2週目極歌仙とリセット本丸
「どうして本霊は顕現しないで分霊である俺たちを寄越すと思う?」

「そうだね、やはり霊力が足りないんじゃないだろうか?あるいは神域から出るときに不都合が出るか」

「そうだな、今んとこ主の時代にはすでに霊力が足りないという致命的な欠点は解消されてるぜ。神域ごと顕現しても問題は無い。不都合に目をつぶればな」

「神域ごと?君は本気でいっているのか、ソハヤ?本霊が神域ごと顕現するなんて、僕達は神代の時代の話をしている訳じゃないんだが。主たちがイワナガヒメの呪いで不老長寿じゃなくなってから、長いことたつじゃないか」

「その不都合が起こったから、未曾有の災禍は起こったんだよ。いや、ただしくは時間遡行軍の活動により歴史が改変された果てに、最後の仕上げとして、といった方が正しいかもしれねえけど」

「............いきなり話が飛んだな」

「とんでない。俺たちにとっては、飛んでないんだ、歌仙」

「......大典太もいうってことは、あれかい?三池は霊刀であり守護刀という謂れから、きみにまでソハヤのような知識があると考えた方がいいのか?」

「俺の力をあてにして、救いを求める人間が沢山いたからな。その話を知ってるだけだ」

「つまり、君たちはその霊力ゆえに付喪神としての力を得るまでもなく、当時から今のような神格を得ていたと考えたらいいのか?」

「そういうこったな」

「......まあ、そういうことだ。ただしくは本霊が、だが。俺たちはあくまでも分霊にすぎない」

「なるほど。時の政府が僕達を顕現させる技術を確立するまでの幾度となく改変されてきたこの国の歴史を君たちは観測してきたわけだ」

「オレたちにもっと霊力があれば、江戸はもちろん、今のこの国だって霊的な守護は守りきれたはずだったんだ」

「......それが出来なかった」

「未曾有の災禍の原因がきみたちにも一端があると言いたげだが、本気なのかい?あれすらも時間遡行軍が起こしたことだといいたいのか?時の政府は関係がないからどうしようもなかったといっているのに」

「あまりにも規模がデカすぎる歴史改変は天災となんら変わらねえんだよ、歌仙。時の政府だって天災だという他ない。冗談じゃねえ、俺に言わせればこれは3度目だ。初めてなんかじゃねえさ」

「3度目......?」

「1度目は元禄地震、2度目は大正地震、そして3度目は今回の未曾有の災禍だ」

「........................正気か?」

「正気だとも」

「じゃあなぜ時の政府は僕達を派遣しないんだ?元禄地震も大正地震も僕達は出陣が禁じられている時期じゃないか」

「たしかに未曾有の災禍は、ある歴史改変者が引き起こしたことだ。だがその目論見を阻止しちまうと人間が滅んじまうのさ」

「........................は?」

「だからある歴史改変者の目論見に賛同した時間遡行軍だけは時の政府も見過ごすし、捏造にだって加担する。検非違使だって出てこない。この意味がわかるか、歌仙。そいつがかかわる歴史改変だけはいずれ正史に組み込まれることが前提になってるからだ」

「..................つまり、きみたちは、あれかい。この国はすでに歴史改変が取り返しがつかないレベルまで起こっていて、時の政府は人類の存亡までかけて戦っているといいたいのか?しかも、時には正史すら捨てて人類の生き残る道を正史にすることもあると?じゃあ、時間遡行軍と僕達の違いはなんだ?なにも変わらないじゃないか」

「発想がとんじまってるのは、お前だ歌仙。時の政府は初めから自分たちの世界線を正史にしてるだろうが。後世が正史を決めるもんだって主はいつもいってるだろ。主だって自分の世界線を守るためにたたかってんだろうが」

「......だって、そんな、あんまりじゃないか。未曾有の災禍がはじめから決められたことだっていうなら、主が4年間本丸に帰還できなかったことも、前の本丸が解体されたことも、かつての仲間が検非違使放免になったこともまた、決められたことだっていうのか。こんなふざけたことがあってたまるか!!」

「歌仙、おまえ......」

「やっぱそうか、そうだよなあ......なんとなく予想してたけどあれだ。歌仙、前の本丸の2振り目なんだな?」

「そうだよ、そうだとも。僕は前の本丸の歌仙兼定だ」

「仕方ねえ......なら、話しちまうか」

「まだあるのかい」

「馬鹿言え、こっからが本番だ。なん
のために結界をはったと思ってんだ」

そういってソハヤノツルキが話してくれたこの国の霊的な守護の話は、僕が想像していた以上に壮大なものだった。わかったのは、この国はずっと昔から危機的状況に晒されていたのだということだった。

