2週目極歌仙とリセット本丸
主へ

やあ、元気にしているかい?せっかくきみに恥もなにもかも晒して直談判してまで手に入れた誉ある最初の修行の旅だからね、こうして手紙に書くことができるような学びがある旅にしようと日々努力しているところだよ。

とはいえ、歴史を巡る旅だからね、手応えを感じるようなことはもちろん、見聞きしたものすら詳細に書いてはならないと言われているんだ。決まり事である以上仕方ないとはいえ、これでは面白さも半減だとは思わないか?

書ける範囲では今僕がいるのは肥後国。元の主である細川三斎様の客人として招かれているんだ。強さとは違うのかもしれないけれど、千利休の茶道をきみの時代にまで忠実に再現したといわれている三斎様の元で、文化人としての審美眼を学んでくるつもりだよ。

「......細川三斎ってことはあれか、三男に家督を譲って隠居したときに出家して三斎宗立と名乗ったはずだから1620年?いや肥後国の城主になったのは1632年だったか。70歳くらいだな」

ところで、今こうして何百年も隔ててきみに文をしたためているわけだが、どういうわけかきみのことを思い出す話ばかり三斎様から話を聞くんだ。

「ん?細川家は熊本だろ?」

色々と昔話を聞いたんだが、幽斎様の奥方、つまり三斎様のお母様であるマリア殿の話を聞くことができたよ。

「あー、そういうことか、沼田麝香様の話をな。どういうくだりで聞いたんだよ、歌仙のやつ」

ガラシャが自害したあと思うことがあってキリスト教に改宗したそうだが、地元の人間であるきみには麝香様の名前の方が馴染みがあるだろうか。

「まあな、これが縁で細川家の末裔の方が何度か来られてるし。のちの総理大臣だし」

きみも人が悪いな、教えてくれたらよかったのに。通り過ぎるだけだと太郎太刀にいっていた、君の言葉を借りるなら名ばかり越前、一向一揆への出陣のたびに通る街道のあたり......つまりきみの故郷は、かつて麝香様のご実家の領地だったそうじゃないか。

「あっはっは、まあそうだな。だって仕方ないだろ、浅井長政のが有名だし」

きみの故郷は豊臣秀吉の相婿でもあり、秀吉に重用された浅野長政が、あのあたりの城主となった時、交通ならびに軍事上の要衝として諸役免除の布告をし、この地の特別の発達を図った。浅井長政以来、代々の領主はこの政策を受け継ぎ、江戸時代を通じて近江国境に接する宿場町として繁栄し、町奉行所も置かれ番所も置かれてきた、とね。

刀剣男士として顕現したときに受け取った正史しか僕は知らなかったんだ。

そんな僕が、三斎様から幽斎様との思い出話を聞いていたときに、いきなりきみの故郷に幽斎様がいったことが何回もあると言われたときの衝撃といったらなかったよ。

きみの故郷は、奈良時代から御食国として京の都に海産物を届けるとても大切な土地だったんだね。それゆえに室町時代にもすでに戦略上の要地として、足利将軍直属の沼田氏が山城を構えて、この地を守っていたんだね。

麝香様がその沼田光兼氏のご息女であったなんて知らなかったよ。三斎様から幾回かかの地を訪れたある年の初冬に開催した連歌の会について話してくれたんだ。

故郷を復興させることに今なお尽力している、誰よりも故郷を愛しているきみのことだ。僕がようやく知ることができた細川家ときみの故郷の繋がりについてなんて、とっくの昔に知っていたんだろうね。教えてくれたらよかったのに。

「いや、何回繰り返すんだよ、歌仙。そんなに強調するところか?めっちゃ嬉しそうだな」

きっと僕はこの話を何度も特別なものとして回想するだろうと思うのさ。絶え間なく過去の下流へと向かう時の早瀬のただ中で、それはたしかに静かに孤独な光を放っている。彼方に海のように広がる忘却があるとしても、僕はその度に想起することになるだろうね。

「......なんか恥ずかしくなってきたんだけどなんだこれ。なんだこれ。......あれだな、どれにしようかなで選んだことそんなに気にしてたんだな、歌仙......なんかごめん」

追伸

僕は毎日でもきみに手紙を出したいところなんだが

「三斎も筆まめだったみたいだし、似てるなあ」

13年ほど滞在するつもりなのに手紙がこれも含めて4つしかないというのはなんとも酷なことだね。時の政府から持たされている圏外の電子端末にある未送信のメールをみていたら、最終的には歌集を出してしまえそうなくらいの数になりそうだよ。

「待て待て待て13年って具体的な数字出すなよ、歌仙!時の政府、検閲仕事してないぞ、大丈夫なのか!?三斎が肥後国の城主になってから亡くなるまでの年数じゃねーか!!」

