If Story

▽ 3


馨の言う通り、葵は人形のように可愛らしいとは思う。少年ではあるが、あの顔と体つきではドレスもさぞ似合うだろう。だからといって、父親に犯されるだけでなく、結婚の真似事までさせられるとは。

そして日本に呼び戻した以上、柾がそんな戯れを簡単に許すとも思えない。誕生日会とは名ばかりで、葵を正式に表舞台に立たせるきっかけとして柾がその日に狙いを定めたことぐらいは読める。

元々親子仲は良くなかったが、日本で顔を合わす機会が増えてから、二人の関係はより険悪になっていた。問題の中心は葵であり、一番に被害を被っているのもおそらく……。

葵にちらりと視線をやると、窓辺に垂れ下がる紐に手を伸ばそうとしているのが見えた。どうやらブラインドを開けたいらしい。だが腰が立たないのか、上半身だけで伸びをする葵の手ではあと一歩、届かない。

「ニコ」

見かねて手助けしてやれば、小さく名を呼ばれる。馨の耳に入らない程度の声量。

五年も馨の秘書をやっていれば、葵と接する機会もそれなりにある。だから彼がニコラスを、どこか親しみを込めて呼ぶのは必然かもしれない。

一人で出歩くことも出来ない葵が接する人間などごくわずか。限られた環境の中で、どうにか孤独を癒したいのだろう。

だが、馨に仕えている以上、ニコラスは葵の期待に応えるわけにはいかない。それに嫉妬深い馨のことだ。ニコラスが構えば、手酷く仕置きをされて辛い思いをするのは葵のほう。

だから無言で葵から離れると、彼は諦めたように一度目を伏せ、そして窓の外を見上げだした。

葵はよくああして窓の外を眺めている。ニコラスにはその姿が籠の中の小鳥のように見える時がある。この世に生を受けた時から馨に羽をもがれ、檻に閉じ込められた無力な小鳥。

「では、何かございましたらご連絡ください」
「うん、じゃあねニック」

回収した荷物を手に馨に頭を下げれば、窓辺の葵がこちらに視線を送ってくる。

“ニコ”

彼の唇が音もなくニコラスを呼ぶのが分かる。行かないで欲しいのだろう。ニコラスがこの場にいる間は、馨に犯されずに済むとでも考えているのかもしれない。

でもその願いに気付かないフリをする。そうするしかないのだ。助けてやることなど出来ない。

扉を閉め、エレベーターに乗り込んだニコラスは重たい息を吐き出した。あの部屋の甘ったるい香りが身体中に染み込んだ気がする。あれは葵の香りでもあった。

“ニコ”

香りと同じくらい、甘い声が耳に残っている。こちらを真っ直ぐに見つめてくるあの蜂蜜のような色をした瞳も、瞼を伏せれば簡単に蘇る。

葵の願いを汲んでやることなど有り得ないというのに、期待するなと突き放すこともまたニコラスには出来そうもなかった。

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