かつて竜脈から吹き出す霊力で満たされた神域と信仰の力で生きていた八百万の神々は、2度の世界大戦による霊地の壊滅的な被害を受け、故郷を追われ、物質世界の漂流を余儀なくされた。それは世界規模で起こっていた。
 
それは物質世界で存在するために、霊力の供給を確保する戦いでもあった。本来、実体を持たない僕らは水のようなものだ。物質世界である現実世界に存在し続けるには、器を用意しその中に精神体である己をそそぎ込む必要がある。

その器の材料となるのが霊力と呼ばれるエネルギーであり、精神体である僕らそのものでもある。この霊力を作ることができるのは人間、あるいはそれに近しい生命体だけである。そう、神々はつくれないのだ。

神域さえにいれば、いつでもどこでも供給される霊力である。彼らは様々な感情の発露によって発生するこのエネルギーで自在な存在となれる。

しかし、物質世界にいるためには器を維持し続け、しかも枯渇しないように供給もとを確保しなければならない。霊力の供給方法としては、人々の信仰を集める、他の生命体に憑依する、大量の生体エネルギーを器に変換し続ける、という方法があげられるが、彼らにとって効率的なのは世間に流布する逸話を形づくることだろう。

もっとも、それは人々の信仰、思想、様々な無意識から形成されるもの、伝承を身にまとうことを強制される。神域にいたころとは全く異なるあり方だ。

しかし、それを拒絶することは死を意味する。肉体を持たない僕らが実体化を維持するためには、霊力を消費しつづける。霊力の枯渇は肉体の崩壊化、そして霊力を求めて暴走する本能の固まりと化し、そして消滅を意味する。

世界各地の霊地を破壊され尽くした者たちが霊力の供給地を求めて、その首謀者たる勢力の力が及ばない地に集結するのは当然の流れだった。そのひとつがこの国だった。
 
「主の時代からかつての江戸は外から来た連中の神域になっちまってる。主もいってたが、遷都して国の中枢は京の都だ。そして、かつてのように本霊が京の都の霊的な守護を担ってる」

「本霊が?」

「そうだ。俺の本霊も守護刀として力を奮ってる」

「なるほど......だから大典太もそういうことに言及するのか。......うん?少し待ってくれ、今のこの国の霊的な守護は京の都にあるんだろう?なら主の信仰する毘沙門天の本霊も京の都にいるのか?未曾有の災禍から?」

「そうだ。遠ても18里しか離れてない京の都にだ」

「........................なんだ、主が生き残れるのは、決まっていたのか。はは、喜んでいいんだか、なんだか、わからなくなってきたよ。歌仙兼定の本霊が僕を主の初期刀として顕現させてくれた理由がようやくわかった気がする」

「そんなもん、喜ぶべきに決まってんだろ、歌仙。神々が実体化するには信仰心は不可欠なんだよ。主が死ねば毘沙門天の本霊の弱体化は避けられねえ。近くにいる審神者やってる信者なんて主くらいなもんだろう。そりゃ、なにがなんでも殺しにくる」

「ここまでくると、主の霊力が低すぎるのは偶然ではないんだろう?」

「もちろんだ」

「......その認識で間違いないだろうな」

「そうか、そうか......そうだったのか。どうやら僕はとんでもない人の初期刀になってしまったようだね」






「主さま、主さま、おはようございます」

「おう、おはよう、こんのすけ。どうした?」

「主さまがちゃんとお休みされているか、こんのすけは様子を見にまいりました」

「仕事熱心だな、ごくろうさん」

「お休みなのに、いつも通りなのですね」

「はめ外して寝坊したらシャレにならんからな。生活リズムは崩さん方がいいだろう?」

実は今日が休みだということをすっかり忘れていつもの時間に起床し、朝の身支度を済ませたあたりで、ようやく今日が休みだと気づいたとはいえそうもない。この微妙に損した気分はこんのすけからの羨望の眼差しがえられたから帳消しだ。

「主さま、今日はなにかご予定はございますか?」

「いや?なんかあったら言ってるさ。なんもないからな、適当に過ごそうかと思ってたとこだ」

「そうでございますか。実はですね、主さまにお願いがございます」

「おう、どうした改まって」

「こちらの本丸を立ち上げてすぐ、主さまはこんのすけにお味噌をくださいましたよね」

「ああ、おまえは油揚げより味噌がいいっていったからな。管狐に憑かれた人間は大食漢になるが味噌しか食わないって本で読んだから、そんなもんかと。こんのすけにも個体差があるんだろう?」

