「俺は主に本当にひどいことをいった」
「さて、それはどんな言葉だ?さすがに俺も聞かなかったことにはできないなあ。俺でよければ話してみるか、骨喰」
「......前の本丸の骨喰藤四郎のことは聞いたか」
「おお、もちろん聞いたぞ。検非違使放免の呪詛から解放されたそうだなあ。よかったよかった」
「俺もそれには同意だ。4年間も主に会えなくて、必死に探した挙句に検非違使放免に墜ちて、本体は破壊されて、分霊まで祓われては救いがない」
「そうだなあ、さすがに寝覚めが悪い。悪すぎる。骨喰も同じ分霊として嫌だろう。俺も想像するだけで嫌だからなあ」
「わかってる......わかってはいるんだ。ほんとはいつでも会いにいけばいいってことくらいは。俺がどうこういう権利なんてない。時の政府預かりになったんなら、好きな時に会いにいけばいい」
「うんうん、そうだな。主にとってはどちらも大切な骨喰藤四郎だからなあ。優劣はつけられないだろう」
「4年も会えなかった主に会えたんだ。前の骨喰藤四郎だって会いたいに決まってる。会いにいけばいいっていえばいい。気にしないから、大丈夫だからって、それだけでいいはずなんだ」
「その物言いはあれか?いえなかったか」
「......どうしてもその先がいえなかった」
「主はなんといっていた?」
「わかったっていってた」
「そうかあ」
「そうだ」
「それは困ったな」
「......」
「主のことだから、ほんとうに会いにはいかないだろう。聞けば前の本丸から時の政府預かりになったり、他の本丸に移った刀剣男士にも会いに行ったりもしていないというじゃないか。俺たちが唯一知っている極の太郎太刀だって、演武でしか会わなかったのに、越前国から山城国に移った今ではもう会わないことになる」
「連絡はとってるみたいだ。でも、俺の反応を見たから、きっと前みたいに休みの日とかにはやらなくなる。執務室でしかやらなくなる。絶対に俺達の目の触れるところではやらない。俺がそう望んだから」
「自分の気持ちに正直になって、主がそれを受け入れてくれたのに、つらいか。そうか。相手は1年も主と付き合いがある骨喰藤四郎だからなあ、考えることがわかってしまってつらいか」
「......」
「それだけではないな?」
「......」
「あれか?主と骨喰藤四郎の絆の深さというどうしようもないものにつらさを感じるか?」
「......前の骨喰藤四郎は」
「うんうん」
「......言わなかったそうだ」
「なにをだ?」
「俺みたいに、言えなかったんじゃない。言わなかったんだ。───────会いに来てほしいって」
「それはそれは」
「代わりにいったらしいんだ。様々なことがあった。これからもあるだろう。何もかも大事な思い出だって」
「..................は?」
「三日月?」
「それは、ほんとうか?ほんとうにいったのか?前の骨喰藤四郎が?」
「うん」
「うーん、そうかあ。そういったのか......前の骨喰藤四郎は......。さすがにそれは俺でも凹むな」
「三日月も凹むのか」
「それはそうだろう。主は前の本丸について滅多に話さないからなあ。それに俺たちを前と比べることもない。前の知識と経験を今の本丸運営に大いに活用している。しかもあの蔵書を見れば、また審神者になるにあたってどれだけ勉強したかはわかるというものだ。おかげでついつい俺たちは、主にとっては2度目の本丸で、刀剣男士によっては2振り目だということを忘れてしまう。耐性がない。なのに不意にそんなことを言われては、気持ちのもっていき場所に困ってしまう」
「だから時期を見ろっていったんだと歌仙が怒っていた」
「ああ、歌仙らしいなあ。でも、それはそれで教えてもらう時期をずらされても凹むのは変わらないんだが」
「俺もそれはいった。気を遣われてるのがわかるとなお辛くなる」
「主なりの誠意なんだろうことは承知していても、凹むことは凹む」
「そうだ」
「難しいなあ」
「難しい。ほんとうに難しい」
「誰も悪くないというのが実に厄介だ。自分のせいにしてしまうのが一番楽だが、一番しんどい」
