If Story

▽ 2


試験を終えて自宅に着いたという葵は、まともに昼食をとらず眠ってしまったと自宅の使用人から連絡が入った。彼には葵の様子を逐一報告させている。

元々食は細いほうだからそれほど気にしていなかったが、そろそろ危ない域に入りかけていることは間違いない。

「ニック、今日は早く帰りたい」

午後の予定をできるだけ調整するよう命じれば、ニコラスはまた驚いた顔をしてみせた。端正な顔立ちがぴくりと歪む。

「違うよ、そうじゃない。葵がまだ何も食べないっていうから、ね」

葵をさらに抱き潰そうとしているわけではないと告げれば、律儀な秘書は自分の無礼な態度を詫びてきた。優秀な彼をこんなことで叱ることはしない。馨はすぐに顔を上げさせ、葵が気に入りそうな甘味を用意することも指示してやった。

ニコラスの計らいで、馨が自宅に戻れたのはまだ日の沈む前の時間。だが葵は馨を迎えにはやってこなかった。

「まだお休みになられています」
「そう、長いね。一度も起きてないの?」

頷く使用人に、やはり早く手を打たねばと、馨は思う。このまま葵を放置すれば、自然に回復するどころか、ますます衰弱していくことは既に経験している。

使用人には葵への食事を用意するよう命じ、子供部屋に向かおうとすると思わぬことを告げられた。

「馨様のお部屋にいらっしゃいます」
「そうなんだ、寂しかったのかな」

葵が何を考えてそんな行動を取ったのかわからないが、それでも馨の機嫌を良くさせる。

葵から馨にべったりと甘えたり、媚を売るような行動を取ることはない。それは馨の好みではないし、葵自身、馨に愛されたいと願いながらもどこかで強い怯えがあるからだ。だから馨不在の中、温もりを求めるようにベッドに潜り込むなんて行動は慎ましくて可愛らしいと感じる。

二人で眠るにも十分すぎるほどの広さのベッドで、葵は今にも落ちそうなほどのぎりぎりの端で眠っていた。クッションの一つを胸に抱き、静かに寝息を立てている。

スツールをベッド脇に寄せ腰を下ろして葵の寝顔を見つめていると、しばらくして控えめなノックと共に使用人が現れた。彼が手にするトレイには、馨が命じた通り、葵のための食事が乗せられていた。

「葵、起きなさい」

寝不足にさせた自覚はあるが、とはいえ過度な睡眠をとらせ続けるのも体に毒である。馨が名を呼び、頬に触れると、葵は数度身じろぎをしたあと瞼を開いた。

もう馨が帰宅するほどの夜更けだと思ったのだろう。窓の奥に広がる茜色の空を視界に捉えた葵は、どちらが正解の時刻なのかと困惑したように馨を見つめてきた。

「また何も食べなかったんだって?」

その一言で、馨が自分のために早く帰宅したと理解したようだ。葵の唇が開きかけるが、何の言葉も発さずにまた閉じられる。言い訳も謝罪も、馨の許可なしでは話すことが出来ない。

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