心中去来C(修正済み)
鳥肌がたったのか和波の顔が青ざめる。腕を抱きしめて、その場に座り込んでしまった和波にリボルバーは視線を投げる。


「お前はあの男が目標としている、サイバースの力を使った不死の体現だからな」

「やめてください!僕は人間です!」

「どこがだ。5年前にあのデータストームに飲まれて滑落した瞬間から、お前はすでに死んでるはずだ。違うか」

「僕は生きてます、死んじゃいない!」

「サイバースのデータに変換されたお前のデータを出力したのが今のお前の体だろう。アーカイブがいる限り、魂のデータさえ無事ならいくら体が損傷しようが復活するくせに、どこが人間なんだ」

「君がどう言おうと僕は人間です。それ以外になる気はない!」

「どこまでそう言えるのか興味があるな」

「僕は何度だっていいます。僕は人間だし、グレイ・コードにもどる気は絶対にありません!」


和波は叫んだ。自然と語気は荒くなる。フランキスカ、という名前は、それだけで和波をかっとさせるだけの威力があった。忘れたくても忘れられない記憶があるのだ。


HALにAIを取り込んでもらい、そのデータを受け取って5年ぶりに自分の体に帰還できたとき、邪魔しに来た男はそれはもう発狂寸前なほどの狂乱ぶりを見せた。すばらしい、すばらしい、壊れたレコードのように何度も叫んだその男は和波の現状を不気味なほど把握して言ったのだ。


『あとは魂の蘇生の技術と相性がいいかどうか検証するだけだ。どうか、今ここで死んでくれないだろうか?』


サイバースのもつ特性に惹かれてグレイ・コードに入った男だった。デュエリストは魂のこもったデッキデータさえあれば魂を錬成できると豪語し、実際に成功させた実績をもってあの組織に入った正真正銘のサイコだった。


デュエルモンスターズをこの世に生み出した会社の後継者争いを影ながら見守っていたが、彼らの悲願だった創始者の蘇生が決闘王の手によって摘み取られた。見切った男は研究成果を持ち逃げして失踪、この組織に流れついたという。


あの男が入った瞬間から、グレイ・コードは新興宗教のような不気味な組織体系となり始め、ただでさえ動物以下の扱いだった和波達は地獄を見た。戻ったらどうなるか火を見るより明らかだ。


時間は無限であり、物質は有限である。無限の時間の中で有限の物質を組み合わせたものが世界ならば、過去も現在も未来も構成するものは変わらない。


今、和波は誘拐されているけれど、1000年後もきっと誘拐されている。人は死んだら巻き戻されてはじめから、と本気で信じているような狂人だった。


そんな世界で唯一輝くのは生きる渇望に満ちた人間だけであり、みんなをその境地につれていくべきだ、とわけのわからないことをいう人間だった。


思い出すだけで頭がいたくなる。すべてのものは平等に無価値であり、終わりも始まりもないというどうしようもない皮肉を本気で信じ込んでいる男は、今の和波の状態をみんなに適応させようとしているのである。


「……僕だけじゃ判断できません。この件については考えさせてくれませんか」

「はじめから即答など期待していない。playmaker、そしてイグニス共とよく考えるがいい。これ以上ない好条件を提示してやったんだ、断る理由はないとおもうがな」

「・・・・・・」

「それでは私はこれで失礼する」


ヴァレルロード・ドラゴンが咆哮する。リボルバーは颯爽と乗り込み、その場をあとにした。エリアをずたずたにしていくデータストームを残して。







「俺は《サイバース・アクセラレータ》の2つある効果のうち、攻撃力上昇を選択。対象は《デコード・ト・トーカー》!攻撃力をターン終了まで2000ポイントアップする!!」


リンク先には2体のサイバース族。モンスター効果で攻撃力が1000ポイント上昇している。仲間の支援を受けた騎士は自慢の剣を振り上げた。攻撃力が3500からさらに5500に跳ね上がる。


