夢見が悪い日の話
行方不明。失踪。消息不明。電子端末が破壊。連絡が取れない。同じ時間軸の帰省中の審神者の全員。集団失踪。誘拐?事故?災害?疫病?時間遡行軍?歴史改変者?歴史修正主義者?検非違使?停止した頭のどこかに、濁流のようにそれらの言葉がなんの意味も成さないまま引っかかっている。誰が?いつ?どこで?なぜ?行方不明? 失踪?行方不明?失踪?───────誰が?主が?まさか

「主さまに携帯を義務付けている端末反応が消失しました。座標が確認できません。あの時間軸の政府関係省庁と連絡が取れません。なにもかもが一瞬にして、消えたのです」 

その時、僕は持っていた端末を落としてしまった。こんのすけは動揺が隠しきれない僕をみて、やりきれない様子だった。

「わたしも担当者に呼ばれて話を聞きました。時の政府は完全にあの時代への干渉手段を喪失しています。復旧作業に全力を注いでいます。担当者は少しでも情報を集めたいようなので、歌仙さま、対応をお願いいたします」

うなずいたか、返事をしたか、よく覚えていない。本丸に担当者がやってきて、執務室でヒアリングを受けたのは覚えている。

彼が行方不明になる前後五日間の生活について聞かれた。彼と交わした会話の一言一言、読んだ本のぺージ数とあらすじ、掛かってきた電話の相手と用件、食事のメニュー、トイレの回数、もう徹底的にだ。

そういう事柄を一つ一つ文章にし、書き写し、推敲し、読み直す。海岸の砂を一粒一粒選り分けていくようなものだった。五日間の生活を調べ上げるには三倍の時間がかかった。

僕も仲間たちに聞いて回った。主に行方不明になるような兆候がないか知りたかったから、その一心だった。

もうくたくただった。しかしそんなことをしても、何の役にも立たなかった。

あたりまえだが誰も彼も何も身に覚えがなかったのだ。時の政府も関係省庁も誰も僕達を疑っているわけではない。前代未聞の事件だったからとにかく情報が欲しかったのだ。担当者が念押しした通り、潔白はすぐに証明された。

1ヶ月たち、2ヶ月たち、3ヶ月たち、半年がたったころには、ある時間軸の帰省中の審神者の集団失踪、そしてある時間軸への干渉手段の喪失に関する
騒動は目に見えて減少し、ついには掲示板などでも殆んど目につかないまでになってしまった。

興味本位の記事を載せ、中には霊能者までひっぱりだしたものもあったが、それもやがては尻すぼみに終ってしまった。

人々は主のまきこまれた事件とも事故とも呼べない未解決事件について、を数多くの知っている人を有する「解明不能の謎」というカテゴリーの中に押しこもうとしていた。

そのときの時間遡行軍の最大勢力を壊滅させた直後だったから、最前線にいた審神者の集団失踪は、戦局の趨勢には何の影響もなかったのだ。世界は単調な回転をつづけ、時の政府はさしてあてになりそうもない声明を発表しつづけ、人々はあくびをしながら会社にでかけ、子供たちは受験勉強をつづけていた。

関係省庁や担当課の人々は必死だった。1年経ち、2年経ち、規模が縮小されてもなお必死で調べてくれていた。やがてその対策課すら他の課との合併により名前が無くなる頃には、僕たちの本丸は審神者が不在の訳あり本丸になってしまっていた。

寄せては返す果てしない日常の波の中で、行方不明になった審神者たちに対する興味がいつまでもつづくわけはない。そのようにしてこれといって特徴のない何ヵ月かが窓の外を行進していく疲弊した軍隊のように過ぎ去っていった。

毎日僕は必死で不慣れな審神者代行をつとめた。主のいない執務室はほんとうに広い部屋だった。広く、静かで、がらんとして薄暗かった。死んでしまった時間の匂いがした。部屋の中では時間は奇妙な流れ方をしていた。静止した時の塊りが床の上に色あせた生活の層を積み上げた。

ドアを開ける度にぞっとした。しんと暗く、なにも息づいていない。見慣れていたはずのすべてのものが、まるでそっぽを向いていた。主が行方不明になってから、この本丸の時間も死んだ。そう悟るのは早かったように思う。

