REBOOT
「うわああああっ!?って、あれ?」

目を覚ませばひっくりかえった世界である。身体を起こせばベッドから落ちたとすぐわかる。毛布とシーツ、ついでに枕が巻き添えになって、とっ散らかっている。それを適当にもどしながら、ふあーっと大きく欠伸をした。目覚まし時計が鳴らなかったのは、今日が土曜日で、学校が休みだからだ。時計をみても遊勝塾がはじまるよりちょっと早い時間である。なんだか損した気分だった。あーもーと思いながら遊矢は頭をかいた。変な夢を見てしまった。目を乱暴にこすりながら、ゴーグルと一緒に置いてあるデッキケースを手に取り、カードをざっと見てみる。いつも使っているEM魔術師のデッキがそこにある。夢の中では知らないカードを普通に使っていたし、テキストも完全に把握している状態で回していた。なんだか不思議な感覚だった。デッキには時読みと星読み以外の魔術師はないし、エクストラデッキには竜魔人クイーンドラゴンなんてエクシーズのモンスター、あるわけがない。それなのに、なんだかぽっかりと穴があいたような、無性に寂しい気分になるのはなんでだろう?うーん、と考えていた遊矢だったが、ドアをノックする音に気付いて、あわててドアを開けた。

「おはよ、遊矢。もう起きてるなんてねえ、珍しいこともあるじゃない。起きてるなら返事しなさいよ」

「あーうん、おはよ。ごめん、ちょっと考えごとしてて。それよりなに?母さん」

「さっき柚子ちゃんから電話があったわよ。遊勝塾にすぐ来てほしいって」

「えっ、今から?」

「そうそう、今から。ご飯はもうできてるから、ちゃっちゃと食べちゃいなさい」

「えっ、急になんだよ、柚子のやつ。昨日はそんなこと何も……」

「ほらほら、ぼやぼやしないで行きなさい」

「え、あ、ちょ、母さん!?」

部屋から引っ張り出される形でリビングにやってきた遊矢は、もう朝食の準備ができていることに驚きを隠せない。学校がない日は遊矢に合わせて榊家ではちょっと遅めのブランチが定番なのだ。ちょっと豪華な朝ごはんが楽しみの遊矢が、さすがに学校がある日と同じ時間なのに同じレベルの朝食ができているとなると勘繰りたくもなる。思えば妙にご機嫌な洋子である。なにかの記念日だったとか、いいことでもあったとか、なにかあればすぐに遊矢に教えてくれるはずなのに、その気配もない。疑問符を飛ばしながら遊矢は席に着いた。いただきます。そのあとは急かされるように朝の支度をして、大急ぎで遊勝塾に向かったのだった。

「おはよう、遊矢!待ってたぞ!男手が足りなくて困ってたんだ、ちょっと来てくれ!」

入り口で待っていた塾長に捕まった遊矢は、アクションデュエルの会場ではなく座学の部屋に通された。そこでは柚子や事務のお姉さんがすでに掃除を始めていた。スクリーンは片づけられてケースに入れられ、椅子やテーブルもひとつにまとめられている。それを隣の部屋に運んでくれとお願いされ、遊矢はわけがわからないまま手伝うはめになってしまった。柚子たちは掃除機をかけたり、水拭きをしたり忙しそうだ。遊矢も大きな長テーブルと付属の長い椅子を隣の部屋から持ってくるのに手いっぱいで、なかなか聞けないまま時間が過ぎる。ようやく手伝いから解放され、突っ伏していたら冷たい衝撃が右頬を掠めた。おわっと驚いて顔をあげると、ジュースといろんなものが入ったかごを持っている柚子がいた。いたずらが成功した顔で笑う柚子に抗議すると、ごめんごめん、といいながら向かいの椅子に座った。その手には同じジュースがある。のどがカラカラだった遊矢は一気に飲み干した。

「手伝ってくれてありがとね、遊矢」

「それはいいけどさ、柚子。今日ってなんかあったっけ?こんなブースまで作っちゃって。おれ、なんにも聞いてないんだけど」

「あーうん、ごめん。これから説明するわ。その前にこれ広げるの手伝ってくれない?」

かごから取り出されたのは、今懐かしのデュエルモンスターズのデュエルマットである。デュエルディスクが普及する前、デュエリストたちがゲームをプレイするのに重宝したマットのことだ。昔はこれをテーブルにひき、対戦相手同士で向かい合ってデュエルをしたのだ。あーうん、と受け取ったそれをテーブル一杯に広げると、ちょうどぴったりだ。柚子は向かい合わせになるように、電卓とダメージ計算用の筆記用具とメモをおく。遊矢たちがデュエルディスクを買ってもらうまえまでよく見た光景である。なっつかしいなあ、とつぶやいた遊矢に、柚子はでしょと笑った。

