SCHOOL LIFE1
目覚まし時計よりはやく目が覚めてしまった遊矢は、朝の支度を始めた。


「……やっぱデッキとデュエルディスク持っていくの変な感じだなあ」


そうはいっても、昨日の今日である。柚子と塾長から連日の赤点による補修の危機を明言された。遊勝塾の塾生として、比嘉の先輩として、絶対に小テストで高得点をとり補修にはなるなと宣告されたばかりである、もっていかないわけにはいかない。ただでさえ、知りもしない小テストである。範囲を聞いたせいで、ろくに担任の話を聞いていなかったのか、と塾長と柚子にこっぴどく叱られたのだ、これは少しでも時間稼ぎをする必要がある。ちょっとでも頭の中にスタンダードデュエルのルールを叩き込むためにも。そう言う意味ではいきなりではなく、比嘉のデュエリストミーティングに参加できたのは、遊矢にとってもよかったことといえる。朝一番に学校に行って小テストの勉強をしようと決めて、クローゼットを開けて、パジャマにしているスエットを仕舞い、制服に着替える。


「制服こんなデザインだったか?こんな青いジャケット着てたかなあ?まあいいや、考えてても仕方ない。早く学校に行こう」


舞網市は霧が立ち込めている。今日は一日いい天気になりそうだ。遊矢は歩きながら携帯を取り出す。


『もしもし、柊ですけど』

「おはよう、柚子」

『おはよう。って遊矢じゃない。どうしたの?』

「えっと……ごめん、柚子。今日は小テストあるから先に学校行ってるな?勉強しないとだめだしさ」

『いいわよ、いいわよそれくらい!がんばってね、遊矢!すごい、珍しいじゃない、いっつもぶっつけ本番だったのに!やっぱり比嘉君効果ね、凄いわ!!」

「え?あ、いや、だからそう言うことじゃなくて……!」

『え?そうでしょ?今日、比嘉君のデュエルディスク、みんなで買いに行くって約束したじゃない』

「あ、うん、そうだよ。そういうこと!」

『あははっ、へんな遊矢。でもわかったわ。そういうことならがんばってね。これで補修になっちゃったら、比嘉君にいい格好みせられないんだから、しっかりしてよね、榊先輩!』

「おい、柚子!」

『リンちゃんたちにも声かけとくからね。遊矢が来ないと比嘉君、他の特殊召喚に特化したデッキに興味もっちゃうかもしれないわよ?ほとんどの特殊召喚させたいんでしょ?それでもいいの?』

「えーっ!?なんでリンたちに会わせちゃうんだよ、柚子!俺が約束してたのに!」

『だからちゃんと来てねってことよ。比嘉君が聞きたい召喚方法やテーマについては、専門家がたくさんいた方がいいでしょ?遊矢のせいで比嘉君、ペンデュラムやりたいって言ってたし。まあ、ペンデュラムなら他の召喚方法と組み合わせられるし、いいけどー。比嘉君、遊矢にいちばん懐いてるしね、来てあげた方が喜ぶと思うしお願いね』

「言われなくてもわかってるよ!それじゃあ、あとで!」


遊矢は携帯を切り、いつもの通学路を行く。比嘉が柚子に中学の場所を訪ねていたから、舞網中の位置が遊矢がしっている場所にあることは把握済みだ。遊矢にとっては転校初日のような感覚なのだ、朝早くに目が覚めて早く学校に行こうと気が急いたのはそのせいでもある。いつもの見慣れた通学路に安堵を覚えながら、自然と歩みは早くなる。人のまばらな遊歩道の先で、バイクの音がする。振り返ればどこかで見たことがあるようなデザインのバイクが近付いてくる。


「おーい!」


遊矢は足を止めた。バイクが止まる。


「遊矢じゃねーか、おはよう!」

「ユーゴ!おはよう!」

「おう、元気そうだな!俺だけかと思ったけど、遊矢も早いなあ!珍しいこともあったもんだぜ」

「そっちこそ。だって今日小テストだろ?比嘉のデュエルディスク買いにいく約束してるんだ。実際にカードショップとか、スリーブとか、いろいろ見て回る予定だから、補修になる訳にはいかないんだよ。そっちは?」

