2週目極歌仙と延享攻略

毘沙門天の手厚い加護により隠匿疑惑があるものの、主の霊力については憶測の域をでない。審神者の適正審査をスレスレでパスできるレベルの落第寸前な霊力の持ち主である彼は、霊力の量はともかく質はたしかにいい部類だろうと僕は思っている。

僕がであったころから、彼は歪んではいなかった。数多の歴史改変に巻き込まれ、世界線を渡り歩きながら、驚くべきことに神経症、鬱、トラウマ……その種の、現代人にありがちな数々の心の病とは、おそらく生涯無縁でいられる男だった。

その生まれ持った性分ゆえだろうか。彼が後ろを振り返る時は、前を向いたまま首だけ傾けて振り返った。彼にとって、過去とはその程度のものだった。時にそれが彼を人並みに感傷的にさせたり、後悔や反省の材料にもなるが、それに囚われることはまずない。

確固たる意思、あるいは強靭な自我、ずっと自分は自分だとありつづけることしか戦う術を持たない彼にはなかった。この身一つで生きるにはそれしか道がなかったともいう。そのブレない精神性はたしかに好ましいところだ。

生命力がある男だと思う。未曾有の災禍を生き残り、検非違使放免の襲撃も免れるあたり強運もある。それは生存にしか適応されないらしいが。

それはまさしく霊力強化の絶好の機会だったはずなのに、あいもかわらず主の霊力は死んでいる。健康であるかどうかは関係がないらしい。死にかけている男が命尽きようとする寸前、まだ生命の力がひと握り残されてさえいれば、最後の霊力を燃え上がらせることはできる。

たとえそれが、なにかをなそうとして途中で力尽きたとしても。その指先を地面に触れ合わせることだけで終わったとしても。それは時として付喪神に神格を与えることもある。

それくらい、死を覚悟するほどの境遇は生きて在ることに対する満足感となり、健全な渇望を生む。やがてそれは精神的な成長と霊力の生成や効率的な成長につながるはずなのだが、主の渇望は精神的な成長には繋がっても霊力の強化にはうまくつながらないらしい。

「あっぶねえ......」

ぼやく主の手元には電子端末がある。健康診断の結果が届いたらしい。

「健康診断の結果はどうだった、主」

「健康そのものだけど、相変わらず霊力が死んでる」

「相変わらずかい?」

「相変わらずだな。4年前よりちっとは成長してるだろうと思ってたけど全然ダメだこれ。やっぱ審神者稼業は向いてねーな、はは」

「今は時の政府の手厚い支援もあるからいいじゃないか」

「まあ、たしかに今は新人審神者だし、本丸たちあげてふた月だし、最前線は先輩方に頑張っていただければいいか」

「そうだね」

「あの時みたいな緊急メンテナンス入ると詰むけどな。俺の霊力だけじゃ今の本丸は維持できない。あんときはホントに焦ったぜ、みんな検査に出すあいだだけって聞いてホッとしたけどさ」

「大倶利伽羅をお祓いにいった時の話をしているのかい?あれ、あの時も霊力の手厚い支援はあったんじゃないのか?」

「いや?あんときはマジで供給は完全に止まってたけど?」

「......なんだって?」

「歌仙?」

「..................」

「おーい、歌仙?」

「......」

「歌仙さん?」

「いや、驚いたよ。霊力は低いままだが、極の僕を顕現できるくらいはあるんだね」

「さすがに失礼すぎるだろ、お前!?24振りで本丸運営できてたし、4年間ちゃんとお前ら活動できてたじゃねえか!!」

「主に会うのは4年振りだからね、記憶はそこまでたしかじゃないよ」

「ああ、まあ、それはそうなんだけどよ。少なくても歌仙と小夜と他の鍛刀した連中は俺の霊力で顕現してんだろうが。82振りの顕現はともかく、活動分はちゃんと仕事してるからな俺は」

「そうだったのか。それなら完全な僕の認識違いだね、すまない」

「わかればいいんだよ、わかれば」

「しかしだね、あれは仕方ないよ。必要な処置だ」

「検査とはいえ、みんな素直に本体に戻ってくれてよかった」

「霊力を絶たれた妖魔がどうなるか、平安組が知っていたのは大きいね。昔の人はどうやれば魔が絶てるのか、知っていたんだ」

「安倍晴明とか陰陽寮とか面白い話が聞けたよな」

「僕としては、近侍が警護として先に検査をうけるという情報を聞きつけた連中と話をつける方が大変だったよ」

「え、そうなのか?」

「まあこちらの話だ。僕がいない間や大倶利伽羅に説明する間にやってくれた彼らはそれで譲歩してくれたからね。遺恨はないよ、大丈夫だ」

「ならいいんだけどさ。そんな事があったんなら、その時点で教えてくれよ歌仙。いざというとき応じてくれないと、今の俺だと一部は本体に戻ってもらって時の政府預かりにしないといけないのはかわらないからな。後で話をしてくる」

「そうかい?まあ、きみの判断にまかせるよ」

「おう」

主は執務室を出ていった。

「あれが主の霊力......そうだったかな?だめだな、思い出せない」

今のように潤沢な常時霊力を供給される環境に慣れてしまっているからだろうか、かつて主が体調不良になって霊力の飢えにひしひしと主の死を予感して必死で世話をやいたことすら忘れていたようだ。

思えば常時霊力が供給されるということは実体に必要な霊力も適正に増大していく。傷を治したり、連結や習合をしたりすることもまた同じだろう。

「そうか、今の本丸だと主の体調不良すらわからないのか。でも、あのときも特に違和感はなかったから、主の霊力も相対的には上がっているんだな......。僕たちの戦力強化を急ぎすぎて追いついていないだけか?」

