If Story

▽ side馨


さすがにやりすぎたとは思う。本当なら日曜で帰るはずだったというのに、葵と一瞬でも離れるのが嫌になって、ついもう一泊してしまった。

結局、秘書が用意した葵の分の着替えは一度も袖を通されることがなく、新たに運び込ませた制服を着て葵は登校していった。体力のない葵を相手に大人気ない真似をしたことは反省しているが、後悔はしていない。

「いい週末だった」
「……それは何よりです」

一瞬間を置いての回答で、それが彼、ニコラスの本音ではないことが分かる。

馨の思考をある程度先読みできるようになった彼でさえ、三泊するとは思いもよらなかったようだ。馨が昨日さらなる延泊を命じた時は、珍しく驚いた顔をしていた。引いていた、という表現のほうが正しいかもしれない。

本当なら馨は今日も葵を登校させたくなどなかった。もう少しだけ休日の余韻に浸っていたかったのだ。

でも今日は朝から柾も交えた大事な会議があるというニコラスの説得に応じ、渋々葵を手放した。どうせ試験も受けさせねばならなかった。あのふらついた体でまともに受験できるわけもないと思ったが、致し方ない。

出社して早々柾と顔を合わせるなり、これ見よがしにホテルのロゴが入った紙ナプキンでコーヒーを飲む口元を拭ってやれば、彼はまるでおぞましい化け物でも見るかのような目でこちらを睨みつけてきた。

きちんと登校はさせたと告げてやれば幾分落ち着きはしたものの、あの夜から今朝までずっとホテルに篭っていたことには相当怒り心頭の様子であった。

葵をどうしようと馨の勝手だというのに、父は物分かりが悪い。

「今すぐ葵を引き取ってもいい。分かるな?」
「私と引き離したら、葵は壊れますよ。ご存知でしょう?」

脅しには脅しで応じてやる。

柾の手により、幼い葵は一度強引に藤沢家の本邸に連れて行かれたことがある。その結果どうなったか、柾はよく覚えているはずだ。だから彼は散々文句を言いつつも、葵との生活を認めている。

「今は壊れていないとでもいうのか?」

柾の問い掛けに、馨は確かに、と納得させられた。

今の葵は馨の望み通りいい子にはしているものの、まともに食事が摂れないほどに疲弊している。今朝ベッドで目覚めた時には、自力で起き上がることもままならなかった。本物の人形のようで、それすら馨の目には可愛く映るのだが、壊れかけているという表現が似合う気がした。

「普通の生活を送れば、多少時間は掛かろうとも、それらしくはなるだろう」
「私たちにはこれが“普通”の生活です」

柾の発言を拒絶すれば、彼は苦々しい顔をしながらも去っていった。これで諦めるわけもない。それどころか、ますます躍起になって葵を立派な藤沢家の一員に仕立て上げようとするだろう。

でもそうはさせない。葵はずっと馨の元で愛されていればいい。

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