帰還した初日はおかえりなさい会を開いてもらい、また盛大な宴会と花火大会が開催された。そして、主が超過勤務時間の過少報告のペナルティを食らったせいで聞いていたスケジュールが全て組み直しとなり、その余波をくらった僕は日程調整のため数日休みになってしまった。もちろん主には説教と仕置をしておいた。全く油断も隙もない。
とはいえ、自分から本丸の運営に関わる庶務に首を突っ込むと宣言した手前、今更撤回も出来ないから庶務と畑仕事の内番が今の僕の主な仕事だった。それでも刀としての本分は戦うことだ。そのための準備は進んでいる。
たった今、僕は鍛刀部屋による連結の作業が終わったのだ。
「......うん、そうだそうだ、この感じだ。この心地いい感覚だ、懐かしいね」
僕は手のひらを軽く握っては開いた。
「13年も人間をしていたものだから、刀剣男士としての感覚がなかなか戻らなくて困るよ。極になってから霊格か新たな段階を迎えたからかな、今までとは尚更勝手が違うみたいだ」
「そうみたいだな。妖精さんたちから上がってきた歌仙の能力数値、だいぶ変動してるぞ」
「ああ、やはりそうなのかい?」
電子端末片手に主がうなずいた。
「そうだな、今までみたいな戦い方だと不都合が出てくるだろう。打刀の極では衝力と隠蔽が4番目、打撃の最大値が112と、レア3極打刀の中ではトップクラスだ。長曽祢から生存を低くしたみたいな数値だな。統率は同刀種極内でワーストとなっている」
「なるほど、力で誉れを勝ち取れというわけだ。作戦は簡単だ。攻め口より押し入り誅伐す。文句はなかろう?」
「開き直るな、開き直るな。とはいえ、この成長の仕方だと生存の不安は畑仕事と刀装に馬でカバーするとして、戦い方を変えなきゃならんな。かならず敵を屠らないと軽症を負う。お前は長曽祢より生存が低いからな、一撃必殺が必須条件だ。編成は岩融あたりか脇差、いや短刀のサポートもいるか」
「おや、僕1人のためにわざわざ部隊を編成する気かい?贔屓のしすぎはよくないよ、露骨すぎる」
「バカタレ、そんな訳あるか。お前が修行に出ている間に池田屋を一番隊が攻略してくれたんだ。次のエリアは久しぶりに夜戦でも屋内戦でもなく、大太刀や太刀、薙刀連中が暴れられそうな場所でな。まずは最大戦力を投入予定だ」
「なるほど、適正な強さが測りたいわけだ」
「そのとおり、この本丸で極はお前だけたからな」
「いいだろう。きみに歯向かう不埒者を、手打ちにすればよいのだろう?刀の本分は戦いだ、戦う忠義なくして、主の寵愛は得られないからね」
「お、おう......やる気に満ちてるのはありがたいが開き直ったな、お前......」
「この1ヶ月できみは直接言われたことにしか反応しない主義だと思い出すことが出来たからね。当然の流れというやつだ、我慢するのが馬鹿馬鹿しくなったともいうがね」
「やめんか」
僕は笑ったまま流した。主は困ったように眉を寄せていたが、ため息をついて話に戻った。
「つまりだ、お前を投入できるようにしないと新たなエリアに出陣が出来ない。だから歌仙にははやいところ刀剣男士としての感覚を取り戻してもらいたい」
「なるほどね、それまではどこの部隊にも所属せずに畑仕事と庶務に従事しろと。戦い方を思い出さないことには本末転倒だと思うが」
「毎回編成が変わるだけで出陣や遠征にはいってもらうから安心しろ」
「おや、そうなのかい?それはよかった」
「畑仕事と庶務はあたってるがな」
「そうか......」
「嫌ならさっさと生存を上げろ」
「わかってるよ。やれやれ、つかの間の免除だったな。で、今回はどこの部隊に任命するつもりだい?」
「本来なら二番隊にするところだったんだがな、事情が変わった」
「うん?」
「恐れていた日がとうとう来ちまった。まだうちには関係ないが、いつか遭遇するときのために戦力強化を早めなきゃならん」
主が見せてくれた電子端末には、時の政府からの注意喚起があった。
「これは......」
遠征で行方不明になった刀剣男士と同じ霊力をもつ検非違使が出現し、同じ霊力をもつ刀剣男士を譲られた本丸やもとの本丸の出陣に1度でも遭遇すると条件が揃えば襲撃してくるというものだった。
