2週目極歌仙とリセット本丸2
彼にそのつもりはなかったと思う。まるで世間話のように教えてくれたことだった。遠征から帰ってこないまま1年たち、今回こうして主の霊力を頼りに刀剣男士を襲撃する新手の検非違使放免になってしまったのだから、結果的にそれは遺言になってしまったけれど。

とはいえ、遠征に行く前に話してくれたわけだから、予兆のようなものはあったのかもしれない。誰しもが死を予感したらなにかを誰かに託したくなるものだ。

彼の場合はそれがずっと燻らせていた懺悔の火だったのだろう。坩堝の中の白金のように、溶けがたいせつない懺悔がのこっていたのだろう。後悔が、どこまでも尽きない原始林のように、心の奥に薄暗く生い茂った結果、それは僕に託されることになった。

「主は本丸の責任者だから、前の僕が池田屋で破壊されたことについては、どう聞かれても采配ミスだとしか言わないだろう。責任をとるために審神者はいるという立場だからね。でも長曽祢も知っているように、出陣後に主が僕達の詳細な動向を完全に把握することは不可能だ。位置情報と端末から僕達が伝えたことが全てだ。実際になにがあったかなんて、当事者にしかわからない」

「......たしかにそうだな」

「僕はその当事者から懺悔を聞かされて、置いていかれた側だ。だから、本当になにがあったかなんてわからないし、当事者の視点の情報しかない。それでもいいなら話すよ。検非違使とはどういう存在なのか」

「歌仙......お前はいったい......」

「小烏丸の言葉を借りるなら、運命はここに巡り来たるってやつだね。僕は主の前の本丸のふた振り目の歌仙兼定だったのさ。本丸が解体されたとき、他の本丸に渡るのを拒否して刀解されたうちの一振だ。本霊に還る直前に主が新たな本丸を立ち上げようとしてくれたから、本霊の好意で初期刀として顕現できた」

「そうなのか......そんなことがありうるのか」

「ありえたから僕はここにいるんだ。主が未曾有の災禍に巻き込まれ、必死で本丸に帰還しようと足掻いていると知る術すらないまま、4年間本丸を運営することになった僕がね」

「だから、当事者か」

「審神者がいない本丸だ、誰かしら審神者の仕事を代行しなきゃならない。1ヶ月の帰省の予定だったから、近侍だった僕か代行を務めて、そのまま運営は僕に任されることになったのさ。とはいえ、僕が顕現したときにはすでに初期刀の歌仙兼定は破壊されていてね、1番の新入りだった。主は采配ミスだとしか言わないし、そうだと思っていたよ。遠征にいったまま行方不明になった二番隊の隊長が直前に教えてくれるまではね」

「まさか、それが和泉守か」

「そのとおり」

僕はうなずいた。

今とは違い、主の本丸は時間遡行軍との抗争の最前線にいた。現地から持ち帰った情報を時の政府を通じて他の本丸と共有するのが最新情報のレベルであり、正誤の情報が錯綜する状態だった。


池田屋事件は、幕末の1864年7月8日に、古高俊太郎の自白による京都放火計画等の発覚により、京都三条木屋町の旅館・池田屋に潜伏していた長州藩・土佐藩などの尊王攘夷派志士を、京都守護職配下の治安維持組織である新撰組が襲撃した事件だ。

「洛陽動乱だな」

「きみの前の主はそう書いていたね」

「よく知っているな」

「主の書庫を見てみるといい。僕たちの資料がたくさんある。今となっては貴重な資料だ」

「そうなのか、今度見てみるとしよう」

「そうするといい」

池田屋事件は新撰組が名を馳せるきっかけとなった事件であり、長州の中核が壊滅的な被害をうけることになったために大きな分岐点となった事件である。

「主がいうにはね、明治政府の成立が2205年まで続くこの国のすべての根幹となっているそうなんだ。だから、時間遡行軍の襲撃頻度が高い時代のひとつでもある。その成立の過程で池田屋事件はかなり重要な局面のようだ。だから、今でもいろんな思想をもった時間遡行軍がそれぞれの思惑で動く激戦の地でもある」

