「なかなかやるわね、ゴースト。私の想像以上だわ。ありがとう、楽しかったわ」
「そういってもらえてなによりだよ。ご希望にそえるようなデュエルはできたみたいだしね」
「できたら勝利をもぎ取りたかったんだけど、何事もうまくは行かないものね。仕方ないわ。はい、これ」
「うん?」
「playmakerが欲しがってたデータよ。私と一緒でパーソナルデータぶっこぬいたってことは、いつでもplaymakerに一方的に連絡入れられるんでしょう?ゴースト。なら、このデータも送ってあげてくれるかしら」
ゴーストガールの手の上でくるくると回っている発光体のカードが、音もなくゴーストのところに飛んでいった。それを受け取ったゴーストは興味深げにそれを見つめる。そして自らのデュエルディスクに取り込んだ。
「へえ、ボクにもくれるんだ?」
「あなたが私に《破壊竜ガンドラ》をくれたのはこの情報の有無が大きいんでしょう?それだけ和波君のお姉さんはあなたにとって大切な人。違う?」
「まあ、否定はしないよ。事実だしね」
「ふふ、それじゃあね」
「うん、またね」
ログアウトしたゴーストガールを見届けて、ゴーストは顔を上げる。そしてこちらをずっと見守っていたカメラに笑いかけた。
「今からデータ送るよ、playmaker。今度もまたデュエルしようね。それじゃ」
モニターのひとつが砂嵐になったのはその直後だった。
「だとさ、遊作」
「勝手に今度を作るんじゃない、どこまで勝手なやつなんだ」
「そう不機嫌になるなよ、ゴーストガールにもガンドラ見せたからって」
「草薙さん」
遊作はじと目で草薙を見上げる。そんなんじゃない、と言いたげな眼差しだが、草薙はいつものようににやにやしていた。
「それだけの価値があると思ったんだろうさ、ゴーストは」
「ああ、和波の姉の知り合いなのは間違いなさそうだな。俺にしか見せなかった《破壊竜ガンドラ》シリーズを見せたんだ。それだけゴーストも今回のデータが欲しかった。俺のデュエルディスクいつでも見れるのに我慢できなかったんだから、よっぽどだ」
「そうだな、これでちょっとはゴーストのいってることに近づけるといいな」
「……今のところ、心あたりはないけどな」
「だから機嫌直せって、遊作。ゴースト言ってただろ、お前が推しだって」
「わかってる」
「元気だせって、な?」
「……」
和波はちょっとだけ肩を落とした。やっぱり遊作の記憶喪失は深刻である。今回のデュエルで出したエクシーズモンスターを初めとした盤面、この構図はわりと狙ってやっていたところはあるのだが。
どうやら遊作の記憶を呼び起こすまでには至らなかったらしい。今頃自宅のカプセルポットからログアウトしたHALの複製は、放置している姉のデュエルディスクに帰還しているころだろう。
そしてHALの複製は、《星杯》デッキであるHAL本体に帰還する。そして複数のサーバを介して遊作のところにやってきたはずだ。
「誰なんだろう、ゴースト」
「それがわかれば苦労はしない」
どこか不機嫌気味な遊作に和波は首をかしげた。
「どうしたんです、藤木君?」
「……なんでもない」
すっかりふて腐れてしまった遊作である。疑問符がとんでいく和波に草薙は苦笑いした。
「ゴーストは初めて会ったときから、ずっと遊作のことを探してたって開口一番にいうほど気に入ってるみたいでな。こないだのデュエルで、その理由は遊作が思い出せない10年前の事件が関係あるって言われたわけだ。遊作は記憶がないことを一番思い悩んでる。そこに知ってるやつ、しかもこっちに好意的なのに理由がわからないやつがいる。案外悪くないと思ってる。そんなやつが実はそれ以上に大事な人がいて、言い方は悪いが遊作がplaymakerと知ってて、自分は動けないからって誘導しようとしてることが透けて見えちまったわけだ。遊作としちゃ、ちょっと面白くないよな」
ぽんぽん頭を叩かれ、遊作は反論するのも面倒になったのか何も言わない。それは図星だと言っているようなものだった。
「藤木君……」
「絶対に」
「はい?」
「絶対に正体暴いてやる、ゴーストのやつ。そしていつか殴る」
「あ、あはは」
和波は内心冷や汗たらりである。これは覚悟を決めておいた方がいいかもしれない。これはこれで面白いからいっか、と和波誠也というキャラクターを演じる上で封印している好奇心がささやいてくる。うずいてしまうがこらえた。
「ほら、遊作」
「……わかってる」
デュエルディスクを端子に繋ぎ、遊作はゴーストから送られてきたデータをダウンロードした。巨大なモニタにデータが展開する。
「……これは?」
「なにかの報告書みたいだな」
「あ、これ!」
和波は思わず立ち上がる。2人は驚いて和波を見た。
「これ、コレ知ってます!これ、姉さんが参加してた実験だ!」
「これが?」
「はい、ボク見たことあります。父さんたちにSOLテクノロジー社の人が見せてくれたことがあるんです。今のリンクヴレインズのフルダイブするシステムを構築するために必要な実験だって言ってました。えっと、これはそのときの実験に参加してた人たちのリストかな?」
「……おいまて、コレを見ろ」
「え?」
「何か見つけたのか、遊作」
「ああ、あの男の名前が載ってる」
「えっ」
それは数年前にすでに死んでいた男の名前、フランキスカだったと思われる男の名前だった。
「パソコンのエンジニアだったのか」
「なるほど、急成長した会社ならではの欠点だな。ノウハウがないからどうしても必要なのに外部からの人材も使わないと構築できないほどのシステムだったてことか。それを逆手に取られたわけだな」
「勝手にアカウントを複製してログインしてたんだ、フランキスカ……!」
「……待てよ、こいつが担当してたプログラム、まさかまだリンクヴレインズに使われてるんじゃないだろうな?」
それはまさにユーザーがアカウントを登録し、SOLテクノロジー社がそのパーソナル情報を保管するセキュリティに関するプログラムだった。
ゴーストガールが添付してくれた報告書によれば、この男は非正規でこの事業に従事していた。これを売り込みの材料とすることで正規雇用となることを望んでいたようだが、SOLテクノロジー社は拒否している。
その代わりこのプログラムに多額の金を払うことで決着したようだ。それでもリンクヴレインズがSOLテクノロジー社にもたらしている利益と比べれば微々たるものである。
「逆恨みじゃないか」
「でも、フルダイブするようになったから、グレイ・コードは十八番の誘拐手段が使えなくなったんですよ、藤木君。そのために新たな手段構築として入り込んだ可能性もあります。正規雇用されたところで、フランキスカはグレイ・コードのリーダーをやめるわけじゃないですよ。あの人はみんなを電脳体にすることが目的なんだから」
「そうか、そうだったな。なんてやつだ」
「これでやっとあの男がどこにいるのかわかったな」
2人はうなずいた。この男は数年前に死んでいる。そして、このアカウント管理システムが稼働し始めたのは、リンクヴレインズの運営開始直後。
SOLテクノロジー社職員のアカウントがグレイ・コードのウィルスに感染するのは、きっとこのプログラムを通してだ。それは電脳体となったフランキスカが潜んでいることを意味する。遠隔操作で指示できるのはあの男だけだからである。
「……でも、どうしましょう?SOLテクノロジー社のアカウントシステムなんて、極秘情報じゃないですか。SOLテクノロジー社によってグレイ・コードが守られてるなんて。どうすればいいんだろう」
「それについては心配いらない。その抜け穴なら持ってる」
「えっ!?」
「俺がゴーストガールとのデュエルに応じたのは、そのためだ」
「えっ、えっ、もしかして藤木君、草薙さん、SOLテクノロジー社のセキュリティ突破したことあるんですか!?」
「ああ、ハノイの騎士の情報が欲しくて潜入したことがある。安心しろ、ここからは俺の仕事だ」
「藤木君……」
「そうだな、フランキスカのことは和波君がどうするか決めるべきだ。俺たちは後方支援に回る、だから安心してくれ」
和波は目を輝かせた。
「注意すべきはゴーストだな、アイツのことだからあのプログラム持ち出されてる可能性がある。アイツはアイツなりの目的で動いてる。かち合うかもしれない」
「こっちがハッキングされた形跡はないが、ゴーストガールはどうかわからないからな。注意してくれ、和波君」
「わ、わかりました。……これで姉さんのパーソナル情報が取り戻せるなら、僕は」
