2週目歌仙とリセット本丸


僕は二振り目の歌仙兼定だ。

僕の主は初期刀として前の僕を顕現させて以来、第1部隊長としてずっと本丸を支えつづけていたらしい。長きに渡る歴史修正主義者との闘いの中で犠牲がでる最中、最初で最後の犠牲者は前の僕だったときかされた。

僕はその意志をつぐべく努力を重ね、仲間と共に池田屋の戦いも勝ち抜き、ようやく歴史修正主義者の最大勢力を撃破することに貢献することが出来た。

主はようやく元の歴史が安定したために、安心して故郷に一時帰省することが許され、僕たちは留守を任された。それが4年前のことだ。

忘れもしない。

本丸に着任してから初めての帰省は1ヶ月と聞いていた。たった3日目のことだ。留守を任された僕たちにこんのすけが時の政府からの緊急伝令を寄越してきたのだ。

主が行方不明になった。携帯を義務付けている電子端末ごと破壊されたようで現在地はおろかあらゆる情報がその日を境に途絶えてしまったのである。

災害、天災、疫病、様々な憶測が流れたが、主と同じ時代の故郷に帰省していた審神者たちがみんな消息不明になっていた。だからその時代になにかあったことしかわからなかったのだ、時の政府もその時代の関係省庁が完全に機能を停止してしまったらしく、結局なにがあったのか僕たちは最後まで知ることは出来なかった。時の政府がわからないのだから、僕たちがわかるわけがないのである。

後からこんのすけに聞いた話だと、もともと主のやってきた時代は歴史修正主義者の歴史改変を端をはっする様々な要因が複雑に絡みあい、その結果いつなにがおこってもおかしくは無いくらい社会全体の情勢が非常に不安定だったらしい。歴史修正主義者の歴史改変が一時的に収まり、比較的に安全になったはずの世界は、時の政府が想定していかなかった全く別の要因により、大変なことになってしまったらしかった。

笑えるじゃないか、僕達ではどうしようもない、歴史修正主義者の歴史改変とは全く関係がないことで主が行方不明になってしまったんだ。

それからずっと僕達は留守を守り続けた。

4年というけれど、僕達の中では、時が流れたことは一度たりともなかった。世界中が動きつづけ、僕達だけが同じ場所に留まっているような気さえした。その期間は殆んど何の意味もなかった。ぼんやりとして実体のない、生温かい4年間だった。何かが変ったとはまるで思えなかったし、実際のところ、何ひとつ変ってはいなかったのだ。

僕達は毎日のように演舞にも遠征にも出たし、歴史修正主義者の残党狩りにも精を出した。は朝七時に起きてコーヒーを淹れ、そんな風にして、カレンダーの数字をひとつずつ黒く塗りつぶしていくように、僕達は生きてきた。

時計を眺めている限り、少なくとも世界は動きつづけていた。たいした世界ではないにしても、とにかく動きつづけてはいた。そして世界が動きつづけていることを認識している限り、僕は存在していた。たいした存在ではないにしても僕は存在していた。人が電気時計の針を通してしか自らの存在を確認できないというのは何かしら奇妙なことであるように思えた。

そして、そんな日々がある日終わりを迎えることになるのだ。



西暦2205年から時の政府は過去へ干渉し歴史改変を目論む「歴史修正主義者」に対抗すべく、物に眠る想いや心を目覚めさせ力を引き出す能力を持つ「審神者」と刀剣より生み出された付喪神「刀剣男士」を各時代へと送り込み、戦いを繰り広げている。

そして「刀剣男士」、「歴史修正主義者」の双方を良しとしない第三の勢力「検非違使」が介入し、戦いは三つ巴の戦いを呈していた。

そんな最中。僕たちが知らないところで、またしても事態が思わぬ方向に転がっていたことをあとから僕達は知らされたのだ。

20XX年、主が行方不明になったなにか、の影響が時の政府の時代にまで及んだのだ。歴史修正主義者も検非違使もかかわっていない事象がきっかけだけに、時の政府はどうしようもなかった。

時の政府の本部がある時代、未曾有の大惨禍に世界は見舞われた。そして財政難に見舞われた政府は苦渋の選択を強いられることになる。それは歴史改変を行う不埒な輩から自分たちの存在を守るため日夜戦いつづけている審神者たち率いる本丸を支援する省庁にまで悪影響が及んだ。

