第肆話(4/5)









それからというもの

乱太郎は今までが嘘のように部屋から出てきて、普通に授業や忍務を受けていた。

当然人を殺さねばならない場面も度々ある。それも何とかこなしていた……が、無理をしているのは明らかで。






以前乱太郎ときり丸、三治郎でチームを組んで忍務にあたった時

乱太郎の目前に迫って刀を振り上げた敵に、咄嗟に三治郎が割って入ろうとしたことがあった。


『下がれ乱太郎!!僕が殺る!!』


三治郎が乱太郎を気遣ったのは明白だった。
リーダー役を務めていたきり丸が舌打ちする。勝手に自分の持ち場を離れた三治郎に対しても、三治郎にそうさせた乱太郎に対しても。

だがしかし、結果として敵を殺したのは三治郎ではなかった。







カッ








小気味良い音を響かせて、敵の眉間に手裏剣が突き刺さった。

赤い血を舞わせながら倒れる敵を驚いて見やった三治郎が振り返ったのと、乱太郎が冷たい目を光らせて、指の間に挟んだ八方手裏剣を倒れた敵の背後目掛けて一気に打ち出したのは同時だった。

その手裏剣は周囲に迫っていた敵に吸い込まれるように向かっていき ─…人体の急所に正確に突き刺さる。


『ぅ……ぐッ…う…!!』

『乱太郎!!』

『持ち場に戻れ三治郎!俺達で蹴散らすぞ!!』


敵を殺した途端、口を押さえて蹲った乱太郎の指の間から吐瀉物が溢れかえる。
そんな乱太郎を気にかけながら、残りの敵はきり丸と三治郎で全滅させた。






皆が皆、一様に乱太郎を心配していたが、彼が辞めないと言い張る以上、は組は何も言えなくて

きり丸の苛立ちはいつしか諦めに変わっていた。





***





「あれ、乱太郎はー?」

「忍務だと」


部屋に戻ってきたしんべヱに言うと、しんべヱが眉を下げて表情を曇らせた。


「一人で?」

「多分」

「そう…大丈夫かなぁ」

「…さぁ、な」


もう乱太郎から笑顔が消えて久しい。

委員会で見せている上っ面だけの笑顔も、は組の前ではそれすら貼り付けようともしない。
ただただ虚ろな表情で、誰とも喋らず、暇さえあればぼんやりと空を眺めている。









『もーしんべヱ!また鼻水出てるよ!』



『あははっ 大丈夫?』



『しんべヱ起きてっ 先生が睨んでる…!』








記憶の中で弾けるように笑っている乱太郎が夢のようだ。
しんべヱは溜め息を吐いて布団を敷き始める。


「人の心配ばっかしてないで、自分の心配しろよ。次の忍務、たぶん当たるのしんべヱだぜ」

「えー…僕ぅ…?」


気乗りしなさそうに口を尖らせるしんべヱを横目で見ながら、きり丸は部屋の灯りを吹き消した。






***









『─逃げなさい、きり丸!!』





「──────ッ!!」




声にならない叫びをあげて飛び起きる。
早鐘のように鳴っている心臓と、滴り落ちる汗が不愉快だ。

荒れている呼吸を整えながら、もう何回見たか分からない故郷が焼かれる夢に舌打ちする。


『大丈夫?きり丸…はい着替え』

「あ、あぁ…さんきゅ」


手を伸ばしてハタと気づいた。
いつも着替えを渡してくれる乱太郎が、今日はいない。


「……………」

「…むにゃ……きり丸…どうかしたぁ…?」

「…いや、何でも。起こして悪かったな…ちょっと井戸行ってくるわ」










服が汗でビショビショだ。気持ち悪い。

井戸で頭から水を被ろうと思ってやってきたのだが、視界の端にチラリと人影が写った気がした。


「ん…?」


僅かに警戒しながら人影に近寄ると、それは


「乱太郎っ!?」


うずくまっている乱太郎に慌てて駆け寄ると、乱太郎は酷く震えていた。


「お、おい…どうしたんだよ」

「……あ……あぁ……ああああ………」


意味を成していない呻きをあげながら、頭を抱えて震える乱太郎の目から涙が一筋零れ落ちた。
