落首事件D
「たしかに有事の時は呼んでくださいといいましたが、大道寺さん」

「なに、俺を審神者に任じて、しかも葛葉の力を行使せよと命じたのは他ならぬあの狐だぞ」

「ですが、これは……」

「おそらくあの狐は歴史改変者だった俺の見地から、敵の行動を分析して予測し、迎撃せよといっている。ならそれにつきあって貰わねば、なあ?お目付役として」

「……たしかに、一理ありますね」

「というわけだ。異界送りを頼むぞ」


狛狐はうなずいた。


そして、2人は本丸から大道寺が異界と呼ぶ場所に飛んだのである。


「ここ、は」

「通称、アラカナ回廊。数多ある古い世界が死んでは新しい世界が生まれる。その繰り返しを観測できる唯一の場所だ。悪いことは言わない、俺たちのいる世界線以外には迷い込まないことだ」


構築された異空間は刀剣男士たちを派遣するものとはまた異なるものだった。10年単位で時をさかのぼることができるらしい。


「どうして世界線がひとつではないのでしょう?」

「俺が事変を起こしたことで、すでにこの世界線は正史を離れているのだ。そもそも正史に大正20年など存在しない」

「江戸時代から歴史を改編したからこそ、ですか」

「ああ、正史に戻せば時の政府は俺に唯一対抗できた14代目葛葉ライドウをどうあがいても失うことになる。解決のためには飲みほさねばならぬことも多かったのだろうさ。後悔する気などみじんもないがね」


目論見は潰えたというのに大道寺は全く反省するそぶりはみせない。これは任が解かれたら独房行きなんだろうなと審神者は思った。


遺伝子工学の理論をベースに自分の記憶を先祖に転写し続けた男である。もはや通常の倫理などとうに破綻しているのだろう。


「さあ、初陣はここだ」


大道寺の言葉に審神者は言葉を失った。










「……初陣は函館だと聞いていたが、違うのか」

「どうやら僕たちは特例のようだね」

「あの男の意向か」

「おそらくね」


流入してきた知識によれば、着任したばかりの刀剣男士が少ない本丸の初めての任務は、明治維新のころだと相場が決まっているようだ。歴史の動乱期であり、ここを改変することができれば近代国家樹立という重大な時期である。2205年に直結する日本の在り方を根本からゆがめることになるのだ。一番狙われやすく、歴史修正主義者の襲撃が多い時代でもある。

戊辰戦争は函館を集結し、京都の鳥羽を始点として始まるはずの一連の戦争。幕府が重視した日光を要する宇都宮と海津藩の本拠地海津の地を舞台とした戦争。目下に広がるのは明らかに函館ではなかった。


「ここから先の先導はこんのすけだと聞いたが、違うのか」

「この時代は主の方がよっぽど詳しいだろうさ。ね」


歌仙の視線の先には女がいた。山姥切は目が点になる。


「なんだ、この女は」

「もう忘れたか?」

「……まさか、大道寺か」

「そのまさかだ」

「なんでいる」

「それが俺が審神者をする理由だからな」


いくぞ、とどこにでもいる女子高生の姿をした審神者は歩き出した。


「17になると先祖に俺の記憶を転写するシステムを構築するには、試行錯誤が必要だった。一番時代が近い方が適任だった。最初にこの女だった。この時代は俺の原点だからな」

「ここはいつなんだ」

「1999の東京だ」


見渡す限り灰色の世界が広がっている。山姥切の知識として流入してきた世界とは全く異なる光景だ。平成は世界大戦とは無縁の時代だったはずではないのか。見渡す限り日本国内の規模ではない、もっと大きな戦争が起きて、東京が焦土と化した光景が広がっていた。山姥切と歌仙は付喪神だ、問題はないものの明らかに人間が生活できる環境ではない。


「某国の大使が核兵器のボタンを押した。ICBMだ。一夜にして東京は壊滅した。その原因は妖魔が東京に湧き出したからだ」

「その妖魔はどこから」

「それを知りたくて俺は時代をさかのぼった。あの回廊を伝ってな」

「……何を見た」

「時の政府を牛耳ってるやつの影を見た。あいつらの台頭を防ぐにはあのとき某国に戦争を挑むしかなかった」

「……あんた」

「そして僕は14代目に叩き折られたわけだ」

「……」

「山姥切国広、よく覚えておけ。お前がこれからきる相手はこの光景を回避するために、そしてこれ以上の悪夢の到来を避けるために必死な奴らの足掻きだと」

「それが俺たちの初任務に選んだ理由か」

「それもある。あとはそうだな、致命的に時間が足りない。所詮は使い捨てだがそれで死ぬのも気に食わんだろう?」

「相手が誰であろうと関係ない。俺はアンタについていく」

「いい返事だ」


大道寺は顔を上げた。


「来るぞ」


それは言いようのない悪寒だった。付喪神としての本能が危険を叫んでいる。ひとつどころではない。十、二十、初任務にしてはずいぶんな相手だなと冷や汗が伝う。


「いいことを教えてやる。妖魔はお前たちと違って顕現し続けるにも霊力を消費するのだ。だから供給先がなければ常に飢えている」


大道寺がいわんとしていることがわかってしまった山姥切は、乾いた笑いがうかんだ。


「つまり、俺たちは格好の的という訳か」

「そういうことだ」


平和な世を生きていくはずだった女子高生は、はるか未来の子孫から転写された知識を元に抜刀する。その所作は歴戦のそれだ。淡々と背後を取ろうとした妖魔を切り伏せる。蛍光色の血しぶきが飛んだ。


