うねる巨木が鎮座する修練場にて、大道寺は審神者とともにこんのすけの前に座る。胡座と正座、座り方一つでも性格が出る。
「あなた方にお願いしたいのは、この時代です」
りん、と鈴が鳴り、照射される四角い画面達。大道寺はそのひとつひとつを眺めみる。
「江戸時代か」
「はい、特に徳川家康公の時代を重点的に防衛していただきたいのです」
「兆候は。根拠となる事象はなにか観測されているのですか?」
「こちらをご覧ください」
「……平安から戦国時代にかけて、か。ずいぶんと広範囲だな」
「これらの襲撃、強奪事件がこの時代の改変の前準備と?」
「他の本丸に別案件で任務を依頼していたのですが、そのときに浮上した案件を集計した結果、その可能性が高いという結論にいたりました。時空の揺らぎの数値も同じ、おそらく同じ勢力と思われます」
「……その事件とやらを見せろ」
「はい、こちらに」
大道寺はこんのすけから渡された資料にざっと目を通し、思案する。
「こんのすけ、2205年の四方結界はどうなっている」
「……さすが、お早いですね。お察しの通りです」
「なるほど、だから俺に。他に精通してる人間はいないのか」
「1999年の混乱時に我々と同じような形で瓦解したときいています」
「……やっかいなことを」
大道寺はがしがし頭をかいた。
「不勉強で申し訳ありません、四方結界とは?」
「知らなくとも無理はない、一般的にはオカルトと片付けられてきた公然の秘密だ。長らく葛葉はこの国の霊的な守護を司ってきたからな、そういった方面は専門となる。もっとも今となっては歴史改変者に身を置く者がほとんど、こちら側に頼れる者がいないとは皮肉だな」
にやりと笑った大道寺は教えてくれた。
徳川家康は風水や鬼門を緻密に計算して、最大限に利用することで江戸幕府の霊的な守護を願ったといわれている。天台宗の大僧正、天海の勧めで陰陽五行説にある四神相応の考えを元に江戸城を中心として四方結界をはったといわれている。
北を守護する上野の寛永寺
東(鬼門)を守護する神田明神
南を守護する増上寺
西を守護する日枝神社
とりわけ増上寺は東京の守り神と言われており、ここから鬼門に向けて一直線上に寺院や神社がならび、不浄とされている鬼門を寺、神社で封じ込めたと言われている。三大祭りと言われている湯島の神田神社、そして浅草寺の三社祭り、そして日枝神社の山王祭もまた江戸城から見た鬼門、裏鬼門を祀り清める意味合いが秘められていたという。
「寛永寺と増上寺、そして神田神社を結んでみろ」
「直線ですね」
「そして浅草寺と日枝神社」
「これは……なるほど、ちょうど交わるところに江戸城が」
「その上で徳川家康は鬼門とともに厄除けで重要な方位となる江戸城の真北に日光東照宮を建立し、自ら関東の守り神として江戸を守護することになる。これが完成しなかったら霊的な守護は260年にも渡って守られなかった。葛葉も開国で異国の妖魔が渡来するまではこの結界に大いに助けられたからな」
「2205年は、これが破られている、と?」
「都市の再開発の前には無意味なものよな」
大道寺は笑う。
「こんのすけが危惧しているのは、とりわけ神田明神に関する危惧だろう。違うか」
「全くもってそのとおりです」
「鬼門を守護する?」
「ああ、天海は鬼門・裏門封じとして平将門公の地鎮信仰も利用した」
「大手町の首塚の?」
「ああ、もともとこの地の近隣には神田明神があり、将門公の胴体を祀っていた。明治政府の意向で分社化されたが遷座している。天海は首塚はそのままに神田明神を湯島に移している。実はな、将門公の体の一部や身につけていたものを祀った神社や塚は江戸の各地にあった。すべて主要街道にな」
こんのすけが表示させた将門公由来の名所をみて、審神者は目を見張る。
「これはすごいですね」
首塚は奥州道につながる大手門
胴体を司る神田明神は上州道の神田橋門
手を祀る鳥越神社は奥州道の浅草橋門
脚を祀る津久土八幡神社は中山道の牛込門
そして鎧を祀る鎧神社は甲州道の四谷門
最後に兜を祀る兜神社は東海道の虎ノ門
主要街道と堀の交点には橋がかけられ、城門と見張り所が設置されている。そこに将門公の地霊を祀ることで街道から災厄が入り込むことを防ごうとしていた。
「ここまで徹底して鬼門・裏鬼門封じ、地相、地鎮信仰を使って構築された江戸という街を考慮した上で、見てみろ」
大道寺が指さすのは、こんのすけが見せてくれた江戸の全景だ。
「……あれ」
「気づいたか」
「どうして、あれ、こんのすけ……もう一度平安時代からの強奪事件をみせてもらえませんか?」
「はい」
審神者は顔がひきつっていく。
「大道寺さん、もし、もしもです。この状態だと霊的な守護はどうなりますか。この、将門公に由来する神社や塚が祀られたまま、鎮守の歴史が改変されてしまったら」
「徳川家康が祀ったからこそ、将門公は三大怨霊から江戸の守護神へと信仰がうつっていく。それが放置されたまま地霊が祀られた状態だ。荒魂が祀られることになる。三大怨霊のまま、な」
「そんな」
「だから俺が呼ばれたんだろうさ。ずいぶんと事態は深刻なようだ」