SCHOOL LIFE3
転校生が来るということで、1ーCは朝から沸いていた。もっとも男子生徒だと事前情報があるので、盛り上がっているのはどちらかというと女子生徒である。その例外の1人である素良は興味津々である。入学式から1ヶ月遅れの転校生なのだ。生まれて初めてのふつうの学園生活も楽しいが、ちょっと飽きてきたところだった。平和すぎて変わりばえしない。ありえない人間関係はおかしくもあり、せつなくもあり。覚えているのが素良だけなものだから、これまた張り合いがない。そんな中、転校生ときた。すべての次元が一つに統合され、みんな仲良く暮らしているというふざけすぎた箱庭で、なんの意味もない転校生なんてイベントがあるだろうか。

ホームルームのチャイムが鳴り響き、担任の先生につれられて転校生が入ってくる。緊張気味に入ってきた転校生は、ちょっと背伸びして黒板に名前を書いた。ゆっくりと、大きく、きれいな字が並んだ。

比嘉 昴

ふうん、と素良はその名前を頭に入れる。しらないやつだ。要チェック。転校生は振り返る。

「×××から引っ越してきました、比嘉昴と言います。よろしくお願いします」

担任の先生は簡単に比嘉のことを説明しはじめた。家庭の事情でこの街にやってきたこと。今まで田舎すぎてデュエルモンスターズにふれる機会がなく、正真正銘の初心者であり、かろうじてルールしかわからないこと。これからデッキを用意すること。まあ、これは1年生ではデッキを持っている生徒の方が少ないから気にすることはない、とフォローが入る。

すっごいなあ、と素良は思った。デュエルアカデミア中等部はデュエリストの養成所のタマゴ達が集うところだ。プロのデュエリストやデュエルモンスターズに関わる仕事がしたい人間が入ってくるということだ。デュエルのデもしらない一般市民にも門戸が開かれているが、幼少期からデュエルに親しんできた人間と比べれば、よほど努力をしないと途中で挫折する。中等部から高等部に進学する人間は何割か考えれば、この比嘉という少年はあこがれだけで飛び込んできたようにしか思えない。

どんな秘密があるのやら。

質問責めがはじまる。後ろの窓側という特等席で、ぼんやりと眺めていた素良はふうんと目を細める。比嘉昴、と頭の中でぐるりと考えてみる。もちろん、素良は知らない子だ。そもそも、あのときは学校に通っていなかったから、いたけど知らなかった、となるなら話ははやい。出会う機会がなかっただけだ。

でも。ついさっき柚子からのメールで情報が回ってきた。昨日の今日、遊勝塾にやってきた新しい入塾生。しかも、デュエルのルールからしらないほんとうの素人。素良の知らない関わりがすでにできていて、遊矢も柚子も好意的にみている。これは注目するに値する。だって、二人は素良の初めての友達なのだから。

品定めのまなざしをむける。でも、警戒するのもばかばかしいくらい、ふつうの男子生徒だ。小柄で華奢、素良より小さいから整列の順番が少し後ろになるのがうれしい。せわしなく新緑の瞳がくるくるとまわり、短めの黄緑色の髪がさらさらとなびく。さて、どうしようかな。こっそりポケットに忍ばせているアメを転がしながら、素良は考える。

空いている席は後ろ。つまり、素良の後ろだ。30人クラスにひとり追加は自動的に人数が余る。教科書がまだ届いてないから見せてあげるよういわれる。このさい、挨拶しとこうかな、暇だし。素良は机の引き出しを探る。

