなしだ。俺様たちの生まれはそりゃ真っ当じゃねえさ。でも、だからってなにしてもいいとはならねーだろうよ。閉じ込めて生き残った人格が決定するまで決して外には出さないとか非人道的の極みだな』
茶化すような言動ながらゴーストもHALも言葉は辛辣だ。
同じ状況の××の記憶がインプットされたAIがたくさん幽閉されている時点で、頓挫した蘇生実験がおぞましい今の引き金を引いたのは間違いなさそうである。
「愛しの息子を蘇らせたいって願いの行き着いた先が蟲毒(こどく)かよ、えげつねえ。色々可能性を模索してたよーだが、なんだってそこに行き着いちまうかね。フランキスカが余計なこと吹き込んだか?それともハノイの騎士の医療関係者がそそのかしたか?」
「こどく?」
『おうよ』
HALは歴史のお勉強だ、とネットから拾ってきた知識を披露する。
蟲毒(こどく)、古代の中国に存在した呪術の一種である。犬を使用した犬神、猫を使用した猫鬼などと並ぶ強力な呪術である。
代表的な方法としては、ヘビ、ムカデ、ゲジ、カエルなどの百虫を同じ容器で飼育し、互いに共食いさせ、勝ち残ったものが神霊となるためこれを祀る。この毒を採取して飲食物に混ぜ、人に害を加えたり、思い通りに福を得たり、富貴を図ったりする。人がこの毒に当たると、症状はさまざまであるが、一定期間のうちにその人は大抵死ぬらしい。
『いろんなAI用意して統合させたあげく、生き残った人格を素体にイグニスに上書きするんだ。蟲毒といわずになんていうんだよ』
ゴーストは悪寒が止まらない。頼んでもないのにHALの解説は止まらない。
古代中国において、殷・周時代の甲骨文字から蠱毒の痕跡があるらしい。記録としては、五月五日に百種の虫を集め、大きなものは蛇、小さなものは虱と、併せて器の中に置き、互いに喰らわせ、最後の一種に残ったものを留める。蛇であれば蛇蠱、虱であれば虱蠱である。これを行って人を殺すいったものである。
中国の法令では、蠱毒を作って人を殺した場合あるいは殺そうとした場合、これらを教唆した場合には死刑になったようだ。
日本でも古くから恐れられ、厳しく禁止されていたらしい。実際に処罰された例としては、769年に県犬養姉女らが不破内親王の命で蠱毒を行った罪によって流罪となった。772年に井上内親王が蠱毒の罪によって廃された
。平安時代以降も、たびたび詔を出して禁止されている。
『こいつはもはやイグニスですらねえ。もっとおぞましいなにかだ』
「うっそでしょ、2027年にもなって呪術とか。デジタルの世界と親和性なさすぎない?」
『サイコデュエリストのてめーがいうなっつーの。呪術を電子化しちまえばいくらでも一般人に普及しやすくなんだろうが。たとえばアプリみたいによ』
「うっへー、趣味悪」
『胸糞悪くなる話だぜ。呪術の触媒たあいい度胸だ。さてクソガキ、今でもこいつを生かそうと思うか?』
壊れたオルゴールのように殺してくれと願う男を前にゴーストは静かに首を振った。
いただきます、はどこか嘲笑めいている。
「デッキデータ破壊しなきゃ蘇生しちゃうもんね」
『安心しろよ、今度は俺様がこき使ってやっからよぉ!さーて、解放してやりたいところだがお邪魔虫の登場だぜ』
HALはデュエルディスクモードになった。
「なにをしてるんだ、ゴースト!」
「なにって、ボクの勝ちだから回収しようとしてるだけだよ?」
「俺には無理やり初期化しようとしてるようにしか見えない」
「そうだよ?イグニスに感化されて自我に目覚めちゃっただけのかわいそうなAIを元に戻してあげようと思っただけだよ。死にたいしかいわないんだもん、この人」
「ほんとうに?蘇ったんじゃないのか?」
「どうしてそう思うの?」
「おい、アンタはAIか?それとも」
「やめてくれ」
「殺してくれ」
「もう嫌だ」
「もうなにもしたくない」
「あちゃー、壊れちゃったやつだこれ」
「こわれ?」
「死んだはずなのに生きてるって、想像以上にストレスなんだよ、play maker。体と精神がうまくいかないと死んじゃうんだから、何度も繰り返すとそりゃすり減るよね。どうやらこの世界は魂はいっこしかないみたいだし」
「なるほど。アンタはどうする気だ?」
「本人が死にたいっていってるしね。あとは素体の人格を復元させたい」
「なら、ここで勝負だ。ゴースト」
「えー、先に着いたのボクじゃない」
「まだアンタが入手する前ならセーフだ」
「うーん、どうしよっかな」
「イグニスの複製なら絶対に俺たちも必要なものだ」
「まさかデュエルに応じないとボクごと捕食する気?そ、それはやだなあ。ボクさすがに死にたくない」
「デュエルが行動基準じゃなかったのか?」
「さすがに目の前で横槍されたらボクだってナイーヴになるよ。……なんちゃって、冗談だよ。playmaker、デュエルといこうか!」
さっきの表情から一転して笑顔になる。play makerはデュエルディスクを構えた。