第2話(修正済み)
ホットドック屋のかき入れ時は夜だ。素知らぬ顔で新メニューなのか?と聞くと草薙は人気なら新メニュー化も検討中だ、とウインクする。へえ、といいながら遊作はポップを見て、一番ボリュームがある期間限定メニューを注文した。揚げ物用のウォーマーからフライドポテトをかき集める音がする。塩を振り返る隣では、パンとソーセージを焼いているオーブンがビーッと鳴る音がした。ソーダ・ディスペンサーからコーラを注ぐ。揚げる音がする。調味料が置かれた一角からケチャップとマスタードとナプキンをとり、これ見よがしに食べ始めると、物珍しげに通り過ぎていた人々がにおいにつられて酔ってくる。しばらくすれば遊作の反応がよかったポップが貼り付けられた季節限定メニューが追加された商品と金額が書かれたメニューボードに群がる人だかりができあがる。今のポップとホットドックのアングルを考えて撮影した写メを複数あるアカウントの一つから、しれっと放流する。更新ボタンを連打していると反応はいいようで、閲覧数は跳ね上がっていく。しばらくすれば興味本位でよってくる学生たちがいるだろう。食べ物と飲み物を乗せたトレイを運ぶのは1ヶ月着る予定の学生服、あるいは家族づれが多いようだ。


サクラをやるのは不本意だが、このあたりで出店するのは初めてだから仕方ない。代金が浮くのはありがたいので正直に食べることにする。


草薙が隅の方にあるテーブルを確保してくれたが、今の時間帯のホットドック屋はかき入れ時だ。正直どこに座ってもうるさいのは変わらない。一定の間隔で置かれたはずのテーブルはもういっぱいだ。タブレット端末の無線LANの都合上これ以上距離を離すわけにはいかない。なかなか注文の品のカスタマイズが決まらず、しかも細かすぎる客がいるようで長蛇の列ができはじめていた。子供を野放しにしている親でもいるのか、ぎゃいぎゃい子供たちが騒がしい。小さな子供がどたどた走り回っているのか、安いテーブルと連動する椅子は揺れた。ざっと周囲を確認するがいつものことだと気にとめる人間はいないらしい。学生目当ての出店だ、今日はマナーが期待できない人間の方が多いらしかった。


回りが騒がしくてもホットドックはおいしいのだ。


指についたソースを舐めとり、水っぽくなったコーラをすする。見えないようにキャビネットの中に隠されたゴミ箱にそれらを分別して放り込み、使い終わったトレーを置いておく。あとは勝手に客が真似するだろう。終わったらきっと片付けに手間取るだろうなとすでに下に落ちている包み紙やレシートにため息だ。


「ごちそうさま」

「あいよ、また来てくれよな」


草薙は笑う。数時間後には閉店後の手伝いをしなければならない。公園の清掃員ににらまれるとここで営業できなくなってしまう。ずっとここを陣取るわけにもいかない。遊作はホットドック屋を離れた。


油まみれの手をぬぐい、公園の水道で適当に洗う。そして無線LANの圏外にならないぎりぎりの範囲で一番隅のテーブルで端末を弄る。本当はトレーラーの中にある巨大モニタを使いたいが、ホットドック屋営業時間中は無理だ。通常より性能がいい端末で情報収集にあたる。


(やっぱりあった)


《破壊竜ーガンドラ》、《破壊竜ガンドラX》、《破壊竜ガンドラーギガ・レイズ》。””で囲うまでもなく、カード名で検索すればすぐに見つけることができた。世界でたった6枚しかないカードたち。うち3枚は今年でゲームクリエイター歴20年となる決闘王のみ。公式大会である。5年前とはいえ、そこそこの画質で大会を閲覧することができた。


(和波、か)


5年前に行われた記念大会の優勝者は、童実野市出身の当時大学生の和波という女性である。今も決闘者をやっているとすれば、26,7歳、やはり社会人だったようだ。だが時間が自由に扱える大学生ならともかく途中から社会人になっているらしい。5年前から出現する時間がアトランダムなのを考えると、やっぱりすべてのアバターに中の人がいると考えるのは難しい。5年は意外と長いのだ。生活サイクルが大きく変わる季節だというのに相変わらずの出現率なのを考えるとAIに代行させているのだろうか。それともゴーストとしての活動を本職にしているのだろうか。名前で検索をかけてみると、あっさりと見つけることができた。ソーシャルメディアやブログなどをやっているわけではなく、技術的な論文を発信する雑誌の電子版に載っていた。


「・・・・・・!」


遊作は思わず固まる。


略歴が載っていたのだ。彼女は海馬コーポレーションに在籍していた時期があるようだ。だが、数年前、海馬コーポレーションからSOLテクノロジー社に転職している。今は研究者をしているようだ。ちょうどゴーストがリンクブレインズに活動拠点を移した時期と合致する。画像検索などをかけてみる。写真を何枚か入手することができた。


(こいつがゴーストか・・・・・・いや、待てよ?なんであいつは俺に垢バレするようなカードを使ったんだ?)