しまったな、惜しいことをした、なんて口が裂けてもいえないことが頭をよぎった。









報告書を見ていた主は端末を僕に寄越す。長い長いため息のあと、椅子に座った主は天井を仰いだ。

「もともとが理不尽極まりないんだ。気にするだけ無駄なんだろうが、さすがに面と向かって暗殺未遂と書かれると堪えるな」

それは前の本丸を検非違使放免の骨喰藤四郎が襲撃するまでの調査記録だった。

「もう潜伏先は殲滅されたみたいじゃないか、よかった」

「あたりまえだろう、そんなもん。俺だって担当者から請われたら即参戦を決めてたさ。お前だって出陣しただろう?」

「もちろんだ。言わないでくれ、そんなあたりまえのこと」

「かつての初期刀が参戦し......あの本丸の初期刀はたしか陸奥守吉行だったよな?そりゃあやりきれんだろうさ。時の政府預かりになって、みんなの分まで待つときめた審神者との繋がりを穢されたんだからな」

「気持ちは痛いほどわかるよ。僕も同じ立場だったら万死にしても気がおさまらないだろうね」

「吐き気をもよおすような話じゃねえか」

重苦しい雰囲気のなか、僕は端末をこんのすけに返した。

結論からいえば、検非違使放免の送り先はすでに存在しない本丸だった。かつてその本丸の審神者もまた未曾有の災禍に巻き込まれて今なお消息不明であり、前の本丸と交流があった本丸だった。僕も主も審神者をよく知っているし、陸奥守吉行とも馴染みだったことをよく覚えている。陸奥守吉行とよく似ていて快活な男だった。

刀剣男士は総意の元初期刀にすべて連結され、今は時の政府預かりになっているようだ。本丸はうちの前の本丸のように解体され、空間自体が消滅したはずだったのだ。

なぜかその座標に本丸が存在し、魑魅魍魎が跋扈する地獄絵図だった。霊力が供給されず互いに食い荒らそう狭い箱庭。それが襲撃者の潜伏先だった。

陸奥守吉行はどんな気持ちでかつての本丸を牛耳っていた時間遡行軍たちを殲滅したんだろうか。

「人工的な検非違使......このまえの時の政府が放った弱体化した検非違使みたいなものかな?」

「時の政府ができるんだ、時間遡行軍だって同じことができるだろうよ。なんだって自軍に引き入れなかったのかは謎だが......なんかしらの思惑があるんだろうな」

「どう考えても嫌な予感しかしないね」

「ほんとにな」

僕と主はため息をついたのだった。

「とはいえ、当面の安全は確保された訳だな。予定通り、新たなエリアに出陣するか」

「江戸時代のいつだい?」

「1778年8月15日......延享あたりだな」

「延享4年か......。主、まさかとは思うが最終的な目的地は江戸城じゃないだろうね?」

「そのまさかだ、歌仙。今でこそ残党狩りだが、当時は本丸に激震が走ったらしい」

今度は僕が天井を仰ぐ番だった。

延享4年8月15日、僕はすでに柏原家にいたが噂は聞き及んでいる。

熊本藩主細川宗孝さまが旗本に突然背後から斬りつけられ絶命する事件が起きたのだ。人違いで被害を被ったが、宗孝さまに実子はなく、養子も立てておらず、さらに殿中での刃傷であり喧嘩両成敗で板倉さまともども改易・絶家となりかねなかった。

たまたま居合わせた仙台藩主伊達宗村さまが機転をきかせ、状況を知りつつも宗孝さまを屋敷で手当するよう細川家臣に指示し、家臣たちは存命を装って宗孝さまのご遺体を藩邸に運び込んだ。

そして、宗孝さまの弟の細川重賢さまを急ぎ末期養子として届け出た後、翌日に宗孝さまが手当の甲斐なく死去したと報告した。

それを時間遡行軍は改変しようとしているようだ。

「池田屋事件を起点とする歴史改変を諦めて、歌仙たちの本霊の抹殺にかかったらしいな。細川氏がここで断絶したら、戦後お前らを保護する流れを作ってくれた中心人物がいなくなる。本当に反吐が出るような話だ」

主の言葉には怒気がはらんでいる。

「ほんとうに相手の考えることはえげつない物ばかりだ。直接手を下さずに歴史の潮流の中で失わせようとする。人海戦術はこれができるから怖いんだよな。ほんとうにふざけた連中だ」

「主、一軍の編成はどうするつもりだい?」

「そうだな、こないだの戦力拡充計画んときみたいに、最大戦力を投入する」

「僕と大太刀3振りに太刀2振りかい?」

「と、行きたいところなんだがな、時の政府の注意事項があって」

「ふむ」

「索敵に失敗すると一瞬で刀装が剥がれるような連中がうろうろしているそうだ」

「..................なるほど」

「ほんとはお前を部隊長にしたいんだが、さすがに一軍全体の安全性を優先したい。申し訳ないんだが、今回は小夜を部隊長にするつもりだ」

「..................まあ、そういうことなら仕方ない。小夜もきっと極の力を細川家の危機に奮いたいはずだ。僕はほかの仲間に被害が及ばないよう、遠投を捌いてあげるよ」

「ありがとう、歌仙。助かる」

「まあ、時にはそういう事もあるだろう。我慢するさ。他の刀に目移りしてもいいけれどね、最後は僕のところに戻ってくるんだろう?」

「やっぱ怒ってんじゃねえかお前」


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bkm
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