BACKUP3
朝食を終え身支度を済ませた遊矢は、柚子に午後から比嘉の講義に参加すると電話を入れる。そしてすぐ、慣れたリズムでボタンを押した。シンクロのあてはあるのか?と聞いてきたユートは、その傍らで様子を窺っている。


『すまんが、遊矢、その申し出は受けられん』

「えっ、何でだよ、権現坂」

『まだ俺はシンクロ召喚を師事している身だ、人に教えられるほどのものは身についていない。それを遊矢に教えては、比嘉にもお前にも迷惑を掛けてしまうからな』

「えーっ、そんなこと言わずにさ、頼むよ!」

『考えてくれたのは有難いのだがな、そう言うわけで、今回は見送らせてくれ』

「どうしてもだめか?」

『ああ、これだけはいくら遊矢の頼みでも無理だ』

「そっかあ、わかったよ。ごめんな、無理言って」

『なに、遊矢があてにしてくれるほど、俺のシンクロ召喚が印象に残っていたということだろう。それはそれで嬉しいものだ、気にするな!この男権現坂、友に頼りにされることほどうれしいことはないからな!ところで、LDSにもいるだろう、シンクロに詳しい人間なら。そちらを当たる気はないのか?』

「だめだって、柚子がなんで権現坂呼ばなかったのか分かるだろ?それなのに、オレが呼んじゃったら、それこそ塾長や柚子に怒られるって」

『うーむ、まあたしかにルールも知らない初心者に他の塾の存在を意識させるのはまずいか。他の塾に心変わりされたらかなわんからな。まあ、致し方ないな。他を当たってくれ』

「わかった、じゃあな」

『ああ』


ぴ、とボタンを押した遊矢は大きく肩を落とした。


「どうしよう、他にシンクロ教えてくれる奴知らないんだけど。なあユート、誰か知らないか?」


電話を見守っていたユートが言った。


「だめだったのか?」

「あーうん、まだ教えられる段階じゃないって。そんなこと言ったら、一夜漬けの俺の立場はどうなるんだよ!」

「まあそういうな。遊矢の場合は忘れてるだけだからな、知らないわけじゃない。覚えてはいなくても、知識はしっかりとあったじゃないか。とっかかりさえあれば思い出せることが分かっただけでも十分だろう」

「まあ、そうだけどさ。なんか不思議な感じがするよ。やってく内になんかこう、体が勝手に」

「その内思い出せるようになるさ」

「だといいんだけどなあ」

「こればかりは自然に任せるしかないだろう、急いでいては良くないと聞くからな。ところで遊矢、その様子だと、まだだいぶん記憶が混乱しているんだろう?俺達とよくデュエルしてる奴の中に、シンクロが使えるやつなら何人もいたが思い出せるか?」

「え、あ、やっぱりいるんだ?」

「ああ、名前を聞けば思い出すと思うが、ライディングデュエルを専攻しているヤツが何人かいるんだ。遊矢も俺も何度か誘われているが、いつも遊矢は断っていた。そいつに聞いてみるか」

「あ、それって、もしかしてユーゴ?」


思わずユートは笑った。


「惜しいな、名前は思い出せてもどんな奴かまでは思い出してないだろう?」

「えっ、ちがうのか?」

「ああ、誰かと一緒くたにしてるな、遊矢。ユーゴを知っていれば、シンクロを教えてもらおうなんてまずは出てこないからな。思い出せないみたいだから教えてやるが、1年の時は遊矢とユーゴがいつも補修の瀬戸際で俺達に泣きついてきていたんだ」

「えっ、そんなに!?……なんだよ、俺って思ってた以上に勉強できない感じなんだ!?でもじゃあ、誰なんだよ?」

「遊矢は実技の成績はいいが、筆記がいつも瀕死だったからな。この際、心を入れ替えて一から覚えるつもりで頑張ればいいんじゃないか?遊矢。まあ、行く所は一緒だ。案内しよう、覚えてないだろうからな」