「主......」
「最近確認された放免の中にいる新手だそうだ」
「放免、か......」
「そうだ、放免だ。今の本丸のままだと被害が尋常ではない。だから、しばらくはすべての刀剣男士の戦力強化を優先するぞ」
「部隊はその都度変わると考えていいんだね?」
「ああ、次のエリアは俺も初めてだとみんなには報告済だ。ペナルティ食らったばかりだ、進行が鈍足を極めるが誰も文句は言ってこなかった」
「そりゃそうだ、軽症撤退が原則の君がなんの準備もなく新しいエリアに出陣させるなんて誰も思ってないよ。それで僕は今週誰の部隊に任命されるんだい?」
「長曽祢を部隊長に指名する予定の部隊がある」
「隊員は?」
「加州、安定、堀国、11代目」
「ものの見事に新撰組だね、僕が場違いすぎて困る」
「行方不明の一振に和泉守兼定がいたからな」
「ああ、なるほど、心配なんだね」
「そういうことだ。今回の話は明日する予定だから、行方不明の刀剣男士が自分だったらと思うとな......フォローを頼む」
「わかったよ。任せてくれ。この話、長曽祢には話したのか?」
「ああ、部隊編成の話をしたときにちらっと話した」
「わかった、そういうことなら挨拶だけでもすませておこうかな」
「頼んだぞ、歌仙」
「任せてくれ」
鍛刀部屋を後にしたのだった。
新選組の厳しい隊規として有名な局中法度は、以下の五箇条からなり、新選組での「法」として厳格に運用され、内部粛清に使われたとされている。
一、士道ニ背キ間敷事
一、局ヲ脱スルヲ不許
一、勝手ニ金策致不可
一、勝手ニ訴訟取扱不可
一、私ノ闘争ヲ不許
右条々相背候者切腹申付ベク候也
幕末当時、藩においても武士道に背くような行いは当然に禁止で、脱藩は切腹でしたし、金策や訴訟も禁止されていた。長州や土佐でも、藩士たちが命懸けで脱藩!というのはよくあること。坂本龍馬の亀山社中にも規律があり、破った者が切腹している。
新選組は、史実から離れた「鉄の規律がある恐ろしい集団」というイメージがあるが、それは後世の創作で作られたものが大きく、当時の世情を知れば、常軌を逸した恐怖集団などではなく、一般的であったといえるだろう。
そんな局中法度の一節一節を叫んでいるのは長曽祢、そのあとにほかの刀剣男士たちが続いている。特に響いているのは11代目のようだ。それだけで体育会系の雰囲気に道場を変えている。瞑想のように精神統一をするための類だろうか。黙想が続いている。
騒がしくなるのを道場前で待っていた僕は扉をあけた。
「というかさ、やっぱり途中から何でもありに切り替えるってずるくない?」
「悪い悪い、お前相手だと、つい熱くなっちまってさあ」
「昨日もいったがそばに仲間がいる前提の癖が付いているな。人の手助けもいいが、程々にな」
「気を付けます……」
「さて、今日は安定か。腕が落ちていないか見てやろう」
「それはこっちの台詞かな」
道場の引き戸は大きく響いて、彼らの稽古を邪魔してしまったようだ。
「稽古中にすまないね、黙想が終わったようだから入ったんだが。長曽祢、きみに用があってね」
「ああ、気にするな。昨日の続きを話していただけだ。今日の稽古はこれからだった。どうした、歌仙。主からなにか伝言か?」
「主からしばらくきみの戦い方を学んでくるよう言われたんだ」
「主から?肥後は柳生流と新陰流と雲弘流あたりが修練の軸だっただろう。わざわざ学び直す必要があるのか?13年も人の身でいたんだから、鹿島新當流や佐々木小次郎あたりからも学んだだろう?」
「驚いた、よく知っているね」
「うちには之定の後代がいるんでな」
「勉強熱心なことだ」
「お前の後任だったからな、直々に指名したそうじゃないか」
「戦績をみて主と検討した結果だ、11代目の努力であって僕の贔屓ではないよ。それに剣術じゃない、戦い方だよ。今の僕はきみのような動きが向いているとわかったんだ。どうしても集団戦に関しては近代の君たちに軍配が上がるからね」
「ああ、なるほど。そういうことか」
