ほとばしる火花のように、僕達の頭上めがけてなにかが迫り来る。
「僕の部隊に遠投は意味をなさない。学ばない奴らだな」
僕の本体の閃光がひらめいた。時間遡行軍たちはなにかがひらめいたと思っている間は、迫ってくる生死の危急に気づかない。たちまち奇襲の遠投がかき消されたとは思わない。
そうしている間に、僕は捌いた遠投の種類から時間遡行軍の編成を予測して隊員たちに伝える。これがあるのとないのとじゃ雲泥の差だ。
ソハヤと大典太の太刀音が真っ先に槍、あるいは薙刀を断末魔ごと両断する。そして奇襲されたのだと気づいた相手が構えをとる頃には、大太刀3人の豪快な一撃が襲いかかってくるのだ。大体の雑魚はこれで片付くのだが、たまに異様に硬い敵がいる。その装甲を剥がすのは僕の仕事だ。装甲さえ剥がせばあとはただの雑魚にすぎない。
槍を霜のように輝かせて動乱する時間遡行軍の一兵士が僕のところに突入してくる。
速いくせに硬い、嫌な敵だ。首をはねられたらいいんだが、装甲を破壊することしかできない。武具を失った敵の返り血が僕の体にかかった。
動揺どよめく兵士たちがつぎつぎに襲ってくるが、その中を駆ける。僕達の狙いは部隊の大将たちだ。雑魚に興味はない。白い閃光を明滅させながら道を切り開き、その殺戮し合う塊を一掃する。
周囲はどこを見ても、むごたらしい生死の争いが僕達のあいだで行われている。静かな下町の小道ではげしい太刀音と叫喚の声が一塊になった敵味方の中から、ひっきりなしにあがって来る。
「血を華と咲かせよ!」
ようやく見つけた部隊長である大太刀を僕は切り伏せたのだった。
「すまない、歌仙。せっかく槍から殺せと教えてくれたのに倒しきれなかった。こんなところで怪我を追わなければ、もう少しすすめたのにな」
「傷が開きますよ、石切丸」
「そうそう。むしろ大太刀のあんただから中傷で済んでるからね」
「違いない。僕だったら重症だ。それに起死回生に一掃してくれたから、僕たちは軽傷で済んでるところがある」
僕達の出陣が終わりを迎えようとしていた。行けるところまで、だから任務は達成といえる。
最後の隔離世界は僕達でさえ厳しい戦場だった。ただでさえ高速槍が出てくるし、強さが固定の仮想検非違使がでてくると主がいっていたのに、全体的に敵が強い。なるほど、こいつらさえ倒しきれないならくるなと時の政府はお達しのようだ。
中傷の刀剣男士が狙われて重傷になって帰還になるのを避ける為、中傷状態の刀剣は連れて行かない様に主はしたかったに違いない。周回数を1周でも多く稼ぐ為に軽傷か無傷の刀剣で挑むようにした方がたしかに安全だ。
主曰く、通常の検非違使は味方部隊の刀剣男士の最高レベルに応じた強さで出現するが、戦力拡充計画の仮想検非違使はどのレベル帯で挑んでも強さが変わらないという。
これが時の政府が求める最前線の本丸の基準だとしたら、ひと月半の本丸にはたしかに荷が重いだろう。だからこその複数の隔離世界が用意され、戦力拡充計画とめい打っているわけだ。実に合理的じゃないか。
「......」
「歌仙?」
「ああ……ここか。気をつけてくれ、この先に前の僕を破壊した連中、検非違使がいる。もっとも、本来より弱体化しているようだ。なるほど、演習とはこういうことだね」
「なんでわかった」
「大典太?」
僕は息を飲んだ。大典太の中にふいに噴き上がってくるような嫉妬が見え隠れしている。それは、どうあがいても、抑えが利きそうにないほどの烈しいものだった。
「大典太」
ソハヤノツルキがわってはいる。
「なんでわかった。俺たちよりどうしてお前は先にわかるんだ」
「大典太光世」
大典太はひと声、咆哮すると一瞬、僕の腕を強く握りしめるなり、ぐっ、という声を喉の奥からもらしながら沈黙した。ソハヤノツルキが肩をもってひいたからだ。
「兄弟、八つ当たりすんな。刀剣男士としての練度は歌仙のがはるかに上だろうが」
「......っ、すまん」
「まあ確かに見張りの俺たちより先に気づくとか立場ないんだけどさ」
「なんでわかったのか?そうそう忘れるもんじゃないさ、死に際に見た風景はすぐに蘇生するとしても」
「死に際?」
「なんだいそれ、不穏な言葉だね」
「か、歌仙、まさか主が1人で畑仕事させたのは検非違使倒すのに無茶したからかよ!」
「そのまさかさ」
僕は本体を構えた。遠投の奇襲を全て薙ぎ払ってやる。
「歌仙、石切丸を頼む」
「2人でやれるかい?」
「さいわいこんなかじゃ傷は浅いしな!いくか、兄弟」
「ああ」
下町を襲う、耳をつんさぐ砲撃の音。
それに紛れて、本来そこにあるべきものとは違う異音がする。僕たちを待ち受けていたのは、異形の軍勢だった。
嫌な予感がするとは思っていたのだ。この隔離世界自体が前の本丸で何度もやって来て、かつては見慣れてしまった戦場だったからだろうか。そこに、今までいなかった存在がいる。
ソハヤたちが身構えるのが早いか、「それ」は襲いかかってきた。
歴史の異物よ、双方ともに滅びてしまえとでもいいたげな顔をしている。
「大典太、後で話を聞かせてもらうからそのつもりで」
「なんつーことしてくれんだ、この阿呆」
「......すまん」
どたどたどたと廊下をかけてくる音がする。そのまま勢いよく治療棟の扉があいた。厨房から血相変えて飛んできた主だった。
「大丈夫かッ、みんな!!」
主の前には手伝い札による支援をうけ、治療を既に終えている一軍の面々がいる。
「お守りの出番はなかったから安心してくれ、主」
「刀装はすべて壊れてしまったけれど......」
「いやあ、一時はどうなるかと思ったが、案外どうにかなるね。歌仙が遠投防いでくれなきゃ厳しかったよ」
「あれが検非違使か......次こそは全員仕留めてやる」
「し損じちまったもんなあ。ゲート開いたからあわてて撤退したから仕方ないとはいえだ」
「こちらは重症や中傷でまともにたたかえませんでしたから、いたし方ありません」
「そうか、よかった......。みんな、無事とはいわないが帰還できてよかった。おかえり。最後の報告だと石切丸の中傷により撤退するってあったから、そのつもりでいたらさっきの報告書には重症がいるわ刀装の被害はひでーわで血の気かひいたんだからな」
主は心底安心したようで椅子に座り込んだ。
「運が悪かったんだ。帰還する道中で仮想検非違使に遭遇してね」
「帰りにかッ!?なんつー間の悪い......。そうだよなあ、検非違使の出現はある程度こっちでコントロールは出来るが、出ちまったら最悪行く先行く先で出る可能性もあるしなあ。高速槍の直後だろう?それを考えたらよく被害がこれだけで抑えられたな」
「僕の部隊だからね。報告書にある通り、ソハヤノツルキと大典太光世が奮闘してくれたおかげで助かったようなものだよ」
「なるほど......中傷、軽傷が報告書どおりなら万全の体制で検非違使に挑んた場合思ったより被害は少ない可能性の方が高いのか」
「主が甘味や弁当を持たせてくれたから、疲労を管理できたのも大きいけれど」
「確かにそれもあるな。ありがとう、みんな。おかげですべての隔離世界へのゲートは解放されたし、今回の演習に出陣する編成の参考になる。今の本丸の実力がわかるいい機会だった。今日はゆっくり休んでくれ。次からお前たちを隊長にして編成を考えることにするよ」
