4月某日デュエル部にて
(いくのかぁ?)

(もちろん行くよ!)


真新しい制服に身を包んだ 和波のうれしそうな笑顔の先には、新入部員募集、というチラシがある。先日行われた歓迎会では、生徒会が主催となり部活などの勧誘も兼ねて交流会が行われたところだ。場所は食堂だった。


新型デュエルディスクを持っていた 和波に、デュエル好きかい?と声をかけてくれた先輩が、よかったら、とくれたのがこのチラシなのだ。有名な大学と見まごうほどの広大な敷地を有するこの高校である。


しかも天下のSOLテクノロジー社のお膝元だ。生徒にひとつずつ電子端末が配布された時点で 和波の期待値はうなぎ登りである。 和波はさっそく部室に向かう。


(期待しすぎじゃねーかぁ?ここ、ネットで検索する限り、学校対抗のデュエル大会には名前ねーぞ。しかもホームページじゃなくてブログだけ。まあ確かに更新してるし、記事も見れる程度には知識あるやつが部長してるみたいだけど?)

(でもSOLテクノロジー社の最新機が使いたいなら、って書いてあるんだよ、HAL!ってことは、みんな持ってるってことでしょ?リンクヴレインズにログインしなくても、フレンド交換すればデュエルスペースにアクセスできるんだ。デュエルできるならなんでもいいよ、僕は!リアルで!デュエルが!できるんだから!)


音符でも飛んでいそうなほど浮かれている 和波である。


(あー、はいはい。しっかし、なんでこんな過疎ってるデュエル部に、SOLテクノロジー社は最新機なんか提供してんだ……?ランキング150位以内に入ってるやつなんかいねーぞ?)


不審がるHALの言葉などどこ吹く風である。言ってる側から初めての校舎内に早くも向かう先が怪しくなってきたことを察知したHALは、学内の地図データを引っ張り出す。


そして、甲斐甲斐しく世話を焼く。そのうち全然違う方向に向かおうとしていることに気づいたらしい 和波は、ありがとHAL、とはずかしそうに笑った。幼い頃からこういう方面はHALに丸投げしてきた経緯がある 和波である。はやくも先行きは不安だらけだった。


「お、もしかして、デュエル部に入部希望か?」

「はい?」

「こっちだよ、こっち。部室はこっちみたいだぜ。せっかくだし、一緒に行こうぜ」

「あ、はい、わかりました」


和波に声をかけてきたのは、同じ新入生のようである。ほっとした 和波である。道案内役から解放されたHALは、さっそく親切な男子生徒を検索した。島直樹、 和波のクラスメイトのようだ。


(幸先いいじゃねーか、よかったな。こいつと一緒に行けばとりあえず毎回迷子になることはねーぜ)


ちゃちゃを入れるHALに言い返す言葉ができず、ぐぬぬとなりつつ 和波は階段をあがる。


「あ、僕、 和波 誠也って言います。×クラスなんですけど、君は?」

「お、まじで?同じクラスじゃーん。奇遇だなあ、俺は島直樹。よろしくな、 和波!」

「はい、よろしくお願いします」

「 和波も最新のデュエルディスク欲し……って、あ、持ってるのね?」

「はい、だからみんなとフレンド交換したくて来たんです。回りに持ってる人いなくて」

「そりゃそーだろ、出たばっかだぞ、そのデュエルディスク!?え、なに、 和波って実はすっげえ金持ちだったりする?」

「どうでしょう?」

「またまたー、って、あれ?最新機持ってるのに現物のデッキ持ってんの?変わってんな、お前」

「え、島君は持ってないんですか?」

「俺はね、デジタル派なの。 和波ってアナログ派?古くね?」

「え、だってアカウント停止しちゃったら全部なくなっちゃうじゃないですか。怖くてできないですよ、僕」

「おっそろしいこと言うなよ!?んな犯罪行為するわけねーだろ、ハノイじゃあるまいし!っつーか、あれだろ。なくなったら怖いって、まさか全部スキャンして使ってるとか言わねえよな?」

「え?全部スキャンですよ?」

「やだなにこいつこわい?!最新機自前で持ってる上に、デッキ全部自前をスキャンするとかどんだけ金かかってんだよ!課金した方が安くつくパターンじゃねえか、お前!」

「あはは」

「もうやだこのブルジョワジーめ。こっちはどんだけお小遣いやりくりして、カードプール増やしてると思ってんだよ。ちくしょー!」

「ってことは島君デュエルモンスターズ結構やってるんですか?」

「え?あ、おう、まあな」

「ほんとですか!?」

「お、おうって近い近い近い!なんだよ、いきなり!?」

「さっきも言いましたけど、これ持ってる人回りにいなくてフレンド登録まだできてないんですよ、僕!デュエルスペースにも優先的にアクセスできる機能ありますし、デュエルしませんか、島君!」