スウッときり丸から表情が消え失せる。


「…殺したんだな?」

「……き…きり……僕……」


表情を強ばらせると、きり丸は強い口調で言った。


「だから言ったじゃねーか!お前に人殺しなんか無理なんだ!!」

「…う…うう……うぁああ……」

「……ッ…!!」


更に続けて言おうとしだが、目の前で苦しむ哀れな親友の姿を見ていたら、もう何も言えなくて

フッと力が抜けたように、きり丸の脚がガクンと折れる。
地に膝をついて乱太郎の両肩をぐっと握ると、きり丸は懇願するように頭を下げて、乱太郎の胸に押し付けた。


「頼むからっ!!…頼むから…もうやめてくれ…!お前のこんな姿、見たくないんだよ…っ!」


悲痛な声を絞り出すきり丸に、乱太郎の肩がピクリと動く。


「わ…私は…やめない…」

「なんでそこまで…!!」


乱太郎が、濡れた目できり丸を真っすぐに見つめた。

















「私は、まだ、みんなと一緒にいたい」


















分かっていた




自分が忍者に向いていないことくらい




それでも




みんなと一緒に行きたくて




自分一人、置いていかれたくなくて


















『乱太郎!』





『乱太郎ー!』










『行こうぜ、乱太郎』















幼かったあの頃。



そう言って手を伸ばしてくれた級友たち



その手を、僕はまだ握れているだろうか?
















「ここで終わったら、もうみんなに…きり丸に、会えないじゃないか」

「…ら…」

「嫌だ。嫌だ。そんなの嫌だ!!私は…卒業するまで、みんなと一緒にいたい…!」


駄々っ子のように首を振ってポロポロと涙を零す乱太郎を前に、きり丸は呆然としていた。
何度も言葉を紡ごうとしては呑み込んで、ようやく出てきた言葉には、何の力も籠っていない。


「…お前…ほんっと、馬鹿だなぁ…」


自分たちと一緒にいたいがために、こんなになってまで学園で生き残ろうとする親友に、きり丸は視界が滲むのを感じていた。

しばらく掠れた声で馬鹿だ馬鹿だと呟いていたきり丸だったが、大きく息を吐いた後にゆっくりと顔を上げる。


「…お前がそこまで言うなら、もう止めねーよ。ここで死ぬ気で生き残れ」

「……………」


乱太郎は何も言わずにジッときり丸の言葉を聴いている。

分かっている。ここで生き残ると心に決めた以上、一人で食らいついていかねば
ならないことは。

助けてくれる人などいない。そんな甘いこと──…


「俺が、俺たちが、全力で支えてやる」

「……え……?」


ポカンと口を開く乱太郎に、きり丸が不機嫌そうに「当たり前だろ」と呟いた。


「俺の負けだ。お前がこんなになってまで学園を辞めないって言ってんだ…だったら、十一人揃って卒業出来なきゃ嘘だろう?」


だから、ときり丸が真剣な目を向けてくる。


「存分に俺たちを頼れ。独りで抱え込もうとするな。無理なものは無理と言え。被れる血なら、俺たちが被ってやる」

「…きり…丸…」

「それが約束出来なきゃ、今すぐ学園の外に放り出すぞ」


ジロッと睨むと、乱太郎は一端項垂れたように首を落とした。

そして、小さく頷く。


「…うん…、…うん…っ!」


ボロボロと溢れる涙を拭いもせずに、乱太郎が僅かに顔を上げた。





「ありがとう…きり丸」





久し振りに…本当に久し振りに見た乱太郎の綺麗な笑顔を胸に刻んで、きり丸が立ち上がる。

淡く笑って、その手を伸ばした。








「行こうぜ、乱太郎」

















2012.7.22










- 4 -
|

[Back]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -