落首事変B
「不思議なところですね」


審神者は興味津々で大道寺にあてがわれた本丸を見渡す。審神者の持つ能力、あるいは才覚に応じてあてがわれる本丸は多種多様だ。自らの拠点とは当然異なってくるものの、審神者の目にはずいぶんと違うように見えた。一言で言えば寂れた神社、それも狛犬が狐の時点でウカノミタマを祀る神社だとわかる。神主のいない神社は邪なものが寄ってくるイメージだが、境内は神聖な雰囲気に満ちていた。大道寺は狛狐を一瞥する。


「志乃田の神社の再現か、ご苦労なことだ」

「こちらの方が貴方の行動を逐一観察することができますからね。貴方も霊力の行使にはこちらの方がたやすいでしょう」

「……あの、もしかして、大道寺さんのこんのすけですか?」

「そのようだ」

「……そ、そうですか」


突然しゃべり始めた狛狐に目を丸くした審神者だったが、この姿で失礼いたします、という声にやたら威厳や威圧感を感じた理由を悟るのだ。やはり歴史改変者に対して時の政府はとても慎重らしい。普通のこんのすけではないと思っていたけれど、もしかしてウカノミタマに関わりが深い、かつての葛葉を管轄していた組織の使いでも派遣しているのかもしれない。そうして本日のやたらピリピリしたやり取りを思い出す。かつて離反した部下、そして監視役を命じられた元上司、なるほどこれは氷点下にもなるわけだ。


「ここは葛葉が修練や妖魔討伐を目的として、転移術をするために利用した霊地を再現しているようだ」

「ここが日の本の守護者の修練場……」

「本丸は刀剣男士が各時代に転移する本拠地だったな?」

「そうですね。私たち審神者は基本的にこちらで彼等を支援することになります。あとは衣食住を共にしたり、修練をしたり、審神者の方針で自給自足も可能です」

「なるほど、これ以上ない適所だな」

「えっと、こんのすけ、修練場などはどちらに?」

「俺が案内する。こっちだ」

「え?あ、はい」


大道寺が指さす先には枯れた井戸がある。よくみれば縄ばしごがかかっていた。まるで忍の世界である。ここが鬼が闊歩していた平安の世の頃に誕生し、千年以上の長きにわたり国家を守護してきた一族の利用してきた霊地。そう思うと好奇心がわき上がる。強力な巫女、術者、人間界でも最高レベルの者たちだったと聞いたことがある。もっとも1999年の動乱に巻き込まれて瓦解し、時の政府の管轄となってからは大幅にその勢力を失っている。とどめを刺したのが先に降りて待っている男だと思うと複雑な気分になる。神道、陰陽道、妖魔の使役術、この男はどれに秀でているのだろう。厳格な戒律や使命に支えられていたはずの高貴な魂はどうして歴史改変などというおぞましい闇に落ちたのだろう。審神者はぎいぎい音が鳴る板間をみた。

いつのまにか煌々と炎が揺らめいている。狐火なのか熱さは感じない。

枯れた井戸の先になぜこれほどの巨大な空間があるのかはわからない。

曲がりくねった巨木を囲うように広がる広大な板間。井戸はまだまだ奥が深そうだ。もしかしてここが唯一の移動手段なのだろうか、上るときどうするんだろう。2205年だというのにすさまじくアナログな本丸な予感がする。そんなバカな。いくら203×年の人間だとしてもたった200年の違いである。もうそのころにはもっともっとハイテク化していた気がするのだが違うのだろうか。


「大道寺さん、ここは修練場でしょうか」

「ああ、延々下ってゆく修練場だ。どこまであるのかは俺も知らん。今は獲物を放っていないからただの板間だが。かつては鬼祓いの追儺の儀式を行ったことがあるそうだ。その名残だろう」

「どうやって戻るのです?」

「降りたら上るしかないだろう」

「……そうですか」

「今は鍛錬する気はないから、他のところを見て回るか」

「抜け道はあるんですね」

「ここが再現されているなら、ここに……これだ」

「これは?」

「転移の術式だ。いくぞ」

「はい」


くぐった先には先ほどの境内から見えた、神社内の建物の中と思われる空間が広がっていた。


「ここが生活の拠点らしいな」


ざっと間取りを確認し、大道寺はひとつの引き戸の前で足を止めた。


「ここだけ結界が張ってあるな、なんだ?」

「あ、ここが大道寺さんの部屋ですね、おそらくは」

「俺のか?」

「はい、審神者の部屋は刀剣男士のみなさんとは分かれているのが普通でして、基本的には入れないことになっています。ですからこれはその境界の証かと」

「なるほど、時の政府とのやり取り等見られては困るものもあるか」

「審神者の意向でいくらでも変更はききますが、どうします?近衛はここで待機としますか?」

「いずれ考える。さて、なにがあるか。……どうした?」

「私が入ってもよろしいのですか?」

「目付役なら当然だろう、違うのか?」

「それなら、お言葉に甘えて」


2人は結界をくぐり抜けた。


大道寺は眉を寄せた。


「正気か、あの狐め」

「どうしました?」

「どうしたもこうしたもあるか。あの座敷牢とつながっている」

「……え?」

「俺は江戸時代から大正時代にかけて先祖の女達の意識を食いつぶして歴史改変をしてきた経緯がある。今回の事件解決のために女の体で乗り込めと言いたいらしいな」

「えっ!?」

「たしか審神者は転移には時間制限があったな?」

「はい、私も長くはいられません」

「なるほど、現地の人間ならば話は別と」

「ですがそれは……」

「もとより存在が隠された人間だ、改変の可能性は低いという判断だろうさ。くだらん」

「……そう、ですか。大道寺さん、有事の時は必ず私にも連絡をくださいね」

「わかっている。目付役のお墨付きがなければろくに動けんだろうしな」

「サポートは任せてください」

「ああ」


机の上に置いてある小箱をあけ、そこにはいっている端末などの扱い方を説明しながら、連絡先の登録を済ませた。


「さあ、大道寺さん。そろそろ鍛錬場にいきませんか」





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