結論を急ごうとする思考をたしなめるように、疑問が浮かんでくる。そもそもゴーストは複数のアカウントを持っている。それも使い捨てを含めればきりがないほどの。アバターとリアルの性別はそもそも一致しないことを考えれば、《破壊竜ガンドラ》と派生2種を使いこなしていたとはいえ、本来の持ち主がゴーストだと考えるのは軽率だ。ネットで漁った限り、和波は研究者としての道を進んでから公式のデュエルモンスターズの大会には出ていないようである。リアルの方でも、リンクブレインズの方でも。意外だと言わざるを得ない。これほどの実力者ならカリスマデュエリストとして出てもおかしくはないというのに。下手をしたら遊作だって知ってるほどの知名度なのだ。ガンドラの、と出たら決闘王からカードを授与された彼女はとても印象深い。重要参考人程度にとどめておくとしよう。


(一応和波は《ライトロード・セイント ミネルバ》を持ってるんだな)


公式大会の入賞者はいずれもデッキレシピが公開されている。そして、翌年の2022年、彼女は国内大会に優勝し、世界大会入賞という輝かしい成績をあげ、その特典として《ライトロード・セイント ミネルバ》を入手している。一応条件は合致する。翌年は就職活動のためだろうか、決闘者としての活動はこれが最後のようでめぼしい結果はでてこなかった。


(デッキレシピがネットに公開されている以上、コピーデッカーな可能性もあるわけか)


その飽くなき探究心と情熱を持ってすれば、もちろん途方もない練習が必要だが、どんなカードだって使いこなすことができるのが決闘者という人間だ。決闘王にあこがれて魔術師、海馬社長にあこがれてドラゴン族、見よう見まねでデッキを組もうとした人間が世界でどれだけいたと思っているのだ。その決闘王とエキシビジョンを行う誉れを得て、世界大会に入賞するという女性決闘者がいたとして、あこがれる人間は一定数いそうである。


(なんにせよこれ以上はわからない、な。俺に《破壊竜ガンドラ》たちを見せた理由はなんなのか、考える必要がある)


毎日増えていくゴーストの野良デュエルの投稿動画。昨日の夜から今日にかけてのデュエルに絞って検索をかけてみたが、ゴーストはいつもの《トワイライトロード》と《ライトロード》の混成デッキを使っている。どこにも《破壊竜ガンドラ》や派生モンスターを使ったという動画やコメントを拾うことができない。目撃者がいたなら間違いなくネット上は大騒ぎになるはずだ。ゴーストがあのデュエルで勝たないと外に出られないフィールドを展開するのはPlaymakerやハノイの騎士といった強者だけなのかもしれない。外部切断に定評がある結界だ。こんなことなら、あのときのデュエルの記録を流してしまおうか、と一瞬血迷うが後攻ワンキルを食らったのを流すのはちょっと嫌だというプライドが引き留める。


(今日はこの辺にするか)








いつにもまして寝不足な遊作の眠りを妨げたのは、近くに座っていたクラスメイトの話し声である。


「なあなあ、和波ってさ、前から思ってたんだけど、珍しい苗字だよな。もしかしてあれか?もしかして、もしかしちゃったりする?」

「え?」


きょとんとしている隣の席にプリントを渡しながら、お調子者のクラスメイトは笑いかけた。和波、その単語に遊作の意識は覚醒状態に入る。クラスメイトの名前もろくに覚えていない頭はてんで彼のことを思い出せない。ここに書いてあるものを忘れず持ってくるように、と教室に響き渡る声を遮るようにチャイムが鳴り響いた。がたがたと席をたつ音、荷物を片付ける音で一斉に教室が騒がしくなる。


