小説 | ナノ
試食会
※原作第58Qネタぶちこみました。
「全員!もっかい!!集合───う!!!」
「!?」
練習後、後片付けをしていた最中に、日向の号令が響きわたった。
さっき解散を宣言したというのに、一体何事か。
日向に目配せしていたあたり、伊月は何か知っていそうだが、兵助も目をパチクリさせていた。
「なんすか一体…?今日はもう練習終わりじゃ…」
戸惑い顔の1年生が、ぞろぞろと再集合する。
その隣に並ぶ2年生の表情はというと、浮かなかったり、苦かったり、遠い目をしている者もいた。
部員たちを見渡して、日向が口を開く。
「いいか…さっき合宿の話が出たが、それにあたって…オレ達は今、重大な危機に直面している」
真剣な表情で言う日向に、部員たちも真剣な表情になる。
部外者とは言え、兵助もその雰囲気に呑まれたように表情を鋭くした。
主将が言うのだから、きっと重要なことに違いない。
忍務を言い渡される時のように集中していると、日向が言った。
「今年合宿を2回やるために、宿は格安の民宿にした。よって食事は自炊だ…が、問題はここからだ」
そういえば、先ほどリコが合宿の話を持ち出していた。
バスケのために合宿をするとは意外だったが、兵助たちも日を跨いで校外演習に出かけることは珍しくない。
その合宿に、何か問題が…?
「カントクがメシを作る!」
「………は?」
思わず間抜けた声が出てしまい、慌てて手で口を覆う。
チラリと伊月を見やるが、伊月は至って真面目な顔だ。
「…え?ダメ…なんですか?」
どうやら兵助の声は届いていなかったようだ。
兵助と同じ思いでいたらしい1年生が恐る恐る疑問を口にする。
その1年生に、日向が食ってかかった。
「あたり前だ!レモンはちみつ漬けとか見たろ!!つまりその…っ…察しろ!!」
必死の形相で言葉を濁す日向の言葉が気になって、兵助はスススと伊月に近寄ると、コッソリ囁いた。
「俊、何かあったのか…?」
「あぁ…レモンはちみつ漬けって、見たことあるか?」
「キツい演習の時とかに、食堂のおばちゃんが持たせてくれたりするけど」
兵助の答えに、伊月は溜め息をつきながら、ケータイというものを開いて見せてきた。
その画面に映っているのは…
「……なにこれ」
「……だから、レモンはちみつ漬けだろ。カントク作」
画面に映し出された、はちみつの海に沈む丸ごとレモンに、兵助の目が点になる。
伊月が少しケータイを弄ると、丸ごとレモンを口に突っ込まれている黒子が表示された。酷い顔だ。
「いや、あの、これ…もしかして相田さんの料理って」
「料理の域は完全に超えてたな」
兵助の言葉を引き取って言った木吉に、1年生が愕然とする。
「どうすんだよ、合宿中美味いメシにはありつけねぇってこと!?」
「うわきっつ…!そんなの、モチベーション保てねぇよ…」
ザワザワと騒ぎ始める1年生と、難しい表情で眉間に皺を寄せている2年生を見て、兵助がポツリと呟いた。
「…じゃぁ、俊たちが作ればいいんじゃない?」
「それだ!!よく言った久々知!!」
バッと降旗や河原が食いついた。
しかし、隣から伊月の困ったような声が聞こえてくる。
「そうしたいのはヤマヤマなんだが…練習メニューが殺人的すぎて、夜は誰もまともに動けん!!」
「うっ…!」
何を思い出したのか、小金井が口を抑えて顔を背けた。
そこまでキツい合宿なのか。
1年生の表情が再び絶望に染まったところで、日向が提案した。
「…つーわけでな…」
***
「で…試食会、ね」
「ただの名目だ。"マズいから練習しろ"なんて、いきなり言えねーだろ。食べてからアドバイスして、上手くなってもらう」
独り言のつもりだったが、日向の耳に届いていたらしい。
兵助がクスリと笑った。
「優しいんですね、相田さんには」
「……何が言いたい」
「いえ。別に何も」
その言葉が気に触ったのか、日向は舌打ちして離れていった。
「日向さん、怒らせたかな?」
「ん?…ありゃ照れてるだけだよ」
「よく分かるな」
「まぁね」
伊月と会話しながら、リコの調理風景を眺めるが、別段おかしなところは見あたらない。
トントントンと野菜を切る、小気味良い音が聞こえてくる。
日向たち2年生があれだけ脅かすから、どんなものかと思っていたが…少し拍子抜けだ。
「…マズいだけ、なんだろ?」
「え?」
「いや、くの一…うちの学校の女子の手料理は、普通に毒とか仕込んでくるから」
「毒!?」
伊月があんぐりと口を開けて見つめてくる。
兵助は遠い目をしながら、思い出を掘り起こした。
「致死性じゃないのが救いだな。笑い薬とか下剤なんてかわいいもんだぞ。他にもコオロギとかヤモリとか食わせてくるし…」
