心中去来前日譚(修正済み)
グレイ・コード


ハノイの騎士がその存在を誇示しはじめてから、その思想に感化されてできた組織はいくつもあった。そのなかでも急進派とよばれるクラッカー集団のひとつである。革命的な社会変化によって、世界を根本から変えるという理想を持ち続けており、かつてはサイバーテロの主犯として世界各地で指名手配される規模にまで成長していた。


はじめこその理想訴える手段は、法律に則った穏やかなものだった。しかし、一向に事態が進展しないことに対する焦り、そういった組織の犯罪が問題になり始め、取り締まりの対象になり、すさまじい締め付けが始まると内部紛争がはげしくなる。


分裂と合併を繰り返し、最初期のメンバーが実刑判決を受けて牢の中、という詰んだ状況に陥ると、組織としての体型すら保てなくなることに危機感を抱いたのだろうか。世間の共感を損なうほど過激な犯罪に手を染めるようになり、いつしか死傷者を出すレベルのサイバー犯罪はグレイコードの代名詞として認識されるようになってしまった。


リボルバーはグレイ・コードの構成員と実際に会ったことはない。だが、最初期のメンバーとネット上での親交はそれなりにあった。


高学歴、高い肩書きを持ちながら、それなりに一貫性がある面々だった。彼らがいたかつてとは似ても似つかない、ただのテロ集団と化したクラッカー集団と自分たちを混同する世間には失笑しか覚えない。本来なら捨て置く組織だ。


だが、グレイ・コードが、サイバースの技術をその犯行の常套手段としているならば、話は別である。リボルバーがそのことに気づいたのは、グレイ・コードが先鋭化し始めた頃からだ。


ハノイの騎士の標的と作戦を実行する時期がなにかとバッティングすることが増え始めたのである。ハノイの騎士がサイバースの殲滅を理想と掲げていることを知りながら、似たような理想を掲げ、その要求を通すためにサイバー犯罪を犯す。


しかもそれを支えているのがサイバースの技術、そしてそれを可能としているイグニスの協力など言語道断。挑発されていると判断した。その瞬間から、グレイ・コードはハノイの騎士にとっても敵対すべき相手なのである。


内通者がいるとリボルバーは日々感じていた。グレイ・コードがハノイの騎士より先に機密情報を得ることが多くなったのだ。世界にその活動を広げるに当たり、肥大化しすぎた組織は末端まで管理が行き届かなくなる。あぶり出さなければならない、早急に。


そんな中、イグニスによるサイバースの隠匿が発生、そしてリンクヴレインズが精神だけのダイブからフルダイブに転換、という大きな節目があった。


かつての常套手段が使えなくなったグレイ・コードの活動は明らかに小規模化を余儀なくされていた。今のグレイ・コードの中心人物が躍起になって探している人間を知ったとき、リボルバーが行動に起こす前に彼は目の前に現れた。


5年間誰も知らない誘拐事件の被害者となり、グレイ・コードが作り上げた虚構を5年間演じるハメになり、その逃げ道をリンクヴレインズにおける自由気ままなデュエルに求めた少年。


SOLテクノロジー社公認で旧世代のログイン方法を許されているサイコデュエリスト。管理者権限を悪用して始まったいたずらは、爆発事件による姉の精神の失踪という悲劇がはじまった瞬間から、誰にも言えない彼の唯一の息抜きとなった。同時にグレイ・コードをあぶり出す大事な釣りえさとなった。


リボルバーの前にゴーストが現れたのは、ゴーストが活動を始めた2年前。姉の事件を契機にグレイ・コードが最も得意とした旧世代のログイン方法を駆使し、デュエリストに勝負を挑む謎のライトロード使い。


グレイ・コードが最重要と位置づけていた事件を失敗に終わらせ、未だにその消息が知れない女性の愛用したデッキデータを使う謎のアバター。2年がたつ今でもグレイ・コードからの接触はないようだが、リボルバーは接触する手間が省けた。


ゴーストの正体は早くから看破していたものの、実際に会おうとリボルバーが思い立ったのは、グレイ・コードの中でもサイバースの復活は急務であり、playmakerやSOLテクノロジー社、ハノイの騎士よりも先にイグニスを入手したいという機運が高まってきたことによる。