「僕、紫雲院素良っていうんだ、よろしく」

「あ、はい、よろしくお願いします!」

「これ使う?うちってデジタルだから、データ共有すればみれるんだ。IDとかパスワード、教えるからメルアド教えて?」

「ありがとうございます!」

メールアドレスが送られてくる。これで携帯とパソコンのアドレスが入手できた。あっけないなあ、と思っていると、比嘉は素良に聞いてくる。

「あの、もしかして柊先輩のお師匠様って、紫雲院君ですか?」

「ん?あ、うん、そうだよ。僕が融合を教えてるんだ」

「やっぱりそうなんですね。僕、柊先輩に融合召喚のルール、教えてもらっったんです。すっごくわかりやすかったんですけど、紫雲院君が教えてくれたっていってたんです」

「へーえ、やるじゃん。柚子もちゃんと師匠を持ち上げること覚えてくれて僕もうれしいよ」

「あはは」

「あ、比嘉だっけ」

「はい?」

「紫雲院って長いし、誰も呼んでないから、素良でいいよ」

「そうなんですか?わかりました」

こくりとうなずいた比嘉に、よしよしと素良は笑う。素直な反応はよけいなことを勘ぐらなくていいから楽そうだ。素良の初めて遭遇するイレギュラーだが、そう臆することはなさそうだ。そう思った。

「あの、素良君」

「なに?」

「あの、僕たち同じ年ですけど、素良君の方が先輩なんですよね?」

「うん、そーだね。デュエルモンスターズ自体初めてなら、ずっとずっと先輩だよ、僕は」

「ですよね。なら、あの、その・・・・・先輩って呼んだ方がいいですか?」

「あははっ、変なこと言うんだね、比嘉って!僕たち同じ年でしょ?それにさー、比嘉が融合デッキを使うって言うんなら、お師匠様とか、先輩とか呼んでもらおうかなーって思ったんだけどさ。まだデッキ決まってないんでしょ?ならまだ気が早いよね。なら、素良でいいよ」

「わかりました」

「さーて、じゃあ、行こうか比嘉。移動教室、ついてこないと迷子になるよ」

比嘉はほっとした様子である。やっぱり不安だったらしい。だよねえ、と素良も思う。アカデミアと負けず劣らずな巨大な敷地である。なれるまで1年もかかってしまった。比嘉なら間違いなく迷子になる。なんかぼんやりしてるし、鈍くさそうだし。はい、とうなずいた比嘉は素良の後をついてくる。

