小説 | ナノ
試合開始!









「さぁ、いつまでも騒いでられないわ。そろそろ練習するわよ」

「だな。黒子、火神呼んできてくれ」

「はい」


皆が落ち着いてきたところで、リコと日向が声をかけた。
珍しい体験をした部員たちも、各々練習の準備をし始める。


「兵助はどうする?」

「俺は見て…」

「やれよ」


背後から現れ、ドスのきいた声を響かせるのは火神だ。
どうやら黒子に呼び戻されるまでもなく、戻ってきていたらしい。


「やられっぱなしってのは性に合わねーんだ……バスケで勝負しやがれ」

「えっ…と…」


本能で兵助の実力を見抜いているのだろう。
爛々と輝く眼に気圧されて、思わず視線で伊月を頼る。

ん、と気がついた伊月が、ニッコリ笑って言い放った。


「いいんじゃないか?」

「な、」

「兵助相手なら、いい練習になりそうだし。いいよね、カントク。日向」


固まる兵助をよそに、伊月が背後にいた二人を振り返ると、リコは既に兵助を"視て"いた。


「そうね…視たところ、相当鍛えてるわ、彼。ルールも知ってるなら、付き合ってもらいましょ」

「あぁ…いーんじゃねーの」


チラリと周りを見てみると、他の部員たちもニコニコしながら、兵助を迎える気は満々なようだ。

少し躊躇いもしたが、こちらの世界に来てから稽古をしておらず、体が鈍ってしまうのが心配ではあった。
後ろ向きな気持ちとは裏腹に、身体は動きたくてウズウズしているのも、また事実。
運動出来る機会には、乗っておいてもいいかもしれない。


「…分かった。よろしくお願いします」


ペコリと頭を下げると、日向の号令で練習が始まった。








***







前半は主に体力アップのためのトレーニングらしい。体育館の端から端まで全力ダッシュだ。


(…おお、これは…)


体育館の走りやすさと、伊月に借りたシューズの履き心地にこっそりと感嘆する。

自分たちの時代の、はるか500年後にはこんなものが生み出されているのだ。
そんなことをしみじみと考えながら走っていると、伊月の声が響き渡った。


「…へ、兵助!…止まれっ!」

「え?」


振り返ると、皆もうスタートラインに戻って、肩で息をしているところだった。
考え事をしていたから、ダッシュ練が終了していたことに気がつかなかったようだ。


「ご、ごめん。ぼーっとしてた」

「いや…別、に…構わない、げほっ…けどさ…」


伊月たちはゼーゼーしながら汗を拭っているが、兵助は呼吸一つ乱れてやしない。


「すごいな兵助…しんどくないのか?」

「うー…ん、まだ大丈夫かな…」


これでも忍術学園で5年間鍛えてきたのだ。
裏々山までのランニングやら、実技訓練に比べたら、まだまだ体力に余裕はある。

そんな兵助を、ギラギラした目で見詰めてくる火神の存在には当然気づいていた。


「あの…俊…」

「悪いな…強い奴がいたらテンション上がっちまう奴なんだよ…。あんま気にしなくていいから」


気にするなと言われても。


(まいったな…)


完全に火神にロックオンされてしまった兵助は、誰にも気づかれないように、小さく溜め息をついた。








***









「おっし。んじゃ、5on5するぞー」


日向が言うと、半分の部員がビブスをつけ始めた。


「はい、久々知」

「あ、ありがとうございます。えーと…降旗さん」


ニッと笑うと、降旗も同じくビブスを付ける。
大会も近いため、主に主力であるビブス無しチームの調整をするための練習らしい。
ビブスを付けていない火神の視線をチクチク感じながら、兵助もビブスを付けた。


「…俊もあっちなんだ」

「伊月先輩はうちの司令塔だからなー。やっぱり、先輩と同じチームじゃないと不安か?」

「いえ」


確かにこちらの世界に来てから、ことあるごとに伊月を頼ってきた。
本当に、最初に出会ったのが伊月で良かったと思っている。が…しかし、違うチームになったぐらいで揺らぐような根性はしていない。

部活内のこととはいえ、初めて伊月と相対することとなった。伊月も伊月で、兵助のことをジッと見つめ、微笑んでいる。


「…大丈夫です」

「うん。ま、俺と同じチームだし、頑張ろーぜ」

「はい」

「ジャンプボールは頼んだ」

「はい。…えっ!?」


慌てて降旗を振り返るが、既に降旗は自分のポジションにセットしている。
相手のジャンパーは木吉だ。兵助と目が合うと、ニカッと笑って手を振ってきた。

遠くの方から、「木吉先輩に勝てるジャンパーがいない」だの何だのと、降旗の声が聞こえる。思わず大きな溜め息をつきながら、観念してジャンプボールについた。


「じゃ、いくわよ。…試合開始!」


高く高く放られたボールを、木吉が全力で取りにかかる。
なるほど、確かに高い。この巨体でそこまで跳べる脚力も大したものだ。
















…でも、




















「俺の方が、高い」




















「なっ!!?」


木吉の手に収まらんとしていたボールが、フッと消えた。
いや違う。消えたのではない。まさか、取られ─…


「…降旗さんっ!」


地に着地する前に、空中で降旗にボールをパスを出すと、兵助の驚異のジャンプ力に呆然としていた降旗が慌ててキャッチした。


「っはは!すげーな、久々知くん」

「笑ってる場合かボケッ!来るぞ、ディフェンスだ!!」


素直に感心している木吉を日向が叱咤する。
降旗の丁寧なパス回しで、ビブスチームが攻めあげてきた。
パスを貰った兵助が、異常なスピードで切り込んでいく。


「行かせるかっ!!」


日向と木吉のダブルチームで兵助を止めにかかるが、兵助は一人で持ちこたえている。


(…く…!)


流石の兵助も簡単には抜かせてもらえなかった。こちらが遊びでやっていたバスケットボールを、彼らはそれこそ毎日真剣に練習してきたのだ。
勝利に対する執着と気合いに、思わず気圧されそうになる。


「っと!」

「……っ…」


まったく油断も隙もあったものではない。
背後からボールを奪いに来ていた黒子を、間一髪で避ける。


「久々知、無理するな!一旦戻せ!」

「は…はい!」


すぐ後ろに降旗が手を広げている。
彼にボールを戻そうとして──


「「っ!!?」」


木吉と日向に一瞬出来た隙を見逃さず、一気に抜き去る。
ギュギュッ!っとシューズを鳴らしながらゴールに迫ると、不意に視界が遮られた。


「勝負だ久々知ぃ!!」

「!」


ドリブルで切り込む兵助の前に、待ち構えていたかのように(いや、待ち構えていたのだろう)火神が立ち塞がった。

まるで野生の虎のような火神の猛攻を避けに避けるが、もうすぐ24秒経ってしまう。でも駄目だ、これは抜けない─…


「…ふ、降旗さんっ!」


ボールを奪りにきた火神を何とかかわし、降旗にパスをする。…が、


「あっ!」


バチッと音を響かせて、伊月にパスカットされてしまった。読まれてたか。


「残念だったな、兵助」

「ちぇ…」


微笑む伊月に、少しばかり悔しくなった。
















2013.9.24






<<+>>

back/Top
- ナノ -