「おお、ここにいたか。骨喰の、鯰尾の、よかったな。主が見つかったぞ」
「おおー、ほんとだ。ありがとう、巴形」
「さすがだな、巴形。感謝する、ありがとう」
「ん?」
「主、少しいいか」
「巴形に骨喰に鯰尾か。揃ってどうした。なにかあったのか?」
「休み中にすまない。2人が主を探して本殿をウロウロしていたのでな。主はどこだというので、ここじゃないかと来た次第だ」
「あれ、そうなのか?電子端末に予定入れといたんだがな。見なかったのか?」
「めんてなんすちゅうで使えなかったぞ?」
「えっ、マジでか。メンテナンス中?あー、そうか、今日だったか。今日休みだからメンテナンス入ってたのか......すまん、そこまで見てなかった。次からは襖にでも張り出しとくか......。で、どうした、2人とも」
「俺じゃなくて、骨喰が主に話があるんだってさ」
「骨喰が?」
「主、少し話がしたい。時間をくれないか。熱心に本を読んでるところ悪いが」
「おう、構わんぞ。どうした、骨喰」
「よかったな、骨喰。では俺たちは失礼するぞ。なにかあればすぐによべ」
「じゃあ、話が終わったら本殿に来てくれ、骨喰。みんなと遊んで 待ってるから」
「わかった」
「本殿でなにしてるんだ、あいつら。将棋か、カルタか、百人一首か」
「それもある。鯰尾たちは恐ろしい妖魔の本を読んでた気がする。くとぅるふとかいってたが」
「TRPGやってんのか、あいつら。まあ暇つぶしにはなるが」
「色々だ。この部屋はなんでもあるから」
「爺さんの趣味だからな、なんでもあるさ」
「そうか」
「まあな。で、話ってなんだ、骨喰。修行についての相談か?」
「いや......違う。俺はまだ強さに限界を感じてはいない。歌仙の次に修行の旅に出るには練度が足りない」
「そうか。ならあれか?前の本丸にいた骨喰藤四郎が検非違使放免になっちまったことについてか?」
こくり、と骨喰はうなずいた。
「あのあと、俺たちひとりひとりの話を聞いてくれたのに、すまない。あのときは大丈夫だといったのに。今更なんだと思うか?」
「いや?思わんさ、そんなこと。俺だって未だに理解はできるが納得はできてない。頭と心は別物だ。俺でさえそうなんだ、骨喰はもっと深刻だろう。素直に打ち明けてくれてありがとう、骨喰」
「よかった、安心した。正直、呆れられるんじゃないかと怖かった。主はいつもと変わらないから」
「総大将が下手に反応したら本丸全体の士気に関わるだろう、努めて冷静になってるだけだ。歌仙あたりにはモロバレみたいだが。分霊とはいえ、同じ骨喰藤四郎が検非違使放免になっちまったからな、思うところはあると思ってたんだ。俺でよければ話を聞くが」
「ありがとう」
隣のソファに腰掛けた骨喰はぽつぽつとではあるが話してくれた。
「あのあと、俺なりに考えてみた」
「そうか」
「とはいっても、俺には炎に焼かれる前の、そう……記憶が無い。それでいいと思っていた。記憶がなくても……昨日がなくても……何とかなると」
「今の本丸には鯰尾も藤四郎兄弟もいるしな」
「......後藤と、包丁と、毛利はいないが」
「ああうん、ごめんな。はやく顕現できるよう鍛刀がんばるから。それで?」
「あの話を聞いてから、改めて主にとって俺は2振り目の骨喰藤四郎なのだと思い出した。主はいつも通りだから、忘れていた」
「まあ、そうだな。今は今、前は前だ。忘れることはないし、忘れることは許されん。前の本丸は俺の罪の証だ」
「それはとても幸運なのだろうと思った」
「そうか?」
「少なくても、俺にとってはそうだ。三日月たちは薙刀時代の俺、あるいは焼かれる前の俺を知っている。それでも今の俺を受け入れてくれた。主はそれとは違う。今の骨喰藤四郎を知っている。俺の知らない俺についてもたくさん知っているはずだ。そうだろう?」
「まあ、そうだな。否定はせんよ」
「主は今までそんな素振りは1度も見せなかった。俺が今こうして初めて話を振って教えてくれた。それは、俺は俺だと見てくれてる証だと」
「面と向かっていわれると恥ずかしいが、心がけてはいるよ」
「だから、主に伝えないといけないと思ったんだ」
「なにを?」
「俺はその心に答えなければならない。俺は前の骨喰藤四郎にはならない。大阪城に焼かれる過去に介入はしない。検非違使放免には堕ちない。それだけはどうしても話しておきたかった」
「そうか......そうか。ありがとう、骨喰」
「主、ひとつ聞きたい」
「なんだ?」
「もし、もしもだ。検非違使放免をたおして、誰かが本体を持ち帰ってきたら顕現させるのか?」
「顕現か......まだそこまで考えてなかったが、そうだな。あいつらには悪いが俺は今の本丸の審神者だ。連結するか、習合するか、刀解するか、顕現するかはお前らに聞いてからだな。今みたいに話をしよう。それからだ」
「それを聞いて安心した。俺はいくら考えてもどうしようの先が見えてこなかった」
「そこを心配してたのか......そうか。余計な心配させてごめんな、骨喰」
俺はため息をついたのだった。
「主、きみが82振りだというから、僕まで本丸にいる刀剣男士は82振りだと思ってしまったじゃないか。刀帳を見たまえ、81振りとあるじゃないか。しっかりしてくれ」
刀帳を突きつける僕に主は目を丸くした。
「えっ、82振りじゃないのか?」
「きみってやつは......まだわからないのか。今の本丸には極の僕がいるだろう。刀には特までの僕と極の僕は違う存在として登録されているんだよ。よく見たらわかるだろう」