ハハハと乾いた笑いを漏らしながら、らしくもなく愚痴る兵助から微妙に視線を逸らしつつ、伊月が苦笑する。
「お互い女子には苦労するな…。けど、うちのカントクも甘く見てると痛い目見るぜ」
ふと顔を上げると、リコが満面の笑みを見せている。
隣で伊月がブルリと震えた。腕には鳥肌が立っている。
「できたわよ!1品目は…カレーよ!!」
自信満々に運んできた皿の上に盛られているのはー…
「なんで!!?」
今度は間違いなく叫んでしまった。
人参やジャガイモ、玉ねぎなどが丸ごと入っているカレーを見て戦慄する。
(こ…これはまた…)
忍術学園のくの一たちは、見た目だけは綺麗に作る。
リコの料理と言えるのか怪しい料理に、流石に何とも言えないものがある。
今からこれを試食するかと思うと、自然と手が口を覆い、視線が逸れた。
「いや…え?丸ごと!?さっきのトントントンは何だったの!?」
「え?あ、ちょっと食べにくかった?」
「てゆうか、なんでカレー?…カレーだよね?これ…」
「定番でしょ?」
兵助と全く同じことを思っていたらしい2年生たちと、余裕綽々といったリコのやり取りが兵助の頭の上を飛び交う。
その下で、伊月が囁いてきた。
「な?うちのカントク、すごいだろ?」
「なんでそんなドヤ顔なんだよ。確かにこれはすごいけどさ…」
二人の内緒話は聞こえていないようで、リコの満面の笑顔と、溌剌とした声がした。
「まぁ見た目はともかく味は大丈夫よ!ただのカレーだし!」
大丈夫なのか?と全員が心中で呟いたことは言うまでもない。
あからさまに見た目から残念なカレーだが、今回の試食会の目的上、食べないわけにはいかなかった。
ゴクリと生唾を飲むと、部員たちと共に、兵助もスプーンを手に取った。
「じゃぁ…いただきまーす…」
ズォォオオン…と効果音が付きそうなカレーを一口分すくい、目の前に掲げると、無意識に右手がカタカタと震えていることに気が付いた。
「……っ」
南無三!!
ぎゅっと目をつむって、パクリとカレーを食べた。口を動かすこと数秒。
(((マズ──────────い!!!)))
マズいだけなんだろ?とか吐かしていた数分前の自分を、殴り飛ばしてくれていい。
これはマズいとかそういうレベルじゃないだろう。
確かに料理の域は完全に超えている。
新世界の幕開けや!!!
「………!!……!!」
ダラダラと汗をかきながら、皆で機械的に口を動かしていた。
伊月も蒼白な顔でガタガタと震えている。
そこへ爆弾が投下された。
「おかわりジャンジャン言ってね」
寸胴を前にして、可愛らしい笑顔を向けてくるリコに、一同は完全に沈黙した。
居たたまれない空気だけが、調理室を支配している。
さすがに空気を読み取ったのか、急にリコの表情から快活さが消え失せた。
「やっぱりあんまり…おいしくない…っかな…」
口元に小さく笑みを浮かべているものの、目が泣きそうなのが見て取れて。
その瞬間、日向が猛烈な勢いでカレーを食べ始めた。
「日向さん…」
その様子を見て、兵助もキッと表情を引き締める。
「ごっそさん」
カランと空になった皿にスプーンを置き、日向が立ち上がた。
「うまかったけど、ちょっと辛かったから。飲み物買ってくるわ」
調理室の戸を開けて出ていく日向を見送り、同様に全て食べきった木吉はというと、あろうことかおかわりをしていた。
「味は個性的だけどイケるよ。料理に一番大事なもんは入ってる。……愛情がな」
その言葉に、リコが目を見開いた。
「けど、もしかしたら作り方がどっか間違ってるかもな。もう一回作ってみないか?」
「…うん」
日向と木吉の男前ぶりに、周りの部員たちも賞賛の眼差しで二人を崇めている。
「美味しかったですよ、 相田さん」
「久々知くん…」
「美味しかったですけど、もう少し工夫したら、もっと美味しくなると思うんです。良かったら俺が教えましょうか?」
同じくリコのカレーを食べきった兵助が、優しい笑顔で提案する。
その提案に、部員たちがザワついた。
「兵助、料理出来るのか?」
「学園には食事当番があるし、よく食堂のおばちゃんの手伝いもしてるからさ」
「すごいな久々知!」
苦笑しながら、それ程でもないですと返していると、リコが兵助を真っ直ぐに見上げてきた。
「会ったばかりの君に、こんなこと頼むなんて申し訳ないけど……カレーの作り方を教えて…!」
「頑張りましょう」
ニコッと笑って見せると、兵助は調理場へと足を向けた。
2013.10.9
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