数年前強奪された姉のパーソナル情報の真実、そして放浪する精神体の姉。フランキスカを倒して真相を突き止めることができれば、姉がどういう目的でリンクヴレインズを放浪しているのか規則性がわかるだろう。早く会いたい、そんな思いを胸に和波は前を見据えた。
草薙と遊作が2人がかりで作成したセキュリティプログラムの抜け穴。長い長い電子のトンネルの先を抜けると、真っ白な空間にでた。
所狭しと並べられた四角がゆがんでいることで、かろうじて和波はその空間が球体であると認識することができた。真ん中にある金色の球体めがけて、四角から飛び出した光がまっすぐに向かっていく。
和波に行く手を阻まれてしまっても、その体を沿って前に前に進もうとし続ける。やがて腕の間から光はすりぬけていった。そのあとの四角はログインという表示が浮かび、黒く塗られる。つるつるとした表面、ぎりぎりまで近づいてみると向こう側に人間の形をした影が見える。
叩いてみると軽い音がする割に頑丈で、おそらくここを突破することは難しいだろうなと思う。それにしても、不思議なところだ。黒い四角の先はまるで棺桶である。目を閉じて微動だにしない誰かが寝かされ、四角い空間に安置されているのだ。さながら巨大な霊安室である。
今のリンクヴレインズではフルダイブすることでネットにアクセスすることができる。
しかし、無防備なまますべてを電子化してネットにダイブすることの危険性は、サイバーパンクを題材とした創作で何度も警鐘が鳴らされてきた。
よってパーソナルデータに関してはSOLテクノロジー社が推奨しているセキュリティプログラムをダウンロードすることになる。そのシステムが、今和波が侵入することに成功した、パーソナルデータのセキュリティプログラムである。
一般的なユーザーはログインするたびにパーソナルデータをここに保存して、リンクヴレインズにダイブしている。ここに保存されている情報は外部から突破することはそうとう難しい。
それこそ、ハノイの騎士並の技術力を持ったクラッカー達でなければ無理だ。グレイ・コードの場合はここまで熟練の腕を持ったクラッカーは、フランキスカだけだった。それが明暗をわけたのかもしれない。
和波は慎重に周囲を見渡す。
『和波、大丈夫か』
「はい、大丈夫です」
『侵入成功みたいだな、とりあえず第一関門は突破だ』
「これからフランキスカを探せばいいんですよね」
『ああ、頼む』
「任せてください。スキル発動、《マインドスキャン》」
和波の周囲を緑をまとった風が出現する。そして、その風がセキュリティプログラム全体に吹き始めた。白い曲線を滑るように広がっていく緑の光。
やがて堰き止められてしまった箇所がいくつもできあがる。緑色の発光が四角を塗りつぶしていく。和波はその四角めがけて飛んだ。
「まずはここ」
四角に手を押し当て、意識を集中させる。いつも姉にやっているように、このユーザーが考えている思考回路を通じて現状把握を急ぐ。
「この人じゃない。でも、グレイ・コードのウィルスに感染してます」
『おーけぃ、こっちでなんとかしてみるぜ』
「お願いします、草薙さん」
和波はふたたびとんだ。
「この人でもない」
『こいつも感染してるか?』
「はい、さっきよりは軽度ですけど」
『わかった、ハッキングして除去する』
「了解です、藤木君」
そういった行動を何十と繰り返すが、やっぱりフランキスカとおぼしき人間はいない。疲労がにじみ始めた和波は、浮遊しながらため息をついた。
『大丈夫か、和波。いったん引くか?』
「大丈夫です、まだやれる。抜け道の構築だってただじゃないですよね、収穫無しじゃ終われないです」
『よし、その意気だ、和波君。ただ無理するなよ』
「はい」
うなずいた和波だったが、その直後何かを見つけたのか目を見開く。そしてとんだ。
『どうした、和波』
「変です、さっき解除したのにまた感染してる」
『またか』
「この人さっきログインしたのに……あれ?ログアウトしたら感染してるってどういうことだろう、もしかしてリンクヴレインズに感染経路が?」
『よく探してみてくれ、和波君。今までの感染者が使用してるエリアはここだけなんだ、必ずどっかにフランキスカは隠れてるはずだ』