「そういうことだ。池田屋の最終局面は11代目が踏破してくれたようだが、それまでの局面は僕も第1部隊にいたからね。経験者を派遣したいんだろう」
僕の言葉に彼らの目の色が変わった。
「いーこときいた!つまり、僕たちも池田屋行けるんだ?」
「僕がきみたちの部隊に投入されるってことは、そういうことだね」
「やっとか、やっとだー!」
「池田屋で......沖田譲りの一撃がふるえるんだね」
「そうだよ、安定。目をかけられてる分頑張らないと」
「そうだね」
「そうか、おれたちで池田屋にいきたいしという申請が通ったのか。わざわざすまんな、歌仙」
「いや、今回は僕の方から挨拶をすべき立場だからね。しばらくはお世話になるよ、長曽祢」
「ああ。隊長の心得はわかっている。池田屋の討ち入り、任せてもらおう」
「というわけでものは相談なんだが、今の僕の部屋、一番隊のときのままなんだ。しばらくは戻れないみたいだから、さすがに部屋を移動しなければならないと思うんだよ」
「同室の小夜には話したのか?」
「もちろん、昨日のうちに話はしたよ。小夜は誰が同室でも構わないそうだ。きみたち、どういう部屋わりをしているんだい?」
「部屋割りと言われてもな。おれたちは3番隊と4番隊をウロウロしていたから、2階の門側に固まってとってそのままだ。和泉守が一番隊にいってからも歌仙の代役だからとそのままだったから」
「2階の門側だね」
「ああ、道場にはこちらの方が近いんでな」
「お風呂もですよ」
「それもあったな」
「なるほど。じゃあ、きみたちの近くの部屋に移動しなければならないね。
どうするかな、空き部屋は無いだろうから交渉してくるか」
「それなら俺の部屋にくるか、歌仙?俺は今一人部屋なんだ」
「おや、そうなのかい?ならそうさせてもらおうかな。どこだい?」
「2階の門側の東の方角だ。角部屋になる」
「わかったよ。それでは今から引越しの準備をしてこよう。さいわいまだ荷物を解いていなかったからね。明日からよろしく」
「こちらこそよろしくな、歌仙」
「鍵をかりても?」
「ああ」
僕は長曽祢につづいて道場を後にしたのだった。
「さすがは僕の主だ、やればできるじゃないか。次年度予算の聞き取りがそろそろあるから準備しておけっていった甲斐があった」
電子端末片手に独りごちていると鍵が開く音がした。
「やあ、長曽祢。先にお邪魔しているよ」
「もう準備は終わったのか、手伝おうかと思ったんだが」
「わざわざありがとう、大丈夫だ。荷造りを解いていなかったし、庶務の仕事は妖精たちに頼んで環境を整備してもらったから」
「なるほどな」
長曽祢は辺りを見渡した。
「間仕切りはどうする」
「今まで2人部屋にしたことがないんでな、まだ勝手がわからん」
「僕はわりと遅くまで灯りをつけている方だよ、きみはどうだい」
「そうだな、飲みに行ったりして部屋は寝る時だけだ」
「そうかい?なら間仕切りはした方がよさそうだね」
「そうだな。なんというか、意外だ」
「なにがだい?」
「もっと物で溢れかえっているのかと思った」
「うちの本丸は申請しなきゃ茶菓子も買えない経済状況じゃないか。欲しいものはたくさんあるが無い袖は振れない」
「なるほど、言葉より行動ということだな」
「そうだねえ、もっと余裕ができたら茶室のひとつでも増築してもらいたいんだが......」
そんなことを話していると、不意に長曽祢が沈黙した。
「どうした?」
「いや......主から話は聞いてるんだが、検非違使について聞きたいことがある」
「なんだい?」
「主が今まで深追いするなと厳命していたのは、検非違使に観測されて襲撃されたら今のおれ達では全滅すると判断したからだ、でいいわけだな」
「そうだね、まちがいない」
「いまいち検非違使というやつがどれだけ強いのかわからないんだが、歌仙はわかるか?」
「主に聞けばいいじゃないか」
「実はもう聞いたんだ。前の本丸のことも、検非違使についても。だがいまいち実体が掴めない」
「まあ、そうだね。主は人間であり、僕たちは神だ。隔たりは大きい。少し昔話をしようか」
prev next
bkm