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軽快なリズムの呼び出し音が鳴っている。遊矢たちが液晶画面を覗き込むと、緊張した様子でリュックを抱えてそわそわとしながら立っている男の子がいた。落ち着かないのか、アスレチック場みたいにカラフルな遊勝塾のモニュメントを眺めたり、ローマ字表記の塾の看板を読んでみたりしている。


『はい、お待たせしました。遊勝塾です。どちら様ですか』


柚子の声がインターフォンから聞こえたのか、びくっと肩を揺らした少年は、間の抜けた声がついて出る。顔をあげてきょろきょろと見渡したあと、インターフォンに気付いて、うわ、という顔をした。聞かれたと思ったのだろう、恥ずかしそうな顔をしている。しかし、液晶の先で遊矢たちがどんな反応をしているか分からないのでどうしようもないと悟ったらしく、観念したように近付いた。そして、遊矢たちが覗いている液晶画面を覗き込んだ。初夏の兆しを感じさせるような新緑が、不安そうに見上げている。芽吹いたばかりの緑に似たやわらかそうな髪をしている男の子だ。身長は遊矢より低い、小柄な少年である。塾長からの事前情報がなければ小学校高学年くらいと勘違いしてしまいそうだ。



比嘉を見ていた遊矢はどこかでみたことがある気がして、うーん?と首をかしげる。どうしたの?と柚子が聞いてくるので、どっかでみたことない?こいつってふるが、柚子は首を振った。何言ってるのよ、比嘉くんとは初対面じゃない、引っ越してきたんでしょ、と笑った。思い出せそうで思い出せない違和感に遊矢は納得いかないが、テレビでみた有名人に似てるんだろう、と無理やり納得させる。あるいは、初々しさがにじみ出ている後輩くんを見ていると、いろいろからかいたくなる衝動に駆られるので、フトシたちを連想しているだけかもしれない。


「お、おはようございます。あの、今日の朝、お電話した比嘉昴と申します。こちらの遊勝塾の柊修造さんから、午後に見学に来てくださいって聞いて、その……えーっと」

『比嘉くんですね?わかりました、ちょっと待っててください』

「あ、はい」


ほっとした様子で笑みを浮かべた少年を最後に液晶のスイッチを切り、柚子と遊矢は玄関に向かう。柚子はチェーンロックを外してドアを開けた。声変わり前の男の子特有の高めの声は、遊矢にさっきから感じているデジャヴュを強烈に意識させるには十分だった。知らないはずの男の子なのに、知っているという感覚ばかりがわいてきて、無性に懐かしい、そんな感情ばかりがぐるぐると渦を巻く。霞がかったその先をどうしても思い出せない遊矢は、もどかしさだけが加速していった。



比嘉が初対面の対応をするだけで、なんとなく嫌な気分になるのだ。初対面の挨拶をしようとするだけで、なんとなくこれじゃないが付き纏う。朝の夢を引きずっているのかもしれない、と遊矢は思う。知らないカードを使って巨悪と戦い、惨敗する夢、世界が終わる夢を見た。知らないはずのカードがデッキに入っていないだけで、ぽっかりと心の中に穴が開いたような、寂しい気分になった。夢と現実があいまいになっているのかもしれない、すっきり目が覚める前に起きてしまい、そのままここに呼び出されたわけだから。そうやって無理やり納得させることにして、遊矢は柚子と共に比嘉を迎え入れた。



電話で対応してくれたのが事務所のお姉さんと塾長だったため、てっきり大人が迎え入れてくれると思っていたらしい。あんまり年の変わらない遊矢と柚子が出てきたものだから、あれ、という顔をしている比嘉である。遊矢と柚子は苦笑いした。


