BACKUP
遊矢が所有しているカードを保管しているケースは、身に覚えがないほどずっしりと重くなっていた。広げてみれば、入手経路が不明なカードが乱雑に詰め込まれており、デッキケースがすでに膨らんでいた。震える手で封を開け、デッキを手に取る。1枚1枚確認してみる。遊矢が知らないカードで構成されたデッキ、遊矢が知っているけれどもテキストやイラストが違っているカードで構成されたデッキ。遊矢が知っているのは、いつも持ち歩いているEM魔術師だけだった。


1つは遊矢の持つEM魔術師に一番近いペンデュラムデッキだ。しかし、テキストをよく確認してみると遊矢の知っているテキストではない。イラストも微妙に違っているのが、もともと所持しているカードを並べてみると良く分かる。そして遊矢のデッキのペンデュラムモンスターは、オッドアイズと時読み、星読みの魔術師だけのはずなのに、知らない魔術師モンスターがキーカードとして投入されている。エクストラデッキがすべて遊矢の知らないオッドアイズとすべての特殊召喚に対応した構成となっている。柚子や塾長が言っていたのはこのデッキのことだろう、と遊矢が気付くのははやかった。あの悪夢で遊矢が使っていたデッキは、おそらくこのデッキである。一番取りやすいデッキケースにしまわれていたし、他のデッキと比べると使い込まれている感じがする。きっとアクションデュエルではなくスタンダードデュエルで使われるデッキがこれなのだろう。学校で使うデッキはこちらのはずだ。あとで回してみようと思いつつ、次に行こうと手を伸ばしたら、ドアをノックする音がした。


「はあいっ!」

「ちょっといい、遊矢、ってどうしたの?」

「え?あ、あはは……デッキ調整しようと思って」

「いくらなんでも散らかしすぎでしょ、遊矢。さっさと片付けなさい、友達が来てるわよ」

「え、誰?」

「ユート君よ、待たせてるから早く降りてきなさい」

「えっ、ユートっ!?」


思いもよらぬ言葉に持っていたカードが足元に散らばる。あわててカードをかき集め始めた遊矢に降って来るのは、びっくりしすぎでしょ、という笑い声だった。だって、だって、それは、と説明しようとした遊矢だったが、顔をあげて反論しようとした先の言葉がでてこない。驚きすぎではない。頭が真っ白になったわけではない。単純に言葉が出てこない。湧き上がる衝撃はあるのに、説明するための言葉が紡げない。紙の無いコピー機のように起動音だけが響いている。ぱくぱく口を動かしたままなにもいわない遊矢に、いよいよツボに入ってしまったのか、笑い声が加速する。瀕死の状態になりながら、お茶の準備をしてくるから早く片付けなさいよとひいひい言いながら来訪者は去っていった。


「……えっと、なんでオレ、そこまで驚いたんだろう」


遊矢はいよいよ頭を抱えた。驚いた理由が出てこないのだ。目が覚めてから、どうも覚えていることと思い出せないことがちぐはぐで、混乱しっぱなしである。そんな遊矢の焦燥をかき消すように、下の階から早く降りて来いとせっついてくる声がする。遊矢はいよいよ大きな声で返事する。ユートが友達であることはしっくりくるのに、どういった経緯で友達になったのか、思い出せない。やっぱりこの世界で遊矢はかぎりなく浮いていた。


転がり落ちるように階段から降りてきた遊矢をユートは苦笑いで出迎えた。どんどんしないの、うるさいでしょ、とキッチンから聞こえてくる。いーだろ、これくらい!と言い返しながら、遊矢は待たせてごめんと謝った。


「いや、こちらこそこんな遅くにすまない」

「いいって、それくらい。で、用って?」

「このあいだ、アクション・デュエルの練習に付き合ってもらっただろう?スタンダード・デュエルをしたときか、タッグデュエルをしたときだと思うんだが、間違って遊矢のカードが俺のデッキに混ざってしまったんだ。すまない」

