「ほら、いったじゃないか、主。今のきみには護衛が必要なんだよ。戦えないきみならなおさらね」
「もっともなこといいながら説教してる暇があったら黙ってろよ、傷が開くぞ」
「わかってるけど、この襲撃にあうまではずっと必要性に疑問を感じていたじゃないか」
横転して大破した公用車、霊力を食い尽くされて即死した運転手。かろうじて息の根はとめられたものの襲撃者に深手を負わされた僕は、主に手当を受けていた。
さいわい通信手段は生きており、担当課がすぐに救援に向かってくれるという。魑魅魍魎が跋扈する地上の移動はこれ以上不可能ということで、かつて避難所として使われていた地下シェルターの場所を教えてもらうことができた。
なんとかシェルターに逃げ込んだ僕達に非常電源が作動し、シャッターを閉め、結界が襲撃者を防いでくれた。結界はかなり強固だと主に教えてやると、ようやく安心したのか、主はいきをはいた。
「歌仙」
「なんだい?」
傷だらけの僕を呼びつけた主はいきなり口付けてきた。
「───────ッ!?」
舌を噛んでむりやり血を出したようで、体液に含まれる霊力に重症をおい、霊力が枯渇気味の歌仙の秘められた飢えが一気に増大する。生存本能を刺激される。
歌仙は必死で堪え、主をひきはがした。
「な、にをするんだ、きみはッ!」
「霊力が不足してんだろ、それくらい俺でもわかる」
「だからってきみはッ、なにをかんがえているんだ!」
「魑魅魍魎はさっぱり見えんが、運転手が血を絞りとられてたのは見えたさ。なら霊力は血に多いんだろう?非常時だ、我慢しろ。お前のことだから俺に刃を向けることはできないだろうし」
「あたりまえのことを聞かないでくれ」
「今は非常時だろ、歌仙。お前には少しでも回復してもらわなきゃ困るんだよ。霊力が枯渇して消滅したら死んでも死にきれん」
「いや、理屈はわかる。理屈はわかるがいきなりなんだよ、きみってやつは!」
「血を吐き出さずに飲んでる時点で説得力ねえと思う」
「う、うるさいな!」
「ほら、また舐めた」
「───────ッ、頼むから黙っててくれ」
覚悟が決まってから切り替えがはやすぎる上に煽りに煽りを重ねる主に歌仙は頭をかかえたくなった。もっときみには情緒とか羞恥とかそういうここにいたるまでの悩みは無いのかと叫びそうになるが、審神者にいたる過程ですべて捨ててきた男にそんなものないに決まっていた。
見ている。満月と辺り一面の血の海、むせ返るような血の香り、湧き上がる衝動に負けたら自分じゃなくなる気がして歌仙は必死に耐えた。理性で無理やり本能を抑え込んだ歌仙は、主を睨む。
「血が嫌なら舐めてやろうか。同じ体液ならたぶん霊力もあるんだろう?血には負けそうだが」
「なんでこういう時はいつも頭の回転がはやいんだ、きみは」
「そうでもなきゃ未曾有の災禍なんざ生き残れるわけないだろう」
「それは一理あるかもしれないが......」
歌仙たち付喪神の構成要素は霊力、傷はその欠損である。そこに直接主の血が塗り込められたらどうなるか、想像するだけで歌仙は身震いした。
「勘弁してくれ」
「ああ、前の主は衆道が嫌いだったか」
「いや、あれはどちらかというと家老を始めとした藩の中でトラブルが相次いでいたからで、主にも小姓はいたよ」
「ならなんで拒むんだ?」
「いや、だから......」
目を逸らし、必死で頭を働かせるが切羽詰まっているのは事実であり、どうみても主のいうことに理がある。大丈夫だといったところで手当したのも主だ、大丈夫じゃないことくらいわかっている。霊力が感知出来なくても歌仙がいつになく精彩をかき、痩せ我慢しているのは長い付き合いだ、悲しいかな筒抜けだった。
お願いします、と消え入りそうな声がしたのは暫くしてからだ。
低い呻きがシェルターの狭い空間でわずかに響く。じわりと熱がこもりゆるやかに傷が塞がり、歌仙の体は霊力が供給される。その跡すら残らない体を名残惜しそうにねっとりと舐る主に、歌仙はもういいよと呻いた。唾液に塗れる体が鈍い光沢を帯びる。主の霊力は量が極端に少ない認識だったのだが、直接供給された瞬間に歌仙はそれすら阻害の範疇なのだと悟ることになる。
霊力が多い上に、かなりの高濃度。完全に意識の外だった歌仙は高揚するしかない。
(なんだこれは、飛んだ詐欺じゃないかッ!!)