彼らは和波誠也がイグニスのアーカイブとともに行動し、姉の救出を最重要視していることを知っている。グレイ・コードの犯行の生き証人でもある彼女はグレイ・コードの抹殺対象なのだ。その過程で和波誠也、そしてアーカイブを捕獲できれば、playmaker並の驚異となる。それだけはさけなければならない。


今のグレイ・コードの中心にいる男はそれほどまでに危険な男だった。かつて、デュエルモンスターズをつくった世界的大企業のトップが後継者を作るために運営していた孤児院があった。


そこで育った男は研究職として暗殺されたトップを復活させるため、デッキデータから魂を精錬し、別の肉体に移植することで死者蘇生をおこなう、というとんでもない冒涜を実現させた。そのもくろみは潰えたが、その技術は秘密裏に持ち出され、ブラッシュアップを繰り返され、このデンシティに持ち込まれた。


そこで、その男はサイバースを知ってしまった。出力するだけで実体化するデータ。そして、男が持っていたオカルト要素を一切排除した純粋な科学力による死者蘇生の技術。あの男がもくろんでいることを考えるだけで、身の毛がよだつほどのおぞましさである。


自宅療養をしている父の精密検査が必要だ、と定期的に診察してくれる医者から言われた彼は、和波の姉が入院している大学病院への紹介状を書いてもらった。


SOLテクノロジー社と大学医学部が共同出資して電脳空間に関わるあらゆる症例を研究している機関である。彼が希望するまでもなく主治医があげてくれた中にもその病院の名前はあった。


かなりの重病である。病院側は特例として上層階を用意してくれた。長期にわたる検査入院である。これを常備してください、と渡されたカードを片手に、彼は今日も父の着替えなどを抱えて病院を訪れる。


毎日見舞いに通う家族、しかも未成年の男の子。カルテの情報も相まって、ナースステーションの反応はかねがね同情的な上に、好意的である。和波誠也の姉を4年間治療し続けていることもあるのだろう、似たような状況なのがなおさらフィルターとなっているらしい。


さすがに個人情報を漏らすような勤務態度をとる人間はいないものの、向けられる言葉は教育が行き届いていることを感じさせた。あえて、和波が姉を訪ねる時間を選んで足を運んだ。エレベータ、院内、時々みかける上層の自分と同じくらいの男の子。声をかけたことはなくても、親密さを覚えるくらいには顔見知りになる。


数週間がたったころ、彼は1階にあるレストランを訪れた。時間帯もあり、混み合っている。店員が相席をお願いしたのが和波だと気づいた彼は、こんにちは、と穏やかでゆっくりとした口調で話しかけた。


「あ、こ、こんにちは」


どこかで、あるいは、よくみる、適切な言葉が見つからなくて言いよどんだあと、どこか恥ずかしそうに笑った和波は軽く頭を下げた。顔見知りだと察した店員はどこかほっとしている。


「大変混み合っておりまして、申し訳ございませんが相席よろしいですか?」

「あ、はい、僕は大丈夫です」


注文した料理を待っていたのだろうか、タブレットをしまい、隣に置いてある鞄を反対側によけようとした。


「俺も1人だから大丈夫だよ、そのままで」

「え?あ、はい。ありがとうございます」


和波は鞄を隣の椅子に戻した。


「ありがとう、助かったよ」

「僕も知らない人じゃなくてちょっと安心です、へへ」

「それではご注文が決まりましたら、こちらのタブレットにご入力くださいませ」

「はい、わかりました」


おしぼりと水を置き、店員は一礼して去って行く。封を切きり、おしぼりで手を拭いた彼はタブレットを探した。


「あ、これです」

「ありがとう。それにしても、いつも混んでるよな、ここ」

「そうですねー、今日は座れてよかったです。無理ならここで買っていこうかなって思ってたから」

「わかるよ、ここのサンドイッチおいしいよな」

「おいしいですよね。ここ来るたびについ寄っちゃうんです、高いけどおいしいからつい」

「じゃあ、今日もこれ頼んだ?」

「えーっと、今日はこれです」

「ああ、たまにやってるよね」

「結構おいしいんですよ」

「へえ、そうなのか。俺、食べたことないんだよな。頼んでみるよ」


近くにある料理専門学校の生徒達が研修の一環として行っているコラボメニュー、である。直営店は予約がないとはいれないくらい人気らしい、と和波はにこにこしながら教えてくれた。


