第6話(修正済み)
一瞬の浮遊感だった。そして落下する衝撃。申し訳程度のマットが敷いてあるものの、リンクヴレインズから現実世界にログアウトするときにはじき出される反動を軽減してくれるまでには至らない。


遊作は慣れたものでしれっと見事に着地して協力者とおぼしきエプロン姿の男性のところに歩き出している。


和波はというと。もちろん遊作が一言もアジトについて教えてくれなかったものだから、当然のようにしりもちをついた。どすん、すら可愛いくらいのちょっとした騒音である。いたたたた、とうめく和波に声をかけてきたのは、遊作の協力者だった。


「おいおい、大丈夫か?」

「あ、はい、大丈夫じゃないです……」

「じゃないのか、あっはっは。ごめんな、このスペースじゃどうしてもログインできる空間は限られてくる。専用の設備じゃないからな」

「えっと?」

「ああ、悪い悪い。俺は草薙。遊作の協力者をしてる」

「草薙さん、ですか」

「おう、よろしくな」

「はい、よろしくお願いします」

「みての通り表向きはホットドック屋をしてるんだ。気が向いたら売り上げに貢献してくれよ」

「わかりました。えっと、僕は和波、和波誠也といいます。藤木君のクラスメイトです。よろしくお願いします」

「ああ、和波な。遊作から話は聞いてるよ。しかし、あれだな、遊作。まさかつれてくるとは思わなかったぞ」

「もう顔は割れてるんだ。探すためにSOLテクノロジー社によけいな情報流されたらたまったもんじゃないからな。いっそのこと引き込んだ。HALがいる以上、こいつはこっち側だ」

「確かに一理あるな。SOLテクノロジー社を出入りできるみたいだし、しれっとHALを隠してるみたいだし。和波だっけ、意外といい度胸してるな。気に入ったぜ」

「…………ありがとう、ございます?」


和波は首をかしげる。


「こいつの場合は、相方がとんだ食わせ物なだけだ」

「そうなのか?」

「どうせ、今までの誘導はHALが画策したんだろ?」

「あ、はい。僕は大丈夫だっていったのにこれだから」

「なるほど、確かにそうだ。一番しそうにないやつが相手じゃさすがに遊作もお手上げだな」


草薙は笑う。そして、適当に座ってくれ、と安物の椅子を引く。和波はいわれるままにそこに座り、あまりもんで悪いんだが、とコップに注いだコーラを渡してくる。遊作たちも同じものを注いでいた。間の抜けた味がする。どうやらすっかり炭酸が抜けてしまっているようだ。もったいないだろ、まだ余ってるし、とウインクされ、和波は笑う。


「お前に聞きたいことがある」

「はい、なんでしょうか?」

「ゴーストのこと、知ってるか?」

「あ、はい、噂だけなら知ってます。リンクヴレインズで突然現れてはデュエルを挑んでくるデュエリストのことですよね?僕、今日初めてリンクヴレインズにログインしたから、あったことはないんですけど」

「ああ、それは知ってる。ここに来るとき、チュートリアルが流れてたからな。島たちとのデュエルはフレンド機能だろ?」

「はい、デュエルスペースにアクセスできるやつです」

「俺が聞きたいのはそこじゃない。お前が常時発動してるマインドスキャンにオンオフ機能をつけるために、わざわざ旧式のログインをカスタマイズして、あんな手間のかかるプログラムを組んでるのはわかった。SOLテクノロジー社に提供してもらったあのプログラムを使ってるのは、お前だけなのか?そこが知りたいんだ」

「あのプログラムを、ですか?」

「ああ」


うーん、と和波は考え込む。


「あのシステム自体、旧世代のリンクヴレインズには標準搭載されてたものだって聞いてます。昔のシステムが使えるところなら、だれでもつかえるんじゃないですか?僕みたいにわざわざ最新機に搭載するとしたら、そうだなあ。体質的な問題でログインできないとか、なりきりアバターを使って動画を撮影とか別の使い方をしてるとか?僕みたいにサイコデュエリストだから生身のままフルダイブできないとかもありそうですね。あのプログラム、SOLテクノロジー社から医療目的で支給されたプログラムをHALが魔改造したやつだから。あ、あとはハノイの騎士みたいに自爆テロをもくろんでる犯罪目的とか」

「あのプログラムはお前みたいなやつに支給してるのか?」

「はい、そう聞いてます。中学校にまた通うための練習に、とってもお世話になりました。そのかわり、定期的にSOLテクノロジー社の技術部とかに行って話をしなくちゃいけないんです。データはリアルタイムで送られ続けてるから実験はいらないそうですけど」

