青天の霹靂(ウィルフロ):支援会話A









「はぁ…」


盛大に溜め息をつくと、ヒヤリと額に冷たいタオルが乗せられた。


「溜め息つきたいのはこっちなんだからね。まったく、ウィルが風邪ひくなんて…明日は雨かしら?」


呆れ顔を向けてくるレベッカには苦笑しか返せない。
なんだかんだ言いつつも看病してくれるあたり、やはりこの幼馴染みは面倒みがいい。


「ウィル、食欲は?」

「…あんまりねーなぁ…」

「駄目よ、少しでも食べなきゃ。…そうだ、騎士様に何か作ってもらってくるね!」


ロウエンに接触する口実が出来たからか、うきうきして出ていくレベッカに恨みがましい視線を投げかけるが、見事に無視されてしまった。


「やれやれ…」


ふぅ、と大きく息を吐き出すと、不意に誰かの気配を感じた。


「あ…あの…」

「あれ…フロリーナ、どうした?」


テントの入り口で立ち尽くしているフロリーナはなかなか入ってこない。
熱で軋む体を無理やり起こしてみると、慌てたようにようやく近寄ってきた。


「だ…大丈夫ですか…?」

「あー…うん、大したことないって。見舞いに来てくれたんだ?」


冗談まじりに言ってみると、フロリーナの顔がトマトのように赤くなった。
どうしたんだろう。まるでフロリーナの方が熱があるみたいだ。


「フ、フロリーナ?大丈夫か?」

「は、はいっ!あ、えっと…これ」


フロリーナが差し出してきたのは真っ赤なリンゴだった。


「た…食べられそうなら…」


消え入りそうな声で言うフロリーナに、ウィルは笑ってみせる。
正直なところ、レベッカに言ったとおり腹はあまり減っていなかったが、せっかくフロリーナが持ってきてくれたんだし


「うん。じゃぁ…」


貰うよ、と言いかけたその時






「敵襲だ!!全員出撃準備!!」






ヘクトルの怒声が響きわたる。

一瞬にして周囲に緊張が走った。


「あ、わ、私、行かなきゃ…!」

「おれも行…」

「こらウィル!!あなたは留守番よ!」


戻ってきたレベッカに毛布のなかに乱暴に押し込まれ、どこから取り出したのか、縄で簀巻き状態にされる。


「ちょっ、レベッカ!だって敵襲…!」

「風邪ひきが何言ってるの!プリシラさん、この馬鹿頼みますね!」

「はい」


穏やかに微笑みつつも逃がしてくれる気配を感じさせないプリシラが少し怖い。
なんで杖では外傷しか治せないんだ。


「くっそ…フロリーナ!」

「は、はい」

「絶対に無理するんじゃないぞ!」


その言葉に振り返ったフロリーナは、微かに笑んで頷いた。













「チッ 多いな…何人いやがる」

「あの金色の目は…モルフか」


ヘクトルとエリウッドの会話を聞きながら、フロリーナは震える手で槍を握りしめた。

敵には弓兵もたくさんいる。


(大丈夫よ…ウィルさんやレベッカさんともいっぱい訓練してきたじゃない)


