誘拐未遂A(修正済み)
「私の先攻ね。私はカードを1枚裏側守備表示でセットするわ」


効果音が鳴り響く。葵のモンスターゾーンにカードの裏側が表示され、横に配置される。


「わかるのか?」

「ええ、わかるのよ。使ったことないテーマだけど、今の私はチュートリアル中だからかな。ひとつの行動しかとれないの」

「デュエルしないって選択肢もないわけか。用意周到だな」

「ほんとにね」


どこまでも葵は楽しそうじゃない。強要されるデュエルなど楽しいわけがない。


「そして、3枚カードを伏せて、ターンエンドよ」


葵のフィールドは裏側のカードばかりだ。


「俺のターン、ドロー!俺は《サイバースガジェット》を攻撃表示で召喚!こい、未来に導くサーキット!アローヘッド確認、召喚条件はリンクモンスター1体!俺は《サイバースガジェット》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚、リンク1!《リンク・ディサイプル》!!エクストラゾーンに特殊召喚だ!そして、《サイバースガジェット》のモンスター効果を発動、フィールドにサイバース族、レベル2,光属性、攻撃力守備力ともに0の《ガジェット・トークン》を守備表示で特殊召喚!そして、手札から《リンク・インフライヤー》を《リンク・ディサイプル》のリンク先に守備表示で特殊召喚する!」

「きたわね」

「ああ。連続リンク召喚!アローヘッド確認、召喚条件はサイバース族2体!俺は《ガジェット・トークン》と《リンク・インフライヤー》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン、リンク召喚!リンク2!《ハニーボット》!!さらに手札から《バックアップ・セクレタリー》を攻撃表示で召喚する!ふたたびアローヘッド確認、召喚条件はサイバース族2体!俺は《リンク・ディサイプル》と《バックアップ・セクレタリー》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン、リンク召喚!もう1体の《ハニーボット》!!相互リンクとなるように1体目の《ハニーボット》の右側に特殊召喚!これで《ハニーボット》たちは効果の対象にはならず、戦闘では破壊されない!」

「やっかいな耐性ね!」

「ああ、さあいくぞ!《ハニーボット》2体でセットモンスターを攻撃!」

「ここで罠カードオープン、《メタバース》!」

「なにっ、このタイミングで!?」

「私はデッキからフィールド魔法カードを1枚選ぶわ。そして、2つの効果のうち、自分フィールドに発動する効果を選択。フィールド魔法発動、《星遺物に差す影》!」


デッキから現れたカードが葵の頭上に表示される。playmakerは眉を寄せた。


「このカードが存在する限り、私のリバースモンスターがあなたのモンスターとの戦闘で破壊されたとき、そのモンスターを墓地に送ることができるわ。でも、《ハニーボット》の攻撃は止まらない!モンスターカードをリバース、このカードは《クローラー・レセプター》!デッキからクローラーモンスターを1体手札に加えるわ。私が手にしたのは《クローラー・グリア》。そして《星遺物に差す影》の効果であなたの《ハニーボット》を墓地に送るわ」

「くっ……。だが、ダメージは受けてもらうぞ!」

「いったーい、もう、容赦ないわね」

「俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ」


playmakerの《ハニーボット》のうち1体が虚空から出現した巨大な腕に押しつぶされてしまう。断末魔すらかき消す衝撃が襲った。


「さらに速攻魔法《スケープ・ゴート》の効果を発動!私のフィールドにレベル1、獣属性、地属性、攻撃力・守備力0の《羊トークン》を4体守備表示で特殊召喚するわ!」

「たしかそのカードはそれ以外の通常召喚、特殊召喚、反転召喚を封じる効果があったな」

「あなたのターンに発動したから関係ないけどね」

「……いい手だ」

「ありがと。ぜんぶチュートリアルで先導されてなかったら、素直にうれしいのにね」

「全くだ」


静かに目を伏せた葵のデュエルディスクが点灯する。


「私のターン、ドロー!来て!灰色の法典(グレイ・コード)で導く我が回帰!アローヘッド確認、召喚条件は地属性2体!私は《羊トークン》2体をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚!リンク2、《ミセス・レディエント》!!」


