青天の霹靂、その後









「で…なんだ、話というのは」


キアラン城のすぐ裏の城壁で、ラスが腕組みしながら呟く。
その横に困り果てた顔で頭を掻いているのはウィルだ。


「あー…その、なんていうか…」


ウィルにしては珍しく言いあぐねている。よほど言いにくいことを相談したいらしい。


「フロリーナのことか?」

「ッ!!」


一瞬で赤く染め、口をパクパク開閉する様は阿呆のようだ。

まぁこの悩みなど無さそうな村人その3の悩み事など、フロリーナに関することぐらいだろう。

ネルガルとの戦いの後、二人の関係は公認のものとなっている。

そんなウィルが物凄く言いづらそうに、視線を逃しながらごにょごにょと呟いた。


「…その…、ラスはさ……リ、リンディス様とどこまでいった…?」

「…………………………帰る」

「わ──────!!ごめん!!聞かないから聞いて!!帰らないで!!」


ラスの袖を掴みながら必死に引き留めるウィルに溜め息をついて、ラスは城壁にもたれ掛かった。

何となく察しはついているが…


「言ってみろ」

「…………どこまで手ぇ出していいのか分かんねぇ」

「………」


確か、フロリーナは男性恐怖症だったか。
そういえば彼女がウィル以外の男と親しく話している姿など見たことがないし、そこそこ長い付き合いの自分でも関わったことなど数える程度だ。

もしも彼女が自分と恋仲だったと仮定すると…


「……男としてはやり辛いことこの上ないな」


どこか遠い目をして言うラスに、ウィルは右手で顔を覆いながら激しく頷いている。


「しかもフロリーナが男嫌いになった理由がさ…イリアに住んでた頃、襲ってきた山賊に乱暴されたみたいで」


リンにその話を聞かされた時の事を思い出して、また腸が煮えくりかえりそうになる。

フィオーラは既に天馬騎士として家を出ており、ファリナもたまたま不在だった時に、山から降りてきた山賊共が、まだ幼さの残るフロリーナに性的な嫌がらせをしたらしい。


「ウィル、落ち着け。…殺気が出てるぞ」

「…悪い」


なるほど。そんな過去を持つ少女を攻略するのは確かに難しそうだ。

大きく息を吐き出して殺気を抑えると、ウィルは自分の手をぼんやりと眺めた。


「最近、抑えられなくなってきて」

「…何が」

「…ラスなら分かってんだろ…」

「触りたいのか」

「………」


無言は肯定ととっていいだろう。顔を見れば尚更だ。

ウィルとフロリーナが通じ合ったのはラスとリンよりも前だったから…相当長い期間、ウィルは男なら当然持つであろう願望を理性で抑え込んでいるということになる。

だが、それもそろそろ限界ということか。


「実際、お前たちはどうなんだ。さっきのお前ではないが…どこまで進んでいる?」

「どこまでって…」


ウィルがまだ赤い頬をポリポリと掻きながら思案する。


「…えー……と、……キ……キスまで…?」

「…意外だ」


あのフロリーナが相手では、それすらもまだかと思っていた。

ラスの言葉を聞いて、ウィルが盛大に溜め息をつく。


「キスまで…って言ってもいいのか…」

「どういうことだ?」

「うーん…こないだ皆で忘年会しただろ?」














忘年会


ということで、その日ばかりはキアラン城の料理番が腕をふるい、見事な料理の数々がテーブルに所狭しと並べられた。
当然、料理の数に比例するように酒の類も過去に見ないほど用意されている。


『いやーたまにはいいですね、こういうのも!』


既に出来上がっているセインが女中たちにさっそく声を掛けまくっている。


『セイン、貴様いい加減に…!』

『いいじゃないケント。せっかく楽しい席なんだし。…もう少し見境がなくなったら、その時は頼むわね。鉄の剣なら使用を許すわ』

『はっ』


そんな会話から始まり、皆が笑顔で語らいながら夜が更けていく。
そして宴もたけなわに差し掛かった頃、不意にリンがキョロキョロと辺りを見回し始めた。


『あ。…あーあ、もう、フロリーナったら』


意外と酒乱なフロリーナはというと、部屋の隅で膝を抱えながらスヤスヤと眠りに落ちていた。
このままでは風邪をひいてしまう。


『ほら、フロリーナ。部屋に戻りましょう?』

『………………』

『…え…?……………………………っ…ウィル!!』


急に大声で呼ばれ、慌てて駆け寄ると、何故かリンにギロリと睨まれた。


『な、何か…?』

『フロリーナを部屋に連れて行って』

『え』

『命令よ!』

『はっはい!!』


それだけ言うと、リンはプリプリしながらラスの所へと行ってしまった。


『何なんだ…?』


リンの怒りの原因には皆目見当もつかなかったが、取り敢えず命令を果たすことにする。

まったく、公衆の面前でこんな無防備な姿を晒す恋人に、後で一言でも言っておくべきなんだろうか…

溜め息をつきながらヒョイとフロリーナを抱きかかえ、騒がしい宴会の場を後にした。












「あぁ…あれか」

「あれ?」


無言でウィルの話を聴いていたラスが、目を細めて呟いた。


「あの時リンが言っていた。『フロリーナをウィルに取られた』と」

「はぁ?」

「寝言でお前を呼んだそうだ」

「…………」

「…続きを話せ」













フロリーナの部屋に入り、ベッドに寝かせて閉じられた目にかかっていた薄紫の綺麗な髪を優しく払う。


『フー…』


宴会場に戻ってもいいが、今戻ったら酒が入って元々壊れているテンションがさらに崩壊しているワレスに捕まりそうだ。

フロリーナのベッドの端に腰掛け、恋人のあどけない寝顔を何となく見つめてみる。
窓から差し込む月明かりに照らされて、眠るフロリーナがやけに幻想的に見えた。

そうか、今日は満月か


『ん?』


ひどく静かな部屋に微かに聞こえてくる宴会場の喧騒に耳を傾けていると、クイと服を引かれた。


『…ウィルさん…?』

『よう』


優しく笑んでみせると、フロリーナも嬉しそうに微笑んだ。
まだ酔いが醒めきっていないのか、少し気だるげな、いつもと雰囲気の違うフロリーナにドキリとする。


『…み、水飲むか?』


ザワッと何かいけない感情が芽生えたような内心に気付かないフリをして、部屋に備え付けられている水道に行こうとすると


『や…っ…』

『!?』


すがりつくように手を伸ばしてきたフロリーナが、ウィルの腕を抱き込むようにして捕まえる。
立ち上がりかけていたから、バランスを崩して再びベッドに腰掛ける形になってしまった。


『フ、フロリーナ…?』


ウィルが座り直したのを見て、フロリーナが安心したように笑んだ。
そのまましなだれかかるように身を寄せてきたフロリーナに、ウィルの目が見開かれる。

普段のフロリーナからは想像もつかないような行動に、ウィルの脳内には激しく警鐘が鳴り響いていた。


『ちょっ……待てフロリーナ…、駄目だって……!』


ぐいぐい来るフロリーナに焦って体を引くが、彼女の小さな手がしっかりと背に回されていて身動きが取れない。
彼女の髪から香るいい匂いに頭がクラクラする。

胸に当たっている柔らかな感触を気にするなという方が無理だろう。


(そういえばフロリーナは顔に似合わず意外とあるってセーラが言っ………………何考えてんだおれは!!)


正直、今の顔は誰にも見られたくない。


どう対応していいか分からずに途方に暮れていると、フロリーナが動いた。

大きな瞳で不思議そうにウィルを見つめたかと思うと、ウィルの右手を取り、ゆっくりと持ち上げて




自分の頭に、ポンと乗せた。





『…………撫でろ、って?』


言いながらサラリと髪を梳くように撫でると、フロリーナがあまりにも幸せそうな顔をするから


『もー………お前はほんっと…』


顔を伏せながら呻くと、フロリーナが不安そうにこちらを窺ってくる。
その様をチラリと見ながら、ポツリと呟いた。


『…かわいい』

『!!』


ボンッと音がしたかと思うくらいに、フロリーナが真っ赤になって俯いた。
こっちだって翻弄されたんだから、これくらいの仕返しくらいしてやったっていいだろう。

クックッと笑いながら、ふと視線をフロリーナに向ける。

その赤く染まる頬が、とても柔らかそうだなんて考えが頭を掠めて

気がついたら、頭を撫でていたその手を彼女の頬に滑らせていた。


(うわ…)


初めて触ったその頬は、今まで触った何よりも柔らかくて、スベスベしていて、何とも心地良いものだった。
驚いて顔を上げるフロリーナの澄んだ瞳と目が合い、抑えていたザワつきが一気に膨れあがる。コレはまずい。




でも、もう




『…フロリーナ…』


空いていた手も使って、フロリーナの両頬を挟み込む。
突然の展開にオロオロしだしたフロリーナが、懸命に俯こうとするが許さない。


ゆっくりと顔を近づけ…その柔らかい唇に自分のそれを重ね合わせた。


フロリーナの身体がビクリと跳ね上がる。

キツく閉じられた眼と真っ赤な顔を盗み見ながら、一瞬離した唇をさっきよりも深く口づけた。

これ以上は駄目だと思いつつも、か細く震える唇の柔らかい感触からは、如何せん離れがた…




『……ぁ……っん……』





そんな声、出されて






ここで止まれる男がいたらそいつは男じゃない。









何か別の生き物だ。












頑張って、頑張って耐えてきた理性がついに切れそうになる。
いや、切れたのかもしれない。


もう駄目だ。むしろおれはよく耐えた方だと思う。
フロリーナがかわいすぎるのが悪い。

そんな勝手な考えで、次の瞬間にはフロリーナに覆い被さるようにして押し倒していた。


『フロリーナ…!』


ゆっくりと顔を近づけたところで…不意にリンの言葉が脳裏に浮かんだ。
















─フロリーナはね、昔山賊に襲われたの





─女の子が何の抵抗も出来ず、ただ力任せに乱暴される恐怖…あなたに分かる?





─お願いよ、ウィル。あの子のこと…大事にしてあげてね














『…っ…!』


ほとんど消えかけていた全理性を総動員して、何とか踏みとどまる。

フロリーナの顔の横に手をついて、無理矢理視線を彼女から引き剥がした。


(…何やってんだよ、おれ…!)










こんなの、これじゃぁ










フロリーナを襲った山賊と同じじゃないか














『ごめんフロリーナ!おれ、』


完全に我に返ってフロリーナに眼を向けると


『…フロ……リー…、ナ…』





すやすやと小さな寝息を立てている愛しい恋人がいた。













「…………」

「で、起きた時には」

「何も覚えていなかった…か?」


ご名答。

溜め息と共に呟いたウィルには、正直ご愁傷様と言わざるを得ない。


「フロリーナが完璧に忘れてるもんだからさ、おれもあの夜の事は夢だったんじゃないかと思えてきて…」

「描写がリアルすぎる。夢だったならお前の………想像力が怖い。恐らく現実だろう」

「今妄想力って言いかけたろ」


ジロッと半眼で見やるが、ラスはどこ吹く風だ。



兎にも角にも



ようやく発展したと思ったのに、この結果である。

この煩悩の矛先を、恋人には向けるに向けられず、ウィルは何度目か知れない溜め息をついた。

そんなウィルを見て、ラスがポツリと呟く。


「言ってみたらどうだ」

「え?」

「今お前が思っている事を」


ラスの言葉に開いた口が塞がらない。


「え…おれがフロリーナに手ぇ出したいって思ってること?言うの?本人に?」

「勿論オブラートには包め」


まさかのアドバイスに、ウィルが分かりやすく狼狽える。


「人間、先のことが分からないということに不安や恐怖を抱くものだ。何も言わないまま本能に任せて事を運ぶよりも、予め伝えておいた方が相手のためにもいい」


ラスがこんなにも饒舌になるのは珍しい。
それだけ親身になってくれているのが有り難くなるのと同時に、やけに説得力のある教えに少し引っ掛かった。


「…もしかして、ラスもリンディス様に」

「それ以上余計な口をきいたら射る」


サカの民は嘘は吐かない。

肩を竦めて素直に口を閉じると、再びラスが話し始めた。


「フロリーナももう子どもじゃないんだ。ましてお前たちは恋人同士なのだから、そういう行為に及んでも問題は無いだろう。少しずつ試していって、フロリーナが嫌がった時点でやめればいい」

「…そこでやめれる自信が…」

「ウィル」


初めてラスが少し厳しい視線を向けてきた。
その鋭い視線に思わず姿勢を正す。


「相手が嫌がっているのに自分を優先するようなら、それこそお前はフロリーナを襲った山賊どもと同じだぞ」

「…!」

「お前はフロリーナを泣かせたいのか?」

「そんなわけないだろ!!」

「ああ…そうだろうな。なら大丈夫だ」


薄く笑んだラスが優しい視線を送ってくる。


「お前は、フロリーナが嫌がることはしない」

「…ラス…」







と、その時








「あら?ラスとウィルじゃない」

「リンディス様」


ヒョイッと顔を出したリンの後ろにはオドオドしているフロリーナもいる。


「何してるの?こんな所で」

「いや…。リン、オスティアとの話し合いは終わったのか」

「今から行くところだけど…」

「なら俺が一緒に行こう」

「え?ちょっとラス………きゃっ!?」


軽々とリンを抱き上げると、愛馬の上に跨がらせる。
もうすぐオスティアの統治下に入るとはいえ、今はまだキアランの姫であるリンに意外と好き放題してくれている。

一応まだリン直属の臣下であるウィルが呆れ返っていると、ラスが目配せして寄ってきた。


(…俺たちは行く。上手くやれ)

(へ?……………ちょ、ちょっと待てよ!今!?今言うの!?絶対引かれるって!!何その無茶ぶり!?)


男二人の内緒話を、リンとフロリーナは思いきり不審そうな表情で見つめている。

その視線に冷や汗を感じながら、ウィルはラスの肩に手を回して更に声を低くした。


(ラス…楽しんでないか?)

(…お前を見てたら飽きん)

(このやろ…!)

(ウィル)


自然な動作でするりとウィルの腕から抜け出したラスが、自分より少し低い位置にあるウィルの頭にポンと手を置く。


「……失敗したら、慰めてやる」


その言葉と笑みを残してヒラリと馬に跨がると、不可思議な表情のリンと共にラスは去っていった。

後に残されたのは、頭を抱えるウィルとオロオロしているフロリーナのみ。


「…は──………」


今までで一番大きな溜め息をつくと、フロリーナがビクリとしたのが分かった。


「あ…あの…」


ウィルの機嫌が悪いとでも思ったのか、フロリーナは微妙に距離を取っている。


…それが少し、気に入らなくて



「フロリーナ、こっちおいで」

「え………あっ」


恐る恐る近寄ってきたフロリーナの腕を引いて抱き締める。

ここまでは大丈夫。フロリーナも驚いただけで、嫌がってはいない。

ふわふわの髪からあの香りが漂い、また胸の奥底で何かがザワめいた。


「ウィ…ウィルさ…」

「なぁ、ほんとに覚えてねーの?」

「え…?」


少し体を離して、あの夜と同じように髪を撫でてみる。
みるみる赤くなって俯いたフロリーナがボソボソと何かを呟いた。


「ん?何て?」

「…わ、私……あの時は、酔ってて……」

「うん」

「あ…あんまり覚えては…」

「そっか」


残念そうな顔でもしてしまったのか、フロリーナが激しく申し訳なさそうに身を縮こまらせる。


「なぁフロリーナ…」

「は、はい」

「……その…、」


フロリーナの純粋な瞳から逃れるように一旦俯き、ガシガシと頭を掻きながら何とか顔を上げる。


「…キス…していい?」

「!!!!」


予想通りに固まってしまったフロリーナが再び動き出すのをジッと待つ。

固まりたいのはこっちも同じだった。
穴があったら入った後に埋めてほしい。


「……ぁ……ぅ……」

「んー…?」


ようやく動き出したフロリーナから微妙に眼を逸らしながら、耳だけを彼女の声に集中させる。


「………………ぃ…」

「え?」

「…………は………い……」


蚊の鳴くような声と共に頷いたフロリーナを、信じられないような気持ちでマジマジと見つめてしまった。


「ほんと?無理してない?」

「………っ……」


勢いよく振られた頭からして、どうやら本当に気を遣っているわけではなさそうだった。

何だか嬉しくなってしまい、コツンとフロリーナと額を合わせる。


「ね……今夜、おれの部屋来て」

「……はい……」






綺麗に笑んだ彼女にホッとしながら、




ゆっくりとウィルは顔を近づけていった。


















意外と幸先良さそうだ



















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