2週目極歌仙とリセット本丸
「おはよう、大倶利伽羅。気分はどうだい?」

「......ッ!?」

「無理に起きない方がいい。きみはまだ本調子じゃないはずだ。心配しなくても、ここには妖精たちしかいないよ」

「......主は」

「心配しなくても、総出で引越しの準備中だ。近侍はソハヤがやってるよ」

「ひっこし」

まだ起きたばかりで言葉の意味が飲み込めないらしい大倶利伽羅に僕は時の政府からの指示書をみせてやった。

「......たったふた月でこことはおさらばするのか」

ざっと目を通した大倶利伽羅は、自分が寝ている間にたくさんの物事が通り過ぎていったことに動揺している。さすがにここまで事態が大きくなるとは思わなかったようだ。

それはそうだろうな、と思うのだ。主が毘沙門天の信者であることが今のこの国においてどういう位置づけだなんて、大倶利伽羅を始めとした殆どの刀剣男士は知らないのだ。

「そういうことになるね」

「そうか」

「きみは僕と主と時の政府にいかなきゃならない。だから私物は同室の......燭台切だったかな?彼に任せておいたよ」

「俺はこれからどうなるんだ」

「心配しなくても刀解にはならないし、謹慎にもならない。きみの本調子を取り戻すために必要なことだ。邪霊を祓う」

「それは、石切丸たちがやってくれたんじゃないのか」

「完全には無理だったからね。それはきみがよくわかっているだろう」

「......ああ」

「きみは気づいてないだろうが、すでに3日もたっているからね」

「!」

「そこに朝食があるから食べるといい。燭台切たちが毎日準備していたよ」

「......そうか」

手を付け始めた大倶利伽羅を横目に僕は息を吐いた。

検非違使放免が本丸を襲撃するのは前代未聞の大事件だったようで、僕達が考えている以上に大騒ぎになってしまった。

刀剣男士は全て時の政府預かりになり、いちど本体に戻って検査に出された。主も政府管轄の病院に検査入院となり、本丸全体がお祓いされた。

本丸の座標が特定されてしまったことを重く見た政府の判断で僕たちの本丸は主の時代の別の座標に移されることになったのだ。

ゲートをつかえば距離は関係ないが、本拠地が越前国から山城国に移された。主が故郷が遠くなったと寂しそうだったが背に腹はかえられない。

今、その引越しのために本丸総出で荷造りなどを行っているというわけだ。

「食欲はありそうでよかった。今はどんな感じだい」

お盆を受けとった僕の問いに大倶利伽羅は俯いている。

「何か嫌な感じがしやがる」

「きみではないなにか?」

「ああ」

「そうか」

「慢性的な消化不良のようなやりきれない感情だ。俺じゃないとしたら、前の本丸の骨喰藤四郎のだろうな」

大倶利伽羅はためいきをついた。

黒々とした、じめじめとした、塊が巣食っているという。そこではいっさいのなにもかもが消えてしまうことに怯えて足掻いている。途方もない悲しみだけが空をみたしている月の光のように、やはりさびしくおごそかに残っている。

ただ渾沌と暗く固まった物のまわりを飽きる事もなく幾度も幾度も左から右に、右から左に回っている。

はっきりしない、複雑な感情がごちゃ混ぜになり、いつまでも気分がはれないように思えてならないという。

「よく平気でいられるね、きみ」

「俺は今の本丸の大倶利伽羅であって、骨喰藤四郎じゃないからな。主に名前を呼ばれた瞬間に歓喜しやがって。しるか、そんなこと」

「ああ、そうか。見つけられなかったから」

「だろうな。おかげでずっと俺の中で背反する感情が衝突しては波を立ててやがる」

「心の中で理性と本能が戦っているってやつかい」

「隙あらば支配しようと取り合いを続けてやがる。理性と本能が真っ向から対立しなきゃ乗っ取られちまうだろう」

「ほんとうに、よく平然と話せるね、きみ」

「どうでもいいからだ」

「そうか」

「ああ」

「大丈夫そうで安心した」

「これでいいんだろ、歌仙」

「なにがだい?」

「検非違使放免を短刀とはいえ、破壊した。この本丸では俺が最初だ。あんたらのいう強さってのに、俺は届いたはずだ。違うか」

「......そうだね、主も僕も今の本丸の実力では無理だと思っていた。だからなおのこと驚いたよ。誉どころの話ではない。すごいと思ったよ。ほんとうに無茶をしたね」

「ざまあみろだ」

「きみってやつは......」

「最初にあった時から気に食わなかったんだ。偽りの伝承により顕現したことを気にしてるとか知ったふうな口をききやがって。前の記憶があるとか反則だろう、歌仙」

「きみは......ああ、そうか。骨喰藤四郎の記憶が流れ込んできているのか」

「聞いてもいないのにな」

不満そうに大倶利伽羅はぼやいたのだった。



いつも演武の五番勝負で訪れる御神体の巨木が鎮座する本殿に僕達はいた。松明がたかれている。人の姿はなく、静寂があたりを包んでいる。大倶利伽羅は本体に戻り、僕達の目の前に置かれている。正座で待つ僕らの目の前にいつの間にか一人の女がいた。顔を覆面で覆い隠している。身長は小柄だ。158センチほどだろうか。下駄を履いているために165センチに見える。