「俺たちが戦いの主役だった、最後の時代だったからな」

「そうだね」

僕はうなずいた。

いつもなら一番隊長は初期刀である歌仙兼定なのだが、池田屋事件だ。当事者である和泉守兼定の方が土地勘もあるし、内部事情に詳しい。だから一番隊長は和泉守兼定だったらしい。編成は和泉守兼定、歌仙兼定、骨喰藤四郎、山伏国広、同田貫正国の5振り。

「11代目から聞いてるとは思うけど、時間遡行軍は新撰組の邪魔を画策していた。あらゆる方法でね。そのあらゆる方法に関する事前情報がなかったのが苦戦の理由でもあった。前の本丸は24振りしかないかわりに、精鋭部隊のようにみんな練度が高かった。今の僕よりはるかにね」

「なのに、破壊されたのか」

「そうだね。主は極のお守りを持たせなかったからだ、と思っているようだけど、和泉守兼定はそうは思っていなかった。あっても蘇生は1度きりだ、どのみち歌仙兼定の破壊だけですんだのが奇跡レベルの激戦だったようだ」

「そんなにか」

「池田屋事件がどれだけ新撰組にとって劣勢だったかはきみの方が知っているだろう?もともと時間遡行軍に圧倒的に有利な戦場なんだよ」

「......そうだな」

「だろう?和泉守兼定がいうには、歌仙兼定が破壊されたのは1階らしい。時間遡行軍が沖田総司を1階で集中攻撃するつもりだと気づいた結果だといっていたよ。そのとき和泉守兼定たちは外に逃げた時間遡行軍を追いかけていて、気づくのに遅れたそうだ。あの時代の加州清光の破壊が目的だと真っ先に気づいたのは、初期刀の加州清光を知っているのが歌仙兼定だけだったからだと」

「加州が目的?まさか......そんなことがありうるのか?加州は2階で切っ先が折れるじゃないか」

「刀剣男士として顕現するには、本霊が宿る本体を時の政府が見つけなければならないのはきみもよくわかっているだろう?あの時点で完全に破壊されれば加州清光は完全に抹殺される」

「!!」

「池田屋事件の当事者だったのに予見出来なかったと和泉守兼定は最後まで悔いていたよ。結果として第2部隊の情報はただちに時の政府によって他の本丸に伝えられたわけだが、初期刀の歌仙兼定は破壊されたわけだ」

「......だから主はいつも不用意な深追いはするなといってるのか」

「そうだろうね。今でこそ残党しかいないが、新手がいつ現れるかわかったものじゃない。不運にも二番隊は加州清光が1階で破壊されかけた。それは歴史改変の危機でもあった。時間遡行軍だけなら歌仙兼定は生き残れた。ひとりで沖田総司への襲撃に対応しているときに、やつらが現れたのさ」

「検非違使か」

僕はうなずいた。長曽祢は険しい顔をしている。

「加州清光の切っ先が本来折れるのは二階であり、沖田総司が喀血で倒れるのはそのときだ。加州が一階で折れれば沖田の離脱が早まる。沖田が斬り損ねる維新志士の数をカバーをしなければならない新選組は3人しかいない。池田屋事件が失敗に終われば、それだけ明治政府の成立時期が遅れることになる。その後に及ぼす歴史への影響は計り知れないだろうね。だから検非違使は現れた。結果的にいえば、検非違使は沖田総司が切るはずだった人間を斬り殺したために歴史は変わらなかった。ただ、やつらは時間を飛ぶ連中は時間遡行軍であろうが刀剣男士だろうが許しはしない。そのまま連戦になったようだ」

「..................」

「そんな顔をしないでくれ、長曽祢。最初にいったとおり、僕は破壊された歌仙兼定ではないし、和泉守兼定の懺悔を聞いた側にすぎない。当事者ではないんだ」

「......歌仙」

「なんだい?」

「お前は、その、前の和泉守たちは自ら望んで検非違使になったと思うか?」

「たしかに歌仙兼定が破壊されたときの二番隊が検非違使放免になったのは事実だ。当事者ではないから、彼らの本心まではわからない。でもね、そんなこと聞かないでくれよ、長曽祢。信じたくないのは僕や主の方なんだからな」

