If Story

▽ 2


「葵、薔薇の花びら気に入ったみたい」
「それは何よりです」

直接的ではないが、準備をしたニコラスを労う言葉だ。軽く頭を下げ、部屋の乱れを最低限整える作業を開始した。

散らばった衣服をかき集めてクリーニングに出すための袋にまとめ、ガラスに飛んだどちらのものとも分からぬ精液を拭き取る。大企業に就職できた時には、まさか数年後の自分がこんなことをさせられる羽目になるとは思いもよらなかった。

「準備がいいね、ニック。君のポケットには他に何が入ってるの?」

空のボトルを回収し、新たなものを取り出せば、それを目ざとく見つけた馨から声が掛かる。

「いえ、他には。何かご所望の物がございましたら、ご用意いたします」
「言ったら何でもすぐにそのポケットから出てきそうだけどね」

馨からの最上級の褒め言葉に近い。やはり葵を堪能出来て相当ご機嫌なようだ。柾と会った後はいつも荒れ狂う彼だが、葵が全て受け止め、癒してくれたのだろう。

ホテルのスタッフが運んできた二人分の朝食は、ニコラスが受け取り室内に運んだ。いくら部屋中に残っていたあからさまな痕跡は消したとは言え、ソファの上で絡んだままの二人の姿を晒したら全てが台無しになる。

「葵?何から食べる?」

どうやら馨は自らの手で葵に食事を与えたいらしい。トレイの上のサラダやスープ、パンなど一つずつ指差して確認していく姿は、子の面倒を見る父親らしい。だが、葵はその全てに首を振って拒んでしまう。従順なはずの葵が拒絶するからには、本当に何も口に出来ない状態なのだろう。

「そう、ならまた後でね。少し休んでいなさい」

馨は気を悪くすることなく、葵を窓辺のソファベンチに運んでやり、自らの食事を始めていく。もう一泊楽しむために今葵に無理をさせることは選ばなかったようだ。

「そういえば、柾が葵の誕生日会をやる気らしいけど、何か聞いてた?」

ナイフとフォークを扱う仕草すら優雅で目を奪われる。思わず馨の手元を見つめていたニコラスに、不意に質問が投げかけられた。

「いえ、私は何も。葵様の誕生日はすでにご予定がありますが、会長はどうされるおつもりなのでしょう」
「ほんとにね。自分勝手で嫌になるよ」

葵の十六の誕生日に馨が何を計画しているか。それを初めて打ち明けられた時はさすがに免疫のついてきたニコラスでも耳を疑った。

馨が求めるデザインのドレスはすでに二着制作が進行しているし、ドレスに合わせたティアラまで用意している。もちろん、婚姻の証である指輪も。

あくまで結婚式ごっこ、ではあるが、豪勢に金を遣い息子との愛を誓い合うなんてどうかしている。決して口には出せない本音を、ニコラスは心の中だけでぼやいてみせた。

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