「お待ちしておりました」

口元の動きはわかるのに音が連想できない。主の名前を女は呼んだのだろう。隣で主はうなずいた。

女に促されて僕達は大倶利伽羅を紫色の垂れ幕がある奥へと通された。

汗が伝う。ここに来てから見えないものに常に監視されているような奇妙な圧迫感がずっと僕の中に巣食っている。主は霊力がなさすぎてなにも感じ取ることができないために、ただただ厳粛な雰囲気にそわそわしている。好奇心が全面に出ている。能天気すぎて脳天をかち割ってやりたい位だが我慢した。

主の雰囲気を見咎めるように、圧迫感をじわりじわりと押し付けられて息苦しい。心の内側からの圧迫感は、はけ口のない、耐え難い陰鬱なものだ。上から圧力がかかって押しつぶされそうになる。何百トンもあろうかという水を全身で浴びているような重圧だった。

僕はそれとなく主に大人しくするよう促した。主は大袈裟なくらい静かになった。

そびえたつ壁のように思える無言の声が、見えない矢のように体のそここに突き刺さる。質量を持たない心の状態が肉体に様々な影響を与えているのかもしれない。がらんとして大きな圧しつけて来るような本堂の中で、僕達は紫の垂れ幕の向こう側に誰かがいることに気がついた。

大倶利伽羅が主から女に渡り、女から垂れ幕の向こう側に消えて行く。向こう側にいる誰かに差し出す。奥には山姥切国広が控えている。もしかしてこの誰かは審神者なんだろうか。

大倶利伽羅を手元に置いた誰かの声が響き渡る。聞いたことも無い詔のような、呪文のような、不思議な響きの言葉だった。松明が次第に激しくなっていく。

「───────ッ!?」

御神体の巨木に一瞬で満開の花が咲いたのだ。

どんな樹の花でも、いわゆる真っ盛りという状態に達すると、あたりの空気のなか一種神秘な雰囲気をまとうものだ。それは、よく廻ったこまが完全な静止に澄むように。あるいは音楽の上手な演奏がきまってなにかの幻覚を伴うように。それは人の心をうたずにはおかない、不思議な、生き生きとした美しさだと思う。

それが眼前に現れたのだ。僕も主も呆然とそれを見ていた。見入っていたといってもいい。その花がやがて散り始め、花吹雪となる。

「..................!!」

その花吹雪は床にたどり着く前に消えてしまう。ようやく僕はこれが儀式の一部だと理解した。大倶利伽羅の本体に取り付いていた骨喰藤四郎の思念がいつのまにか消失しているからだ。それは僕達の前にある巨木に吸い上げられ、花を咲かせている。霊力を吸収しているのか、浄化しているのかはわからないが、そこにある霊力は検非違使放免の頃とは思えないような霊力。つまり、主の霊力そのものに変わっていた。

かつて骨喰藤四郎を構成していた霊力が御神体の巨木に花を咲かせているのだ。

まてよ、極に到達していたとはいえ、ここまでの霊力が骨喰藤四郎を構成していたというのなら、本来なら相当の霊力を主は保持していなくてはならないのでは?

目の前の現実と僕が感知できる主の霊力の落差が激しくて、ちら、と僕は主を見てしまう。本人は僕の視線にも気づかず花吹雪に魅入っている。

......考えすぎだろうか。

やがて巨木の花吹雪は失われ、大倶利伽羅が返ってきた。

「彼はどうされますか?」

女に聞かれた主は虚をつかれたような顔をする。

「どうって......顕現できるんですか?本体は失われたのに」

「あなたがのぞめば、また顕現する機会もありましょう。そちらの歌仙兼定様のように」

「......!」

主の目が見開かれた。迷っている。明らかに迷っている。だが、返事だけは早かった。さきに口にしないと揺らいでしまうと思ったのかもしれない。

「今の本丸の骨喰藤四郎は、お前の本体が失われたことに安心している。大倶利伽羅もそれを狙ってやったはずだ。今の本丸にお前を受け入れてやれるだけの余裕はないんだ。......ごめんな」

最後の言葉は巨木に投げかけられた。女は主に告げた。

「様々なことがあった。これからもあるだろう。何もかも大事な思い出だと仰せです」

「......!!」

主は顔をあげた。僕をみる。僕はうなずいた。ほんとうに骨喰藤四郎かいったのかはわからないが、目の前の巨木に主の霊力を感じるのは事実だ。いるんだろう、かつて骨喰藤四郎だった刀剣男士の分霊が。

「骨喰藤四郎は時の政府預かりとさせていただきます。検非違使放免にふたたび堕ちぬよう、また悲劇の話を聞くためにも、こちらが用意した本体に顕現させていただきます」

「わかりました。骨喰藤四郎を元に戻してくれて、ありがとうございました」

「主、このことは本丸にいうつもりかい?」

「ややこしくなることは目に見えているが、まあ、いわなきゃならんだろう。隠し事はよくないからな」

「時期を見ての方がいい気もするけど」

「時の政府に賞与されたやつもいるんだ、かわらんさ」

「会いにはいってないだろう」

「......会うかどうかは骨喰と話をしてからだ。約束したんだからな」


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