「......すまん」

「たしかにあの時は主が行方不明になってから3年もたっていたし、調査中しか寄越さない時の政府にみんなイライラしていたさ。探しにいこうにも座標を定める機器がすべてダメになってしまって打つ手なしだったのも事実だ。それでも待つしかなかった僕にとっては信じるしかなかったんだよ」

僕は息を吐いた。

「検非違使放免の強さは僕が保証しよう。僕は審神者代行だったから極にはなれなかったが、彼らはみんな極に到達していたし、強さに限界を感じ始めていた。演舞で極の太郎太刀にあったことがあるだろう?彼くらいだね、極になるのは主が帰ってからだといっていたのは。そんな彼を率いる本丸が襲撃されて重傷撤退を強いられるレベルだ。悪いことはいわない、今は強くなるべきだよ」








嬉々とした様子で掲げられた達筆な看板に一礼し、そしていつもの場所に行って黙想を始める刀剣男士たちがいるはずの道場に妙な緊張感があった。

こぶし一つ空いた引き戸から、聞こえる木刀を交わす音。真選組の用いた刀剣男士とためを張れる刀剣男士なんて早々にいるわけもない。にもかかわらず一進一退の攻防が予想できるほどの音。早い足音。時折消える。どこから噂を聞きつけたのか、わらわらと集まっている興奮したようすで見入っている観客たちを押しのけて、どれ、と和泉守兼定は覗き込んだ。
 
「綺麗な剣術とはいかないが、お手合せ願おう」

「文系の剣術で良ければ、お相手するよ」

歌仙の木刀の持ち方が変わる。上がり始めた息を整えつつ間合いを取る。自然な流れで足が下がり、そして構えが変化することに気づく。

「之定のやつ、何をする気だ?」

いつもの歌仙の構えではなかった。挑発するように、やたら間合いを詰めてくる。上から抑えようとしている。狙いが分からず、困惑する長曽祢はとりあえず様子を見るため、慎重に前を見据えようとした矢先、歌仙が動いた。
 
ぱあん、と払われる木刀。下から突き上げる気のようだ。上等だと即座に狙いを汲み取った長曽祢は体格や力量差を利用して力でねじ伏せようとする。カウンターを狙っていると気づいた歌仙は素早くその範囲外へ足を滑らせた。明らかに「突き」の構えだ。
 
もし反応が遅れていたら容赦なくのどがつぶされていただろう。すさまじいスピードでかすめた木刀に息をのむ。振り返ると、ちらつく紫の髪。そして、不自然なまでにぎりぎりのところで握られた木刀から、慣性の法則を利用したすさましい力の木刀が飛んでくる。
 
しまった、入りすぎた。はじき返すが、片手だというのに微動だにしない。いい感じで互いに高揚している顔。目が反射的に歌仙を追いかけそうになるが追いかけてはいけない、と長曽祢は自分を律した。歌仙は長曽祢虎徹の戦い方を学びに来ているのだ。早々に一撃入れられては手本にならない。もらった、と隙を見つけた歌仙はその一瞬目掛けて切りかかった。長曽祢の木刀はすでに歌仙の間合いに入っていた。すんでのところで、ぴたり、と歌仙は止まった。先に歌仙の脳天に強烈な一撃が決まったからだ。
 
「..................」

「歌仙......途中からおれに一撃いれることが目的にすりかわっていただろう。あれでは槍の動きだぞ」

余程痛かったのか歌仙はしばし固まったまま動かなかった。うめき声が聞こえる。大丈夫か、と手を差し伸べた長曽祢にお礼をいいながら手を取った歌仙はふらふらと立ち上がった。