「ほんとうにそうだ。三日月ならどうする」
「うーん......そうだなあ」
「うん」
「ひたすら凹むだろうな、そしてそのうち疲れて寝るだろう」
「寝......え?俺の話、ちゃんと聞いていたか?」
「だってそうだろう。こういう時は結局のところ、時間がもっとも有効な薬だと相場が決まっているからなあ。それによく考えてみろ。たった1年だぞ、1年。この本丸がたちあがってからもうふた月がすぎた。もう10ヶ月我慢すれば俺たちの方が主と共にすごした時間は長くなる。なにせ最初の1年だけだからなぁ、前の骨喰藤四郎には悪いが」
「三日月......」
「もうその頃になれば、少なくとも、この世界の、今の、ここにいる骨喰は一本の道を歩んできたはずなのだから。そう悩むこともなくなるんじゃないか?」
「そういうもの、か?」
「うんうん、一日一日を大切に生きていくことだ。それと同じように骨喰のこれからの未来も、一本の道になるはずだ。骨喰があの時こう手を動かした、これをし、これをしなかった、あれになり、これにならなかった。その瞬間その瞬間、選び取られた点の連続である一本の道は、きっと骨喰が死ぬまで続いていく」
「それが記憶になる」
「結局のところ、そうなる。どのような選択をしようと何をどうしようと、後から振り返ればそれが一本の道であることに変わりない。二本の道を歩くことはできないし、そんな負担はいらないだろう。骨喰はただ、一本の道を歩めばいいだけ。ちがうか?」
「......ちがわないと思う、たぶん」
「うんうん、それが決められた道であっても、変えられる道であっても、結局は一本だ。決まっていた、運命だ、宿命だというのは、所詮はこれまでの積み重ねからくるにすぎない。受け取り側の概念にすぎないからなあ。今悩んでいるのは、必要なことだからだと思うぞ。大いに凹んでおけ、骨喰。俺の見る限り、同じ境遇で凹んでるのはお前だけだからなあ」
「ああ、うん。はやく連結して強さを力に変えてやるとか、超えてやるとか、面白いとか、そういう奴らばかりだ」
「ははは、おかげで相談もしにくかっただろうなあ、骨喰。同情するぞ」
「ありがとう、三日月。少し楽になった気がする」
「それはよかった。で、主にはなにかいうのか?」
「いや、言わない。会わないで欲しいのは事実だから」
「そうか、そうか。主も可哀想になあ」
「そうだな、俺達を優先するあまりに自分ばかりが損をする」
「しかもうちの本丸にはそれがわかっていながら遠慮するやつらがいない」
「誰に似たんだろう?」
「さてなあ、誰だろうなあ」
越前国から山城国に本丸が移転してから1週間がたった。戦力増強計画のノルマはみんなの練度を高めるための出陣をこなすうちに達成された。
そのうち一振はまだうちの本丸にいない刀剣男士だったため、主と僕は鍛刀部屋にいる。
「..................あ、主ぃ?」
顕現したばかりの静形薙刀は生まれて初めてできたはずの主の霊力を感知できないせいできょろきょろあたりを見渡している。
「その......うん......なんだ、主を知らないか?」
刀剣男士の霊力は感知できるようで、主と同じ霊力をもつ練度の高い僕が古参の近侍だとわかったようで話しかけてきた。
「待っていてくれるかい?」
「う、うむ......」
「ほらいったじゃないか、主。新入りが不安がるからここにいろって。静形が探しているよ。はやくこないか」
僕が叫ぶと勢いよく襖があいた。びくっと静形の肩がゆれるが主の霊力をようやく感知できたようで心の底からほっとしているようだ。
「そんなにかッ!?そんなにわかんないのか、俺ここにいるのに!?」
「だから。きみに霊力がないのは元からだが、さきの事件で霊的守護システムが大幅に強化されたからね。僕ですらふとした瞬間にきみを見失うことがある。新入りが見つけられるわけないだろう。気をつかってやれとあれほど言ったのにきみは」
「いや、だってさあ、刀装やお守りは渡してしまいたいじゃないか」
「そんなもの後から取りに行けばいいだろう」