日本刀の名刀を付喪神として降臨させ、刀剣男士として収集・強化し、日本の歴史上の合戦場に出没する敵を討伐していくために必要なあらゆる事業が縮小を余儀なくされたのだ。

本丸を運営する審神者には様々な人間が存在する。個人の事情や家庭の事情、家族など様々な理由から本丸を時の政府に預けて長期に渡る留守に入るもの達もいるのだが、その留守本丸をすべて維持することが出来なくなったのだ。管理省庁は留守本丸のうち再開の見込みがない本丸をひとつひとつ調査した。そして音信不通な審神者の本丸を優先して刀剣男士たちに聞き取りを行い、本丸がそのまま引き継がれることもあれば、本丸は解体されたが刀剣男士は希望があれば他の本丸に贈与され、あるいは解刀された。

一方で未曾有の惨禍により長期化しつつあった不景気は先を見通せない社会不安となりつつあり、大量の失業者に対する事業の一環として新規審神者の本丸への霊力供給を強化することになった。

つまり、僕達の本丸もまた解体の対象になったわけだ。いつかはくる終わりだった。意外とみんなあっさり受け入れた。むしろ、終わりを伝えてきたこんのすけに感謝すらした。僕達では終わりようがなかったからだ。

ある者は新天地を求めて旅立ち、ある者は姿を消し、ある者は解刀を選んだ。僕は解刀を選んだ。僕にとっての主は主だけだったからだ。

そして、僕は実態を失い、4年振りに本霊のところに帰還し、事の顛末を説明することにしたのだ。

「もしかして、きみの主だった人は、こういう霊力の人かい?」

僕は飛び上がった。

「実はね、時の政府からたくさんの新入り審神者を迎えるにあたり、たくさんの分霊を要請されているわけだけど、その中にはかつて審神者だった人もいるらしいんだよ。人というものは強いね、全てを失ってなお生活を立て直すことが出来たからとまた志願しているそうだよ」

いくかい?といわれた僕はひとつ返事でうなずいた。本霊に別れを告げ、僕は久しぶりに刀剣男士として顕現することになったのだった。

色々いいたいことはあるけれど、まずいうことはひとつだろう。

「きみを待つ間にどれだけ歌を詠んだと思うんだい?さあ、教えてくれ。きみの長きに渡る旅路について」




名刹、あるいは古刹。それは有名な由緒あるお寺や歴史があり古いお寺をいいう。それではなぜ「刹」の字がお寺の事をさすのか。それは刹には二つの意味があるからだ。

一つめはサンスクリット語に漢字をあてたときに刹多羅(せつたら)や差多羅(さたら)と表記される土・地・田・国・国土などと意訳される言葉があった。
それが転じて神聖な土地・聖地や仏が現れて衆生を教化する世界つまり仏国土をも意味する語となった。

二つめの意味は、柱・竿などと意訳されるサンスクリット語が由来といわれている。仏教が生まれた古代インドや西域ではお寺の堂塔の前に柱や竿を建て、先端に宝珠・火焔の目印をつけてお寺の標識としたり、僧侶が修行の末、一法を得た時、柱の先端に旗を付けてお寺の周辺や遠方の人に知らせたそうで、そうしたことからこの語が、やがて寺院を意味するようになったらしい。

それは主が教えてくれたことだった。

霊力を高めるために、主の故郷にある老木立ちならぶ古刹をなるべく再現した本丸を運営しているそうだ。お寺の生まれや世話役ではないが、先祖を辿るとその古刹を建立した平安初期の武人に行きあたるらしい。

今回の本丸もまた本堂・三重塔をはじめ、重文の仏像など数多くの寺宝を擁する古刹を忠実に再現した風景が広がっていた。

まるで幾多の年月が残された大きな建物が本来朱彩に覆われていたことなど忘れさせてしまうほど、周りの環境に溶け込んだ美しさを醸し出している。

時の流れは、大きな伽藍を覆うまでに巨木を繁らせ、清閑な空気が凛と張り詰めた頂点に、現在も本堂と三重塔が寺域を見渡すようにそびえている。

桧皮を葺いた落ち着いた傾斜の屋根をのせた純粋な和様建築で、中世密教寺院の本堂として典型的な五間堂の姿がみえた。上層へ行くにしたがって寸法を減らす均衡のとれた構成が優美な姿を造り出し、純和様の三重塔としてより整った美しい姿で僕を迎えてくれた。