「えっ、あ、そ、そうなのか?わざわざありがとう」

「もしかしたら、遊矢のデッキに俺のカードが混じってるかもしれないんだ。見せてもらえないか?」

「わかった、じゃあ、オレの部屋に行こうか」

「ああ、わかった。ありがとう。お邪魔します」

「どーぞお構いなく!」


遊矢スリッパ、という声が飛んでくる。はあい、と返した遊矢は、あわてて客人用のスリッパを差し出した。ユートは苦笑いする。二階に案内されたユートは、さっき片づけたばかりのカードケースを広げる遊矢の向かい合う形で座った。相変わらず汚い。これではカードが可哀想だ。せめて整理してやれとお小言を貰い、さっきまでデッキ調整してたんだよ、いつもはもっときれいなんだよ、と遊矢は言い返した。どうだか、とユートは笑う。なんだよ、と遊矢は口をすぼめた。ユートとこういったやり取りをすることに覚える感動。こういった顔するんだ、という知らないことを目撃して刺激される好奇心。それなのに湧き上がるのは友人としての親しみ。すでに内包する感情は矛盾を起こしている。ユートは親しい友人として扱ってくれているが、遊矢はまるでその理由が思い出せないし、この対応で合っているのかわからない。手探り状態である。ユートのカードを捜しているさなか、ふとユートが手を止めた。


「遊矢」

「ん?なんだよ、ユート?」

「さっきから気になっていたんだが、元気がないな。大丈夫か?」

「え?あ、いや……なんでもないよ。大丈夫」

「遊矢、お前がなにかに悩んでいるのは俺にもわかる。よかったら話してくれないか?」

「いや、だから、そんなんじゃないって言ってるだろ、ユート。オレは大丈夫だって」

「みんなを笑顔にするのがお前の信条なんだろう?それなのに、お前がそんな顔をしていたら、俺は笑顔になれない。そんな気持ちのままじゃ、どんな悩みでも答えなんて出ないと教えてくれたのはお前だ。俺じゃ頼りにならないかもしれないが」

「そんなことないって、ユートはいつもオレを助けてくれたじゃないか。そんなこというなよ」

そのいつもが思い出せない歯がゆさを噛み締める。ユートは心配そうだ。

「すぐには解決できそうにない悩みなのか?」

「ああ、うん、えーっと……まあ、そんな感じかなあ。上手く説明できないんだ、ごめん」

「そうか、ならうまく言葉にできるようになったら教えてくれ。俺はいつでも力になるからな」

「ありがとう」


やっと笑顔になった遊矢に、ユートはほっと息を吐いた。あ、と遊矢が真顔になったのはその直後だ。今度はなんだと瞬きするユートに、遊矢は救いの神が現れた、とでも言いたげな顔をしてユートを見る。


「ユート、いつでも力になってくれるんだよな?」

「え、あ、ああ、俺で良ければ……。だが、このまえみたいに課題に付き合えは勘弁してくれないか?」

「えっ、オレ、そんなことしてたのかっ!?」

「もう忘れたのか!?赤点になりそうだから、教えてくれと泣きついてきたのは誰だと思ってる!?」

「ち、違うんだって、ユート!今回は真面目な相談なんだ!オレにエクシーズ召喚を教えてほしいんだ」


ユートが遊矢を見る。ゆ、ユート?とおそるおそる聞いた遊矢は、ユートの表情が嬉しさのあまり高揚していくのを見た。


「やっと考えてくれたのか、このあいだの話!」

「え、あ、ええっ?このあいだって?」

「決まってるだろう、総合コースからエクシーズコースに来ないかっていう話だ。このあいだのタッグデュエルで確信したんだ。遊矢、お前もデッキもエクシーズに向いてると俺は思う。今からでも遅くないからエクシーズコースに来ないか?ペンデュラムならエクシーズとも相性がいいから、悪くないと思うんだが」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、ユート!オレはペンデュラムエクシーズはするけど、さすがにエクシーズデッキにするのはちょっと……!」

「ああ、たしかにアブソリュートはいいカードだ。でも、オッドアイズ・リベリオンをタッグでしか入れられないのはもったいないと思わないか?」

「落ち着けってば、ユート!おれはエクシーズコースには入らないって!それより、エクシーズを教えなくっちゃいけないんだ、比嘉に!」

知らない名前が出てきたからか、ようやくユートは落ち着いた。

「比嘉?知らない名前だな、誰なんだ?」

「比嘉昴っていう、1つ下の遊勝塾に入った新しい後輩なんだ。今度、舞網に転校してくるんだってさ。今までデュエルモンスターズをやったことがない初心者だから、今日一日ずっとルールを教えてたんだよ。明日からやっとエクストラデッキに入る特殊召喚とモンスターを教えるんだけど、なんでかオレが教えることになっちゃって。でも、オレ、人に教えられるほど知らないし……」