葵のエクストラゾーンにふかふかな毛並みの犬が現れた。飼い主の趣味なのか高そうな宝石を惜しげもなくあしらった首輪とスカーフを巻いている。


「そして、私は《星遺物に差す影》の第2の効果により、手札からレベル2以下の昆虫族モンスター1体を裏側守備表示で特殊召喚するわ。私が伏せるのは《クローラー・グリア》」

「やっかいなカードだ」


表示されたテキスト情報によれば、後続を手札や墓地から呼び出すリバース効果、デッキから後続を呼び出す誘発効果を持っているらしい。《サイバース族》の得意とする戦術を考えれば、どうしても見えた地雷となってしまう。


「さらに永続罠発動、《星遺物の傀儡》!私は2つの効果から裏側守備表示のモンスターを表側表示に変更する効果を選択!」

「なにっ!?セットしたカードをすぐ発動する罠だと!?」

「もちろん宣言するのは《クローラー・グリア》!墓地から《クローラー・レセプター》を攻撃表示で特殊召喚するわ!」


葵のモンスターゾーンはふたたび4つ埋まってしまう。


「アローヘッド確認!召喚条件は《クローラー》モンスター2体!私は《クローラー・グリア》と《クローラー・レセプター》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!来て、リンク2!《エクスクローラー・ニューロゴス》!」


playmakerの前に恐るべき機械仕掛けの巨大な蜘蛛が出現した。


「さらにアローヘッド確認!召喚条件は地属性モンスター2体!私は《羊トークン》2体をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!来て、リンク2!《エクスクローラー・シナプシス》!」


瞬く間に葵のフィールドが青に塗りつぶされていく。


「まだまだ行くわよ、私は魔法カード《ワーム・ベイト》の効果を発動!私のフィールド上に昆虫族モンスターが表側表示で存在する場合だけ、このカードを発動することができるわ。フィールドに昆虫族、地属性、レベル1、攻撃力守備力0の《ワームトークン》2体をフィールドに守備表示で特殊召喚するわ!」

「またトークンか」

「ええ、そうよ。アローヘッド確認!召喚条件は地属性モンスター2体!私は《ワームトークン》2体をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!来て、リンク2!2体目の《エクスクローラー・シナプシス》!!」


playmakerは息をのむ。


「《エクスクローラー・シナプシス》と《エクスクローラー・ニューロゴス》のリンクマーカーはどちらも左右。だから3つ並んでるこのモンスターたちはそれぞれ300ポイント互いに攻撃力を上昇させることができるし、戦闘でも破壊されないわ!」

《エクスクローラー・シナプシス》2100
《エクスクローラー・ニューロゴス》2500
《エクスクローラー・シナプシス》2100

「そして《星遺物に差す影》の効果により、私の《クローラー》たちはさらに攻撃力が300ポイントアップ!」


まがまがしいオーラが機械仕掛けの蜘蛛たちを強化していく。

《エクスクローラー・シナプシス》2400
《エクスクローラー・ニューロゴス》2500
《エクスクローラー・シナプシス》2400


「さあ、バトルよ、playmaker!私のモンスター達で《ハニーボット》を攻撃!」

「俺は速攻魔法《セキュリティ・ブロック》の効果を発動!このターン、俺のフィールドにいるサイバース族モンスターは戦闘では破壊されず、お互いが受けるダメージは0になる!」

「なら、私はカードを1枚伏せてターンエンド」


とりあえず、としのぎきったplaymakerは、ドローを宣言した。


「俺は《スタック・リバイバー》を召喚。そして手札から《バックアップ・セクレタリー》を攻撃表示で特殊召喚!アローヘッド確認、召喚条件はサイバース族2体。俺は《スタック・リバイバー》と《》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚、リンク2!《リンク・バンパー》!そして、《スタック・リバイバー》のモンスター効果でレベル4以下のサイバース族を守備表示で特殊召喚する。蘇れ、《バックアップ・セクレタリー》!!さあ、いくぞ!連続リンク召喚!アローヘッド確認、召喚条件は効果モンスター2体以上!俺は《バックアップ・セクレタリー》とリンク2《リンク・バンパー》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚、リンク3!!《デコード・トーカー》!」