「わざわざお調べするのは主さまくらいですから問題ないと担当者がいっておりましたのでご心配なく」

「さ、さよか、さよでか......ははは。つーか未送信のメールの下りいるかこれ?......あっ、これ帰ってきたら歌集が出したいっていいだすパターンじゃないかこれ?」






主へ

やあ、そろそろ僕からの手紙がくる頃合だと思っていたんじゃないかな?僕にとっては13年という月日の中でいつ書くべきなのかさんざん悩んでようやく筆をとった貴重な一通なわけだが、きみにとっては僕が修行にでてから2日目の手紙だ。なんとも情緒がないね。手紙というのはその待つ間の時間も含めて趣深いというのに、これじゃあ書く側と読む側の思いのむけ方に落差があるとは思わないか?......まあ本当に13年もそちらの時間が経ってしまうなら、僕はとっくの昔に帰っているんだがね。

きみは桔梗という花を知っているかい?そう、古くは万葉集や家紋に使われ古くから日本人に愛される日本の花だ。花言葉は「永遠の愛」「気品」だったか。

宿根草で、花期は6〜9月。万葉集の中で秋の七草と歌われている「朝貌の花」は本種であると言われているね。

「今じゃこんなに古くから日本人にとって馴染みの深い桔梗ですら、絶滅危惧種だもんな......未曾有の災禍で確認できねえありさまだし」

秋の七草はいかのとおりだ。

・女郎花(オミナエシ)
・薄(ススキ)
・桔梗(キキョウ)
・撫子(ナデシコ)
・藤袴(フジバカマ)
・葛(クズ)
・萩(ハギ)

上から頭の文字をつなげて「お好きな服は(おすきなふくは)」という覚え方がきみの時代には一般的に広まっているようだ。きみからもらった歳時記の受け売りだがね。

なぜそんな話をするかって?

三斎様が長らく廃嫡してから不仲だったご長男、忠隆様と和解されたからだよ。

慶長5年(1600年)の徳川家康の留守中に五奉行の石田三成らは挙兵し、三成らはガラシャに対して人質となるよう迫った。ガラシャは拒絶して大坂玉造の細川屋敷で自決(キリスト教では自殺が出来ないから家臣に手打ちにされたようだがね)したが、忠隆正室の千世はガラシャと姉・豪姫の指図で隣の宇喜多屋敷に逃れた。

このことを咎められ、妻を離縁して千世の兄・前田利長のもとへ追い払うように命じられたが、忠隆様は妻との離縁に納得せず、彼女を庇って前田家を訪ねて助力を求めたりしたが、ガラシャを失った三斎様の怒りを買い、当時の領地であった豊前国に赴くことなく勘当されたんだ。実に20年ぶりの話だよ。

どうやら幽斎様の支援で長らく京の都にいたようだね。

「そうなのか、知らなかったな」

忠隆様の家紋は、キキョウ紋なのさ。

この和解により、三斎様はこのキキョウ紋を定紋とすることを認めているんだ。明智桔梗とよばれる桔梗紋ではなく、いかにも桔梗の花を思わせる陰桔梗紋だ。熊本城の軒瓦も桔梗紋だがよく似ていてね、僕がよく承知している桔梗紋とは少し趣を異にして入るよ。

三斎様は跡を継がせたかったようだが、忠隆様は断って京に帰ってしまわれた。

人というのは変わるものだね。


僕は最後までいつの時代にいこうか迷っていたんだ。きみの書庫にある僕について書かれた本を読み解くと、前の主が僕で家臣36人を斬った後、三十六歌仙にちなんで名付けたという逸話そのものが末裔が買い戻すときに商人からきいたことらしく、細川家の文献には残っていないそうだ。

之定が一振の僕が歌仙たらしめている逸話そのもの、いわば付喪神の根幹たる名付けの逸話について真偽を求めるべきかいなか。とても大切な問題だ。だから余計に悩んだよ。

だが、僕は晩年の三斎様のところに行くことを選んだ。

僕は付喪神だ。前の主の思いが僕の形を成している。なら、前の主について知る方が大切じゃないかと思ったんだ。きみの書庫にある本をいくら読んでもガラシャと比較されたり、誇張されたりして僕の中にある記憶や思いといったものと合致しないものが多い。どうしてもね。きみはそれが後世が正史を定めるために必要な過程であり歴史だというけれど、僕は機会に恵まれて三斎様に会うことが出来るわけだから、あいに行きたいと思ったのもある。

かつての僕を傍らにおいて穏やかな日々を過ごしている三斎様をみていると間違っていなかったと確信しているよ。

「歌仙、そんなこと考えてたのか......知らなかったな」

修行の日々は充実しているから、心配しないでくれ。きみにとってはたった2日目しかたっていない中での手紙になるのはわかっているが、僕からすればすでに数年経過している中、貴重な手紙でようやく相応しい出来事を綴るに値する話題を見つけて綴っている手紙なわけだからね。

(歌仙の手紙はまだ続いている......)