「こんにちは、比嘉昴君!ようこそ、遊勝塾へ!」

「あ、は、はい。よろしくお願いします!」

「ええ、こちらこそよろしくね。小さなデュエル塾でごめんね、比嘉くん。ここ、人が少ないの。今、お父さんが準備しているから、私と遊矢が代わりにね」

「あ、はい、わかりました。いきなりお電話したのに、わざわざありがとうございます。ご迷惑おかけしたみたいですいません。えーっと……」

「あ、私は柊柚子よ。よろしくね」

「はい、柊先輩ですね、はじめまして。比嘉昴です、よろしくお願いします。えっと、お父さんってことは、もしかして?」

「ええ、そうよ。遊勝塾は私のお父さんがやってるの」

「ついでにいうと、おれも柚子もここの塾生なんだ、よろしく。おれの名前は榊遊矢。比嘉って舞網第二中の1年だろ?おれ達は2年だから、いっこ上だね。学校でもこっちでもよろしくな」

「ほんとですか?はい、こちらこそよろしくお願いします、榊先輩。よかったです、僕、今まで普通の学校しか行ったこと無かったので、アカデミアみたいな学校行くの初めてだから心配だったんです」


アカデミア、という言葉に強烈な違和感を覚えた遊矢は、え?と柚子を見る。柚子は比嘉が普通の学校に行っていたという言葉に遊矢が反応したと思ったようで、とくに疑問を挟むことなくスルーしてしまう。遊矢の記憶が正しければ、舞網第二中学校は、どこにでもある普通の中学校である。デュエルモンスターズを学ぶには、デュエル塾や道場にいくしかない。学校に行きながらデュエルモンスターズが学べるのは、LDSのような私立の学校しかないはずなのだ。しかし、比嘉の口ぶりから察するに、舞網第二中学はまるで公立あるいは国立のLDSのように聞こえる。遊矢の反応に何を思ったのか、比嘉ははずかしそうに頬をかいた。柚子は笑う。


「心配しなくても大丈夫よ、比嘉くん。1年の時は普通の中学と変わらないし、デュエルモンスターズの基礎的なことしかやらないってパンフにあったでしょ?本格的なコースは2年からだしね」

「でも、その基礎的なことすら知らないんです……不安しかなくて」

「あー、うん、そうよね。そっか、普通の学校の子ってそんな感覚なんだ。舞網市には普通の学校ってないもんね……」

「おれたちの学校って普通じゃないっけ?」

「あたりまえみたいに感じちゃうけど、デュエルモンスターズも学べる学校ってやっぱりめずらしいんじゃない?一応、アカデミアの学校だしね。でもうちの学校はわりと比嘉君みたいに普通の学校から編入してくる子もいるから大丈夫よ。LDSよりはずっとゆるい感じだから、ちゃんと授業と実習受けてれば補修になることは無いはずだしね」


ちがう、と遊矢ははっきり思った。遊矢がいいたかったのは、それじゃない。デュエルモンスターズを学ばない普通の学校ではないのか、と確認したかったのに、柚子はそうとってくれなかった。明らかに前提条件が間違っている証だ。柚子や比嘉がしゃべっている言葉の意味がよくわからない。なにもかもが遊矢の知っている世界とは違う。まるで平行世界に迷い込んでしまったような錯覚に陥る。冷や汗がうかんでしまう。つばを飲み込んだ遊矢は柚子と目があった。こころの中のざわめきを悟られそうで、思わず言い返す。


「なんでこっち見るんだよ、柚子」


柚子はふふんと笑った。


「テスト前になって泣きついてくるのはどこのだれ?」


どうやら別の意味にとられたようだ。でも、テスト前の自習期間になるたびに柚子や権現坂を頼りにしていたのは事実なので、なにもいいかえせない。得意げな柚子に遊矢はくやしくなった。


「うぐ」

「あはは、お二人は仲いいんですね」


比嘉の言葉に、まーな、と遊矢は返した。面と向かってあらためて指摘されると恥ずかしいものがある。ちら、と柚子をみると、柚子も似たような心境のようで苦笑いと照れ笑いと恥ずかしさがない交ぜになった、あいまいな表情を浮かべていた。