「比嘉って甘いもの好き?」

「え?あ、はい、好きです」

「そっか、じゃああげる」

アメ玉を手のひらに転がす。

「僕も好きなんだ。だから、お返し期待してるよ」

きょとんとしていた比嘉だったが、すぐにぱっと表情が明るくなった。

お昼休みになり、比嘉は素良に呼び止められた。1年生の教室が並ぶ廊下でやけに目立つ二人を発見する。素良につれてこられ、比嘉は駆け寄った。

「榊先輩、どうしたんですか?」

「比嘉、今日が転校初日だろ?案内してあげようと思って」

「ふーん、めずらし。遊矢、結構比嘉のこと気に入ってるんだ?」

「あ、素良、もしかして、もう案内した?」

「まーね。移動教室だってずーっと僕がつれてきてあげたんだ。迷子になられて、みんなで探すってなったら面倒でしょ?」

「はい、そうなんです。素良君には教科書まで貸してもらっちゃって。ありがと、素良君」

「どーいたしまして。はやいとこ覚えちゃってね、比嘉。僕が休んだら大変でしょ?」

「うっ・・・・・・が、がんばります」

くすくす笑う素良と頬を掻く比嘉をみて、ずいぶんと打ち解けたんだなあ、と遊矢は思う。

「遊矢だけじゃ迷子になるからな、俺も案内させてもらおう。エクシーズコースのユートだ。よろしくな、比嘉」

「あ、はい、ユート先輩、よろしくお願いします!」

「ちょ、ユート!?」

「あははっ、たしかにそうだね!遊矢だけじゃ僕が案内した方が早いもん」

「素良までー!?俺がなにしたって言うんだよ!」

「いつもやってること思い出してみなよ、遊矢。ぼーっとしてたら、すぐそこの廊下あるいてるじゃん」

「え、そ、そうだっけ?」

「もー、都合の悪いことはすぐ忘れるー。だから先輩って呼ぶ気がしないんだよね」

「あ、あはは」

「と、とにかく、早いとこ教室案内するよ、比嘉!早くしないと昼休み終わっちゃうし!」

「あ、はい、わかりました」

通りすがりの先生に走るなよ、と注意されないぎりぎりの速度で、遊矢は比嘉をつれて歩き出す。ユートがそれとなく誘導し、それを汲み取りきれなかったら、またとんちんかんなとこ歩いてるよと素良のちゃかした笑みが飛んだ。遊矢にとっては不本意ながら、方向音痴という先入観は記憶が吹き飛んでいる今となってはちょうどいいごまかしの手段となっていた。

アカデミア舞網校の大講堂は、デュエルをするステージになっており、実技の時間になるとかならずここを訪れる。1年生はまだくる機会は限られるが、覚えておくにこしたことはない。大きなイベントはここでおこなわれるからだ。

日替わりのドローパンが大人気の購買の近くには、資金的に余裕のある生徒だけが許される食堂もある。あとはカフェだろうか。どっちもものすごく込み合うので、基本的にはお弁当か外で買って持ち込む方が早い。

「えー、でもお弁当ってめんどくさくない、遊矢?比嘉ってお弁当派?それともなんか買う派?」

「えーっと、まだ決めてないです。前の学校は給食だったんです」

「へー、そっか。ならさ、今日は試しになんか買ってみたら?」

「そうですね!」

「そっか。じゃあ、買ってきなよ、比嘉」

「そうだな、俺たちはここで待ってるから、行ってくるといい。俺たちはいつもお弁当だから、購買のことはあまり知らないんだ」

「はい、わかりました。行ってきます!」

「じゃー決まりだね!僕のおすすめはー、っと。比嘉、こっちこっち、早く行かないと売り切れちゃうよ!」

「え?あ、うわーっ!?ま、待ってくださいよ、素良君!」

二人は雑踏に消えていった。

「比嘉って結構のんびりしてるっていうか、マイペースだよね」

「そ、そんなことないですよ、素良君。一応、僕だってがんばってるつもりです」

「どこらへんが?」

「うっ・・・・それは、その、これから?」

「あはは、ごめんごめん、今日が転校初日なんだから、これからなのは当たり前だよね。これは僕からのおすすめってことで。感謝してよね、僕なりにピックアップしたんだからさ!」

「あ、ありがとうございます」

「ここのカフェのクレープが今の僕のお気に入りなんだよね。期間限定のこの味が一番おすすめなんだ。比嘉って、あまいのすきなんでしょ?よかったら、僕が集めてるこの街のスイーツログ、みる?」

「え、いいんですか?」

「うん、いいよー」

雑踏から抜け出した素良は、携帯のディスプレイを見せる。甘味どころやロールケーキの専門店、アイスの初出店など、素良が自分なりにまとめた覚え書きが書かれている。

「あ、ここのケーキ屋さん、おいしいですよね。昨日、遊勝塾のみなさんに持って行ったら、とても喜んでもらえたんです」

「えっ、あ、ここ?ほんとに!?なんで僕を呼んでくれなかったのさ、比嘉!ここのモンブラン、すっごくおいしいのに!」

「ごめんなさい、遊勝塾は休みだからって柊先輩が」

「そんなの電話くれれば飛んでいったのにー!」

「あの、もしよかったら、今度もってきましょうか?」

「え?でも結構高いよ、ここ?」

「はい、そうですけど・・・・すぐそこですし、お母さんに頼んだらなんとかなるかなって思います」

「・・・・比嘉ってもしかして、この上に住んでる?」

「はい、そうです」

「やっぱりー!いいなー、いいなー、沢渡が自慢してたの思い出しちゃったよ!優待券とかもらえるんでしょ、たしか!沢渡も甘党だからさ、ケーキとかタルトとか、僕がなかなか手が出せないの知ってて自慢してくるんだよ、ひどいと思わない?」



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