主へ

やあ、旅先からの手紙はこれが最後になりそうだよ。

......ああ、お察しの通りだ。三斎様が亡くなられてね、これ以上ここでは学べることがなくなってしまったんだよ。

三斎様は最後までご長男に自分の隠居領9万5,000石を継がせて立藩させることを強く望んでいたようだが、半年前に早世してしまってね。それはそれは嘆き悲しまれていたよ。そして半年後にあたる今日、三斎様も亡くなられた。

臨終の際には「皆共が忠義 戦場が恋しきぞ」とおっしゃっていたよ。最後まで武将としての心を忘れていなかったお人だった。

やはり、戦とあらば、散る最期まで戦い続けるのが刀の本道……。最期の瞬間まで戦う忠義なくして、主の寵愛は得られないということだろうね。

この13年間を振り返ってみて、どうだったか、きみは1番聞きたいだろうと思う。そうだね、晩年の三斎様はとても穏やかな方だったと書いたら、きみは驚くだろうか?あの方は僕が思うにとても純粋な方だったんだと思う。それ故に許せないこともまた多かったんじゃないか。

だが、それも年を重ねて、飲み干せるようになっていったのだろうね。

僕がその境地に達することができるのかどうかはわからない。でもこれからの僕について考えたときに、目標のようなものができたように思う。

あとはきみのところで実践するとしよう。

ああ、最後の一通かい?今の本丸ではこういったものは貴重だからね、そのまま持ち帰っていつかのときのためにとっておこうと思うよ。







初秋の陽が眩しく溢れる。透明感を増した九月の日盛りの陽の下、僕は本丸の門をくぐった。まぶしいほど晴れ上がった午後が深まるにつれて窓の外の光はいかにも秋らしいやわらかな物静かな色に変化している。

青く澄んだ空を赤とんぼの群れが飛んでいる。本丸はこの季節特有の内省的な温かみを持っていた。その穏やかな自然の光は、人の心を癒し鎮めてくれる。澄んだ水の流れや、優しい木の葉のそよぎが、人の心を癒し鎮めてくれるのと同じように。

「本丸の景観を変えたのか、いい心がけだね。季節の移ろいをしっかりと心にとめることを主にいいきかせてきた甲斐があったかな」

秋の訪れを感じさせてくれるコスモスが中庭一面に咲き誇っていた。お彼岸頃から咲き始めたのだろうコスモスたちが満開を迎えている。秋の澄み渡る空気によく似合う透明感のある美しい花たちが僕を出迎えてくれた。

五重の塔や本殿を彩る花景色は風情ある本殿に連なる棟と、赤・白・ピンク・黄色の花がマッチして、満開の今はまるで絵画の中にいるような錯覚さえ覚える。

コスモスの花越しに眺める、青空を背景にした本丸の凜々しく美しい姿はまるで花浄土の様な華やかながらも和の趣が感じられる新鮮な景色だった。

「歌仙さま、おかえりなさいませー!」

石畳を飛び越えながらこんのすけがやってくる。僕の周りをまわりながら嬉しそうにわらっている。

「やあ、こんのすけ。久しぶりだね。元気にしていたかい?」

「はい!こんのすけは元気でございます!歌仙さまもお元気そうでなによりです!」

こんのすけを撫でてやっていると影が落ちる。僕は顔を上げた。一陣の風が吹き抜けた。

「おかえり、歌仙」

僕はたちあがる。

「ただいま、主」

僕は自然と笑顔になっていた。刀解される寸前まで願ってやまなかった光景がそこにはあった。

「衣装、新しくなったんだな」

「どうだい、風流を意識したこの新衣装。雅を感じるだろう?」

「雅は未だによくわからんが、似合ってると思う」

「はは......きみねえ、もう少しいうべき言葉というものがあるんじゃないか?僕がいなくて寂しかったとかこうなんか、もっとあるんじゃないのかい?」

「そうだな......長かったな、とにかく」

「長かったんだ?」

「ああ、歌仙を待たせてばかりで俺は2時間半しか待ったことなかったからな」

「たった4日なのに」

「時間がこれだけ過ぎるのが長く感じたのは初めてだった」

「そうか、そうか。そういうのがいいんだよ、覚えておいてくれ」

「お、おう」

「主さまは修行を早く終わらせるよう伝書鳩を飛ばそうか一日目から悩んでらっしゃいましたよ、歌仙さま」

「こら、こんのすけ」

「おや、そうなのかい?」

「余計なことをいうんじゃない」

こんのすけが僕の後ろに隠れてしまう。

「でもしなかったんだ」

「お前が熱望してた修行をきりあげろなんていえるわけがないだろう」

「指定されている日が次の日になるだけで時間は短くならないよ」

「それでもだ」

ばつ悪そうに目を逸らした主がいうものだから僕は笑ってしまったのだった。


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