エクストラゾーンに《デコード・トーカー》が降り立つ。


「俺のフィールドにはサイバース族のみが存在する。よって、《サイバース・コンバータ》を守備表示で特殊召喚!アローヘッド確認、召喚条件はモンスター2体!俺は《サイバース・コンバータ》と《ハニーボット》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク2!《プロキシー・ドラゴン》!!これで準備は整った!行くぞ、バトル!まずは《クローラー・ニューロゴス》を《デコード・トーカー》で攻撃だ!」


高らかにplaymakerは宣言する。攻撃力が上昇している《デコード・トーカー》により葵はダメージを食らうが、相互リンク状態の《クローラー・ニューロゴス》は戦闘では破壊されない。


「どうする気?」

「罠カード発動、《リコーデット・アライブ》!!自分フィールドに存在するサイバース族リンク3モンスター1体を除外して、エクストラデッキから《コード・トーカー》モンスター1体を特殊召喚することができる!!」

「えっ」

「俺は《デコード・トーカー》を除外して、《プロキシー・ドラゴン》のリンク先に《エンコード・トーカー
》を特殊召喚する!さらに《リコーデット・アライブ》の第2の効果を発動、エクストラゾーンにモンスターが存在しない場合、墓地のこのカードを除外して、除外されている《コード・トーカー》モンスター1体を特殊召喚することができる!俺が宣言するのはもちろん《デコード・トーカー》!エクストラゾーンに特殊召喚!これが何を意味するかわかるか、グレイ・コード!!」


葵の向こう側にいると思われる存在にplaymakerは叫ぶ。


playmakerは《プロキシー・ドラゴン》による攻撃宣言を行った。対象は《エクスクローラー・ニューロゴス》。《エンコード・トーカー》のモンスター効果で戦闘でのダメージは発生しないが、《エクスクローラー・ニューロゴス》の攻撃力が付与された《エンコード・トーカー》による大ダメージ。さらにフィールドに舞い戻った《デコード・トーカー》が剣を振り上げる。


「お前の負けだ!」



『そいじゃ、いっただっきまーす』


playmakerのデュエルディスクから勢いよく飛び出したアイを見て、葵はちょっとたじろぐ。


ああ、そういえばあのときは気を失っていたんだったか、と今更ながらplaymakerは思い出す。ハノイの騎士に仕込まれたウィルスカードを使用したとき、アイがそのプログラムを除去したが葵は昏睡状態だった。


playmakerはすっかり見慣れているが、初めて見る葵にはなんかぐにぐにしてそうで黒いやつとしかわからない。飛びかかられると思ってしまった体は後ろに飛び退いた。


『取って食いやしねーよ、しっつれいな!』


ちょっと傷ついちゃった、と大げさに反応するアイの目には涙が浮かんでいる。ちょっと罪悪感に駆られたらしい葵は、ご、ごめんなさい、としおらしくなる。


『わかればいいんだよー。おとなしくしてろよな』

「ええ」


おずおずと差し出された葵の腕。やっぱり怖がられてる、とアイの声はちょっと落ち込んだ。そのうち慣れる、とばっさり切り捨てたplaymakerは、さっさとしろと急かすのである。


いつの間にかついていたデュエルディスク。どこから口なのかわからない黒を広げて、アイはごくりと飲み込んだ。汚染がデュエルディスク全体に及んでいると判断したアイはデュエルディスクごと体のデータに変換する。葵の頭上からカウントダウンがきえた。ふらりとゆらぐ葵の体。playmakerはあわてて抱きとめる。


『うわまっず、これまっず!史上最強にまずいぞこれ!どんなプログラム構築すればこんなくそまっずいもんができるんだ?!』


デュエルディスクに収まったアイは目を白黒させる。


『うー、気分悪くなってきた。おい、playmakerサマ、俺ちょっとデータ解析終わるまで作業に集中すっからな!』

「ああ」


その言葉を最後にアイの発言が途切れる。デュエルディスクは真っ暗になった。こうなるとアイは解析が終わるまで反応しなくなる。


無駄口を叩くことができないくらい、少々骨が折れそうなプログラムなのかもしれない。playmakerは葵をのぞき込む。異性に抱き留められた事実に葵はちょっと赤くなる。