「俺もだよ!さっき柚子からリンに電話があったみたいでさ、ぜーったいに補修になるなって追い出されちまってさー」

「そっか。じゃあ、今日はがんばろう、ユーゴ」

「おう!ちょうどいいや、お前も乗ってけよ。俺は先輩たちに勉強教えてもらうからさ、なら来いって言われてんだ」

「助かるよ、ユーゴ」

「ほら、ちゃんとヘルメットかぶれよ!さーとばすぜー!」

「うわあっ!?ちょ、ちょっと落ち着いて運転してくれよ、ユーゴ!運転ちょっと乱暴すぎるって!」

「なーにいってんだよ、遊矢。こないだのライディングデュエルだって、似たような運転だっただろ?Dホイールのライセンス取れたんだから、そのままうちのコースくればいいのに」

「だから、俺はライディングデュエルのプロデュエリスト目指してるわけじゃないってば!」

「なんだよ、キングのエンタメデュエルにはすっげー反応してたくせに」

「ま、まあ考えとくけどさ!」


財布に入っていた謎の免許証の正体が判明したはいいが、また遊矢の知らない人物が出てきてしまった。学校についたらキングなる人物について調べなければ。知識の穴はなるべく埋めておきたい。ライディングデュエルのキング、プロデュエリスト、それだけ頭に叩き込んで、遊矢はユーゴの乱雑な運転にクラッシュの危機を覚えながら、必死でしがみついていた。


しかし、この世界の遊矢は、いろんなことに挑戦しすぎな気がしてならない。ライディングデュエルに必要なDホイールの免許を持っているということは、きっとうちのどこかにおいてあるのだろう。さすがにガレージまでは確認しなかったから気付かなかったが。きっとユートとデュエルした時とおなじで、実際にやってみれば感覚や記憶、知識があとから追いついてくるはずだ。ユートとタッグデュエルをしたり、ユーゴとライディングデュエルをしたり、ずいぶんと充実した毎日を送っていたようである。部屋を探索したかぎりでは、遊矢の精神が追い詰められるようなものは見つからないし、どうして遊矢がこの身体にいるのかイマイチよくわからない。考え過ぎても埒が明かないので、遊矢は前を見ることにした。今はとりあえず、比嘉をペンデュラム召喚の使い手にするために、いろいろと手伝ってやらないと。


頭の中にあるもやもやをおいておき、違和感は無視する。


そのうち、ユーゴのバイクが止まった。


「ついたぜ、遊矢」

「ありがとう、ユーゴ」

「おう!じゃあ、駐輪場にDホイールおいてくるから、遊矢は先に行ってろよ。スタンダードの学部棟はこっから遠いだろ?俺、あっちだし」

「わかった!」

「いいってことよ、それじゃあな!」

「うん、それじゃあ、あとで!」

「おう!」


先輩って誰だろう、と思いつつ、遊矢はユーゴが教えてくれた大きな建物を目指して歩き始めた。デュエルアカデミア舞網第二中学校、とある通り、やはり遊矢の知っている舞網中とは大きく様相が変貌している。すべてのコースの生徒が学ぶ共通棟、それぞれの特殊召喚を学べる学部棟、そして食堂等、ちょっとした高校、もしくは大学といった雰囲気である。朝早く来てよかったと遊矢は心の底からおもった。絶対に迷子になってしまう。ユーゴが指差した先の建物は既に開いており、すぐ横には傘立てとこの建物内の部屋の構造が掲示されている。さいわい学年とクラス用のHR等を行うクラスは存在している。最初と最後さえわかれば、選択授業でなければ他の生徒に気を配れば部屋を間違えることはないだろう。あーよかった、と大きくため息をついた遊矢は、地図を写メに取ると、それを頼りに教室に移動し始めたのだった。


教室にやってきた遊矢は、出席番号を頼りにカバンをおく。そして、教科書を引っ張り出す。


カバンの中に入っていた時間割をみるに、遊矢はスタンダードコースに所属しているようだが、他のコースの授業をまんべんなく受講している。おかげで結構移動しなければならない。ホントなら教室の位置を把握するために朝の時間を消費したかったが、そうもいかない。さいわい、ユートが遊矢の奇妙な記憶喪失を把握してくれたから、電話なりメールなりでヘルプすれば教えてくれるだろう。げんにユートが一番心配していたのは、学校のことだったから。ただでさえ道に迷っていたというのだ、記憶があいまいだ、となれば世話を焼きたくなるだろう。前の遊矢に親近感を覚える遊矢である。よくもまあ、こんな大きな施設が揃った大きな学校に受かったものだ、きっと入試もあっただろうに。きっと遊矢がもともとこの世界の遊矢だったとしても、きっと迷子の常習犯になっていたはずである。そんなことを考えながら、遊矢は必死でテスト範囲を頭に叩き込んでいたのだった。


