落首事件E
付喪神たる刀剣男士の依り代の鍛刀方法は、審神者の行うそれとはほど遠い。禍々しい、の一言に尽きる。元をたどれば1826年に生まれた生命創造に情熱を燃やすとある天才科学者が各国を放浪した後に極東たる日本に流れ着き、葛葉の勢力下に入ることで実現した研究が元だという。吸血鬼の血を吸った昼から作った血液製剤を使用することで半吸血鬼化しているこの男は、その副作用として太陽の下で生活することができないと。今も時の政府のところで誰にも邪魔されることなく研究を続けているらしいがそれはさておき、この男がもたらしたのは邪法とも言うべき秘儀だった。妖魔同士を合体させ、新しい生命を作り出すという冒涜的な術だったが、妖魔や生命に関する研究を続けているため、時の政府とは協力関係にあるらしい。その研究の副産物としてできたのが妖魔と刀を合体させる剣合体という方法だった。


大道寺が契約している妖魔で溢れかえっている修験場のうち、とりわけ忠誠度の高い妖魔が素材に選ばれる。無機物となれば意思は消え去りただの物体となるのに、たいてい彼等は喜んでその身を捧げる。根本的に価値観が違う生命体なのだとわかってはいても、山姥切はこの行程をまともに見ることができない。自分の立場に置き換えて考えてしまう。1体ではない。たいてい、大道寺が求める刀剣男士の依り代が完成するまで、数体の妖魔がその刀の礎となる。そのたびに彼等はいつの間にかしたためていた文を大道寺に預けて去って行く。時には高価な宝石を忍ばせていることもあった。そのひとつひとつを審神者の部屋にある小箱に入れていることを山姥切は知っている。思うところがあるのなら他の方法を考えればいいのに。


今日も大道寺は朝から依り代の鍛刀に没頭していた。近衛である山姥切はその傍らで見守る。そんなに嫌なら変わるのにといつも歌仙に言われるが、それはそれで嫌だった。かつてはそうだったかもしれないが、審神者として一番最初に顕現したのは山姥切だ。誰よりも早くこの男のところに現れた。大道寺が帯刀している得物にすら嫉妬する歌仙がいるせいか、わりと近衛というお役目は山姥切にとって優越感を覚えるものだったのかもしれない。


鍛刀場さえ妖魔たちの巣窟だった。


「今夜は月がキレイで気持ちがイイねっ!こんな夜は人の頭とか割りてぇよな!キミもそう思うだろォ?」


刀を生成する工具を振り回しながら話しかけられ、山姥切は眉を寄せた。


「思わない、お前と一緒にするな」

「えええええっ、違うのかぁああっ!?うぉ、うぉれはァ、おかしいのかァァァ!?」

「ああ、おかしい」

「そうなのかァァ!うぉ…うぉれは……狂っているかァァァァァッ!」

「ああ、狂ってるな。満月に酔ってるな」

「うぉ……うぉれは……なっ……何がその通りなんだぁぁぁっ!!ぐっ、ぐぉぉぉぉぉぉっ!」



あまりにも大きな騒音に山姥切はたまらず耳をふさいだ。


「いやぁ、満月がきれいだねえ、それもおかしいのかァァァ?うぉれだけかァァァ?キミはあの月を見てどぉ感じる?」

「……きれいだな」

「マッマネすんじゃねぇぇっ!むかつくぞぉぉぉぉうぉまえェェェ!うぉ、うぉれは怒りでぇぇ、とろけそおだぁあ!」」


勢いよく振り下ろされた工具を本体で受け止める。そしてはじき返すとイッポンダタラは狂乱したように飛び跳ねる。


「ぬぬぬぬぬぬぬぉぉぉおお、朝と夜に押しつぶされるぅぅぅ!っつ、つぶれるぅ、た、たすけてくれぇぇええ!」


かと思えばいきなり頭をおさえて悶え苦しみ始めたイッポンダタラ。さすがに尋常ではない苦しみ方に少々かわいそうになってきた山姥切は心配になってくる。


「どこかいたいのか?」

「たっ……たすっ……あぁああああ、おっ、お空の角にかがやくあの星はお母さん、貴方なのですね」

「突然正気に戻るのやめろ」

「つぶっ……つぶっ……つぶつぶおれんじぃぃ、くれ、くれ、んあんでもいいからくれぇぇ!」

「結局それが本命か」


山姥切は懐から霊力をためてある石を投げてよこす。イッポンダタラはそれを上からがりごり食べてしまった。

「くれるのかぁぁぁ!おっけ、これからは、おおはしゃぎぃぃぃ!」

「大道寺、こいつらどうにかならないのか」

「無理言うな、妖魔は満月になると興奮状態になる。これは使役していようがいまいが変わらん。あきらめろ」


はあ、とため息をついた先には、大道寺と共に鍛刀作業に没頭する妖魔がいる。イッポンダタラとかいうアマテラスの岩戸隠れをこじ開けた刀をつくったとされる鍛冶の神が凋落した姿らしいが、どう見ても妖魔にしか見えない。鉄の色を温度で確認するのにたえず目を閉じているためか、失明してしまったかつての神様はそれはもう狂ったしゃべり方で山姥切達を困惑させる。顕現して最初に合う妖魔と審神者、そして山姥切とくれば間違いなく新人は山姥切に救いを求めて話しかけてくる。どういう状況だ説明しろ、毎度毎度説明するのが面倒だがこの邪法が扱えることを期待して審神者になったのだ、大道寺は。やめろは本丸お取りつぶしである。そんなに早まらなくても今回の事変が解決したらお取りつぶしだ、安心しろとは大道寺の談である。どういう意味だと聞いたらはぐらかされてしまったが。


なにはともあれ、何度目になるかわからない妖魔と刀の融合の行程がようやく終わったようだ。


「今回は成功するといいな」

「全くだ」


いつもの無愛想である。本気で思っていないことは明白だ。ここまで入念な下準備をしたところで、ほんとうに刀剣男士が顕現してくれるかどうかはまた別問題である。山姥切たちも付喪神だ、顕現したいかどうかを決めるのは彼等に主導権がある。うまくいかないと大道寺の手元にあるこの媒体はあっけもなく砕け散ってしまう。何度失敗したかわからない。それは大道寺の霊力の属性が原因かもしれない。あるいは顕現して欲しい刀剣男士と相性がわるいのかもしれない。こればかりはどうしようもない。

そして、満月の夜、降臨の儀は行われた。


「大きいけれど小狐丸、いや冗談ではなく。まして偽物でもありません、私が小。大きいけれど、ふふ。ようやく呼んでくださいましたね、大道寺さま」

「お前、大道寺を知っているのか?」

「はい、もちろん。ウタノミタマ様からよくよくお話は聞いております」

「そろそろ顕現するとは思っていたがずいぶんと遅かったな。あの狐にしてはよこすのがずいぶんと遅いと見える」

「……こいつもまともじゃないのか」

「あの狐が直々に宗近と打った刀だぞ、どうして眷属でないと思った」

「いえいえ、正直者の大道寺様と日和見の私とでは相性がもとより悪すぎたのでしょう、仕方ありません。しかし私でこれではまだまだ先が長いですね。大道寺様、霊力の属性が偏りすぎているのではありませんか?少々身の振り方を修正いたしませんと、先が思いやられますよ?」

「めんどうなことだな、まったく」

「ふふ」



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