「そんなことならお安い御用だ。俺が行こうか?」

「え?いや、いいって、ユートも忙しいだろ?それに比嘉はオレに教えてもらえると思って、すっげー喜んでたし」

「そうか、ずいぶんと懐かれたんだな。転校してくるなら、今度の月曜か。よかったら紹介してくれないか?」

「え、あ、ああ、うん、わかった。比嘉も喜ぶと思うよ。普通の学校からの編入らしいから、すごく不安がってたし」

「そういうことなら、付き合おう。ちょっと電話を貸してもらってもいいか?家に電話しないと」

「ありがとう、ユート!あとは権現坂に頼めば何とかなるな、よかったー」

「融合は教えないのか?」

「融合は柚子が教えるんだってさ。だから、オレがエクシーズとシンクロとペンデュラム。オレばっかりじゃん!塾長はオレ一人に全部やらせるつもりだったみたいだし、いい加減だよなあ」

「まあ、遊矢のデュエルを見ていれば、頼みたくなる理由もわかる。人に教えられるのか、と言えば、また話が違うんだろう?」

「そうだよ」


そもそも遊矢はペンデュラム召喚と融合はわかっても、エクシーズとシンクロはわからない。アクションデュエル用のカードならともかく、スタンダードデュエルのカードはますますわからない。どうしてデッキに入っているのかすら、把握できない状況なのだ。これは蜘蛛の糸と思って死に物狂いで一夜漬けを敢行しないとやっていけない。ユートのデッキを貸してもらい、遊矢は必死で特訓を始めたのだった。結局、気付けば夜も更けてしまい、ユートは泊まるはめになってしまったのだった。

「そうだ、混ざってたオレのカードってどれなんだ?」

「ああ、すまない、忘れてた。これだ」


ユートが差し出したのは、青いカードである。受け取った遊矢は思わず息をのんだ。また、遊矢の知らない、オッドアイズのカードである。悪夢がまだ鮮明に焼き付いている遊矢の顔が曇る。儀式モンスターだったのだ。


オッドアイズ・グラビティ・ドラゴン(地)
           ☆☆☆☆☆☆☆
【ドラゴン族/儀式/効果】
「オッドアイズ・アドベント」により降臨。「オッドアイズ・グラビティ・ドラゴン」の@の効果は1ターンに1度しか発動できない。@このカードが特殊召喚に成功した時に発動できる。相手フィールドの魔法・罠カードを全て持ち主の手札に戻す。この効果の発動に対して相手は魔法・罠・モンスター効果を発動できない。Aこのカードがモンスターゾーンに存在する限り、相手は500LPを払わなければ、カードの効果を発動することができない。
ATK2800 DEF2500


敵が最後に召喚したモンスターを連想させる効果に、影が落ちる。


「遊矢」

「…」

「遊矢」

「え、あ、ごめん。ありがとう」

「ちがう、そうじゃない。俺が思ってたより深刻そうだな。どうしたんだ、本当に?今日一日どこか上の空だぞ、大丈夫じゃないだろう?」

「……ユート、実は……」


ぽつり、とこぼした遊矢に、ユートは思案顔だ。


「そうか、だから……。記憶に障害、いや、違うな。遊矢は知識が抜け落ちているだけで、俺の知っている遊矢だ。それは間違いない。安心しろ、俺が保証する。それにしても、奇妙な記憶喪失だな」

「実際、あのユメを見てから、おかしなことになってる気がするんだ。夢にしては、ホントにあったことみたいな、妙な現実感があったっていうか」

「……リチュア、だったな」

「たしか、アイツはそう言ってた」

「このことは他のみんなにはいったのか?」

「え?いや、まだ誰にも言ってないよ」

「なら、あまり言わない方がいい気がするな。遊矢の言うとおり、その悪夢が関係あるのなら、そのデッキについて調べてみてからでも遅くはないはずだ。隼に聞いてみよう、プロだからなにか知ってるかもしれない」

「ありがとう、ユート」

「気にするな、俺達は友達だろう。またなにか困ったことがあったら、いつでも相談してくれ」

「そうするよ、ほんとにありがとう。それじゃ、お休み」

「ああ、お休み」


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