「ありがとう、ユート。でもさー、スタンダードデュエルのルールがほんとにわかんないんだよ、俺。アクションデュエルならいくらでも思い出せるのに」

「そこは同じなんだな。安心しろ、それは遊矢のいつもの口癖だったからな」

「えっ、ほんとに?」


なんとなく、こっちの世界の遊矢の日常が垣間見えてきた遊矢である。ようするに、普通の舞網第二中学校に通っていたころの遊矢となんら変わらないということがよくわかった。もし勉強がとんでもなくできるとか、スポーツが万能だとか、遊矢と違う要素が出てきたらどうしようかと思ったが、取り越し苦労のようである。ユートという協力者を得たことで、遊矢の心も落ち着いている。この世界に違和感を覚えていることまではさすがに言えないままだが。

遊矢はユートに連れられて舞網市を回る。いつも寄っているというショップ、デュエル大会の会場、レオコーポレーション、LDS、ぐるりと回ってみたが遊矢が知っている街並みだ。ただデュエル塾にライディングデュエルやエクシーズ召喚、シンクロ召喚、融合召喚、というものが掲げられているのが目についた。遊矢の記憶はずいぶんと半端な形で飛んでるらしいな、とユートは言う。遊矢の記憶よりもずっと速いスピードで特殊召喚は普及しているという。なにせ遊勝がアクションデュエルを取り入れたのは、その特殊召喚が揃ってからだそうなのだ。歴史も随分と違っているようだ。

やがてユートの足は閑静な住宅地に向かう。大きな学校のような施設が見えてきた。ユートは慣れた様子で入り口近くの警備ゲートに向かうと、そこにいる中年のおじさんに話しかけていた。差し出されたものになにか書いている。おじさんは電話しているようだ。やがてゲートが開き、呼ばれたらしい少年が駆けてくる。


「よお、お前ら。どうしたんだよ?珍しい組み合わせだな。タッグデュエルなら受けて立つぜ?」


ユーゴが笑った。


「いや、違うんだ。今回はユーゴ、キミの幼馴染に用がある」

「あ?リンにか?なんだよ」

「遊勝塾に新しい入塾生が来たんだそうだ。昨日からルールについて教えているそうなんだが、遊矢が教えることになったそうでな。シンクロを教えてやってほしいんだ」

「はあっ!?なんだよなんだよ、そんな面白そうなこと、なんでリンに頼むんだよ。俺もまぜろ!」

「馬鹿言え、君みたいな感覚でデュエルをしてるようなやつに、ちゃんと教えられるわけがないだろう。まったく、デュエルをしている時は、恐ろしく頭が冴える上に、エースも頭の回転が速くなければ使いこなせない効果の癖に、どうしていつも補修なんだ、ユーゴ」

「なんだってー?ったく、相変わらずだなあ、ユート!おい、遊矢!こんなやつとタッグ組んでたら頑固がうつるぜ?今度、またライディングデュエルのチームに入ってくれよ!」

「どう言う意味だ!」

「そういう意味だよ、ばーか!」

「ああもう、ケンカするなよ、二人とも!」


あわてて割って入った遊矢に、向かい合った二人は不機嫌そうに眼をそらす。なんとなく二人が仲が悪い理由を思い出した気がして、もっと早く思い出してくれよ、と遊矢は頭を抱えた。


「そうよ、ユーゴ。私のお客様なら、私を呼んでくれないと困るわ」

「あ、リン」


遊矢の脳裏には、きえてしまった少女の鮮烈な緑がよぎる。強烈な懐かしさが蘇り、無性に泣きたくなった。いや、違う。よく似た色の少女だが、記憶の中の少女は性格も一人称も姿も形も違う。夢の中の誰かに引っ張られていることを感じて遊矢は違うだろと頭を振った。たしかに強烈な夢だった。バットエンド一直線な夢だった。しかも自分がその主人公になったような、一人称の視点だから無駄に臨場感があった。だからってひっぱられすぎだろう。いくらなんでも。


「なんだよ、遊矢。なにみてんだ」

「え?いや、なんでもないよ」

「遊矢?まさかとは思うが」

「だから違うって!」

「なに?みんな。私の顔に何かついてる?」

「え?あ、いや、なんでもない!なんでもないって!男同士の話!な?」

「ああ、そう言うことにしておこう」

「あーうん、まあ」

「なーに、それ。へんなユーゴ。ごめんなさい、二人とも。話は聞かせてもらったわ。私で良かったら」

「ほんと?ありがとう!」

「俺も俺も!」

「ユーゴは先生呼んできて」

「ちぇえ」


孤児院を後にしたユートたちが向かったのは、カードショップである。ここでよくデュエルをしているそうだ。休みだからか、ちらほらいる客から一番遠く空いている席を陣取る。やがて、リンによるとてもわかりやすいシンクロ講座が始まった。一気にやっても覚えられないと音を上げた遊矢の希望で、休憩時間に突入する。


「そーいや、知ってるか?あっちに出るって噂の塾があるんだぜ」

「出るって、幽霊?」

「そうそう、幽霊塾。なんでも、ずーっと昔に流行ってた塾なんだけど、デュエル大会の日に突然人が消えちゃったんだってさ」

「えっ、参加者が?」

「そうそう。だから今はもう誰も住んでないはずなのに、夜になると明かりがついてるとか、物音がするとか、子供の声がするとか、いろいろ噂になってるんですって」

「へー、そうなんだ」

「だが、ここら辺は再開発地区じゃなかったか?」

「ほんとは取り壊す予定だったらしいけど、機械が壊れるとか、作業するおっさんたちがけがするとか病気になるとかいろいろあって工事が中断したまんまなんだよな。いつの間にか立ち入り禁止の看板だけになってたぜ」

「へー」

「俺達さ、ここに新しい奴が来ると決まってそこに肝試しにいくんだ。内緒だけどな。後ろのフェンスが古いから、簡単に外れるんだよ。だから案外抜け出すのは簡単なんだぜ?」

「ばれちゃうからやめてって言ってるのに聞かないのよ、ユーゴったら」

「だって面白いだろ、肝試し!」

「肝試しかあ」

「なあなあ、今度、その比嘉ってやつ誘って一緒に肝試ししようぜ!これから遊勝塾の仲間になるんだろ?じゃあ、みんなで一緒にやるのも仲良くなるにはこれしかねーよ」

「おい、ユーゴ。さすがにそれはまずいだろ」

「大丈夫大丈夫、警備のおっさんたちの巡回する時間はわかってるからさ。何とかなるぜ」

「面白そうだけど、比嘉が乗ってくれるかはわかんないなあ」

「まあ、入ったばかりだからな。みんなで集まるようなことをするのはいいんじゃないか?顔と名前を覚えるのが大変だろう」

「だろ?」

「だが肝試しはどうかと思うぞ、ユーゴ」

「んだとー?」

「はいはい、もうケンカしないの。私は今遊矢君にシンクロを教えてるところなんだから」

「遊矢も真面目だよなあ。シンクロ使ってるのに、わざわざ細かいルールまで教えてほしいとか」

「人に教えることと、自分が覚えることはまた違うんだ」

「えー、いっしょだろ?一緒にすればすぐ覚えられるぜ?」

「ふふ、でも、ユーゴのいうことを一理あるかも。わからなくても、前でお手本を見せてくれたら、なんとなくだけどカードの動かし方はわかるものよ。おなじデッキでおなじようにデュエルすると、わかりやすいんじゃないかな?」

「マッチデュエルだな」

「そっかあ、マッチデュエルか。ありがとう、ちょっと考えてみるよ」

「いえいえ、どういたしまして。よかったら、また今度比嘉君を紹介してね」

「わかった。ところでさ、ひとつ聞いていい?」

「え?なに?」

「弟とか、いたりする?」

「弟?いいえ、私は一人っ子よ」

「そっか、ありがとう。実は比嘉も髪が緑でさ、なんか不思議な感じがして」

「ああ、だからさっき見てたのか遊矢」

「なんだ、それならそうと早く言えよ。驚かせやがって」

「え?なにかいった?」

「なんでもない!」


遊矢とユートは顔を見合わせて笑った。


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