お題箱より遊作vs葵シチュ@
「あれ?」


ブルーエンジェルが彼女に気づいたのは、まったくの偶然だった。


ブルーエンジェルの活動を認めてくれない兄からリンクヴレインズやスピードデュエルの危険性を説かれるとき、いつも出てくる研究員の話がある。


残された家族の話。それを見聞きするたびにやりきれない気分になるという話。葵と兄の年齢差と関係がよく似ている、だからまるで自分を見ているようだ、と語気を強められるとき、葵はいつも言葉が見つからなくなり、わかっています、という言葉しか紡ぐことができなくなってしまう。


そして葵は進学し、入った部活で噂の 和波君と知り合った。


兄から実際にどんな人なのか聞いたことはないけれど、島直樹が 和波に話していた動画を見て、彼女のことを知った。リンクヴレインズのどこかをさまよい歩いている、精神体となってしまった 和波のお姉さん。毎日のようにリンクヴレインズにアクセスする葵がなんとなく、白衣姿の彼女の姿がないか探すようになるのは、ある意味自然な流れだった。


だって、胸が締め付けられるのだ。


和波君は毎日笑顔で嘘を重ねている。まるでお姉さんがSOLテクノロジー社に勤務していて、忙しい毎日を送っており、なかなか会えなくて寂しい思いをしている。でもそんなお姉さんを尊敬している。誰に話を振られても、にこにこしながら話す。


葵のように邪な考えから近づいてくる人間も少なくないというのに、嫌な顔一つせず、まるでお姉さんは本当に頑張っているのだ、と一生懸命主張しているように思えてしまう。


和波君は一度も言ったことはないし、気にしている様子もないけれど。デュエル部に入ったのも、学校や外でお姉さんのことをがんがん話すのも、そう思い込みたいのかもしれない。そう、思った。


だって、 和波君は10年間誘拐されていたのだ、ネットのニュースで見たことがある。葵が財前という苗字になったころ、世間を騒がせたから印象深い事件だった。 和波君のお姉さんが世界大会に出場するほどの実力者だったこともあって、注目の的だったから、なおのこと。


その、たった3年後である。家族と再会できた、たった3年後に姉がSOLテクノロジー社の実験の事故に巻き込まれて植物状態同然になってしまったのだ。あの事故が 和波君を誘拐していた組織、もしくはその背後にいると思われるハノイの騎士の関連が疑われる時点で、その事故は拡散を恐れたSOLテクノロジー社のトップの判断で隠匿されている。 和波君はどんな気持ちだろうか。


それなら、この仮想現実のどこかにいるはずの 和波君のお姉さんを見つけることができれば。もしくはどこかにいる、という証拠をつかむことができれば。 和波君は嘘を重ねなくても済むようになるのではないだろうか。
そう、思ったのだ。


「まって!」


スピードデュエルに使うボードを仕舞い、モードをスタンディングにきりかえて、下のエリアに降りる。見逃さないよう、何度も見た動画の向こうの彼女によく似た面影があった。時代錯誤のホログラム。数年も前の環境である。今と比べればアバターや環境が古いことはすぐわかる。つたないホログラムはまるで幽霊のようにみえる。


彼女は聞こえていないのか、どんどん奥の裏路地に入っていく。ブルーエンジェルは必死で彼女を追いかけた。


「あれっ!?」


その先は行き止まりである。


「……どうして?」


ぺたぺた触ってみるが、隠しエリアがあると聞いたことはない。周囲を見渡し、その上を目指してみるがやはり見つからない。これがSOLテクノロジー社がいくら探しても見つからない原因だろうか。


とりあえず、ログアウトした葵は兄に連絡を入れる。翌日、気になって連絡を入れてみたが、残念ながら見つけることができなかったらしい。


その日からブルーエンジェルとして活動しているときに、 和波君のお姉さんと遭遇することはなかった。


変化が訪れたのは、数ヶ月後だ。


「あ、」


和波君のお姉さんを見かけることが多くなった。


「……やっぱり、あれと関係あるのかな」


ブルーエンジェルは空を見上げる。オーロラのように変化し続ける光の濁流が、電子の世界に風を生んでいた。リンクヴレインズに風が吹き始めたそのときから、彼女の姿は頻出するようになった気がしてならないのだ。


「それより、今日こそは!」


デュエルディスクからワイヤーを発射し、それを伝ってビルとビルを渡り歩き、ブルーエンジェルは目的の地点に到達する。


「まって、 和波さ、……!」


いいかけた言葉は途切れてしまう。そこにいたのは、今にも消えそうなホログラムではなかったからだ。物憂げに立ち尽くすどこかのアバターである。


その視線を追いかけていくと、虚空に消えていく 和波君のお姉さんが見えた。そのアバターは懸命に走っていくが、かしゃん、という音が邪魔をする。フェンスに阻まれ、その先に消えていった 和波君のお姉さんのデータからこぼれ落ちた粒子を拾い上げ、悲しげな顔をしていた。