今、僕、いや僕たちは初陣の帰りだった。

「きれい、だね」

「そうだね、この本丸は夕暮れ時が特に綺麗なんだ。これから毎日見ることになるだろう」

隣を歩く小夜左文字は僕に遅れないように着いてきていた。

「これ......いらなかったね。僕より、もっと渡すべき相手がいるんじゃないかな」

「そうはいうけれどね、僕も渡されたんだ。きみ以外にはいないよ」

「うーん......」

納得いかない顔をしながら、幸いにも今回出番がなかった極のお守りを見つめているのは小夜左文字。主が新たな本丸で初めて鍛刀した短刀だ。主は前の僕が破壊されてからというもの、お守りを持たない刀剣男士が本丸の外に出るのは許さなかった。記憶に違わぬ過保護ぶりに懐かしさがこみあげてきて涙がでそうになる。

「おかえりなさいませ、歌仙兼定さま、小夜左文字さま!審神者様が本殿でお待ちです!手当をいたしましょう!」

石段をかけ降りてきたこんのすけが僕たちの足元をくるくると回りながら促してくる。忙しない狐だ。審神者経験がある人間が新人として新たに本丸を開くということは、時の政府が今1番力を入れている事業展開だ。そのためか、前の本丸より支援が煩わしいくらいに手厚い。

「休まなくても良いんだけどね」

「戦支度を解いてくるよ」

「なりませんっ!審神者さまが軽傷の方も本丸から出ることは禁じると仰せです!!本日はまだまだやることが沢山あるのですからはやくしてくださいまし!!」

はやく主とゆっくり話がしたかったのだが、こんのすけはずっとこの調子でそれはもう張り切っている。本殿に到着すれば、主は主でブランクを取り戻すべく熱心にこんのすけの話を聞いているものだから、話に割って入ることができなかった。

顕現した僕は解刀してからの月日で刀剣男士としてや本丸の運営についてなにか変化はないか注意深く聞いていたが特段気になる変化はなかった。

初めての手当をこなす主の近衛をしながら見守っていたが、やはり主は動揺を隠しきれていない。それはそうだろう、なんと今回もまた初めての短刀は小夜左文字だったのだから。なにも知らない本人は不思議そうな顔をしているが。

あの時は主は驚いていたし、僕も驚いた。僕が顕現したとき、かつて色々教えてくれたのは前の本丸で1番の古参となっていた小夜左文字だったからだ。

「盲亀の浮木、優曇華の花待ちたること如し……僕は小夜左文字。
あなたは……誰かに復讐を望むのか……?」

顕現したときの第一声がこれだったから、残念ながら僕と同じく刀解を選んだ彼とは別の分霊のようだけれど。

今回はこんのすけが手伝い札で霊力の手助けをしてくれたから直ぐに終わったが、今度からはこうもいかないだろう。

「ええと、次からは怪我をしたら本丸から出られないってこと?」

「主の方針だからね、不用意な怪我や後追いは止めておこうか」

「うん......」

「お小夜、わざと重症を負って極のお守りを発動させるのだけは、悪いこと言わないからやめておいた方がいい。内番ばかりさせられるからね」

「......僕が顕現する前に、やったの?」

さすがに無茶が過ぎるのではないかと言われている気がして、僕は苦笑した。

「ちがうよ。さすがに僕一人の時じゃないさ。ただ、あの時は仕方なかったといっても聞いてくれる人じゃないのはたしかだからね」

遠い目をする僕に小夜は瞬き数回、うなずいたのだった。

「それに、主は生活を立て直したばかりだ。お金をあまり使わせるのはよくない」

「生活......こんのすけがいってた、故郷の?」

「僕も詳しくは知らないけれど、審神者として復帰するまでに4年も要しているんだ。それだけ前途多難だったんだろうね」

「飢えは......嫌だもんね」

「そうだね、嫌なものだ」

小夜はかつて民を守るために主から売られたことがあると聞いたことがある。主について事情を話してやるとなにか琴線に触れることがあったようで表情がやわらいだ。

「歌仙さま、審神者さまがお呼びです。近衛として手伝っていただきたいことがあるとか」

「わかった」

「小夜さまは私に付いてきてください。本殿は広いですから、迷子にならないようご案内いたしますね」

「うん」

僕たちはこうして別れたのだった。

そういえば、本殿入口に山積みになっている刀剣が入っていそうな木箱はいったい何だったんだろうか。









prev next

bkm
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -