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   パイパーと別れた後、カナエは高鳴る胸を押さえながら食堂に足を運んだ。


 ヴァネッサら友達のグループを見つけた途端、皆が口笛を吹いたり「おめでとう!」と言ってきたりした。



 「遂にサクライさんにも彼氏ができるんですね」


 シルビアは丸眼鏡をずいっと上に上げて、物欲しそうな目で見てくる。


 「そいつの名前は?」


 テーブルの上で足を組んだヘルマンが巻き毛をかきむしりながら、少し不服げに唇を窄めた。



 「あの、皆何か勘違いしてない?私たちまだ付き合ってないんだけど」

 
 
 カナエが肩を竦めると、ヴァネッサが怪訝そうに聞いてくる。



 「え、まだ付き合ってないの?」
 

 「うん」


 まだ友人に彼氏がいないと聞いて、シルビアは明らかにほっとしているようだ。ヘルマンも足を下ろして、安心したように大きく伸びをした。


 そう、このグループはヴァネッサ以外誰も付き合っている人がいない。だから三人で密かに独身フレンズという同盟を組んでいるのだ。

 

 「もしなんか進展があったらいつでも教えて!アドバイスするからさ!」


 ヴァネッサは明るくそう言って、グッと親指を立てた。


 親友になら悩みなど何だって相談できる、長年ヴァネッサと一緒にいたカナエにも分かる。



 「そうするよ」


 「とりあえず飯食おうぜ、俺らずっとお前を待ってたんだ。ハンバーグでいいな?」




 「あ、うん。ありがとう」


 ヘルマンは私たちの友達の輪の中で、兄貴役を務めている。

 
 安らかな音色を奏でるシルビアのクラリネットと違い、トランペットを吹くのも野性に溢れてとても力強く、息の大きさも自由に変えれる凄い人だ。



 ヘルマンが腕を挙げて大声でコックに叫んだ。


 「ハンバーグを四つ頼む!」


 「はいはい!いちいちそんなでっけえ声で言ってくるな」


 厨房からコックのおばさんのイライラした返事が返ってくる。






 
 夕方に家に帰ると、母がカナエを見るなりにやっと微笑んだ。


 「そのバイオリン、パイパーさんから送られてきたものでしょう?」


 「ええ、そうだけど...何で母さんが知ってるの?」



 不可解に首を傾げるカナエにアルマが説明する。


 「当たり前じゃない、今凄く話題になってるのよ!」



 アルマは新聞の夕刊を開き、娯楽ページのど真ん中に自分とパイパーさんの写真が載ってあるのを見て、カナエは顎が取れそうなほど呆然と口を開けた。



 「...は?」



 どの角度から撮られたのか分からないが、確かに自分とパイパーさんが仲良く草の上に座っている写真だ。



 そして記事のタイトルがこう綴っている。


 『かの有名なサクライ家の麗しい次女、ドイツ親衛隊の華、ヨアヒム・パイパーが急接近!』


 さらに下に目を通すと、『日本人は凄い!』『ドイツの少女万人の夢は砕けた』などと書かれている。



 確かに写真ではお互い和かに微笑んでるし、事情を知らない人から見たらカップルと間違っても仕方がない。



 これ以上読むのも気が暮れてカナエは目を閉じた。横でアルマが目をキラキラ輝かせながら言った。


 「パイパーさん、実は物凄い数の女の子のファンがついてるのよ」


 「それは知らなかった」



 あー、これで私は全ドイツの女の子を敵に回したってわけか。外に出るのが怖い。



 「ああ、良かったわ。カナエはてっきり男の子に興味ないのかと思った。結婚すると言ったら問答無用で許可するからね!」


 母が心の底から嬉しそうな表情を浮かべているので、カナエもそれに付き合って笑った。


 「おじいちゃんおばあちゃんもすっごく喜んでいるに違いないわ」


 「...そう」


 母がナチ党員になることをずっと拒んでいるせいで、最近サクライ家と祖父母の関係がますます悪化する一方だった。




 夜になると父も渋い表情で帰ってきて、一言カナエに「良かったな」と伝えて、自分の部屋に篭ってしまった。



 広い風呂場で、カナエはシャワーの後に少し温かい湯に浸かった。一人になったせいか、カナエは自然と今日の出来事を振り返った。



 自分より二つ年上の、顔立ちが初々しいパイパーさん。カナエはその顔だけじゃなく、彼の品の良い、優しい雰囲気に惹かれる所があった。


 思い出すだけでまた胸が熱くなってくる。カナエはそれを享受するかのように、独りでに大きく微笑んだ。



 でも、親衛隊の華と呼ばれるほど人気が高い人が、こんな私と付き合ってくれるかしら。



 「いや」


 耳の中で一つの声が聞こえてくる。その声は凄く意地が悪くて、甲高かった。


 「あんたなんかより、パイパーさんは同じようなアーリア人の女が良いに決まってる」



 「そんな...」


 カナエは思わず声に出して嘆いた。認めたくないけど、心の声の言う通りだわ。


 現にドイツではアーリア人同士の結婚を認めているし、民族が違えば一緒になる確率もゼロに近いだろう。だから父と母の結婚は凄いと思った。

 

 この想いが叶わなくても、彼がくれたバイオリンは一生大切に使うとカナエは胸の中で誓った。





 風呂場から出ると、珍しく姉がいた。カナエを見て今度こそ本当に嫌悪に満ちた目つきになった。


 「やあ、親衛隊の女。気分はどう?」


 これを聞いてカナエは不快を感じて眉を顰めた。


 「親衛隊の女じゃないわ」



 「ふん、あんたも成り下がったもんだな」


 カナエの弁解を聞かず、続け様にランが噛みつくような口調で妹に言った。



 「あんたでその人と釣りあったら、世間は終わりだよな」



 どうして姉はこんなにも自分への扱いが悪いのか。カナエは反撃した。



 「彼と知り合ってまだ1日しかないわ!」



 「ほぉ、『彼』とはね。1日にしては随分仲がいいんじゃないの?」


 姉の言葉が、冷たい刃となってカナエの心を抉っていった。


 カナエの細い体が小刻みに震え出しているのに気付いて、ランはさらなる追い討ちを仕掛けた。



 「認めなさいよ、あんたは無理だって」


 これを聞いてカナエは頭を上げ、キッと鋭くランを睨みつけた。


 
 その瞳にある、激しく荒ぶる、津波のような暗い青海に白い牙を剥くような波が押し寄せてくるのが見えるようだ。



 妹が怒る前兆だ。だが疲れたランにはもうこれ以上喧嘩する気力が残ってなかった。



 「ま、考えりゃいいさ。私としては助言しただけよ」


 カナエを押し除けてランは風呂場に入って行った。


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