「それぞれの詳しい状況は報告書に書いたから参考にしてくれ」
「わかった。歌仙もありがとう、お疲れ様」
「そうそう、忘れるとこだった!主!主!今日さあ、おやつあるんだろ?おやつ。アタシら張り切ってひとつお土産もってかえってきたからね!あとで歌仙と鍛刀部屋にいっといでよ、驚くよー」
「お土産?報告書にあがってる資材や小判のことか?それなら知って......」
「にっひっひ、違うんだよねー、歌仙!」
「さあ、新たな刀の目利きをしようか」
主の目が点になった。
「新たな刀がひとつって、今の本丸はもう80振りもいるんだぞ、歌仙?それにお前らの出陣が1回目じゃ......?」
「それでもまだうちには2振りほどいないのがいるだろう?うちひとつは埋まったね。よかったじゃないか、祢々切丸だよ」
「いやいやいや、たしかに稀に時間遡行軍の置き土産で顕現することもあるらしいが普通は80周回して始めて報酬としてもらえるんだぞ、歌仙!?」
「掲示板を見たから知ってるよ」
「まじか、まじでか......すごいなお前らッ!?ほんとに俺の本丸なのか、ここ!?今の本丸になってからレア刀がすぐ来てくれるからおれの価値観が崩壊しつつあるんだが」
「霊力が沢山あるって実に素晴らしいね、主」
「最終的にはやっぱりそうなっちまうのかよ、ちくしょう!!時の政府ありがとう!担当者にお礼いわなきゃならん」
治療棟に笑いが起きた。
「祢々切丸まで連れてきてくれたのか、まじでありがとう!体の違和感がないようなら、食堂にきてくれ。葛まんじゅうあるからな」
「葛まんじゅうか、少し季節は外れるがまだ残暑が厳しいからね。いいじゃないか。ありがたくいただくよ。あ、祢々切丸の分はないだろう?大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫。たくさん作ったからな。一振り増えたくらいなら大丈夫だ」
「なら先に顕現させてしまおうか」
「そうだな。みんなは先にいっててくれ、鍛刀してくる」
主が治療棟の廊下に待機していたこんのすけに話しかけにいった。
「ホッとしてるとこ悪いが、話は今夜酒を飲みながらでもやろうじゃないか」
僕が言葉を投げるとビクリと肩を震わせたソハヤノツルキがひきつった顔をした。
「やっぱり俺たちの部屋だったりします?部隊長サマ?」
「あの時のやり取りの意味や真意も知りたいからね。なに、高い酒とツマミをもっていくから安心してくれ。安酒は嫌なんだろう、大典太?」
「......鬼切国綱のやつ......余計なことを......」
大典太は頭が痛いのが眉を寄せていた。
「なになに、宴会かい?アタシもお邪魔しよっかなー」
「次郎太刀、歌仙たちは大事な話をするのですから、さすがに控えなさい」
「さすがにお酒をぐいぐい飲む雰囲気では無いと思うよ、次郎太刀」
「でもさあ、歌仙のツマミって手作りに決まってるじゃん。なんかさあ、ずるくないかい?アタシら1番隊が解体されてから歌仙のツマミ食べれてないんだけど」
「いってくれれば作るよ。それなりのお酒は欲しいけれど」
「ほんとかい?いったね?アタシに酒用意しろっていったね?任せなさーい、いい酒入ったら誘うからよろしく歌仙」
「それは楽しみだ」
「よーし、おやついこう、おやつ。葛まんじゅうか、合うお酒うちの本丸にまだあったかなあ」
次郎太刀に続いて、空気を読んでくれた石切丸と太郎太刀が去っていく。
「......わかった」
「わかったよ、話す。でも他の連中や主には絶対に話せないことだ。結界を貼らせてもらうから、そのつもりでな」
「ふむ、わかったよ。どうやら思った以上に事態は深刻なようだ」