「えっ、ちょっと貸してくれ」
「ほら、特の僕の横に今の僕が表示されているじゃないか。わざわざわかりやすいところに、極と通常がきりかえられるようになっているのになぜ間違えるんだ」
「あああああっ、ほんとだ!マジでか!」
「きみの担当者とこんのすけには感謝するんだね。きみの報告を鵜呑みにしないできちんと数をあわせて報告書を精査してくれているじゃないか。これじゃあきみは極の次にまた新たな歌仙兼定を顕現させたことになってしまうよ」
「うわあ、ごめん、マジでごめん!」
「ゴメンで済んだら定期監査はないんだよ、まったく。悪いことはいわないから今まで出てきた報告書のデータを直して寄越すんだ。確認できたら許してあげよう」
「ありがとうございます、歌仙さま!俺頑張る!」
「はいはい、がんばってくれ。待っていてあげるから」
パソコンに向かい始めた主の背中を見つめながら、苦笑いした。
「ところで主、前いっていたデータは担当課からもらってくれたかい?」
「あー、歌仙が4年間がんばってくれた審神者業の記録?もちろん」
「どこに入ってる?」
「庶務ファイルんとこに歌仙ファイルってつけてぶち込んどいた」
「きみってやつは......もう少しタイトルをだね......まあいいか。それより、その中に課内調査ってあるだろう。そこの総務部ファイルにある監査ってフォルダの中に前の本丸の4年分の定期監査資料が入っているからね。そのまま流用するといい」
「マジですか、歌仙さま!マジでありがとう!!」
「あとひと月で定期監査だからね、準備は前々から準備しておかないと本当に地獄だ。この本丸は1年目だからベースになるバックデータがなにもない。規模も大きいのに1から作るのは本当に死ぬからね、やってられないだろう」
「ありがとう、ほんとにありがとう!」
「ほんとに感謝するつもりなら次からはちゃんと添付資料に間違いがないか確認してから報告書を作ってくれ。頼んだよ」
「マジでごめん」
「ケアレスミスはするものだ、間違えたらすぐ教えてくれ。監査に指摘されて改善されるまで運営ストップになったら目も当てられないからな」
「ほんとにな......ははは」
僕と主はためいきをついた。
うちの本丸の戦力拡充計画は時の政府の担当課に提出したとおり、順調そのものだった。前の本丸の刀剣男士が検非違使放免になってしまい、霊力を頼りに主の本丸を探していることが明らかになった今、襲撃されたらみんな全滅することを主や僕が明言したのが大きかったにちがいない。
この国の中枢である京の都の霊的な守護を突破する上で、本霊である毘沙門天の弱体化を狙うには信者を狙うのが一番だと敵は考えているようだ。かつて仏門やこの国の守護にかかわりがあった刀剣男士はなんとなく勘づいているようで、余計にやる気だった。
もっとも、今の僕たちの敵は迫り来る初めての監査な訳だが。
そして、今日の仕事はこれで終わった。今週の僕は出陣できないスケジュールだから、みっちり主を扱いてやるつもりだったのだが、どうやらそうもいかないらしい。
「主さま、歌仙さま、お仕事中に申し訳ありません。明日はすべてのシステムを停止し、メンテナンスに入りますのでおやすみください」
「いきなりどうした、こんのすけ」
「なにかあったのかい?」
「時の政府より緊急伝令が入りました。サーバをハッキングし、最初に接触した者に憑依して霊力を奪い取る襲撃者が確認されたとのこと」
「新手の襲撃か」
「僕たちでどうにかなる敵かい?」
「はい、見つけさえすればなんとかなるのですが、潜む性質から悪質な邪霊です。実装している霊的な守護を突破し、主さまのお命を狙ってきます」
「ああ、なるほど。わかった。霊力の低い俺じゃ憑依されたら死にかねんからな」
「メンテナンスが終わるまでは主の近侍は僕がした方がよさそうだね」
「はい、御協力をお願いいたします」
「参考までに、どんな事案だったんだ?」
「ある本丸にて、審神者が刀剣男士を刀解したい衝動を抑えきれない。このままではすべて刀解してしまう。呪われたのではないかと訴えたため調べましたところ、夜な夜な執務室に入ろうとして爪が剥がれるほど必死になっているところを近侍が発見していたとのこと。審神者の気が触れたとわかれば、本丸解体の危機ですから、刀剣男士たちは自分たちでなんとかしようとしていたようです。本来入れるはずの執務室の結界が突破できない。明らかに審神者の体が乗っ取られている。つまり憑き物が発覚したのです」
「恐ろしい話だな。審神者と刀剣男士の関係が良好であるが故の悲劇を狙ってるじゃないか」
「考えただけで怒りが込み上げてくるような話だ」
「はい、こんのすけも恐ろしくてなりません。その審神者は神道に通じていたために昼間は正気を保っていられたからよかったものの、主さまではどうなるかこんのすけは心配でなりません」
「わかった。安全が確認できるまでは休みにしよう」
「どれくらいかかるんだい、こんのすけ」
「数日で終わる予定です」
「わかった。まずは食堂にいってからだな」
「あのう......それが......メンテナンスの対象には妖精たちも入るのですが」
「あー......そういうことか。わかった、しばらくは俺たちで何とかしろってことだな」
「はい、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんか、なにとぞ御協力のほどよろしくお願いいたします」