「さらに《サイバース・ウィザード》のモンスター効果を発動!1ターンに1度、相手のモンスター1体を守備表示に変更することができる!サイバース・アルゴリズム!!」


放たれた魔術が開いてモンスターを拘束し、無理矢理表示形式を変更する。


「バトル!いけ、《デコード・トーカー》!ファイナル・エンコード!!」


颯爽と跳躍した剣士は、超至近距離から敵めがけて強烈な一撃を放った。


「ここで《サイバース・ウィザード》のモンスター効果により、《デコード・トーカー》は貫通ダメージを与えることができる!!これで終わりだ、グレイ・コード!!」


モンスターは一瞬にして爆発四散する。オーバーキルだった。一瞬にして4000のライフポイントを削りきった《デコード・トーカー》は勝利宣言とともに挑発じみた動作と一緒に剣を敵に向けた。


『そいじゃ、いっただきまーす!!』


問答無用の捕食である。弁解の余地すら与えず頭からむさぼり食ったアイは、すっかり相手のアバターを飲み込んでしまった。


『ぐえっほ、げっほ、今回は輪にかけてまっずいなコレ?!毎回クオリティが悪化してくのどうにかなんねえのかな!?毎回これじゃテンションだだ下がりだっつーの。それじゃあplaymakerサマ。あとはよろしく。俺は今回のこいつの感染経路を特定する作業にはいるからな、ったくもー、少しは休みくれよー」

「AIにそんな法律あるのか?』

『もー言葉の綾じゃんよー、playmaker。マジレスされるとガチで傷つくからやめて。くっそー、優しさが欲しいぜ。それじゃあな』

「ああ、頼りにしてる」

『……え?』


playmakerは無言で音声を切った。今はそれどころではないのだ。和波に姉の体がグレイ・コードに奪われたかもしれない、と教えなくてはならない。そう、思っていたのだが。


「やめてください!!僕は人間です!!!」


初めて聞いた和波の怒りに満ちた声に、思わず足が止まる。そして、まさかのハノイの騎士のリーダーの登場というイレギュラーすぎる事態に、そしてplaymakerのしらない和波に関する過去、そして詰問じみた押し問答。


とてもではないが割って入る雰囲気ではなかった。そして、リボルバーのいう《手を貸す真似》が先ほど倒したグレイ・コードの手下から和波の姉を匿い、どこかで守っている、という発言につながるのだろう、と気づくのだ。


あのとき、相手は血眼になって和波の姉を探していた。playmakerがいると気づいたとき、どうやら和波の協力者だと情報はまわっているようで、どこにやったと勝負を挑まれたのだ。カルテで入手した情報をあわせて嫌な予感がしていたのだが、事態は思わぬ方向に転がっているようだ。


保留にさせてくれ、と紡ぐことが精一杯だったようだ。和波はリボルバーが去って行くのを見送ることしか、できなかったようである。


「……和波」

「playmaker……!?どうしてここに?」

「それはこっちの台詞だ、和波。あの病院でテロ予告があったんだ。俺たちはみんな避難したのに和波だけ見当たらないから探しに来たんだぞ」

「そ、そうなんですか……あの……さっきの話、どこから?」


立ち上がる気力すらないらしい。見上げてくる和波のすがるようなまなざしに罪悪感を覚えながら、playmakerは和波が激高するところからだと正直に話した。


playmakerは意外と思ってることが顔に出ますよね、と和波はいつも笑っているのだ。嘘をついたところでマインドスキャンを試みられては意味がないし、和波に能力を使わせるという状況自体つくりたくなかった。その気遣いすらくみ取ってしまう和波は、今にも泣きそうな顔をして笑うのだ。


「こういうときはちょっとくらい期待させてくださいよ、playmakerは意地悪ですね」


ぽろぽろ涙があふれ出す。ぬぐってもぬぐっても止まることがない。


それはplaymakerに、あるいは藤木遊作に知られたくなかった。でも知られてしまった。それでもplaymaker、あるいは藤木遊作が手をさしのべてくれるのだと知ることができた。


