第弐話(2/5)
五年生になった。
全員だ。
い組やろ組では、やはり何人か落第したようで。
中には忍になることを諦めて、故郷に帰った者もいるらしい。
仕方ないことなのだろう。
四年生最後の試験では、毎年必ず不合格者が出るのが常。
全員合格したは組が珍しいのだ。
しかし、心に傷を負った者も少なくない、辛い試験だった。
「乱太郎は?」
「…………部屋」
三治郎が教室にいない乱太郎の行方を心配そうに尋ねると、きり丸はブスッとして答える。
「…やっぱり、乱太郎には厳しかったか」
冷静に言う庄左ヱ門に、イライラときり丸が口を開いた。
「確かに胸くそ悪い試験だったよ。でも最初から分かってたことじゃねーか!忍びになるなら、人殺しは避けて通れない道だって!!」
「きり丸…」
兵太夫が眉をひそめて軽く諫める。
だがしかし、きり丸の言うことはもっともだ。
「あんな風に閉じこもるくらいなら、忍びなんて辞めちまえばいいんだよ」
「きり丸!」
「だってそうだろ。あんな空気じゃとても居られねぇよ。あそこは俺の部屋でもあるんだぜ」
なぁ、しんべヱ。ときり丸が話を振ると、しんべヱは困ったように軽く笑っただけだった。
シンと嫌な雰囲気になってきた教室で、金吾が溜め息をついて立ち上がる。
「…そろそろ委員会の時間だ。行こう」
その言葉を皮切りに、は組の面々は渋い表情でパラパラと散っていった。
「ちっ…」
最後に残ったきり丸が腹立たし気に舌打ちしたのを、しんべヱは聞かなかったことにした。
***
図書室に向かう道すがら、長屋の廊下で丁度自室の戸が開いたのに出くわした。
「あ…」
「………」
中から出てきた乱太郎と目が合う。
その暗い瞳に益々苛立ちが募るのを感じていると、乱太郎はフイッと視線を外した。
「………」
「どこ行くんだよ」
「…どこって…委員会…」
「そんな酷い顔でか?下級生が泣いて逃げ帰るぜ、優しい優しい猪名寺先輩」
「そんな言い方…!」
乱太郎が食ってかかる。少しだけ目に生気が戻った。
「……今日は委員会休め。川西先輩には俺が言っとくから」
「きり丸…」
それだけ言い残してサッサと行ってしまうきり丸の後ろ姿を、乱太郎はただジッと見つめていた。
***
ガラリと医務室の戸を開けると、見慣れた保健委員会の顔ぶれが揃っていた。
「遅かったな乱太郎…って、きり丸か。どうした?」
「今日、乱太郎休みです」
察したように、左近の表情が一気に曇る。
「…大丈夫なのか?」
「さぁ。部屋に閉じこもって、ろくに出てきやしないから分かりません」
保健委員会の下級生たちが心配そうに顔を見合わせた。
「猪名寺先輩…どうかされたんですか?」
純粋な瞳に見つめられ、なんとも居心地悪くなる。
曖昧に笑ってみせると、きり丸は視線で左近に呼び掛けた。
頷いて、左近が立ち上がる。
「ちょっときり丸と話してくるから。作業続けといてくれ」
はーい、と素直な返事を背中に聞き、左近はきり丸と一緒に廊下に出た。
「…川西先輩。先輩はどうでしたか、あの試験」
その問いに、左近は準備していたかのようにスルリと答えた。
「別に。普通に合格したよ。いずれその時が来るのは入学した時から覚悟してたからな」
「…ですよ、ね」
きり丸が苦い表情になる。
そうなのだ
そんなことは、最初から分かっていた筈なのに
それを覚悟してこの学園に入学したのではなかったのか
きり丸の考えていることが分かったのか、左近が口を開いた。
「でも俺らの学年にもいたぞ、そういう奴。…久作なんかも、少しな」
「能勢先輩が?」
委員会での強い眼差しを思い出して意外に思う。
「…能勢先輩は、どうやって乗り越えたんですか?」
左近が自嘲気味に笑った。
「慣れた」
「え?」
「頭と体が慣れるくらい、たくさん殺したんだよ。あいつは」
***
深夜
委員会で巻物の補修をしていて、帰るのが遅くなってしまった。自室の戸の前に立つと、今日も中から呻き声が聞こえてくる。
しんべヱじゃない。
あいつは友人に気を遣って、喜三太と金吾の部屋で寝泊まりしているから。
表情を消すと、きり丸は部屋の戸をスッと開く。
途端、浴びせられる禍々しい殺気。
きり丸の首筋には冷たい苦無の刃が押し当てられていた。
「…やめろ、乱太郎。俺だ」
静かに言うも、乱太郎はフーッ、フーッとまるで獣のように荒い息をついて離れない。
「ったく…」
乱太郎の手を押しのけてズカズカと部屋に入るきり丸に、正気に戻った乱太郎がダランと腕を下げて、ぼんやりとした目を向ける。
「…遅かったね」
「あぁ。…お前、ちゃんと片づけとけよコレ」
滅茶苦茶に散らかっている部屋の惨状は、乱太郎の仕業であることは明白だった。
溜め息を吐いて、きり丸が乱太郎を見やる。
「なぁ、乱太郎」
「…何?」
きり丸はスッと息を吸うと、冷たい声で言い放った。
「お前もう、学園辞めろ。忍者に向いてないよ」
2012.7.19
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