「ところで主、その刀は顕現させないのかい?」

「俺に手持ちぶさたになれと?」

「僕の場所だよね、そこ」

「抜かすな、お前は顕現しただろう」

「そうだけどさ」


どこか不満そうな歌仙だが、大道寺との会話を邪魔するように出現し始めた妖魔達の方が気にくわないようだ。抜刀した瞬間、笑顔が消えた。そして、飛ぶ。大道寺は印を切り、なにやら術式を唱え始める。山姥切はいいようのない高揚感に満たされていくのを感じた。これが大道寺の葛葉としての力だろうか。懐かしいな、と歌仙がどこかうれしそうだから、きっとそうなのだろう。歌仙はその体躯の何倍もある妖魔をものともせずに切り伏せてしまう。山姥切も後に続くが、一撃で屠るまでは届かない。反撃をくらい、ただでさえぼろきれの布がざっくりと切れてしまう。ふたたび斬撃を浴びせれば倒すことに成功するが、そのときにはすでに歌仙が別の敵にとどめを刺していた。眉を寄せた山姥切はその感情を次なる相手にぶつける。


「そういえば君は山姥を切ったんだっけ?」

「その名刀の写しだ。二度と間違えるな」

「ああ、そうなのか。すまない。でもそれなら名前を変えなくちゃいけないよ」

「なに?」

「僕たちがこれから斬る相手は山姥どころの話じゃないってことさ!」


たたき切ったところから湧き出す蛍光色の光。妖魔達は雄叫びを上げる。


「これが霊力?」

「ああ、僕たちの源でもある。頂戴しようか、主の霊力ばかり得ているわけにもいかないからね」


蛍のように迸る光が歌仙の本体に吸収されていく。


「なにしてる」

「こっちの方が効率がいいんだよ。あいつらは霊力を失えば顕在化できなくなるからね。君もやってみるといい」

「……」


たしかに大道寺と歌仙は妖魔の討伐速度が速い。慣れかと思ったが、そもそもの供給元を絶っているようだ。歴史修正主義者とは違った戦い方だが、確かにその霊力をこちらに還元することができるなら、あの男の負担を軽減できるかもしれない。歌仙の攻撃を見ながら、山姥切はこちらに向かってくる火の粉を散らす。そして目前まで切り込んできた妖魔めがけて一閃。まぶたの裏に強烈な残像が残る。霊力が四散する箇所を執拗に攻撃し、その霊力を取り込む。やり方はわからないが、なんとなくできた。意識することが大事なのかもしれない。先ほどまで苦戦していた妖魔がさきほどの半分ほどの労力で四散する。原型を保っていらせなくなるほど霊力をまき散らした妖魔は、足の先からぼろぼろに崩れいていき風化していく。そして助けを求めるようにこちらに懇願の呪詛をまき散らしながら消えてしまった。


「これは?」


足下に広がる砂の中にきらめくものを見つけた山姥切は、それを拾い上げた。すべてが霊力で構成されている妖魔は顕現できなくなると、本体に染みついた血しぶきすら消えてなくなってしまう。いつの間にかきれいになっていた本体を戻し、歌仙は戻ってきた。


「どうしたんだい?」

「これはなにかわかるか」

「ああ、いい物を見つけたね。時折妖魔が残す霊力の塊だ」

「塊」

「鉱石と言った方が早いか。こういったものを主はよく集めていた。そして鍛刀の材料に混ぜる時もある」

「これを?」

「ああ。いい土産ができたじゃないか、いこう」


気づけば大道寺の姿はない。山姥切はそれを懐にしまった。


「──!」


歌仙と山姥切は顔を上げた。この世の者とは思えぬおぞましい声が響き渡ったのだ。2人は顔を見合わせると一目散にそちらに向かった。



まず目に入ったのは鮮やかな閃光。周囲にはおびただしい数の妖魔がひしめいている。おそらく大道寺の霊力によってきたのだろう。歌仙と山姥切が加勢しようと抜刀したその瞬間、光は大地に円を描き、やがてなにかの文様を形作る。そして跳躍する少女の影。翻る制服。そして突き立てられた日本刀。そしてそこから注ぎ込まれた霊力が一気に爆発する。目をまともに開けられないほどの光が走った。一瞬にして周囲の妖魔が消し飛んでしまう。


「……あのときは僕の仕事だったんだけどな」


うらやましそうにつぶやく歌仙に山姥切はあきれるしかない。


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