あらゆる感情がない交ぜになって、嘆いていいのか喜んでいいのか和波自身わからないようだ。


「ここにきちゃったってことは、姉さんのこと、気づいちゃったんですよね」

「ああ、気づいた。……できるなら、アンタの口から直接聞きたかったよ、和波」

「あ、はは……はっ……playmakerも冗談なんて、いうんですね……!」

「冗談に聞こえるのか?心外だな。俺はそれなりにアンタのこと信頼してたんだが」

「しん、らい、かぁ……冗談にもならないじゃないですかぁ……むちゃいわないでくださいよ。playmaker……!君に一番知られたくなかったのにっ」

「なんで」

「なんでって……今の僕にとっては、和波#誠也#にとっては、これが現実なんですよ。嘘つかれた、って思われても困ります。和波#誠也#は普通に育った男の子で、お姉ちゃんを頼ってこっちに進学して、元気に学校に通ってる。SOLテクノロジー社にも、みんなにも、そう求められたから、今の僕がいるんです。どうしろっていうんですか」

「……ああ、そうか、そうだよな。悪い、責めてるつもりはなかったんだ。ただ、あいつが、よりによってハノイの騎士のあいつが、リボルバーが俺、よりお前のことを知ってるのが気にくわないだけなんだ」

「それってどういう?」

「和波、ひとつだけ聞かせてくれ。もしかして、リボルバーと知り合いだったのか?」


和波は首を振る。


「僕が会ったのは5年前の1度だけです。リボルバーは、僕というよりグレイ・コードのことをよく知ってるから、その関係で誘拐されて、いろいろさせられてた僕のことをしってるだけじゃないでしょうか。5年前と同じアバターを使ってることしか僕にはわからないです。中の人が同じなのかすら、僕には」

「5年前って言うと、HALを追って、ハノイの騎士が襲撃に来たっていうあれか?」


和波はうなずいた。


「僕とリボルバー、そんなに仲よさそうにみえました?」

「いや……それはない。だから、それだけは心配してない」

「その直感は当たってますよ、playmaker。だって、今の僕は人間でもあり、サイバースデータで構成された電脳体でもある。サイバース世界を滅ぼしたいリボルバーからすれば、僕は抹殺の対象になり得ても、それ以外はなり得ないですよ。きっとね」


恐ろしいほど物静かに笑う和波を見て、どれだけ普通の男の子として生活することが苦痛であり、困難であり、それでも諦めることができない日常なのか、いたいほどわかってしまう。


「俺はそんなに信頼できないか?」

「そんなことないですよ。だからこそです」

「だからこそ?」

「君が僕に興味を抱いたのは、ゴーストが姉さんだって思ったからでしょう?だから僕に近づいたんでしょう?姉さんのことがばれたら、playmakerは姉さんのことを通してグレイ・コードのこと、調べ上げちゃうじゃないですか。そしたら僕たち友達になる前に、ううん、きっと今の立場になんか絶対なってくれなかったでしょう」

「考えすぎだ」

「そんなことないですよ、言ったじゃないですか。僕はplaymakerのファンだって。君のこと、君以上にわかってるつもりです。playmaker、君はちょっと潔癖なところがありますよね。白は白、黒は黒でいたいって思ってる。そういう幼稚なところも悪くないと思います。でも、どうせなら一緒に肩を並べたいって思うことはいけないことですか?僕のこと知る前に僕が電脳体だって知ったら、ハノイの騎士の抹殺対象だって知ったら、アイくんみたいな関係になるでしょう?」


言い返す言葉が見つからないplaymakerは頬をかいた。


「意外と口が悪いんだな、和波」

「普通に考えてくださいよ、あんな環境で3年間も誘拐されたあげく、あいつらが作り上げた和波#誠也#を5年間やるハメになった上に姉さんまで植物状態なんですよ。いい子になるわけないじゃないですか」

「でもちゃんとやってる。真面目なんだな」

「めんどくさい性格してるだけですよ」


自嘲する和波に、playmakerは笑った。


「こんなときでも敬語なんだな」

「だって楽じゃないですか、敬語って。距離感考えなくてもいいし。1年間、このスキルをもらえるまでずっと人の声と心の声が同時音声で聞こえてたんです、僕。そのうちつかれてきて、反応するのをやめたんです。口にされたことしか反応しないようにしようって思って。まあ、ほとんど気休めなんですけど」

「そうか」

「はい」

「とりあえず、帰ろう、和波。リボルバーの話、草薙さんにも話を聞かなきゃいけない」

「ですね。リボルバーのことです、姉さんにひどいことはしないと思います。そういうところはわかってるつもりですから」


やけにはっきり言い切る和波に、playmakerはちょっと面白くないのか眉を寄せた。


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