チャイムが鳴るころには、遊矢の知っている顔もちらほら出始める。ここらへんは記憶と大差ないクラスメイト達である。ほっとしながら、遊矢は担任の先生が来るのを待ちわびた。


「おはよう、遊矢。がんばってるわねー、すごい」

「なんだよそれ。俺がいつも頑張ってないみたいじゃないか。おはよう、柚子、権現坂」

「おお、今日は早いな、遊矢。例の後輩のために今日は絶対に落すんじゃないぞ」

「権現坂まで」


今日は槍でもふるんじゃないか、とからかわれてしまい、遊矢はなんだよそれと拗ねるしかない。はたからみればいつもぶっつけ本番までほっといて、アクションデュエルのことばっかりかんがえている。直前になってカンニングペーパーなり、出そうな所なり、みんなに泣きついていたらしいから、急にやる気を出したとなれば比嘉の影響力をみんなが意識するのは至極当然の流れである。遊矢からすれば不本意この上ないが、ユートから不必要に話さない方がいいと忠告を受けたこともあるし、反論する手段を遊矢は持たないのである。



はーあ、というおおげさなため息をする遊矢に、権現坂がまあ許せと笑った。どれだけ勉強したか試してやると言われたので、教科書を渡す。いくつか質問される。さいわい、比嘉が2日間のあいだ、ずっと勉強してきた基本的なルールや裁定、といったところが中心だったから、わりとすんなり答えられた。権現坂は感心しきりだ。柚子は権現坂にデュエリストミーティングにおける遊矢の学習態度について、それはもう褒めちぎる。びっくりするぐらいやる気に満ちていたとか、すごく積極的だったとか、権現坂が熱でもあるんじゃないかと心配するくらいには、異常事態だったようだ。



そんなの知らないよ、が遊矢の本音だ。こちらからすれば、塾長時代にしかなかったはずのルールが今の時代でも存在し、しかも遊矢が通っている学校で採用されているとなれば、実技だろうが座学だろうが遊矢にとっては未知との遭遇もいいところである。必死だったのだ。デュエルすらできなくなるとか、冗談じゃない。デュエリストなのにデュエルができないとか。その必死さが勤勉さにうつったとしたら、いつもどんな学習態度だか垣間見れるものの、遊矢の知らないいつものに感謝である。どのパラレルワールドにいようとも遊矢は変わらないということだ。


むすっとして黙りこくってしまった遊矢に、権現坂はそう拗ねるなと笑った。比嘉に興味がわいたようだ。柚子は一緒にお昼でもどうかと誘うことにしたらしい。教室を去った柚子をおいて、遊矢は権現坂とぎりぎりまでテスト勉強に興じたのだった。



担任が入ってくる。



最初の時間に行われた最初の週に行われる小テストは、前に送ったクラスメイトが思わず二度見するくらいマスが埋まった。そして始まった授業は、当然ながら遊矢が知りもしない内容である。スタンダードデュエルのルールの基礎が突貫工事で詰め込まれたから、辛うじて先生が何を言っているのか理解は出来たが、中間テストと期末テストは不安しかない。授業が終わり、顔色が悪い遊矢に、権現坂と柚子はテストは大丈夫だから元気出せと見当違いの励ましをしてくれた。


ここから権現坂はシンクロの学部棟に行ってしまう。遊矢は柚子と一緒にスタンダードコースの学部棟に移動だ。扉をあけた遊矢はでかいなあと何度目か分からない驚きと共に辺りを見渡す。中央にはホワイトボードとデスク、スタンドマイクがある。それを取り囲むように扇形に設置された長テーブルと備え付けの椅子。階段になっていて、上に行くにつれて全体が見渡せる。


「遊矢、柚子、こっちだ!」

「遅いぞ、二人とも!」

「沢渡、セレナ、声が大きい。みんな見てるんだから静かにしろ」


立ち上がって大きく手を振るのはセレナだ。早く来いよ、と手招きするのは沢渡である。苦笑いしてたしなめているのはユートだ。どうやら席を確保してくれていたようだ。柚子がすでに階段を上り始めているので、遊矢もあわてて追いかける。しかし、女性は赤いジャケット、男性は青いジャケット。違和感しかないのは見慣れてないからだろうか。そのうち慣れるだろうか。違和感が服着て歩いている気がする。


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