「本丸広くなりすぎなんだよ、移動すら一苦労だ」
「......お守り?刀装?そうか、主は俺のために取りに行ってくれていたのか。主ぃ、心配するな。俺は......」
「これはうちの本丸の基本方針だからな、刀装はともかく極のお守りは本丸であろうがなんであろうが必ずつけてくれ」
「うぅん......そうか......必要なのか?」
「僕もつけているだろう?なにもきみだけじゃないよ」
「ほんとうだな......主がそんなにいうなら......」
「それといきなり不安にさせてごめんな、静形。俺、ここにいるからな。ちゃんといるからな。霊力で感知しようとしてもわからんだろう、すまん。電子端末の使い方あとで教えるからそこで俺の居所は調べてくれ」
主からお守りを受けとった静形薙刀は不思議そうな顔をしている。それでも一応納得はしたのか装備した。そして主を見つめる。
「あらためて自己紹介させてもらうぞ、主。俺は大別して実戦用とされる薙刀から顕現した静形薙刀だ。事銘も逸話もないが、そういったものはこれから作ればいい。これからよろしく頼むぞ、主よ」
「こちらこそよろしくな、静形。俺はこの本丸の審神者をやっている者、こちらは初期刀で近侍の歌仙兼定だ」
「あ、主ぃ……それは......握手か?」
「うん?ああそうだけど、嫌か?」
「まあ、待て。……主ぃ、俺は避けているわけではなくて…だな。俺にはあまり近寄らん方がいい。その、顕現したばかりで力の加減がわからんのだ、壊してしまいそうで怖い」
「そういうもんか?まあ、無理にとはいわんが。はやく慣れるといいな」
「すまん......俺は粗忽者だからな、怖いのだ。歓迎してくれているのは嬉しいぞ」
「喜んでくれてるならよかった。今からうちの本丸について説明するから話をきいてくれ」
「わかった」
僕達は鍛刀部屋をあとにする。
「移動しながらで悪いが、いこうか。本丸がかなり広いんでな、かけあしですまんが下手をしたらそれだけで日が暮れてしまう」
「そうなのか?それは覚えるのが大変そうだな」
「だから慣れるまでは気軽に他の刀剣男士に聞いてくれ。新入りは迷子になるのが最初の洗礼なんだ。相部屋は巴形薙刀にお願いしてある。大丈夫か?」
「巴形か、先に顕現しているのだな。俺は構わない」
「そうか、よかった。巴形が部隊長を務めている4番隊に任命するからそのつもりでいてくれ。薙刀男士の戦い方はかなり特殊でな、先達がいた方がわかりやすいだろう」
「わかった、巴形に色々聞いてみるとしよう」
そして僕たちは静形に本丸を案内しながら運営方針やスケジュールについて説明したのだった。
「なあ、歌仙よ」
「なんだい?」
主が用意した刀装が静形に合わなかったため、寸法を取り直し、妖精たちと調整しているのを眺めていると静形が話しかけてきた。
「お前はどこまでこの戦争について知っている?」
「そうだね、この国の中枢が京の都に遷都され、霊的守護も脅かされているのは知っているよ。主がはからずも毘沙門天の信者であることが時の政府にとって大切であるようにね」
「そうだな、越前国から山城国に移るくらいだ。俺のような、確固たる逸話を持たぬ付喪神の励起に、不穏なものを覚えてならない。俺の励起は、戦力不足を補うためのものだからな」
「そうなのかい。同田貫正国みたいなものだろうか」
「なに、俺達より先達がいたのか」
「そもそもの話、正史には実在していなかった刀剣男士もいるだろう。今僕達が守っているのは人の歴史だ。人が生きていたという証だ。正史はすでにいちど破棄されている。なら、僕たちが守るべきなのは主のいる世界線だろう」
「そうだな......そうか、戦況はそこまで逼迫しているのか。この戦い、この先どうなるのだろうな……」
「さっきもいったように、僕達は主のいる世界線を守るために戦うべきだ。なぜか主は世界線が変わっても歴史改変されても消えない人間らしいからね。彼が消えたらなにかが変わるんだろう」
「なんだと......?それはあれか?いずれなにかを成す人間なのか?主は?」
「さあ......さすがにそれは僕にもわからない」