興味がある、という顔をしていれば、基本的におしゃべりが好きな和波は勝手に好感度をあげてくれる。そのうち和波が注文していたメニューがとどくが、すぐに食べる気は起きないようで、こちらのメニューの到着を待っているようだ。


いいよ、気を遣わなくても、と言葉を投げれば、これから暇なのでと和波は笑う。よく知らない人間同士の方が気が楽ということもあるのだろう。


SOLテクノロジー社側は関係が複雑で、ずっと気を張っていなくてはならない。学校も近所もアルバイト先も姉のことは知らない。姉のことを相談できる相手はほんとうに限られているようだ。一般病棟ではなく特別病棟、しかも階層が近い上層、この時点で似たような事情できている、と和波も察しているのだろう。


「ここのところ天気が悪くて困るよな。ずっと部屋の中じゃ、父さんが心配なんだ。ほら、日光浴がいいって聞くし」

「そうですね……、ほんと、早く梅雨あけてくれないかなあ。僕も姉さんと一緒に外でたい」


お互いに家族の車いすを押す姿は何度も目撃しているのだ。ある程度ぼかしながら事情を明かせば、和波も応じてくれる。そのうち会話ははずみ、すっかり食べ終えてしまうころには、連絡先を交換するくらいには仲良くなっていた。


「それって、新しいデュエルディスクですよね?デュエル好きなんですか?」

「ん?あ、うん。まあね」


彼は笑う。サイバースを殲滅するためにサイバースを使うくらいの気概はあるつもりだ。最新のデュエルディスクを見て、目を輝かせた和波に当然の疑問を投げられたところで、内心煮えくり返るくらいの怒りがこみ上げていても表に出すほど彼は直情的ではない。決して。和波と接触するためにここまできたのだ、興味を引くために持ちこんだのである。


「僕も好きなんですよ、デュエル。えへへ」


連絡先を交換し、自己紹介も終わっている。ちょっと親近感を抱いている顔見知りから友達に昇格したばかりなのだ、デュエル大好きな和波が食いつかないわけがない。


案の定、和波は釣れた。ゴーストが本来の性格だとわかっているとのとちがうのとでは、こうも落差があるのだ。


「あの、××君ってデュエルやります?」

「俺、あんまりやらないんだけど交換する?」

「え、いいんですか!?」


あれだけ期待のまなざしを向けておいて、何を言っているのやら、というやつだ。彼は苦笑いした。


「僕も友達と一緒にやるくらいなんです。よかったら是非」

「いいよ」

「やった、ありがとうございます」


和波は心底うれしそうに笑った。ゴーストのIDはすでに入手している彼にとっては、こっちの方が本命なのだ。SOLテクノロジー社から送られてくるデータに興味がある。


あまり表立つとplaymakerと同期設定になっているデュエルディスクだ、SOLテクノロジー社にもplaymakerにもアーカイブにも気づかれてしまうため慎重に行かないといけないが。グレイ・コードに先手を打つにはこれが一番てっとりばやいのだ。


なにもしらない和波は雑談に一生懸命で気づきもしない。あいにくこちらはイグニスの生みの親がいるのだ。、アーカイブの思考回路などわかりきっている。その上を行くだけだ。そんなことを思いつつ、彼はその雑談に相づちをうちながら、ときどき笑った。


「あ、もうこんな時間だ。俺、そろそろいかないと。じゃ、俺はこれで」

「あ、はい」


笑って和波は手を振る。手を振り替えした彼は、席を立つ。テーブル横にある明細をしれっと両方抜き取り、カウンターに向かった。これからの予定でも考えているのかタブレットを広げてどこかに連絡し始めた和波が気づくのはしばらくあとになりそうだ。


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