「幼馴染だしなあ」

「幼馴染だしね。腐れ縁ってやつよ、ずっと一緒だもの」


ついて出るのは似たような言葉だ。ずっといっしょ、の言葉に胸を締め付けられるような感覚を覚えつつ、その原因もわからないまま遊矢はあたりを見渡した。いろいろと考えてしまいそうなのがこわかった。せめて考えるなら、家に帰ってからひとりになってからやりたい。わけのわからない事態になっているけれど、今はまだ、それを受け止めるには心の準備をする時間があまりにも足りなかった。今は、期待の後輩君を歓迎することに集中しよう、と今決めたのである。


「柚子、そろそろ比嘉を案内しよう。ずっとここにいてもあれだし」

「そうね。比嘉くん、ちょっとついてきてくれる?遊勝塾の中案内してあげるから」

「はい、わかりました、よろしくお願いします!」


比嘉は、柚子たちに連れられて遊勝塾に足を踏み入れた。遊矢は、遊勝塾のなかにも知らないものがあったらどうしよう、と不安だったので、ついつい気分が急いてしまう。はやく確かめたい。その衝動にかられるまま、先を急ぎたいが、今は比嘉がいる。遠慮気味に柚子と遊矢のうしろを歩いている比嘉の足取りが遅くていらいらしてしまい、気付けば困惑する比嘉の手を掴んであたりをひっぱりまわしていた。そんなに後輩ほしかったの?弟子はいらないのに?とからかい調子で指摘する柚子の言葉でようやく気付く始末である。はりきりすぎよ、とけらけら笑う柚子に、そんなんじゃないよ、と遊矢はバツが悪くなって肩をすくめた。さいわい比嘉は結構遊矢のガイドが楽しかったようなので結果オーライである。


さいわい、遊勝塾は遊矢の知っているお馴染みのデュエル塾であり、おおいに遊矢を安心させた。


ここはフリークライミングの会場ですか、とよく聞かれるアスレチック場。そこから臨めるのは、天気がいい日はマラソンすることもある一級河川沿いにある遊歩道。休憩所がわりの居間にはテレビや冷蔵庫が置かれ、事務室の先には応接間兼塾長の部屋があるが殆ど使われていない。ところどころに遊勝塾の創設者の写真が飾られている。そして、居間から事務室とは反対方向にいくと、アクションデュエルを行なう施設がある。ちょっとした体育館くらいの広さである。最後は座学のための教室。これは2階にある部屋のひとつである。



デュエル塾としては最低限の設備ではあるが、比嘉にとっては生まれて初めてのデュエル塾である。普通の学校しかしらない男の子には、じゅうぶん感動できるものがあったらしい。ひとつひとつに目を輝かせては、これはなんですか、あれはなんですか、って聞いてくるものだから、その気になった遊矢や柚子が説明しているうちに、最後の部屋につくには大分時間がかかってしまったのだった。


「やーっと来たか!二人とも、遅い!待ちくたびれたぞ!」

「ごめーん、お父さん!比嘉くんにデュエル塾の設備を教えてたら遅くなっちゃった!遊矢が結構気に入ったみたいなの、比嘉くんのこと!弟子はいらないのに、後輩はほしいんだってー。ね、遊矢」

「んなっ!?だから違うって言ってるだろ、柚子!おれはただ、早く案内してやろうと思っただけで……!

「ほらー、それがやる気まんまんなんじゃない」

「おお、そうなのか?遊矢。遊勝塾でも学校でも頼りになる先輩たちがいてよかったな、昴くん」

「はい、よかったです!」

「だーかーらー、違うっていってるだろ、ふたりとも!比嘉も、ちがうから!おれ、そういうつもりじゃないから!腕、ひっぱっちゃってごめんな?」

「いえ、気にしないでください。とっても楽しかったです」



比嘉はわらった。



いいやつだなあ、って遊矢は思った。



いつのまにか、懐かしさは消え失せていた。


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