「……です、よ、ね」
どこだ、どこにいるんだろう、和波は懸命にあたりを見渡す。
『おいおい、誠也君よぉ。まだマインドスキャンしてねえところがあんだろうが』
「え?でも、この四角はぜんぶやったよね、HAL」
『そっちじゃねーよ、後ろだ、後ろ』
「うしろ?……って、まさか!」
弾かれたように後ろを振り返った和波が見たのは、無数に行き交う光の中で、真ん中で黄金色に輝く球体から射出された光線が四角をウィルスに塗りつぶしていく光景だった。
「まさかこのエリアからの出口っ!?」
『よーく思い出してみろよ、誠也君。ブルーエンジェルが感染したのはログイン直後だっただろうが』
「あっ」
『そーいうこった、さあデュエルディスクを構えろよ、誠也。こっから先が正念場だ』
『和波君、HALがなにかいってるのか?精霊になられちゃ俺たちには聞こえないんだ、通訳してくれ』
「あ、はい、すいません。見つけました、たぶんあの出口のどこかにいるはずです」
『なるほど、そういうことか。わかった、こっちであぶり出してみる。和波君は念のために構えていてくれ』
「はい!」
草薙と遊作があのオブジェクトにハッキングをして、なんらかのプログラムをぶち込んだのだろう。
一時的に黄金色の光は止み、あれだけたくさん行き交っていた電子の光は次第に数を減らし、とうとうひとつも通らなくなってしまう。
これは一時的にアクセス障害が起こっているだろう。はやいこと片付けなければSOLテクノロジー社に感づかれてしまう。草薙やHALが言いたいことを理解した和波は息をのむ。
ここは本当に正念場だ、下手すれば和波ごと悪質なプログラム扱いされて消されてしまう。それは困るのだ。
そして、静止していた金色の球体に変化が現れた。ばちっと電気がはしったのだ。やがてそれは次第に大きくなり始め、強烈な閃光と熱に和波は近づくことすらできない。
距離を取り様子をうかがっていると、その球体はゆっくりと浮遊し始めた。そして回転し始める。不気味なほどの静寂があたりを支配していた。
そして、なにかの輪郭が浮かび上がり始める。
『ああ、待っていたよ、和波 誠也。キミならばきっと来てくれると思っていた』
それはやがて巨大な人の顔となる。そして、声となる。和波の前に現れたのは、オブジェクトと一体化した1人の男だった。
「やめてください、フランキスカ。僕はあなたのところに帰ってきたわけじゃない、お姉ちゃんを帰してもらいにきたんです」
白の空間に男の笑い声が木霊する。
『そうか、そうか。美しい姉弟愛じゃないか、またしても邪魔する気か、和波博士。お前はいつもいつも私の邪魔をする。よりによって和波 誠也を奪い取りやがって、私の最高傑作を!』
「僕は物じゃない、人間です。変な言いがかりはやめてください」
『それは断る。あの女はよりによって私の研究の最終段階ともいうべき実験を邪魔したのだ。おかげで私はこんな不完全な姿になってしまった!本来なら3年前のあの日、私は人類を新たな境地に連れて行ける第一歩を踏み出したというのに!!』
「実際はあなたの人格に上書きされた傀儡ができるだけじゃないですか。しかも死んでも蘇生されるデュエリストとか悪夢以外の何者でもない。僕の場合はいいんです、HALのおかげで今の僕がいる。でもあなたがしようとしてることは絶対に同じじゃない。一緒にしないでください」
『そんなことはない、和波 誠也。私にはわかる。いつか私のことをわかってくれる時が来る。人間としてのお前は2年前に死んでいる。そうだろう?』
「リボルバーにもいわれましたけど、僕は僕である限り人間であることをやめる気はありません」
『そーそー、俺様はこいつが人間だから気に入ってんの。変な気起こさせるような真似は謹んでもらいてえもんだぜ。全く』
「今はわからなくてもいい。いずれお前はそうもいってられなくなる時が来る」
「そんなこといわれなくてもわかってますよ。リボルバーから言われたし、HALからも聞かされてます。あなたから言われたことは全部全部2年前のあの日からわかってました。何を今更。それくらいで僕は揺るがないですよ、フランキスカ」
男の笑い声はどんどん大きくなっていく。
『いいだろう、ならば見せてみるがいい。そのくだらない茶番劇をな!!』