ただ、戦闘では訓練の時の当たっても大したことのない模擬矢とは違う、殺傷能力のある本物の矢なのだ。
一回でも当たれば命はないだろう。


「戦闘開始だ!竜騎士、天馬騎士は弓兵に十分注意するように!!」


エリウッドの指揮で陣形が展開される。
フロリーナのすぐ上を、ヴァイダとヒースが飛んでいった。


「弓兵が怖くてドラゴンが操れるかい!!ヒース、続きなぁ!!」

「はっ!!」


流石だ。


「わ、私も頑張らなきゃ…!」


ヒューイに跨がって天空に舞い上がると、既に前線では戦闘が繰り広げられていた。
へクトルとオズインが鬼のような強さでモルフたちを薙ぎ倒している。


「ふわぁ…すごい…」


あっけに取られながらポカンとしていると、エルクの叫び声が耳朶を打った。


「フロリーナさん!危ないっ!!」

「え?あっ…きゃぁ!!」


目の前を雷鳴と共に真っ白な雷が落ちていった。
敵の魔道士が放ったらしい。

眩い閃光の名残に目を細めながら、何とか手槍を投げつけて迎撃する。


「フロリーナ!?大丈夫!?」

「だ、大丈夫です!」


地上からリンが気遣わしげにこちらを伺っている。
リンに心配をかけている場合ではないというのに


「あっ…!ケ、ケントさん…!」


ケントの背後から迫っていた傭兵に槍で応戦する。


「すまない、フロリーナ。助かった」

「いえ…」


敵の数もジリジリと減ってきて、勝機が見えてきた頃


「気を付けろフロリーナ!!弓兵だぞ!」

「!!!」


エリウッドの切羽詰まった声と、“弓兵”という単語に全身が固まる。

背後から嫌な気配を感じた。



パッと振り返ると、




どこから現れたのか、敵の増援が放った矢が







目の、前 に




















これは、キラーボウ























***








『フロリーナさん!危ないっ!!』


エルクの声と、直後に轟いた雷鳴に思わず飛び起きる。
すぐ横では見張り役のプリシラも心配そうな顔だ。


『フロリーナ!?大丈夫!?』

『だ、大丈夫です!』


リンとフロリーナの声に取り敢えず安堵して息を吐き出した。


「…気ィ休まらね〜…」

「そうですね」


立てた膝に顔を埋めるように呟き、やけに冷静に答えるプリシラに目を向ける。


「プリシラは心配じゃねーの?ヴぁっくんとか、エルクとか」

「に…レイヴァン様もエルクも、お強いですから」

「でも、万が一とかあるじゃん。いくらヴぁっくんやエルクが強くたって、無敵ってわけじゃ…」

「えぇ……ねぇ、ウィルさん」


一旦言葉を区切ると、プリシラが哀しそうに微笑みながらウィルの目を見た。


「信じて待つしか出来ないのは…辛いでしょう?」


その言葉に何も言えなくなる。

自分が戦闘に出ているときは何も感じなかったが、ただ待っていることと祈ることしか出来ない、このもどかしさ。
自分とダンもレベッカにこんな思いを5年もさせていたのかと考えると死にたくなってくる。
この戦闘が終わったら、ダーツを巻き添えにしてレベッカに土下座して謝ろう。


「…静かになったな」


外の喧騒が遠ざかった。そろそろ勝敗がつきそうだ。

声の様子からして自軍が優勢だと思うのだが…








『気をつけろフロリーナ!!弓兵だぞ!!』









「ウィルさんっ!?」


プリシラの声を背中に聞きながら、弓をひっ掴んでテントから飛び出すと、フロリーナの背後に回った敵の弓兵が矢を放っていた。

…よりにもよってキラーボウか!


「フロリーナ!!」


ウィルが叫ぶと同時に、フロリーナが何とか矢をかわしたが、完全にバランスが崩れてしまっている。
その隙に敵が二本目の矢を番えて…駄目だ、あれはかわせない


「くっ!!間に合え…!」


素早く背中に担いだ矢筒から矢を番えるが、敵は既に二本目を放っていて、

矢が、フロリーナ目掛けて真っ直ぐに飛んでいく。


「こっ…のおおおおおおおおおおおおお!!」


狙いを強引に変えて矢を放つ。

放たれた矢は吸いこまれるように空に飛んで…


















敵の矢を、打ち落とした。


















「ぃよぉおおおおっし!!でかしたウィル!!」


拳を振り上げたセインが敵の弓兵を馬で踏みつける。


「っぷはぁ…!」


良かった。間に合った。
無意識に止めていたらしい息を吐き出して脱力する。
飛んでる矢を打ち落とすなんて離れ技、金輪際出来そうもない。
これが火事場の馬鹿力というやつなんだろうか…まだ心臓がバクバクしている。


「そうだ、フロリーナ…」


パッと顔を上げて探すと、丁度空から降りてきた所だった。酷く青ざめて震えている。


「フロリーナ!!大丈夫か!?」

「あ…」


駆け寄ったウィルを、地面にしゃがみこんだフロリーナが大きな瞳で見上げる。
よほど怖かったのだろう。その眼からボロボロと涙が溢れだした。


「ウ…ウィルさん〜…」

「あー…」


怪我は無さそうだが泣き出してしまったフロリーナを前に、どうしていいか分からず頭を掻く。
だいぶ躊躇ってから、ゆっくりと手を伸ばしてフロリーナの頭に恐る恐る触れてみた。

ピクリと肩が揺れたように感じたが、悲鳴は上がらなかったのでそのまま頭を撫で続ける。


「なーフロリーナ…」

「…うっ…く……ひっ……」

「おれさ、やっぱり駄目だよ」

「…っ…?」


涙で濡れた眼を向けてくるフロリーナに思わずクラリとする。

どうやら急に動いて熱が上がってきたらしい。きっとそうだ。

だから…これも、熱のせいということにしておこう。


「戦う時のおれは“アーチャー”だけど…怖いかもしれないけど…それでも、おれの側にいて」





おれに、守らせて





そう言って、ゆっくりとフロリーナを抱き寄せる。




「……はい…っ……は、い……」




腕の中の小さな女の子は、ただただ一生懸命に


頷き続けていた。
















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