このゆっくりと世界が死んでいくような感覚が僕はこの世で一番嫌いだ。

「主、いるかい?」

本殿の裏手には審神者の古民家が併設されており、近侍をつとめる刀剣男士の生活スペースも確保されている。主はプライベートスペースに他人が立ち入るのを本気で嫌がる人だから、ひとりになりたい時は入れない。入れる時は本来客間になるはずの部屋に通される。

まだ明かりはついていた。それを見越しての声かけだったが、主はあっさり開けてくれた。そして通される。

「どうした、歌仙」

「いや、すまないね。霊力は感知できているんだが、どうにも不安が拭えなくて」

「お前もか......刀剣男士ってのは想像以上に霊力に頼るんだな」

「物質世界の住人であるきみには理解し難いのかもしれないけれど、僕達神霊は古来からそういうものなんだよ」

「うーん......まあ気持ちはわかるけどな。いちいち探さなくてもどこにいるかわかるのは便利だよな」

「その反応からするに、僕は何人目かな?」

「もう忘れた」

欠伸を噛み殺しながら、主は目をこすった。

「こっちにうつってから毎晩だ。さすがにもう体がもたん。こんのすけに頼んで端末みんなに渡すことにしたからな。GPSなりスケジュールなりみればみんな安心するだろう」

「いいのかい、それ。きみのプライベートがなくなるが」

「さすがになにしてるかまではわからんだろう?監視カメラじゃないんだから」

「そうだね」

「ならいい。しかしあれだな。今回の戦力増強計画でみんなの練度を上げたつもりだが、この結界の阻害を回避出来てるのお前だけなんだな、歌仙」

「きみの審神者としての実力に対応しているからね......82振りも育て上げたらきみの実力も跳ね上がっているんだろう」

「まじでか......それは盲点だった」

「僕もたまにきみを見失うことがあるからね。おかげで夢見が悪くていけない。今日はきみが失踪した日の夢を見た」

「まじでか!?うーん......どうするかな。いくら俺を守るためとはいえ、本丸全体の士気にかかわるぞこれ。熊鈴でもつけるか?」

「銅鑼や太鼓の方がよくないかい?」

「冗談のつもりだったんだがな......はは」

主は遠い目をしている。

「極か、極なら阻害を免れるのか」

「そうだね」

「もうあれだな、はやく強くなってくれっていうしかないな」

「道具に制限がかかってしまうだろう。うちは81振りもいるんだが。主はあれだね、もっと休みや休憩時間は本丸内を歩き回るべきだ。今のきみはただでさえ仕事のしすぎなのだから、朝礼でしか会えない刀剣男士もいるんだよ。きみはきみが考えている以上に、今の本丸では慕われているからね。交流を増やした方がいい」

「そういうもんか?」

「きみが審神者として尊敬に値する人間なのはもう充分にわかっているからね。威厳を保つために距離を取らなくてもいい時期にきていると思うよ、僕は」

「ほんとうにそう思うか、歌仙?まだふた月だぞ?」

「もうふた月だ。来週からはいよいよ未知のエリアが解放されるじゃないか。前は一年もかかったのに、今ではたったふた月でだ。肩の力を抜いても、誰もきみに失望したりはしないさ」

「うーん......」

主は首を傾げる。

「なあ、歌仙」

「なんだい?」

「前の本丸だと、今みたいにそもそも愛称なんて呼んでなかっただろう?なんで今の本丸はこうなんだと思う?俺としては前と今とじゃなにも変わらないつもりなんだが」

「本気でいっているのかい、きみ」

「歌仙は心当たりがあるのか?」

「あるに決まってるだろう。前の本丸では、僕みたいに面と向かってきみに意見する刀剣男士はいなかったんだよ。すべての職務をきみがちゃんと回していたから、みんなきみのことを深く知る術がなかったんだ。きみに任せていれば大丈夫だという安心感でもって本丸は回っていた。今の本丸は、そもそも最初の顕現の時点で、僕と主はなにかしらのいいあいをしている。それに庶務仕事に関しては先輩なんていう逆転現象は起きていなかったじゃないか」

「あー、そうか、そういうことか。最初からバレていたのか。今の肩書きは新人審神者だから、前みたいにしなくていいのは大きいのかとは思っていたが」

「まあ、それもあるだろうね」

「そうか、そうかあ。歌仙にはほんとに感謝だな。ありがとう」

「ほんとうに今更だね、きみ」

「あはは」

僕は笑った。おかげで次は少しだけいい夢がみれそうだ。


prev next

bkm
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -