落首事変(刀剣乱舞×ライドウ)
落ち首事変 序


「こちらです」


立派な屋敷に大道寺の表札。門構えは立派である。どこかの名家の屋敷なのは明らかだ。


「こちら、と言われましても」


審神者は困ったように頬をかく。


「ご安心ください、こちらでお待ちですから」


ここにいる人間と会っても歴史にはなんら影響はないと明言されてしまっても、いつもと勝手が違いすぎる。使用人たちは一礼して道を空けてくれる。こんのすけは隠れる様子もなく、堂々と屋敷に入っていく。審神者も追いかけるしかない。時の政府の依頼だった。これから予測される事変を解決するために必要な人間がいる、だが審神者ではない。そのためサポートして欲しい、そういう依頼だった。案内してくれるのは、その臨時ともいうべき本丸に派遣される予定のこんのすけである。それぞれの個体に個性があるとはいえ、このこんのすけはずいぶんと威圧的な雰囲気を伴っていた。


「こんのすけ、その人は2205年の生まれではないのですか?」

「いえ、違いますね」

「まさかこの時代の?」

「いえ」


こんのすけは首を振る。ますます要領を得ない。審神者は困惑しきりである。


大道寺家といえば、古くから続く名家であり、江戸でも有数の資産家である。こんのすけに誘われ、その地下深くにある広大な屋敷と同じ面積を誇る鍾乳洞に足を踏み入れた審神者は、そこで異様な光景を目にする。ずっと遠くに火がきらめいているのだ。誰かいる。


地下水が充ち満ちた鍾乳洞内部には引き潮のときだけ現れる通路が存在している。ひたひたと波紋が広がる通路を進み、その明かりを目指して両脇の灯籠にひたすら火をともしていく。その先には頑丈な作りの座敷牢があった。近づくに従い、その全貌が明らかになる。座敷牢というわりには豪華絢爛である。人が生活できるだけの十分な調度品が用意されている、使用人がわざわざ届けに来ているのだろう、食べ終えた夕餉がおいてある。立派な漆器だ。満ち潮になれば座敷牢のぎりぎりまで水があがってくる。おそらく周囲は逃げ場のない孤島とかす。ゆらゆらとそこだけ陽炎が揺れていた。


「彼女の代からなのです。大道寺家で生まれた女性は例外なく17になるたびに犬憑きになるという忌まわしい呪詛を振りまかれたのは」


逃げられないように脚に枷をつけられた少女が虚空を眺めている。使用人が献身的に世話をやいているのだろう、大道寺家の存在しないはずの長女はきれいな着物、そして見合うだけの小物を身につけている。


「もちろん表に出すわけにはいかない。でも、恩恵も得られたものだから、大道寺家の人々は代々ここで犬憑きの女性の世話を焼き、死ぬまで匿い続けました。だから露見するのが遅れたのです」


こんのすけが船から降り立ち、座敷牢の前に立つ。そして、説明を続ける。犬憑きの女性は大道寺家の人々に予言をする。その通りにすると大道寺家は栄えた。例外はない。その証として、この名家は歴史の動乱にもうまく立ち回り、取り入り、大正時代に入ると爵位を持つ資産家にまで成り上がるのだ。1度なら偶然、10度なら必然、大道寺家の人々はいやがる娘をここに閉じ込め、取り憑く者の言葉をなによりも重んじるようになる。だれも助けてなどくれない。どんどん意識を保っていられなくなり、最終的に意識を食いつぶし、上から上書きされていく恐怖をひたすら叫んできた哀れな娘達の日記が山高く綴られるのはまだまだ先の話だ。


えげつない話である。聞いているだけでどんよりとした気分になってきそうだ。


「狡猾ですね、まさか一族の秘術を使って自分の先祖に呪詛を植え付けるとは。しかも目標とする大正から大きくはずれた江戸の代までさかのぼり、虎視眈々と機会をうかがうとは。敵ながら誇らしいです。さすがはかつて我らに使えていただけはある」


本丸に派遣されているこんのすけとは雰囲気も言動も全く異なると、こうも背筋が寒くなるものなのだろうか。

「ほざけ、壮大な内紛の果てに時の政府の犬に成り下がった分際でなにを抜かす」


審神者はぎょっとした。御伽草子から出てきたかのような容姿に恵まれた少女とは思えぬ言動である。


「犬ではなく狐ですが」

「屁理屈をこねるな、下らんことを。なんの用だ、まさか俺を殺しに来たか?」

「冗談をおっしゃるとはご機嫌と見える。貴方に肉体的な死は意味をなさぬではありませんか。今ここで貴方を始末すれば後ろの審判者様を討伐せねばならなくなります、そんなことしませんよ」


