第参話(3/5)
「ねぇ兵太夫…乱太郎、大丈夫かな」
もう寝たと思っていた三治郎がポツリと尋ねてきて、兵太夫は僅かに間を置いてから答えた。
「…大丈夫、じゃないよ。きっと」
「…だよね…」
乱太郎のことは、は組全員が心配していたのだ。
あまりにも、優しすぎる。
しんべヱや喜三太なども優しいは優しいのだが…乱太郎の人の好さは群を抜いていた。
そんな乱太郎が、人を殺すなんて。
三治郎が溜め息をついた。
「…僕、あんな乱太郎見たくないよ」
「……………」
あの試験の後、たまたま井戸で乱太郎を見かけたのだ。
『乱太郎…』
声を掛けかけてハッとした。
その瞳は酷く濁っていて…ブツブツと何かを呟いている。
『汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い』
『乱太郎っ!!!』
悲鳴のように叫んで、延々と手を洗い続けている乱太郎の手を桶から引き抜いた。
乱太郎は洗いすぎて赤くなっている自分の手と、信じられないといった表情の三治郎を交互に見て
三治郎、と泣きそうに顔を歪めた。
『血が、落ちなくて』
「…乱太郎…」
三治郎が手の甲で目元を覆った時、
ガシャーン!!と何かが壊れる大きな音が響いた。
「なんだ!?」
「行こう、兵太夫!」
三治郎と兵太夫が音のした所へ駆けつけると、凄まじい光景が広がっていた。
「…だから、そんな覚悟でここにいるくらいなら辞めちまえって言ってんだ!!」
「うるさい!私は絶対辞めない!!辞めてたまるかっ!!」
長屋の部屋から飛び出して、庭できり丸と乱太郎が取っ組み合っている。
部屋の扉は廊下にふっ飛ばされ…なるほど、さっきの音はこれか
「だったら一人殺したくらいでいつまでも塞ぎ込んでじゃねぇよ!死んだ魚みたいな目しやがって!!これから何人殺して生きていくと思ってんだ!!?」
「…きり丸に、何が分かる…っ!!」
「分かんねーよ!俺に分かるのはお前が忍者に向いてなっ…」
乱太郎がきり丸を殴り飛ばした。
「…ってぇな、この野郎!!」
すぐさまきり丸も殴り返す。
口の端を切ったらしい乱太郎がギラついた目を向け、そのまま拳を握った。
マズい
焦った三治朗が、仲裁に入ろうとする。
「ちょ、ちょっと何やってんだよ二人とも!兵太夫、庄左ヱ門呼んで来て…っ」
「もういるよ」
フッと声がしたかと思うと、庄左ヱ門の左右から、団蔵と金吾が二人を抑えにかかった。
「離せ団蔵!俺はコイツを…」
「どうするんだ?タコ殴りにでもするつもりか?」
「………っ……!」
「金吾!なんで…!」
「落ち着けよ乱太郎。お前らしくないぞ」
「くっ…」
「少しは頭が冷えたかい?」
庄左ヱ門の前にはきり丸と乱太郎が不機嫌そうな顔で座っている。
「まったく、五年にもなって…」
呆れたような表情の庄左ヱ門に、きり丸が食ってかかった。
「庄左ヱ門!お前はこいつの現状見て、何も思わないのかよ!!」
「………」
「俺たちこれから何人も殺さなきゃいけないんだぜ。そんなの…今のこいつを見てたら、どう考えたって無理だろ!?」
きり丸の隣で乱太郎がギュッと拳を握った。
庄左ヱ門が乱太郎をチラリと見てから口を開く。
「…確かに、乱太郎は心配だよ。でも、ここから去るかどうかは乱太郎が決めることだ」
「………!」
チッときり丸が舌打ちする。
庄左ヱ門が乱太郎の前に膝をついて、真っ直ぐに言った。
「乱太郎、正直に言うよ。俺も、君は忍者に向いていないと思う」
「!」
きり丸の目が見開かれ、乱太郎の顔が強張る。
「きり丸の言ってることは正しい。これから先…もっと辛くなるはずだ。君はここで、生き残れるのか?」
その問いに、乱太郎はしばらく黙っていたが…
何かに挑むように、キッと顔を上げた。
「…必ず」
2012.7.20
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