「もしかして、和波って《ガンドラ》の和波となんか関係あったりすんのか?」

「《ガンドラ》?あ、はい、《ガンドラ》は姉さんが持ってるカードですよ」


にっこり笑った少年に、やっぱりか、とうれしそうに彼はうなずく。彼らの後ろで船をこいでいた遊作は、その言葉で一時的に微睡みがうすれた。乱暴に目を擦り、その会話に耳を傾ける。


「なんかどっかで見たことあると思ったんだよ!よく似てるな、お前ら」

「え、そうですか?こっちに来てから、そんな風に言われたの初めてです」

「まあ、普通のやつはわかんねえと思うけど、俺はぴーんときたぜ。俺を誰だと思ってんだよ、ふふん」


和波、と検索をかける。遊作は、目の前の少年をこっそり撮影する。どうやら名前は変えているようだが、ソーシャルメディアにアカウントを持っていたり、あんまり更新しないブログをやっていたりするようだ。検索結果はかんばしくない。姉と思われる世界大会入賞者の略歴に両親と弟がいると書いてあったのは覚えているが、こんなに近くにいるとは思わなかった。


たしかに似てるな、と遊作は思った。雰囲気というか、そういったものが動画でみた決闘者とよく似ている。正直あのゴーストとは似ても似つかない穏やかさを伴った少年だ。たった今、遊作の中で観察対象に決定された。


「さすが島君ですね、どうしてわかったんですか?」

「これだよ、これ」


そんな後ろの挙動にも気づかず、得意げに島はデュエルディスクを見せつける。あ、と和波と呼ばれた少年はすぐに反応する。それはSOLテクノロジー社が発売したばかりの新作デュエルディスクだ。この会社がデュエル上のソリッドビジョンに使用されるデータバンクを解放して、クラウド共有していることが最大の特徴であり、現物のカードを持っていなくてもそれなりの課金をすればある程度のレアカードは自由に使うことができる。そこに表示されているのは、現在リンクブレインズにおいて使用することができるカードバンクの一覧だ。もちろん島はそのすべてを使うことができるわけではない。タッチすれば、そこに表示されたゼロの数は目玉が飛び出そうなほどだ。


「こないだ、新しくカードバンクが更新されただろ?そこに《ガンドラ》シリーズがあったの見てさ、懐かしくて動画見てたとこなんだよ」

「あー、なるほど。そうなんですね。だからあのときの動画、最近になってまたランキングに上がるくらい注目されてたんだ。みんなリンクヴレインズで使うのかな?」

「いやいやいや、あれ1枚手に入れるだけでどれだけ課金しないといけないと思ってるんだよ?!無理だろ!」

「あ、そっか、そうですね、あはは」

「ったく、これだからカードコレクターは。たまにはこっちのクラウド機能も使おうぜ?せっかく最新のデュエルディスク持ってんだからー」

「あはは、そこ突かれると痛いですね。でも姉さんに憧れてデュエル始めたのに、未だに勝てないんで実力はお察しですよ」

「《代行天使》使うくせになにいってんだ、こいつ」

「島君だって人のこと言えないじゃないですか」

「あっははー、そこは言わねえお約束だろ!」

(《代行天使》か、《ライトロード》じゃないが光属性のテーマだな。エクストラが揃ってる、しかも現物を持ってるってことは、デュエルモンスターズが好きなのは間違いない。《シンクロ召喚》や《エクシーズ召喚》も使うのか?)


たしかに検索した限り、ネットで公開されるような公式大会、非公式大会どちらにも記録は見つけられない。一般人によくある憧れの決闘者をまねてデッキを組んでみて、身内だけで楽しむ感じの決闘者なのだろうか。遊作にはもっとも縁遠い存在だ。そのわりに《代行天使》にしろ、《大天使クリスティア》が主軸のビートにしても、キーカードや必須とされるカードは高いレートを保っている。カードコレクターは鑑賞が好きだからともとれるが、それにしてはデッキにずいぶんと金をつぎ込んでいるように思えた。


「でもま、大会に出るほどガチでやってねーけど、初心者じゃねーエンジョイ勢なのは俺も同じだしな?あー、なんかそんな話してたらデュエルしたくなってきちゃったじゃん。なあ、和波、お前今日暇か?よかったらデュエルしねえ?」