「さっきからやたらフレンドリーなのはそのせいか!って、え、まじで?フレンド交換まだしたことねーの?SNSとかは?」

「僕、こういうのよくわかんないんです。前の学校の友達に誘われて始めたんですけど、全然やってなくて」

「へ、へんなとこでアナログなんだな、 和波って。俺の方が詳しいんじゃねーか、もしかして。ま、いーけど?この俺がフレンド第1号になってやるよ。っつーわけで、デュエルディスクもらいにいこうぜ」

「ですね!」

「ところで前の学校のやつは?きてねーの?」

「みんな××高校とかアカデミアにいっちゃって」

「あー、あるある。そっか、 和波、ガチでぼっちなのか今。道理でぐいぐいくるわけだ。友達作りにデュエル部ってわけだな、いいぜ、俺がリアルでも友達第一号になってやるよ」


ありがとうございますー、と 和波はうれしそうに笑う。いや、そんなストレートにお礼言われると調子狂うと言いながら、島は満更でもなさそうだ。ここだぜ、ここ、と立ち止まった島につられて足を止める。


「しつれいしまーす」


がらがら、と島がドアをあける。すでに先輩達は集まっているようだ。


「おー、さっそく来てくれたんだな。ようこそ、デュエル部へ。どーぞどーぞ中に入って」


手招きされて 和波達は部室に通された。


「最悪ゼロも覚悟してたけど、とりあえず廃部は免れたなー」

「だな、よかった」

「リンクヴレインズ増えちゃって、リアルはやってないって人多いししかたねーよ」

「時代の流れかなあ」

「3人も来てくれたんだ、上々だよ」

「3人?え、俺たち結構早く来たんですけど、もう来てるやついるんですか?」

「ああ、彼女が一番だよ」

「……どうも」


隅の方に座っていた女子生徒がお辞儀する。つられて 和波と島はお辞儀した。脚をぴたりと閉じ、着崩してもおらず、一つ一つの所作が丁寧である。どこかいいところ育ちなのはすぐわかる。表情が硬いのは緊張しているからなのか、男の子だらけの部活だからなのかはわからないが、部員達は気にする様子はない。


(あー、この過疎部にSOLテクノロジー社が直々にデュエルディスク提供するわけだぜ。この女、セキュリティ部門の部長、財前晃の妹だ。財前葵)

(えっ、それほんと?)

(ついでにいうならクラスメイトだぜ)

(えっ、財前さんも!?)

(あっはっは、よかったな、 誠也。とりあえずここに来るのは2人にくっついてけばいいんだ)

(そ、そんなこといわないでよ、HAL−!)


どうぞ座って、と部長とおぼしき男子生徒に促され、 和波達は前の席に座った。オリエンテーションが始まる直前、別のクラスからもう一人新入生がくわわる。これで4人だ。新型デュエルディスクの効果は絶大である。


「ちょっと早いけどオリエンテーションを始めようか。まずは自己紹介から行こう。うちはブログをやってるんだけど、入部したいって人は記事を載せてもいいかあとで教えてね。さすがに名前は出せないから、好きなカードをハンドルネームにしようかと思ってるんだ」

「ここに記入して貰ったやつを記事にするから、後で見てくれよなー。一応許可もらった人から乗せてくから。あ、もちろん嫌ならいってくれ」


はーい、と四人の新入部員の返事を合図に、部員達の自己紹介がはじまる。とはいっても部長、二年の2人しかいないのだ。すぐに終わってしまう。そして、新入部員の自己紹介が終わる。みんなはじめから入る気満々のようで、紙に記入をいやがる人はいなかった。


チラシをくれた先輩は部長だったようだ。よかったら、とあんまりぐいぐい来なかったから、来てくれたらいいなー、程度のお気楽さなのかもしれない。


大学と違って高校はサークル扱いされそうな集まりだって部活と分類されるのだ。チラシを見る限り自由度は高いし、雰囲気は緩そうである。


時々集まってデュエルモンスターズについて和気藹々、といった感じなのかもしれない。 和波にはそっちの方がよかった。


「これがデュエルディスクだよ、あ、SOLテクノロジー社のアカウント持ってる人はそっちのアカウントを使うと連携できるから設定は任せるね」

「ありがとうございまーす!すっげえ、これがAI搭載型のやつ!」

「えっと、あ、君はもう持ってるのか、 和波君」

「はい、回りに使ってる人いなくて寂しかったので来ました。よかったらフレンド登録してください」

「そうか、なるほど。たしかにデュエルモンスターズは一人じゃできないもんな」

「はい」

「いいよ、もちろん。そうそう、うちは部活用のアカウントもあるから、デュエルスペースにアクセスするときはそっちを使ってくれるかな。そっちの方が楽だと思うよ、学校のサーバ使えるしね」