審判者は顔を引きつらせた。どういうことですかと問う声はかすれている。


「これが犬憑きの正体、肉体に魂を制限されず他の肉体に移り変わる術を会得した者、本来ならば時代を超えてこの術を使うことは禁忌なのですがね、この男はやった。成すだけの才に恵まれてしまった。おかげで我々はとんでもない歴史改変の余波を受け、いまだにその復興作業に追われています。聞いたことはありませんか、関東大震災を。この男は未来の技術を使って大国に戦争を挑み、世界の動向そのものを改変しようとしたのです。かろうじて大震災という隠れ蓑を用意できましたが、もはやなかったことにはできないレベルの大事変でした」


審神者はようやく目の前の少女に憑いている男がとんでもない大悪党だと合点がいくのだ。歴史修正主義者との闘いに明け暮れる審神者たちだが、彼等ですら干渉を著しく制限されている時代があるのだ。それは大正である。大正以後の歴史には、今のところ歴史改変主義者は出現したことがなく、そのため現状審神者たちの守るべき歴史からは意図的に外されている。その最初にして最後の例外が目の前の男、葛葉ライドウ。本来ならば時の政府の護衛を務める最上級職に身を置く一族の当主だった男だ。代々その名は襲名されるため、この男の本名を審神者は知らない。だが、この男が起こした特大の事変は未だに以後の歴史にもたらした影響が大きすぎて復興が追いついていないのである。ゆえに審神者の立ち入りすら歴史の復興の妨げになるため立ち入りが厳禁とされていた。

とびきりの重罪人である。

しかも死んでも近くの人間の肉体を乗っ取り人格を上書きしてしまう術を会得してしまう。

もともと葛葉の一族は一族と言いながら血縁関係はない。そういった才能に秀でた者たちが集まった、血族とは無縁の実力主義の一族だった。歴代のライドウたちはその魂を永遠に保つことが可能だ。平安の時代を生きた初代ですら健在と聞く。途方もない男だ。

こんのすけは、この男を一時的に釈放すると言っているのだ。しかも審神者に目付役をしろと。審神者は目が点になる。これから解決すべき事変の解決になくてはならない人物がいる、だが審神者ではない。だから手伝いをして欲しい、と請われたからここにいるのに話が違うではないか。そう説明を求める審神者にこんのすけは腕を見込んでの願いです、どうか、と頭を下げる。提示される報酬は途方もない。

歴史改変者が審神者をするなど前代未聞である。その目付役など重役すぎる。少女は目を細めた。


「ほお、この俺をか?お前たちが?俺が言うのもなんだが正気か?」


審神者は全力でうなずきたくなる。


「こんのすけ、ひとついいでしょうか」

「はい、なんでしょうか」

「かの事変は存じています。今まさに彼は投獄されているはずでは?なぜここに?」

「それはですね、この男が起こした歴史改変が大規模であるが故に歴史の復興も限界があります。なかったことにできないのです。関東大震災という改変を史実としなければなりませんでした。その時点でこの男が江戸時代から大正にかけて行ったその事変は史実となった。それがどういう意味かはおわかりでしょう?私たちはこの男がしている今この瞬間を討伐することができないのです。我々が歴史改変者になってしまう」

「……なるほど。それほどの歴史改変者の力を借りなければならなくなった、ということですね」

「ええ」


こんのすけはりんと鈴を鳴らす。


「勘違いしないでいただきたいのですが」


そして少女に目を向ける。


「これは仮釈放であり贖罪をする機会を得たと心得なさい。なにかあればいつでも牢獄に戻ることになる。くれぐれもお忘れなきよう」


少女にあるまじき笑みを浮かべた憑きものは口元をつりあげた。


「まさかとは思うがこのなりで本丸に着任しろと?この女がいなくなれば歴史は変わるぞ?」

「もちろんふさわしい姿を用意しています。ですからこちらを」


投げられた端末を受け取った少女は、画面を一瞥して笑った。


「またこの姿か。たしかに囚人にはふさわしい姿だ」

「かつての貴方を取り戻して欲しいだけなのですがね」

「心にもないことを」


少女は立ち上がる。そして、端末が照射する光をくぐり抜けた。憑きものから一時解放された少女は崩れ落ちる。こんのすけがいうには、未来からの干渉が許容されている以上、この一族はどうあがいてもこの男からの呪詛から逃れるすべはないという。そんな極悪人の力を借りないといけないとはこれから待ち受ける事変とはいったいどんなものなのか、無性に審神者は心配になったのだった。


そこにいたのは白を基調とした青の装束を身にまとった体躯のいい青年だ。


「はじめまして、私が貴方の目付となる者です。よろしくお願いします」

「ああ。葛葉ライドウの名は剥奪され、審神者を名乗ることになるがどうせ一時の間だ。俺のことは大道寺でいい」

「名を縛られるのでは?大丈夫なのですか、名前を教えてしまっても」

「今回の目付役はずいぶんと人情味にあふれているな、問題ない。それも含めて懲罰だといいたいのだろう、そいつは」


ちらと走る視線。こんのすけはさもありなんとうなずいたのである。


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