「なるほど、和波の姉さんは技術部の人だったな。そういった研究をしてるなら、声もかけるか」

「はい、だいたいそんな感じでした。僕がこの街に来るきっかけは。このデュエルディスクが海の向こうまで普及したら、家に帰れると思います」


和波はその時が楽しみでたまらないようで、ニコニコ笑う。つられて草薙も笑うが、遊作は話を続ける。


「最近、姉に会えてないって話だが、この間データバンクに登録された《ガンドラ》シリーズは和波の姉のデータなのか?」

「あ、はい、そう聞いてます。ゴーストにカードデータを盗まれたって大騒ぎしてました」

「データだけ?」

「はい、だって盗まれてないんです。ちゃんと家におっきな施設があって、セキュリティの契約もしてて、そこで管理されてます」


和波が教えてくれた住所は、今、デンシティで一番地価が高いことで知られる一等地だ。おそらく遊作や草薙が手を出そうものなら、国家権力が動くレベルで著名な人間が住んでいる地区でもある。


さすがは天下の海馬コーポレーションからSOLテクノロジー社に転職し、弟のために研究の片手間でサイコデュエルの能力を制限するプログラムを構築し、技術部の管理職のポジションに若くして収まるレベルの人間である。


そこまでの裕福層でHALのようなAIが相方ならば、その気になればきっと遊作たちが侵さなければならない危険を軽くいなして情報を入手することができそうな立場だ。


「それは本物なのか?」

「え?」

「ゴーストが使う《ガンドラシリーズ》は現物をスキャンしなきゃ出ないエフェクトが出てた。少なくても、最初のデータはスキャンしたはずだ」

「そうなんですか!?」

「ああ。実際にデュエルしたから知ってる」

「そうなんだ…………姉さんに聞いてみなきゃ」

「まて」

「え?」


遊作はその先を制した。


「俺はゴーストの正体は2つ可能性があると思ってる」

「え、あのゴーストの正体ですか!?」

「ああ、まず和波、お前の姉」

「えええっ!?」

「もうひとつは、お前がかつていた組織のサイコデュエリストたち」

「えっ、な、なんでそうなるんですか?!」

「お前の話とこっちが把握してることから導き出した仮説だ。ほんとかどうかは今度会ったとき問いただす」

「そ、そうなんですか…………」

「そのためには和波、お前がいる」

「えっ、僕?」

「ああ。お前はどちらとも面識があるうえに、親しい。俺は1度もあったことがない。そいつがお前の姉なのか、かつていた組織のサイコデュエリストなのかは、きっと和波のほうがわかるはずだろそのスキルを使えば」

「あ、はい、たぶん大丈夫だと思います」

「なら話は早い。和波、俺はゴーストに貸しがある。もし、どちらかだったとしたら、俺は話を聞かなきゃならない。スピードデュエルを研究していたというその組織について、もっと詳しい話がな。そいつらがハノイの騎士に感化されてできたとしたら、あるいはハノイの騎士の主導でできた組織なら、俺はそいつらを潰す必要が出てくる」

「な、なるほど…………!わかりました、僕、何をしたらいいですか?」

「何もしなくていい。ただ見ていてくれ。そして、そのスキルを使え」


和波は目を輝かせた。マインドスキャンを必要としてくれる人が現れたのは初めてなんだろうなと草薙は思ったのである。


「ところで藤木君、僕が同行するのはいいんですけど、どうやって連絡とります?」

「気を使える子で助かるよ、ありがとな」

「いえ、そんなことないです。僕、草薙さんたちより頭がよくないから、臨機応変ってできないんです。はじめからそういうところを決めてないと、迷惑かけてしまうことたくさんあると思って」


草薙に言われ、 和波はどこかうれしそうな、照れているような笑みを浮かべつつ、そう切り出す。Playmakerの正体が藤木遊作であることは秘密である。Playmakerのファンであることを公言してやまない 和波だが、それをひけらかしにしてはいけないことくらいわかっているようだ。


そして、playmakerと繋がりができたこと自体隠さなければならないということも。うずうずしているところを見ると、本当は島直樹あたりにリンクヴレインズで会ったことくらいは話したいようだが。


芋づる式にサイコデュエリストであること、マインドスキャンが使えること、といった 和波のとって一番秘密にしたいことまで明かさなければいけなくなる。そしてもたらされる、今まで積み重ねてきた嘘の露呈がどんな自体を招くのかは火を見るより明らかだ。自分の立場をわきまえているところは好印象である。


「そうだな……、ところで 和波」

「はい?」

「お前がいつも使ってる方法でログインするとどうなるんだ?体だけ現実世界(こっち)においてく形になるのか?」

「えっと、そうですね。3つ選べます。まずは現実世界(こっち)に残って、アバターを別モニタで確認しながら操作するタイプ。こっちは自分視点と俯瞰図が選べます。もうひとつは現実世界(こっち)に体をおいてきて、精神だけダイブするタイプ。こっちは体をおいてくることになるので、ずっと寝てることになります。どっちにしろ現実世界(こっち)に残ることになりますね」

「そうか。その場合、マインドススキャンはスキルに無理矢理変換されるから、制限が加わるんだったな」

「はい。一応、レベルに併せて開示できる情報に制限をつけてます。伏せカードだけ、手札と伏せカードだけ、手札と伏せカード、そして相手の思考」

「思考はどんな感じなんだ?」

「えっと、そうですね。その人がどんな風にデュエルするかにもよるんですけど、藤木君の場合はデュエルフィールドの俯瞰図があって、カードが並んでて、これからどうしようとしてるのか脳内でシミュレーションしてる感じでしょうか。時々声とか映像が割り込んでくるときがありますけど。見やすい方でした」

「だってよ、遊作。よかったな」

「うれしくない」

「相手を分析して、次の行動を見極めるタイプが徒になった感じだな」

「……仕方ないだろ、それが俺のやり方なんだから」

「あはは。人によっては、論文みたいに言葉がひたすら並んでたり。あっちこっちに映像が飛んでいったり。飛躍しまくったりして、読み取るのも大変な場合があるんです。時にはほとんど考えずにやってる人もいたりして、その場合は行動と思考がほとんど一致してる人もいるんです。その場合はこっちが追いつくのが大変で……」

「そーか、直感型や天性のデュエルのセンスで無意識のうちにやっちゃうタイプは苦手っぽいな、 和波君は」

「メタ読みの限界だな」

「そうですね。僕がもっとパーミッション寄りの構築してたら、もっと真価を発揮するんだろうなとは思います。でもHALが星杯のデッキの精霊になっちゃった以上、僕が使えるデッキはどうしても星杯と相性がいいデッキに限られてきちゃって……。スピードデュエルだとメインが3つしかないから、代行天使は真価が発揮できないんですよね。融合テーマとか、そっちの方も考えなきゃいけないかなあ」

「 和波にHALがいる以上、自衛できるだけのデッキは組んでもらわないと俺が困る。その打点の低さをどうにかするんだな」

「そうですよね……!僕もずっと悩んでるんです、藤木君みたいに2500以上のエースがいたらもっと変わってくるんですけど……。クリスティアは相性悪いし、うーん。なんかいい構築思いついたら相談させてください」

「ああ」

「ってことは、いつものログインの方法でも問題はないわけか」

「はい、一応。姉さんのデュエルは何度もみてましたし、5年もたつけどあの施設にいた人たちのデュエルの記録は僕のデータに残ってますから解析をHALに任せればいつものログインでも対応できます」

「なら、そっちでいい。またフルダイブされて、こっちまで読み取られると困るからな」

「あはは……」

「ま、それに逐一デュエルのデータがSOLテクノロジー社に送られてるってなら、正規でログインしたって事実は残っちまったわけだしな。俺たちとの接触はログとか残らないように仕込ませてもらったけど、さすがにあんだけのデュエルエネルギーが観測されたのになにもなかったはもっと不自然だ。悪いとは思ったんだけど、あえてログインとデュエルの記録は残したぜ。もちろんバニラの星杯とplaymakerのデュエルをな。違和感ないようデュエルログを改鋳すんのも骨が折れたぜ」

「あ、ごめんなさい、ありがとうございます」

「いや、いいんだ。 和波君はたぶんSOLテクノロジー社にこれから話をしにいかなくちゃならなくなるだろうしな。うまいこと話を合わせなきゃいけない。そっちの話も後でしようぜ」

「はい、わかりました」


こくり、とうなずく 和波に、遊作は話を戻すがと続けた。


「なら、ついでだ。SOLテクノロジー社にいって、お前の姉と会う機会があったら、ゴーストについて聞いてみてくれ。昔いた組織のことから、俺がハノイの騎士との関係を疑って接触してきたって報告すれば、一番違和感がないからな。今のSOLテクノロジー社の方針なら、俺がお前に興味を持ったって気づいた時点で、お膳立てをしてくれるはずだ。その流れに乗るぞ」

「責任重大の大仕事だぜ、頑張れよ 和波君」

「あ、は、はい、がんばります。ってことは、僕から藤木君に連絡しなくてもいいってことですね」

「ああ、そうなる。変に連絡取り合うと違和感しかないからな」

「わかりました」

「これはお前のためでもあるんだ、 和波。気をつけろ」

「そうそう、 和波君にはHALがいるから大丈夫だろうが、ハノイの騎士もSOLテクノロジー社もどんな手を使ってでも俺たちからAIを取り返したがってるからな。しかも 和波君はSOLテクノロジー社のプログラムでサイコデュエリストの力を制御できてるんだ。ログインしてる間、体が現実世界に放置なのもわかってる。なにがあってもおかしくないんだ。無茶だけはするなよ。何かあったら、俺に連絡してくれ」

「草薙さん、その連絡先はどうやって交換したことにするんだ?」

「あー、そっか。あっちも 和波君の交友関係洗いざらい調べそうだな。どうする、俺が 和波君と知り合ってもおかしくない状況か……どうだ、 和波君、うちでバイトでもしてみないか?」

「えっ、ホットドック屋さんでですか?!」

「ああ、そしたら別におかしくはないだろ?君、レアカード手に入れるのに、SOLテクノロジー社のコネを利用して結構いいバイト掛け持ちしてるみたいだし」

「……!そ、そんなことまで調べてたんですか…!?」

「まーな、悪く思わないでくれよ。こっちはこっちで大変なんだからな。新しく人間を引き込むってことは細心の注意を払わなくっちゃいけないんだ」

「そ、それはいいんですけど……はい、わかりました」

「しっかしなー、まさかこんないいバイトがあるとは。外部に滅多に出てこないタイプの身内で終わらせたいバイトって感じだな。こういうのをもっと外で募集してくれたら、潜入とかも楽になるんだけどな−、難しいな」

「あ、あはは……」


和波は頬をかく。姉が技術部の管理職、そして自身もサイコデュエリストとして能力を制御するプログラムの被検体として、何度も本社を出入りする関係者である。


どうやらデュエルを通じて超能力を発揮することができる 和波のような存在はとても貴重なデータがとれるらしく、アルバイトの名目で新規カードのテストプレイなどを行うこともあるようだった。


そして待遇的な問題から率のいいアルバイトとなり、お金が手に入る。なるほどデッキ構築にお金がかけられるわけである。


そのかわり、 和波の私生活におけるデュエルディスクの使用はリアルタイムでどんなことにつかったのかですら、あちらにデータが流れるしくみなわけだから、プレイベートもなにもないのだ。遊作や草薙からすれば絶対に耐えられない環境である。 和波からすればマインドスキャンの制御は死活問題だ、慣れきってしまった生活は違和感すらないらしい。


「ログアウトの記録だと、この広場なはずだからな。俺が見つけたってことにしようか」

「あ、はい、わかりました。なるほど、それでアルバイト……!」

「適度に情報は見せていかないとな、あちらさんだって隠さなくていいことまで隠したら怪しんじまうし。さじ加減は大事なんだよ、こういうのはな。ま、細かいところは任せてくれ。 和波君はアドリブが苦手みたいだからな」

「それで10年間もバレてないってことは、HALが相当優秀なんだろう」

「ほんとにな、はは」

「ほんと、ほんとにそうなんです……!僕、HALがいなかったら、きっと藤木君たちに会うこともできないまま一人であの組織追っかけなきゃいけなくなっちゃってたかもしれない」

「結局、 和波君だけなんだっけか、そこから逃げ出せたのは」

「はい、そうだって聞いてます。あの大会に参加したのは何人もいたんですけど、結局、あの混乱の中で逃げ出せたのは僕だけで……あれきりわかんないままなんです」

「姉さんやSOLテクノロジー社に嘘ついてまでHALの味方をするのはそのためか……そうだな、そういうとこをきっとHALは気に入ったんだろう、きっとな。ま、俺たちもハノイの騎士との関連が疑われる以上、その組織についても調べてみる」

「ありがとうございます」

「礼を言うのはこっちのほうだぜ。SOLテクノロジー社に内通してくれる子がいるのといないのとじゃ効率が段違いだからな。さて、さっきの話を詰めていかないとな、それとアルバイトについても。未成年だと親の許可がいるんだよ、いろいろとな。そこんとこもうまく話してくれよ、 和波君」

「は、はい、わかりました」


緊張気味にうなずく 和波に、たしかにアドリブは駄目そうだなと遊作は思った。これはSOLテクノロジー社のお膳立てをうまく利用したりこっちから巻き込む形でお膳立てをしてやったりしないときっとぼろが出るだろう。


それでも、その正直で素直な性質はなによりも信頼がおけるものだとも思う。嘘がつけないという性質はそれ自体が安パイである証なのだ。真剣に聞き入る 和波を横目に、遊作も草薙の話に耳を傾け始めたのだった。


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bkm






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