「え、学校のサーバ使えるんですか!?凄いですね?」

「うん、よかったらデュエルディスク持ってる人には、うちのアカウント使うよう宣伝してくれるとうれしいな、なんて、あはは」


幽霊部員にでもする算段なのだろうか、案外抜け目のない細田部長が笑った。はーい、と 和波はうなずく。


「いやあ、どうなるかと思ったよ。なにせ半分以上の部員が卒業しちゃって、下手したら廃部の危機だったからなあ。4人もきてくれたら、ひとまずは安心かな。ありがとう」


入部届を受け取り、部長はうれしそうである。


「さて、じゃあ、ここにある番号が支給したデュエルディスクのアカウントだから、 和波君は登録よろしくね。みんなの分はすでに設定してあるから。これで連絡網代わりにするつもりだから、よろしく頼むよ」

「あ、はい、わかりました。僕のアカウントはこれです。登録お願いします」


みんなの分を登録し、それぞれに申請を行う。これで登録は完了したようだ。


「あれ、 和波だけっすか、部長。財前は?」


彼女も最新機を持っているのに、言及がなかった違和感である。島の発言に、そういえば、とみんなの視線が彼女に向かう。ああ、えっと、と部長は葵の様子をうかがう。かまいませんよ、と葵は返した。なら、と部長は口を開く。


「実は学校の規定で、一定数以下の部活は廃部扱いになって、部室がなくなるかもしれなかったんだ。困ってたら、オープンキャンパスの時にここに来てくれた財前君から提案があってね。彼女はSOLテクノロジー社につとめている家族がいるそうで、デュエルディスクを提供して、うちの学校にいろいろと便宜を図ってくれたんだよ」

「えええっ、マジで!?ってことは財前この部活の救世主かよ!?」

「大げさなこと言わないで。私は当然のことをしただけよ」

「でもすごいですよ」

「そう?」

「はい」


葵は満更でもなさそうだ。


「っつーか、財前も 和波もブルジョワじゃねーか!!なんだよ、この比率!クラスメイト偏りすぎだけど、どっちも金持ちじゃねーか、くっそー!!最新機うれしいけどなんで二人も高校生なのに自前でもってんだよ、おかしくね!?」

「気持ちはわかるよ、島」

「ううう、鈴木い!」


あはは、と苦笑いする 和波である。オリエンテーションは無事に終わり、島や鈴木とデュエルをした 和波は、代行天使とジェムナイトの混合デッキをつかったことでやっぱり金持ちじゃねーかと怒られた。


リンクモンスターは高校生の課金ではなかなか手に入らないのである。そういうことなら、と汎用カードのスキャンデータを部活のアカウントに惜しげもなくぶち込んだ 和波に、みんなあんぐりと口を開ける。


和波はデュエルがしたくて来ているのだ。無双するために来ているわけではない。今度は別のカードをスキャンしなきゃなあ、と思いながら岐路についていた 和波は、葵に声をかけられた。


「あら、貴方もこっちなの?」

「はい、あそこです」


指さす高層ビルを見て、葵は目を丸くした。


「私はあっちよ」


すぐそこだった。


「意外と近くね」

「そうですね」

「………ねえ、 和波君」

「はい、なんでしょうか?」

「もしかして、 和波君って、その、 和波研究員の弟さん……?」

「え、あ、はい、そうですよ?どうして?」

「財前って珍しい名字だからすぐ気づかれるのかと思ったわ。財前部長って聞いたことない?私の兄さんね、SOLテクノロジー社のセキュリティ部門部長をしてるの」

「……あ、あー、そういえばそんなお名前でしたっけ。すいません、僕がいつも出入りしてるのは産業部門なので。そちらには出入りできないんです」

「あ、そっか、そうよね。SOLテクノロジー社、おっきいから……。そっか、 和波研究員のことがあるから、医療施設に?そっか、あの病棟は……そうね、反対方向だわ。ごめんなさい、気づかなかった。てっきり……ううん、考えすぎよね、なんでもない」

「はい?」

「なんでもない、なんでもないから、私が勝手に勘違いしてただけなの、ごめんなさい。気にしないで」

「は、はあ」


葵はどこか申し訳なさそうだ。


「 和波研究員のことは、その、兄さんから聞いてるわ。いつもお見舞いにいってるんでしょう?会ったばかりの私がいうのもなんだけど、その、デュエル部、大丈夫なの?うちって部活に必ず入らなきゃいけないわけじゃないし、その、」


和波は笑った。


「お気遣いありがとうございます。でも、部活に入ったら、って進めてくれたの、研究員のみなさんなんです。高校生は高校生らしく、部活にアルバイトに精を出さなきゃいつかつぶれちゃうだろうって。気分転換は大事だよって」

「あ、そ、そうなんだ……私、余計なこといっちゃったみたいね、ごめんなさい」

「いえ、財前さんの気持ちはうれしいです。ありがとうございます」

「そ、そう?」

「はい」


葵はほっと胸をなで下ろした。交差点にさしかかり、葵が行こうとする道を見て、 和波は歩みを止める。


「僕、こっちなので。今日はありがとうございました、財前さん。また明日」

「ええ、また明日」


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bkm






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