「お父さん、準備できたわよー」

柚子の呼びかけに、大きなトランクを抱えた塾長がやってくる。

「おう、柚子も遊矢もありがとな!いやー助かった助かった!さあ、これで準備は万端だ!これで一安心!」

「だからー、なにが始まるんだよ、じゅくちょー」

「そうだ、すっかり忘れてた!聞いてくれ、遊矢!我が遊勝塾に新しい塾生が来るんだ!名前は比嘉昴君。1週間前に舞網市に引っ越してきたらしいんだ。舞網市がアクションデュエルの本場だから、是非ともやってみたいんだそうだ。次の月曜日から遊矢たちと同じ中学の1年に転校するらしいから、仲良くしてやってくれ」

「へー、そうなんだ。よかったじゃん、塾長。それにしてもペンデュラム召喚じゃなくて、アクションデュエルがやりたいなんて、なんか久しぶりだなあ」

「そうよね、私も初めて聞いた時驚いちゃった」

「比嘉昴かあ。へへっ、遊勝塾がアクションデュエルの本家だってよくわかってるじゃん。あ、そっか、だからおれを呼んだんだ、塾長?その熱いご要望にお応えして、本家本元のアクションデュエルをその後輩君にお見せいたしましょう!」

「それだけだったらこんな準備しないわよ、遊矢」

「あ、そっか。なんでこんなことしてんの?柚子」

「それがね、比嘉くんって今まで一度もデュエルモンスターズをしたことないんだって。ルールもわからない、ほんとのほんとの初心者なの。だから、ルールを教えてあげようってわけ。ほら、お父さんの講義って初心者向けじゃない?ルールを覚えるならプロデュエリストの経験がある人の教えてもらった方が早く身につくから教えてほしいって言われたんですって。おかげでお父さん張り切っちゃって」

「いやあ、はっはっは。デュエリストのタマゴである昴くんには、一からデュエルモンスターズについて教えてあげようと思ってな!デュエルモンスターズは見たことしかない、デュエルディスクもデッキも持ってない、ほんとうの初心者の男の子だ。遊矢も柚子もしっかり教えてあげるんだぞ!」

「はーい」

「うん、わかった。わかったけどさ、え、ほんとに?ほんとに今まで1度もデュエルモンスターズしたことないの?デッキももってないとか、なにか病気でもしてたのか?」

「あ、それは私も思った。もし病気とかだったら、アクションデュエルってできないんじゃない?大丈夫なの?」

「それについては大丈夫だぞ、二人とも。なんでも前住んでたところがあんまりデュエルモンスターズが流行ってないとこだったらしいぞ。片道3時間の街にでないと取り扱うショップもろくにない田舎だったとか」

「えー、でもデッキくらいもてるだろ、それなら」

「言われてみればそうかも?」

「まあ、比嘉くんのおうちが厳しいっていうのもあるんだろうな。12歳になって、やっとデュエルモンスターズをしてもいいって言われたみたいだから」

「へー、大変だなあ」

「え、そうなの?じゃあ、おうちの人のOK貰わないでいきなりデュエルディスクとかデッキとか、買っても大丈夫なの?結構お金かからない?」

「いや、それは心配いらないよ。おうちの人からOKはもらってるからな。うちに入れてほしいって電話をしてきたのは昴君だが、ここを教えたのはお母さんだ」

「えっ、反対してたのに?」

「へー、そうなんだ。すげーじゃん。よっぽど頑張って説得したんだ。よっぽどデュエルモンスターズやりたかったんだろーなあ」

「お父さんがプロデュエリストで、初心者向けの講座をしてるっておうちの人から聞いたってことよね。それならほんとにすごいよね、調べてくれたってことでしょ?」

「比嘉のやりたいって気持ちをおうちの人が認めてくれたってことだろ?それなら、おれ達もがんばっておしえてやらないとなー。ところで、塾長、比嘉はいつくる?」

「そうだな、お、もうこんな時間か。ふたりとも、昴君を迎えに行って、軽く塾の中を案内してやってくれ。そのあとここに連れてきてくれないか、今日はデュエルモンスターズの基本的なルールについて教えてあげるつもりなんだ。俺は準備があるから、あとはよろしく!」

「はーい、わかったわ。じゃあ行きましょ、遊矢」

「うん、いこう!」



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