「大丈夫か?」

「あ、ありがと、playmaker。また助けてもらっちゃったね」

「いい、気にするな」

「うん。それでね、大丈夫、といいたいところなんだけど、」

「力がはいらないのか?」

「なんか、駄目みたい。全然体がいうこと聞かないわ。ごめん、playmaker。ログアウトするから、お兄様に連絡よろしく」

「ああ」


糸が切れた人形のように身動きがとれない、と葵は言う。チュートリアルモードから無理矢理離脱したせいか、いろいろと挙動がおかしく体が動かないらしい。


playmakerの腕の中でログアウトを宣言した葵のアバターが0と1にとけていく。その光の粒子が正常なところに転移したことを感覚的に察知したplaymakerはデュエルディスクを操作する。


そして、和波に連絡を入れた。晃により操作されたお世話役ロボットが葵の異変に気づいて、しかるべき機関に通報する。救急車のサイレンが高層マンションが建ち並ぶ高級住宅街に鳴り響いたのは、そのわずか10分後のことだった。


葵は精密検査などの関係で、SOLテクノロジー社のほど近くにある大学病院に入院することになった。ついでにいうなら、それは大学病院との共同研究という名目で建てられたSOLテクノロジー社の敷地内にある特別病棟という場所にだ。


本来なら一般人は立ち入りを制限される。だがサイコデュエリストとしての入院歴があり、今なおその治療のために出入りしている和波が一緒ならその問題は一気に解決することになる。


興味深げに一般的な大学病院よりも規模が大きく、最新の設備が整っている通路に目移りしながら、遊作は和波のあとに続いた。何度目かわからないエレベータに入る。


「財前さんが入院されてるのはこちらの階ですね」

「ずいぶんと上なんだな」

「上はその階全体が個室になってるんです。僕もマインドスキャンのスキルプログラムを作ってもらってたときはそこ入院してました。だから、周りにばれちゃいけない時とかに使われるんじゃないですかね。詳しくは財前部長に聞かないとわかんないけど」

「今回は財前晃の希望が大きいみたいだな」

「あ、あはは、ですね。島君は下の一般病棟でしたもん」


和波は苦笑いした。慣れた様子でエレベータを降り、床にはってある赤いテープを頼りにずんずん先に進んでいく。一番日当たりがいい、景色がきれいな部屋の前に立つ。


近くのモニタに受付で貰ったカードをスキャンする。お見舞いにきたことを告げると、どうぞ、と葵の声が聞こえてくる。二人の顔を見た葵はうれしそうに笑う。手元には二つに折られたカードがあった。


「こんにちは、財前さん」

「お見舞いに来た。ケーキ、食べれそうか?」

「和波君、藤木君、来てくれたんだ。ありがと。そこに座ってくれる?たってるの大変でしょ?ここまで結構距離あるし」

「そうですね−、やっぱり遠いですねここ」


近くにあった高そうな椅子にすわり、和波は笑う。遊作はあたりを見渡した。ちょっと高そうなホテル並みの広さがある。


一歩も外に出なくてもおそらく生活することができるくらいの設備は整っていそうだ。とうぜんながらネット環境は万全である。


だが、葵の場合は入院理由が理由である、一歩入った瞬間に遊作が持っているデュエルディスクやタブレット、電子端末はすべて圏外になってしまった。財前晃の手配なのかもしれない


「そっか、和波君が入院してたところなのね、ここ」

「そうですね、リンクヴレインズのトラブルで入院するときはここって指定されてるみたいですし、その関係でしょうか」

「そうなんだ。私、ここ入院するの2回目だけど、考えたことなかったわ」

「そうなのか。通りでハッキングするのにやたら手間がかかるわけだ」

「あはは」


葵はベッドに寝たままである。もともとは介護用ベッドなのだろう。ベッドが起き上がりを補助するようにヘッド部分が立ち上がる仕様のため、寝たままだが上半身を起こしたままといったほうがいい状況である。


近くの棚には花束やぬいぐるみ、フルーツ、といったものがたくさんおいてある。財前晃は忙しいのかなかなか来る時間がとれないようだ。毎日なにかしら1つ届く、と葵はうれしそうにいう。