「......計算ごとな苦手でね、力推しの剣術になってしまうのさ」

「槍術の間違いだろう」

「はは、すまない。ついね。しかし、あれだな。やはり京都の天井はすこぶる低いから、きみの動きは参考になる。屋内での斬り合いに向いているわけだ」

頭を抑えたまま涙目でいう歌仙に長曽祢は笑った。

「池田屋に関しては突きは有効だからな。まあものにするには10年かかるからな、参考程度にするといい」

「わかっているさ、もちろん」

「それにだ、歌仙。しっかり木刀を振ることだ。そして、剣先のコントロールが命だ、剣先が生きるように修練するといい。あとは機応であることだ。おれの戦い方は実際に一緒に長い間稽古を積む事で体得できるんでな、このまま稽古を続けよう。あとは、そうだな。突くときは刀を横にして肋骨を貫通させて心臓を狙え」

「ああ、なるほど。主からは一撃で屠れといわれているからね、わかったよ。ありがとう」

「歌仙、歌仙。今度は俺が稽古に付き合ってあげよっか。池田屋内での乱戦なら立ち回り大事だよ」

「僕はありがたいけれど、安定と組んでいたんじゃなかったのかい?」

「加州と?もう終わってるよ、歌仙。2人の稽古が長すぎるんだ」

「もうそんなにたつのか」

「そうだよー!俺もう待ちくたびれたんだから」

「そうか、ならお願いしようかな」

「うんうん、そうしようそうしよう。さっき安定と剣技の足りないとこ、確認し終わったからね。近藤勇から天然理心流を継ぐはずだった沖田直伝の一撃、魅せてあげるよ」

「なんだ、加州随分とやる気だな、珍しい」

「え、そおー?だってさあ、せきに」

「清光」

安定がぴしゃりと加州を叱りつけた。これ以上余計なことをいったら切り捨てると顔に書いてある。本体まで手をかけ圧力をかける安定に加州は何度もうなずいた。

「咳に?」

「おっと、危ない危ない。なんでもなーい」

逃げるように歌仙の手を引いて奥に向かった加州をみて、長曽祢はちらりと安定をみた。安定は本体を戻していつもの様子だ。

「国広、稽古をつけてあげるよ。和泉守、まだ主との話終わらないみたいだし」

「あ、はい、ありがとうございます。兼さん、大丈夫でしょうか......」

「大丈夫じゃないかな。国広の知ってる和泉守は自分の分霊の話を聞いて本丸に閉じこもるタイプなの?」

「そ、そんなことないです!僕より先に顕現して、本丸のこととか色々わかってて、僕たちより先に池田屋攻略できた人です。そんなことありえない」

「なら大丈夫だよ。それより自分の心配したら?僕達の部隊、わりと国広の脇差としての性能に頼ってるところあるからね?」

「あ、そ、そっか、そうですよね。僕が頑張らなきゃいけないんだ。よろしくお願いします!」

「ほら、早く行こう」

「はい!」

長曽祢と1度たりとも目を合わせなかった安定をみて、長曽祢は察した。こいつら昨日の歌仙の話盗み聞きしやがったなと。

「之定、加州の次はオレとな!!予約しとくぜ」

「もういいのか、和泉守」

「おう、今のオレを信じてるからいってこいっていってもらえたぜ。主が前のオレと重ねたことなんか1度たりともなかったんだ、気にしちゃいねえさ」

「そうか、ならよかった」

「之定もそうだしな。ただ前のオレのが強いって断言されちまったのは気に食わねえが乗り越える壁は高い方がいいってな」

「......和泉守」

「ん?」

「お前ら、昨日盗み聞きしただろう」

「..................」

「和泉守」

いい笑顔で肩を掴まれてしまった和泉守はじたばたしてみるが動けるわけもない。

「和泉守、おまっ、せっかく清光止めたのに!!」

「す、すまん、安定、そんなつもりじゃ」

「和泉守、安定、加州、ちょっとこっちこい」

「和泉守のバカー!なにやってんのさ!!」

道場が騒がしくなる。

「ええと、なにかあったんでしょうか」

「さあね、士道にあるまじきことでも発覚したんじゃないかな。堀国、せっかくだ、稽古をしようか」

「あ、はい。よろしくお願いします」


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