「ねえ、そこの君!」


ばっと顔を上げたそのアバターは、ブルーエンジェルを見る。


「あの、さっきの女の人のこと追いかけてたみたいだけどさ、知り合いだったりするの?」


ブルーエンジェルはかまわず駆け寄る。


「どうしてボクにそんなこと聞くのかな、お嬢さん。ううん、ブルーエンジェルって言った方がいいかい?」

「あ、私のこと知ってるんだ?なら話は早いよね。さっきの女の人はね、実は私の友達のお姉さんなの。ずっと前に家出しちゃって、みんな心配してるから探してるところなんだ。これ、プライベートなことだからオフレコにして欲しいんだけど、もしさっきの女の人のことしってるなら、話、聞かせてくれないかな?」

「へえ、へんなこと聞くね。ブルーエンジェルほどの知名度なら、大々的に言っちゃった方がみんな探してくれるんじゃないの?」

「それはー、そうなんだけど、ね。私の友達、絶対にお願いしてくれないの。言ってくれたら私だってそうしたいんだけど、さ。やっぱりこう言うのって、いろいろあるんじゃない?私はそういうとこ結構重要だと思うんだよね」

「ってことは、ブルーエンジェルが個人的に探してるってこと?友達に頼まれたわけでもないのに?」

「んー、まあそうなっちゃうかも?でもさ、何かしてあげたいって、自然な感情じゃない?あの子がお姉さん大好きなのは、一緒にいるだけでわかっちゃうのに言ってくれないってもどかしいでしょ?」

「そっか」


アバターごしの会話だ、相手は男か女かもわからないし、年齢もわからない。でも、あんなに必死で追いかけていたのだ、 和波のお姉さんとなにか関係ある人なのは間違いない。ブルーエンジェルは返事を待った。音声だけで判断するなら女性だ。


「大事なんだね、その友達のこと。そうとう仲いいんだ?」

「まあね」


ブルーエンジェルははっきりと断言した。初めて部活で出会った帰り際に一方的に 和波君の家庭の事情を知っている罪悪感に耐えきれなくて明かした仲である。SOLテクノロジー社からお願いされているとはいえ、大好きなお姉さんのことを誰にも明かすことができず、嘘をつき続ける 和波君が葵は心配だった。


SOLテクノロジー社に家族がいる上に、兄または姉との年齢差が同じくらい、しかも家族構成まで同じ。 和波君の場合はお姉さんのことをお父さん達も知っているらしいのだが、誘拐された数年間でいろいろとひどい目にあったらしく、そのリハビリはデンシティじゃないとできないという事情もあってこの街にとどまらなければならない。


お父さん達はどうしてもデンシティにこれない仕事についている。両親を事故で失ってから、兄が保護者代わりとして育ててくれた葵にとっては、これ以上ないくらい境遇が似ている相手だ。


まず邪な意思をもって近づいてきた人間とは一線を画す。前提が違いすぎた。仲良くなるのは、ある意味当然の流れである。


学校ではあまり目立たないようにしている葵にとっては、積極的にお姉さんのことを話す 和波君が視線を遠ざけてくれている面もある。


もしかしたら、葵のことを気にかけてくれているのかもしれない。さすがに家に呼ぶほど仲良くはないが、帰る方向が同じなのだ。部活帰りは自然と一緒になることも多い。


クラスも一緒となれば、自然と親睦を深める機会は数ヶ月もあれば十分である。友達はできたか、と兄に問われたとき、デュエル部のメンバーの中でも真っ先に浮かんでくるくらいには、葵は友達だと思っていた。


兄は 和波研究員のこともあり、 和波君と友達になったと報告したときにはとてもうれしそうな顔をしていたから、なおのこと葵はうれしかった。ブルーエンジェルをやめてくれ、とお願いされるとき、 和波君を引き合いにだされることになってしまい、胸の痛みが増幅する原因にはなってしまっているが。


ブルーエンジェルがウインクすると、そう、とうなずいた彼女は笑った。


「ありがとね、ボク……」


不自然なノイズが入る。


「え?」

「探してくれて」

「ちょっと、え、なに?」

「君みたいな子に探してもらえて、ボク……」


聞き返しても、彼女の言葉に混じるノイズが消えてくれないし、訂正もしてくれない。よっぽど音声環境がわるいのだろうか、それとも回線が悪いのだろうか。ざざざ、と混じる雑音が大きくなり始めると、その音に合わせてアバターがかき消えていく。ぎょっとしたブルーエンジェルは大丈夫?と返した。だが彼女は一方的に言葉を続ける。ログイン環境がよほど悪いらしい。


