第壱話(1/5)


年齢操作
一年は組→四年は組







今日も食堂は賑やかな喧騒に包まれていた。下級生のかん高い笑い声が耳につく。

そんな明るい雰囲気の中、四年生の表情はひどく固かった。学園に入学して四回目の冬。春が来たら、五年生になるのだ。

そんな四年生たちに、大きな試験が迫って来ていた。


「頑張れよ、伊助」

「三郎次先輩…」


伊助の肩をポンと叩いて去っていった三郎次たち五年生も、去年の今頃、同じ試験を受けていた。
普段はあまり仲良くない一つ下の後輩とはいえ、流石に気にかけざるを得ない。


「乱太郎、大丈夫か?」

「……………」


顔色の悪い乱太郎にきり丸が声をかけるが、返事はない。
落ち着きなく団蔵が席を立った時、食堂の入り口から担任の声が響いた。


「四年は組。教室へ」


ピシッと固まった空気に、さすがに下級生も何事だろうと息を潜めた。


「金吾」

「大丈夫ですよ。次屋先輩」


あまり後輩には干渉してこない三之助でさえ、心配そうな表情で歩み寄ってきた。そんな三之助に落ち着いた笑みを返して食堂を出ていく金吾に、他の面々も続く。






ついに、この時が来た








***









「四年生最後の試験だ」


静まり返る教室に、担任の声が響いた。


「忍務は今配った紙に書いてある。個別の課題だからな。一人でやるように」


担任が言葉を続ける。


「監督は教員と六年生で行う。出来なかったら落第だ。健闘を祈る」


それだけ言うと、担任は教室を出て行ってしまった。
誰も何も言わない教室で、静かにきり丸が席を立つ。


「………………」


無言で出て行ったきり丸に続くように、一人、また一人と教室から去っていった。


「乱太郎」

「…なに?三治郎」

「無理しなくていいんだからな」


強ばった笑みを向ける乱太郎の肩に手を置くと、三治郎も出て行った。

ポツンと一人取り残された教室に、真っ赤な夕陽が差し込んでくる。
その毒々しい赤に全身を照らされながら、乱太郎が手の中にある一枚の紙切れをグシャリと握り潰した。






「……僕は、」







血のように赫く染まる夕焼けの裾に拡がる蒼の向こうには、夜の闇が刻々と迫っていた。








***








「……………」

「四年は組の猪名寺だな」

「…はい」


作兵衛が手元の名簿を見ながら声をかける。
作兵衛とて、さっきまで食堂でしんべヱや喜三太をチラチラと気にしていた風だったのに、今はもう微塵もそんな雰囲気は感じさせない。
鋭い眼光を真っ直ぐに向けながら、淡々と口を開いた。


「忍務だ」


乱太郎の喉がクッと鳴る。


「今からここに一人の浪人がくる。そいつを殺せ」

「……………」

「どうした?復唱を」

「……………」

「猪名寺っ!!」






「……今から、ここに来る浪人を、殺す」







ん、と作兵衛は頷くと、乱太郎の頭にポンと手を置いた。


「俺が監督だ。甘くねぇぞ、しっかりやれ」


そう言い残すと作兵衛はフッと消えてしまった。

ふーっと息を吐いて、背中にある大きな木にもたれかかる。手を開くと、じっとりと汗をかいていた。
キッと表情を引き締めて前方を睨みつける。




『一緒に、立派な忍者になろうな─…』




僕だけ置いていかれるのは、嫌だ





「………!」



バッと腰の刀に手をかけて、木の影に隠れる。



来た



一人の浪人が目の前からやって来る。

こいつを殺せば、みんなと一緒に五年生になれるんだ

乱太郎はグッと刀を握り締めると、息を殺した。数を数えて、タイミングを計る。


(ひとつ…ふたつ、)


何も気づいていない浪人が、一歩、また一歩と近づいてきた。




まだだ



まだ遠い






(みっつ…)






ピタッと息を止める。











ヒュッ











「ッ!!」











ギィン!











「…何者だ貴様っ!!」


間一髪で乱太郎の存在に気づいた浪人が刀を振るう。

チッと舌打ちして、乱太郎も応戦した。

この浪人の腕は大したことない。
乱太郎でも十分勝てる相手だった。

それでも


「……ぅ…っ…!」


ガタガタ震える手を何とか抑えつける。


(こ…殺さなきゃ…)


ギリッと歯を食いしばって刀を振り下ろすと、浪人の刀が弾かれて地面に刺さった。


「ひっ…!」


浪人に表れた恐怖の表情に、乱太郎の頭が冷水を浴びせられたようにスッと冷えた。


「お、お願いだ…!殺さないで…!!」


ブルブルと震えて懇願する浪人を前に、乱太郎は立ち尽くしている。


「た、助けて…助けて下さい!!お願いします!!い、家に家族がいるんです…!!…小さな…娘が…っ!」

「……ぁ…」


ザッと一歩下がった乱太郎に、浪人は土下座して命乞いを続けている。


「…あ…ぅ…」


乱太郎の震える手から刀が滑り落ちた時、地面に額をこすりつけていた浪人の目がギラリと光った。


「死ね!!」

「うわっ!」


慌てて飛び退くと、浪人の振るった刀が空を斬った。
雄叫びを上げて浪人が突っ込んでくるが、乱太郎の身体は動かない。





(ぼ…僕は…)











人を、殺すなんて











「で、き……な」



「乱太郎」








その時、不意に耳元に聞き慣れた優しい声が響いた。


「し、しんべヱ!?」


何故ここに


乱太郎の顔を見てにっこり笑うと、しんべヱは乱太郎と浪人の間に割って入った。


「次から次へと…!」


浪人がイラついたようにしんべヱに斬りかかる。


「しんべヱ、危ないっ!!」


悲鳴のような乱太郎の声が響くが、しんべヱは微笑みを浮かべたまま動かない。

浪人が大きく刀を振りかぶる。
しんべヱは動かない。動かない。動かな──…














ザンッ















「………………」


水を打ったようにしばらく静寂が続いた後、優しく微笑んだしんべヱが乱太郎に向き直った。そのふくよかな頬には赤が派手に飛び散っている。


「ありがとう、乱太郎。助けてくれて」

「……………」


首と胴体の離れた浪人の前に茫然と立ち尽くす乱太郎は微動だにしない。
どこに隠れていたのか、作兵衛が姿を現した。


「…しんべヱに助けられたな」


しんべヱが困ったような表情になったが、何も言わないまま作兵衛の言葉を待つ。


「どういった形でも、結果的に課題は果たした。減点はするが…合格だ」


それだけ言うと、作兵衛はさっさといなくなってしまった。
しんべヱが頬についた血を手の甲で拭っていると、乱太郎がポツリと呟いた。


「…しんべヱ」

「なぁに?」

「しんべヱの課題は…?」


一呼吸置いた後、やはりしんべヱは笑って言った。


「終わったよ。合格した。乱太郎が心配だったから見に来たの」

「…そう」


浪人の血がベッタリついた手を眺めて、乱太郎は振り返った。










その眼は酷く虚ろで









「帰ろう」








口元だけに笑みを作った乱太郎に思わず背筋がゾクリと粟だったが、しんべヱは微塵も動揺を見せずに笑みをたたえた。


「うん。帰ろう」


二人で帰路につくと、前を歩く乱太郎がボソッと何か呟いた。


「……僕も……みんなと、一緒に……」

「え?」


声が小さすぎて聞き取れず、しんべヱが聞き返したが、乱太郎は何も言わなかった。











2011.11.11







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