「あー……ごめんなさい、島君!僕、今日、デュエルディスク充電してて家に忘れてきちゃったんですよ」

「えー、マジかよ、この流れで断るとか!デュエルディスク持ってるのは決闘者のたしなみだろー、姉ちゃんに怒られるぞ」

「ほんとそうですよね、ほんとごめんなさい。明日、明日は絶対持ってきますから、そのときは是非」

「しかたねえなあ」


あーあ、といいつつ本気でがっかりしている様子はない島は、気にすんなよと笑う。ほっとした様子で和波は笑顔を作った。


一瞬、遊作は迷った。正直、1ヶ月かかってもゴーストがPlaymakerにだけ《ガンドラ》シリーズの派生を見せつける理由がわからなかったのだ。今はSOLテクノロジー社が突然発表した大型アップデートによる長期の締め出しののち、《ガンドラ》シリーズをはじめとしたレアカードを、普通にデュエルしてポイントを稼ぐだけでは絶対に入手できないような設定ではあるが、カードデータが公開された。おそらくゴーストが《ガンドラ》シリーズを使っていると感づいたのだ。誰も使っていないレアカードのデータを販売文句にアングラサイトで法外な値段で売買されてはたまらないのだろう。これで表だって、正規の手段で入手していない《ガンドラ》使用者はBANされる大義名分ができた。このアップデートは遊作にとって朗報だった。ゴーストがアングラな方法でカードを入手しているかどうか、データが得られやすくなったからだ。あとは運営がいるところに引きずり出してデュエルができれば一番いいのだが、それはPlaymakerにとっても諸刃の剣である。なかなかむずかしい。


そこに転がってきたチャンスだった。遊作は意を決して立ち上がる。


「これ」

「え?藤木君?」

「お?藤木じゃねーか、なんだよなんの風の吹き回しだ?」

「なんでもいいだろ」

「はっはーん、ついに俺にデュエルを教えてもらいたくなったってわけだな!」

「それだけは違うから安心しろ」

「なんでだよ!」

「あ、起こしちゃいましたか、ごめんなさい」

「ああ」


さっきまでつけていたデュエルディスクを差し出している遊作に、瞬き数回。らしくないと自覚はあったが背に腹は代えられなかった。ゴーストの正体にようやく近づいた気がするのだ。そこに容疑者の近親者があらわれた。これは近づくしかないと思ったのである。


「旧式だけどよかったら使えよ」

「え、あ、いいんですか?」

「まじでいいのか?」

「俺は別にかまわない」

「ありがとうございます!」

「でもそれカード読み込むタイプの旧式じゃねーか、和波どーすんだよ。クラウドにアクセスできなくね?」

「あ、それなら心配ないです。僕、デッキもってます」

「おー、現物もってんのか、さすがはカードコレクター。デュエルディスクは忘れてもカードは忘れないってか?」

「だからごめんなさいって!」

お借りしますね、と和波は遊作からデュエルディスクを受け取り、本来の持ち主である遊作からモードを切り替えるためにIDカードをスキャンする。こうしないとデータの切り替えがうまくいかないのだ。そして、デッキホルダからひとつを引き抜いてセットした和波は準備を整える。


「俺カードもってねえんだよなー。和波、俺が招待すっからちょっと待ってろよ」

「あ、はい」


旧式のデュエルディスクの互換性を確認した和波は、そのカスタマイズの規模に驚いている。本来の持ち主である遊作をみた。なんだ?と返され、和波は興味をもったのか笑いかけた。


「すごいですね、これ」

「そうか?」

「はい、姉さんのデュエルディスクと似たモデルなのに互換性あるし、重くないし。こういうの好きなんですか?」

「まあな」

「せっかくデュエルディスクお借りするので、負けられませんね。がんばります」

「まあ、がんばれ。俺は寝る」

「えっ、寝るのかよ!?この流れで!?」

「うるさい、俺は寝てないんだよ」


もうすでに寝る気満々の遊作に、顔を見合わせた二人は肩をすくめた。マイペースな人だなあ、という声が聞こえた気がしたが、遊作はそのまま意識をとばした。ハノイの騎士との戦いは基本的に学校が終わった放課後が中心となる。土日が挟まれば昼夜逆転すれすれの活動となることもある。中学よりも授業時間が延び、休み時間が少なくなった高校生活は思った以上に夜行性の遊作にはつらいものだとは彼らは知るよしもないのだ。


今見なくてもいい、と遊作は踏んでいた。和波のIDに記録されているデータを閲覧することができれば、和波の本来の戦歴はすぐわかるし、登録されているデッキもわかる。今まさに行われようとしているデュエルの記録も残る。


これは和波がデュエルディスクを持ってきたら、データを抜き取るプログラムも構築しなければ、とぼんやり思う。そして、意識を手放した。


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