「 誠也によろしく」


その言葉が最後だった。突然顔を上げた彼女は、デュエルディスクからワイヤーを射出すると向こう側のビルに行ってしまう。


「……え?」


その言葉にブルーエンジェルは固まる。 誠也って誰だっけ、と一瞬迷い、周りにいる男の子で 誠也という名前の男の子が 和波君だけだと気づいたブルーエンジェルは、いよいよ固まった。


もしかして、さっきのアバターは 和波君のお姉さんだろうか?いや、それはない。精神体となっている彼女は、今のリンクヴレインズとは似ても似つかない旧世代前のログインの仕方をしている上に、その機械の精度的に荒いホログラムなはずだ。じゃあ、さっきのは?なんで 和波君を知っている?それにあの悲しげな顔は?


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


ブルーエンジェルはあわててさっきのアバターを追いかける。もうビルの向こう側にはいない。俯瞰図に切り替えると彼女が向かった方向にはデータストームの風があった。


もしかしたら、ここに乗ってどこかにいってしまったのだろうか。これは何が何でも追いかけないといけない。Dボードを出し、ブルーエンジェルは風に乗って加速を開始した。


ブルーエンジェルがスピードデュエルをしている、と勘違いしたギャラリーからデュエルを挑まれるが、すべて無視を決め込む。その先で、ブルーエンジェルはとんでもない光景を目にした。


ホログラムがぼやけている。 和波君のお姉さんだ。さっきのアバターではなく、なぜ 和波君のお姉さんがいるのかわからないブルーエンジェルは混乱するが、こうなってしまうとやっぱりさっきのアバターも 和波君のお姉さんな気がしてくる。


なにがなんだかわからないけれど、とりあえず、あのホログラムは間違いなく 和波君のお姉さんだ。はやく保護してあげないと、いずれパーソナルデータすら転写できなくなり、いよいよ電脳死してしまう。


だというのに、彼女にデュエルを挑もうとしているとんでもないアバターがいたのだ。


「あなたは、playmaker!?」


ハノイの騎士を追っているはずのplaymakerがなぜ!?訳がわからないが、絶対にデュエルをさせるわけにはいかない。playmakerはスピードデュエルを得意とするデュエリストだ、万が一 和波君のお姉さんがデュエルに負ける、あるいは演出やデータストームに巻き込まれて滑落するような自体になれば、間違いなく死に至る。そんなことになれば 和波君がどうなるかなんて、いやでもわかる。


「そのデュエルまったーっ!!」


だいたいplaymakerがデュエルを挑めば、ギャラリーが集まってしまうではないか。 和波君のお姉さんのことはSOLテクノロジー社の上層部が隠匿を指示しているのだ。兄が苦悩していること、 和波君が嘘をついていること、そのすべてを知っているブルーエンジェルは絶対に見過ごせない事態である。


「そこにいるのはplaymakerね、GO鬼塚とのスピードデュエル、見せて貰ったわよ!今度は私、ブルーエンジェルが相手よ!」


わざと注目を集めるようにDボードから飛び跳ねる。ギャラリーが一気に集中する。playmakerと名指しされたアバターは当然集中する報道陣の中継から逃れるように逃げていく。


「あっちゃー、一方的な乱入しちゃったから嫌われちゃったかな。でも、そこらへんのハノイのアバター使ってる子とデュエルするくらいなら、カリスマデュエリストのこの私がデュエルした方がいいんじゃないかな!」


ざわっとした雰囲気を肌で感じる。playmakerがどうして 和波君のお姉さんにデュエルを挑むような暴挙にでたのかは知らないが、最悪の事態は回避できた。そのかわり、その事情を聞かないといけなくなってしまった。 和波君のお姉さんの姿はもうない。


playmaker、そしてさっきの謎のアバター、一気に話を聞かないといけないデュエリストが2人もできてしまった。これから忙しくなりそうだ。というわけで、大々的にブルーエンジェルは宣伝する。


ブルーエンジェルがplaymakerにスピードデュエルを挑む、と高らかに宣言した瞬間、速報がデンシティ中に駆け巡ったのだった。


(で、出て行くに出て行けなくなった雰囲気……!ど、どうしよう、HAL!)

(姉って言葉を禁則事項に設定しといてよかったぜ。こうでもしなきゃすぐボロだすもんなあ、 誠也くんよぉ)

(うっぐ)

(playmakerだけじゃなくて、ブルーエンジェルも探してくれるようになるたぁ思わなかったが、まさかのバッティングときた。こりゃ面白くなってきたぜ!)

(ああもう、半分以上ボク達のせいじゃないかあ、どうしよう?!)


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bkm






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