さっきまで読んでいたのは今日届いたメッセージカードのようである。大事そうに枕もとにおいている鍵付きの小箱に入れた葵は、遊作から受け取ったケーキを見て喜んだ。


「兄さんが飲み物たくさん持ってきてくれてるの。好きなの取ってくれる?」

「あ、はい、わかりました。財前さんは?」

「私は紅茶にするね。飲みかけのがあると思うから、とってもらっていい?」

「僕コーヒーにしよっと。藤木君はなににします?」

「適当に取るから先にいけよ」

「あ、はい」


和波は葵のいう紅茶とコーヒーのペットボトルを手にすると、そのまま歩き出した。葵は付属のテーブルを出してきて、ケーキを一つずつ並べる。


二人で最近できた人気のお店に並んで寄ってきたのだ。お皿は冷蔵庫の隣の棚にある、と教えてもらった和波は3つ取り出した。


「和波君、もしかしてこのために聞いてたの?」

「あ、はい。せっかくだから聞こうと思って」

「結構並ばなくちゃいけないのに?大変じゃなかった?」

「いいんですよ、僕も甘いもの好きですし」


えへへ、と和波は笑う。ケーキと飲み物を並べて、雑談もそこそこに和波は早速話を切り出した。


「調子はどうです?」

「だいぶ気分がよくなってきたと思うわ。最初はひどかったの、指一本うごかなくって。ほんとうに、全然体が動かなくて。先生がいうには、リンクヴレインズにログインするとき、パーソナルデータとして保護されるはずの情報までチュートリアルを進行するときに邪魔する項目を勝手に削除されたみたいなの。兄さんが情報提供してくれなかったら、たぶん今頃植物状態ね、私」

「そうなんですか?!」

「大丈夫、今は歩いたり走ったりすること、体に思い出させるリハビリをしてるの。ちょっと時間はかかるけど、そんなに長くならないって話だし」

「なるほど。財前、今はリハビリに集中してくれ。あとは俺たちでなんとかするから」

「うん、そうするね。ありがと」

「そっかあ。フルダイブするってことは、そういうのも全部データになっちゃうから……怖いですね」

「ハノイのことがあったから、セキュリティプログラム、もっとグレードが高いのにしてたのにこんなことになっちゃって……ほんと怖い」

「ごめんなさい、財前さん。僕がまきこんじゃったみたいなものですよね」

「そんなこといわないで、和波君。私は和波君の力になりたいと思って、勝手にやってることだもの。こんなことになっちゃったけど、こうして二人とも助けてくれたじゃない」

「財前さん」

「これでこの話はおしまいね。とりあえず、私が退院するまで、ノートとかお願いしてもいい?」

「いいですよ、それくらい!いくらでも!」

「先生には話がいってるし、いろいろ融通聞かせてくれると思う。心配するな」

「うん、ありがと」


葵は笑った。


「これからどうするの?」

「僕ですか?そうですね。今日はSOLテクノロジー社から実験につきあってくれって言われてるので、このまま行こうと思います。藤木君は?」

「そうなのか。じゃあ、俺1人だな、今日は」

「ごめんなさい、藤木君。草薙さんに財前さんのことお願いします」

「ああ」

「忙しいのね、和波君」

「え?あ、はい、なんか新しいプログラムを作ってるみたいです。そのアルバイトで」


結構時給が高いんです、と和波は内緒話みたいな小声で話す。二人は笑った。


「明日もこれくらいの時間にまた来ますね、財前さん」

「うん、ありがとね、ふたりとも」

「財前もリハビリ頑張れよ」

「ええ、がんばるわ」

「今度は島君達も連れてきますね」

「ほんと?ふふ、じゃあ待ってるわ」

「はい!」


手を振る葵がドアの向こうに消える。ナースステーションに一声かけて、和波はエレベータに乗った。押される階層はここより上だ。遊作のために1階も押される。


「ここより上か……サイコデュエリストとしての被検体のアルバイトか?」

「実はそうなんです」

「待とうか?」

「あ、いえ、結構時間かかるみたいなんで、大丈夫です」

「そうか、わかった。じゃあな、和波。また明日」

「はい、また明日!」


エレベータから降りた和波は手を振る。小さく手を振る遊作を見て、和波はうれしそうにうなずくと、背を向け歩き出す。葵のいた階層とフロアの構造は似ているようだ。


本社ではなくこちらで実験をするということは、なかなか大がかりな設備でもあの奥にあるのかもしれない。ナースステーションの受付で女性に話しかけているのが、今日見た最後の和波だった。


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bkm






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