「......いったか」
男は御神体の巨木を見上げた。
「アメノハバキリ、あの審神者は提倶璃(くくり)一族か?たしかお前は先々代と会ったことがあるって話だが」
「いいえ、ちがいますわ。あの方は坂上田村麻呂さまの系譜、毘沙門天本霊の加護を受けていらっしゃいます」
アメノハバキリと呼ばれた神霊は男の前に姿を現した。
「そうか、違うのか。大正時代にかつて関西に拠点を置く提倶璃(くくり)一族の少女は、霊力を吸収し蓄える霊媒体質を持ち、特に優れた能力を秘めた女性に「媛」の名と膨大な霊力を継承するって話を聞いたことがあったんだが」
「あの子はとてもいいこでしたよ。あなたが起こした歴史改変の余波を受けて起きた事件のひとつに巻き込まれて死にましたが」
「お前を召喚しようとしてか?」
「そうですね。霊力が尽きて」
「そうか」
「提倶璃(くくり)一族は未曾有の災禍を免れ、京の都にて結界のために必要な霊力をあつかう職務についています」
女が口を挟んだ。
「ああ、それは知ってるさ、もちろん。だが歌仙兼定や骨喰藤四郎、大倶利伽羅の霊力を考えるとあれでは本来維持出来ねえだろう、普通に考えて。審神者の霊力が不当に低い。だから男でも受け継ぐこともあるかと思ったんだけどな、思い違いか」
「あなたも感知できないのでしたら、毘沙門天本霊の加護がよほど手厚いのでしょう」
「毘沙門天の本霊が実体を維持するには信仰がどれだけ寄与すると思ってんだ。あんな微々たるものに頼ってたら死んじまうぞ。効率的に得るなら血祭りにあげてしまう方が余程いい。それをしないということは、余程の理由があるんだな。ろくな死に方しないぞ、神に愛された人間の末路なんぞろくなもんじゃない」
「人のことをいえるのですか?」
「あなたにだけは彼も言われたくないと思うのですが」
「なにがだ」
男は冷笑してから、控えていた初期刀を呼んだ。山姥切国広はアメノハバキリや女には一瞥もくれずに駆け寄る。
「帰るぞ、山姥切国広」
「やっとか、いつまで待っていればいいのかとうんざりしていたところだ。でもいいのか」
「ああ、あてが外れた」
「あてって、あんたほどの審神者でも検非違使放免をあの本丸に送り付けた連中がわからなかったのか?」
「犯人はわかったが肝心の所属がわからねえんだよ。潜伏先に殴り込みにいかなきゃダメなパターンだ」
「いつもの堕天使の一団ではないのか」
「確かにグリゴリにも所属してるがな、厄介なことに憎悪の天使が直談判して部下にしたことでも有名だ」
「てんし.....とうきょうを占拠してるやつらか。証拠を残すなんて珍しいな」
「ああ、断定するのはまだ早い。だから彼の前の本丸を調査する必要がある。座標が敵にバレているからな、なにがあるかわからん。次の部隊は古今伝授の太刀と地蔵行平は外すぞ。ほかに敬虔なやつはうちにいたか?」
「聞いてみないとわからないな、前の主が信仰していたからといって本人もそうだとは限らない」
「それもそうか」
「だから古今伝授の太刀と地蔵行平にも話をしたらどうだ」
「一応するがな、一応は。先入観に囚われて敵は自分の信仰を真っ向から否定する存在だと理解できん限りはあまりぶつけたくは無い」
「そうか、主がそういう方針ならそれも含めて話そう」
「そうだな」
松明が消えた。
「主、話はしなくてよかったのか。彼は未曾有の災禍で生き残った審神者なんだろう」
「なんの話をしろっていうんだ?初対面だぞ?俺がなにもしなかったら、国の存亡の危機だってのに、国津神が敵と手を組んで天津神を封印し、即座に手を切られて人類が滅亡するはずだったから感謝すべきだとでもいえってか?」
「だが......俺は嫌だ。主が大罪人なのは嫌だ」
「そんなこというのはお前だけだ、山姥切国広」
「俺だけじゃない、うちの本丸はみんなそう思ってる。本霊たちもだ」
「だからどうした。理解者なんて要らない。俺が歴史改変者なのは前も今もかわらない。人類が未だに文明を営むレベルまで軌道修正しただけ御の字だ。この国が存続できた以上、大罪人になろうがやることは変わらない」
「......わかった。あんたが望むなら俺はなんだって切ってやる。だから最期まで連れていってくれ」
「できるもんならやってみろ」
「ああ、意地でもついて行く」
男は笑ったのだった。