「はい、こんのすけはお味噌の方が好きなのです。お手製のお味噌がいただけるとは思いませんでしたが」

「管狐にはいいもん食わさないと働いてくれないってあったからな。俺の時代だと市販品はいいのが手に入らないんだ。無いよりはマシかと思ったんだ。気に入ってくれたなら良かった」

「はい、おかげさまでこんのすけは今日まで頑張って働いてこれました。ありがとうございます」

「うん?今日まで?......ちょっとまて、こんのすけ。俺はたしか1年分は渡したはずだぞ?」

「管狐は大食漢なのです、主さま」

「あん時はこんくらいあれば充分だっていってたじゃねえか」

「あの時はそう思っていたのです」

「まじか......まじであの量をふた月で平らげたのか、こんのすけ。あいにくうちは食べる分しか作らねえから、実家に分けてもらうことはできんぞ?」

俺の肩の上であからさまにこんのすけがショックを受けた顔をして固まってしまう。

「来年な、来年になったら量増やしてもらうから。しかし参ったな、ここが出来てから仕込んだ味噌もあるが、できるのは8ヶ月後だぞ?」

「そうですよね......わかっておりました。こんのすけとしたことが、ついつい食が進んでしまいました」

「そうか、味噌がもうないのか。困ったな、こんのすけ」

「はい、もう無いのです。どうしましょう、主さま」

「うーん......仕方ない。背に腹はかえられん。こんのすけの仕事に支障をきたすとまずいから、買うか味噌」

「ほんとうでございますか、主さま!」

「こんのすけの味噌は時の政府からの報酬とは違って、俺がこんのすけに渡してる分だからな。歌仙もとやかくは言わんだろう。長野のやつが手に入るかはわからんが、取り寄せてみようか。気に入りのものが見つかるまで我慢してくれ」

「ありがとうございます!こんのすけは色々な味が試してみとうございます!」

「どれだけの会社が生き残ってるかわからんが、担当者に聞いてみてくれ」

「はい、わかりました!ありがとうございます!!」

こんのすけはいうが早いか廊下の向こう側に消えていった。おそらく執務室に行ったに違いない。

「そういえば今回の戦力拡充計画もこんのすけに油揚げの報酬がでてるはずだが知ってるのか、あいつ?」

せっかくだからなんか作ってやろうかなと思った俺は今日の予定が決まった。





「これが......これが油揚げですか」

「こんのすけ、この本丸が初めてだったから油揚げ食べたことやっぱりなかったか。味噌が好きだからな。この方がいいだろう?」

「注文の味噌の到着は1週間後ですから、それまでは普通の味噌で我慢するつもりでしたが、これはこれでありです!」

味噌をまぶした表面をこんがりと焼く。味噌を焼くとその香ばしさがたまらない。

「俺も食べていいか、酒飲みたくなってきた」

「んなあっ!?これはこんのすけへの時の政府からの報酬なのではないのですか、主さまっ!?そんな、あんまりです!!」

「冗談だ、冗談。あとから冷蔵庫の油揚げ封切ることにする」

「よかったです......」

「こんのすけは管狐だろう。いいもの献上しないと働いてくれないんだ、そんな狼藉働くわけないだろう。食い物の恨みは恐ろしいからな」

「そうでございます、こんのすけは管狐でございます。主さまが料理が好きで勉強熱心な方で良かったとこんのすけは思います」

「そうか?それはよかった。まあ、今回試しに注文する味噌を決めるまでひたすら味噌談義聞いたら、それくらいわかるさ」

こんのすけは俺の手元から手を離さない。

油揚げは三方の端を切り、箸などでローラーをかけて開いてある。そこに味噌、みりん、砂糖、カツオ節、ネギをボウルなどでよく混ぜ、開いた油揚げの片面に薄く延ばし、再び閉じたものを縦長のスティック状に切り、熱したフライパンを弱火にし、じっくりと焼いているのが今の俺たちだ。

「このネギ味噌ご飯にも合うからな、あとでストック作ってやろうか?」

「ほんとうでございますか、主さま!ありがとうございます!」

もう少しでネギ味噌の厚揚げ焼きができ上がるだろう。

焼き油揚げのサクッとした食感と香ばしいネギ味噌が本当によくあっておいしいのだこれ。

「なあ、こんのすけ。ウイスキーあったっけな、うちの本丸」

「ウイスキーですか、食堂にいきましょう。こちらの冷蔵庫はもうありませんでしたよ」

「あれ、そうだっけか?まだあったような気がしたんだが......。次郎太刀あたりが気づいてなきゃいいんだがな......水割りのウイスキーと飲みたい」

「本殿側に誰も来ないといいのですが......」

「ほんとにな。バレたら最後だぞ、気をつけろよ、こんのすけ。この本丸でこんのすけだけだからな、味噌あげてんの」

「はい、わかっております、主さま」


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