主の霊力は蟲毒のようにおぞましいほどの高濃度である。今まさに霊力の枯渇に悩む歌仙が高濃度な霊力に晒されるのは飢えを満たそうと本能が疼くから毒でしかない。
「んっ……っ、んぅ、ごほっごほっ」
「大丈夫か、歌仙!?」
心配そうに覗き込んでくる主に歌仙は呻くしかない。
「誰のせいだと思ってるんだ」
「......歌仙?」
「僕はやめろっていったし、きみはやるっていった。これは合意だ。ここから先なにがあっても合意だ。そうだね、主」
「えっ、あ、うん、まあそうだな......?」
手首を掴まれた時点で歌仙の態度が豹変したことにさすがに動揺した主だったが後の祭りだった。
視界が暗転する。
熱い舌が口内を舐める。刺すような刺激が走る。体が蒸発するような感覚のあとほのかな甘みがあるが、それを感知する前にあまりに強い刺激にむせ返る。すごい勢いで咳き込む歌仙を焼けるような感覚が襲う。心配になったのか離れようとする主を捕まえたまま、歌仙は生理的に浮かぶ涙をそのままにに唇を重ねた。
霊力が枯渇し、飢えとの戦いを強いられている歌仙にとっては、強烈な誘惑だった。執拗に唇を食まれ、我慢できなくなったのか、主は力が抜けていった。
「単なる霊力補給に余計なことをした罰だ」
「おま、いきなり盛るなよ」
「やめないか、そんないい方」
「いや、それはおかしい」
「随分と余裕じゃないか、僕はもう駄目だというのに」
「恐ろしいこと言わないでくれ」
「煽ったのはきみだろう。付き合えよ、最後まで。僕は霊力が足りないんだ、きみが補ってくれるっていうなら全部寄越してくれないか。血も体液もなにもかも」
「体液って......」
「さっき言ったろう、なにもかもだ」
自分の意志で付喪神としての生存本能がコントロールが出来なくなるのが嫌でたまらなかった歌仙からの最終宣告である。
やらかしたことの重大さに主が青ざめたとしても遅すぎた。
ただでさえ枯渇している霊力だ、一気に摂取するのはよくない。ゆっくりすべきだった。今の歌仙には下手をすれば適量でも過剰摂取で異常をきたすのだ。何とかして適量で済ませたいのに、主から過剰供給されたせいでタカが外れた。一度摂取したら際限なくなる。
もう歌仙の本能は常時霊力供給の日々があたりまえになっており、適量のメリットを体感できない日が続いたためにメリットを想像する力が不足している。過剰摂取による渇望に流される。
目先の渇望に流される。継続し続けることで現状が確実に悪化しているのがわかるのにやめられない。脳が麻痺してしまい、制御がほぼ不可能になった。
今の歌仙は強い渇望感に支配されていた。主から過剰摂取した霊力がいつもある状態にならないと気がすまなくない。明らかな異常だ。
もうここからは、ほとんど逆レイブ状態だった。
歌仙はこれ以上ないくらい飢えていた。心が軋んでいた。4年間会えなかった分を取り戻すように主をむさぼりつくした。心が焼き切れそうになるまで、熱に浮かされたまま、ひたすら求めた。
「もう、もう出ないって、歌仙......かせん、もういきたくない......」
「嘘はつくもんじゃないよ、主。前の主が小姓を寝盗られたとき、どんな方法だったか教えてあげるよ」
気がふれたような声が主に届く。惚けた瞳を見つめ、歌仙は主を撫ぜる。犯しているのは自分なのに、襲われているのも自分であるという奇妙な状況から逃れられる訳もなく、主の意識は快楽に沈んでいった。
救護班が到着したときには、完全に回復した歌仙が気絶しているわりに身綺麗な審神者をかかえてシェルターから出てきたところだった。
「はやく運んでくれ、僕に霊力をすべて明け渡す無茶をして気絶しているんだ」
歌仙の言葉をうけ、審神者はすぐさま医療施設に運び込まれた。目を覚ました審神者がしばらく歌仙を近侍から外したのはいうまでもない。