小説 | ナノ
誠凛高校
「…これが、俊たちの学校?」
「そう。お前の学校とはだいぶ違うだろ」
「あぁ…かなり頑丈な造りになってるな。これなら、七松先輩のアタックにも耐えられそうだ」
「は?」
怪訝な顔になる伊月たちに、何でもないと苦笑してみせる。
きょろきょろと辺りを回しながら伊月たちの後を付いていくと、大きな建物に到着した。
「はよーっす」
「よう。…なんだ、えらく大所帯だな。何かあったのか?」
中で体操をしていた、眼鏡の少年が振り返る。
その隣では水戸部よりもでかい、やたらと手の大きい少年と、ただ一人の女の子が──…
「………ッ!?」
ズザザッと突然兵助が後ずさった。
その拍子に、後ろにいた水戸部にぶつかる。
「ぁっ…!す、すみません!」
「………」
慌てて謝る兵助の頬が赤い。兵助を支えた水戸部が、にっこり笑ってフルフルと首を振る。
そのやりとりを見ていた眼鏡の少年が、目を丸くした。
「なんか見ねぇ顔がいるな。誰だ?」
「うーん…俺の友だち。ちょっと訳ありでさ。日向、練習前にみんなに相談したいことがあるんだけど」
どうやら眼鏡の少年は日向という名前らしい。
日向の許可を取ると、伊月が兵助を振り返った。
「更衣室に行こう。着替えたら、お前のこと皆に話すな」
「…分かった」
何故か目を泳がす兵助に首を傾げながらも、伊月たちは更衣室へと向かった。その道すがら、兵助がクイクイと伊月の裾を引く。
「ん?」
「なぁ…この世界じゃ、あれが普通なのか?」
「あれ?」
黒子たちに聞かれないように、コソっと囁くように話す。
どうやら伊月には、兵助の言いたい事が伝わらないようだ。
「あの女の子だよ」
「カント…いや、相田のこと?何か変なとこあったか?」
伊月の反応からして、どうやらあれが普通らしい。
兵助は溜め息をついてボソッと呟いた。
「…………俺の世界じゃ、人前であんなに太もも出してる女の子なんていない」
「ぶはっ!」
突然吹き出した伊月に、黒子たちがギョッとする。
「わ、笑うことないだろ!?」
「ぶっ…く…!わ、悪い悪い…!そうだなぁ、そりゃそうだ。後で相田に着替えるよう言っとくよ……っくは……!」
リコを見ようとしなかった兵助の意図を知ってしまって、伊月の笑いが止まらなくなる。
確かに兵助にしてみれば、リコの格好は目に毒だろう。この世界に慣れてもらうまでは、リコにもジャージでいてもらうか…
伊月が笑いを噛み殺していると、兵助が拗ねたように伊月から離れた。
「久々知くん、何かあったんですか?」
「知りません!行きましょう、黒子さん」
「ちょ、待てって兵助…俺が悪かったから!」
***
「…とまぁ、こういう訳なんだけど」
誠凛高校バスケットボール部が全員集合し、リコにもジャージに着替えてもらい、全員が新顔の兵助に自己紹介したところで、伊月が事情を全部話した。
皆が水を打ったようにシンとする中、日向がこめかみを抑えて頭を振る。
「いや…いやいやいやいや、ちょっと待て伊づk」
「忍者だ───────────!!!」
「忍者か!すごいな!!」
日向の声を遮って目を輝かせる小金井と木吉に、どこから取り出したのか、日向のハリセ
ンが唸りを上げる。
「ええぃ、黙れダァホども!!忍者だぞ!?そうそう信じられるか、そんな話!!」
日向の言葉に、顔には出さないが、流石の兵助も少し凹んだ。
小金井と木吉、黒子以外の顔ぶれは、やはり戸惑っている様子が否めない。
自分が必死こいて毎日学んでいることは、この世界ではそう簡単に受け入れてはもらえないのか。
「まぁ待ちなさいよ、日向くん。こんな突拍子もない話、伊月くんが悪戯にもちかけるわけないわ。今日はエイプリルフールでもないし…もし嘘だったら、後が怖すぎるじゃない?」
ねぇ、と笑顔で伊月を見るリコに、思わず兵助の背筋も粟立った。
チラリと伊月を見やると、ダラダラと汗を流している。
それでも伊月は、まっすぐに顔を上げて笑んだ。
「…あぁ、嘘じゃないさ。俺が責任持つよ」
「俊…」
その言葉を聞いても、皆やはりまだ半信半疑のようである。
すると部員の中から、赤い髪の…火神とか言ったか。が、ズイッと前へ出てきた。
ガタイがいい上に目つきが悪い。威圧感たっぷりに見下ろしてくるが、兵助は特に臆することもなく、冷静に見返している。
「忍者だか、もんじゃだか知らねーが……だったら、証拠見せてみろよ」
「…証拠?」
「あぁ。お前が忍者だっていう証拠だよ」
「おい、火神…」
高圧的な火神に、伊月が眉間に皺を寄せて割って入ろうとする。
その腕を掴んで、兵助が前に出た。
「兵…」
「大丈夫。証拠、見せてやるよ」
伊月に笑んで見せると、兵助は火神の前に立ちふさがった。そして、その目を真っ直ぐに捉える。
「………………っ!!??」
兵助の目を真正面から見た火神の顔が、盛大に引き攣った。
「うっ……うわぁあああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
「火神!?」
脱兎のごとく逃げ出した火神に、全員がポカンとする。
兵助はといえば、少しやり過ぎた感に頭を掻いていた。
「兵助……お前、何したんだ…?」
「ん…いや、ちょっと幻術を…」
「幻術ぅ!?」
その言葉に部員たちが驚愕した。つまり、火神に幻を見せたということか。
「久々知すっげー!!火神に何見せたの!?俺にも俺にも!!」
ピョコピョコ飛び跳ねる小金井の勢いに、兵助が苦笑しながら両手でどうどうと落ち着かせる。
「分かりました…火神さんと同じものを見せますね」
「怖くない?」
「小金井さんは大丈夫だと思いますよ」
ふわりと笑って、小金井の目を見る。
一瞬小金井が目を見開くと、大きな笑みが広がった。
「うっわー!!2号がいっぱい!!」
「はぁあ!?」
何も無い空間を見ながら跳ねる小金井を、部員たちが信じ難いように見つめる。
すると、不意に音もなく黒子が背後から現れた。
気配で気付いていたが、黒子は忍者の才能があるかもしれないなどと、ぼんやりと考える。
「久々知くん、どうして火神くんが犬嫌いだって分かったんですか?」
「見てたら分かりますよ。2号を見る目に、怯えが混じってたんで」
相手の機微から心中を読み取るのは、忍者としては基本である。
ここにいる部員たちも、大体どんな人間かは既に把握していた。
「…黒子さん以外は、ね」
「え?」
「いいえ」
にこっと笑って誤魔化すと、兵助の周りにわらわらと部員たちが集まってきた。
「俺も見てぇ」
「俺も!怖くねーの見せて!」
「私も見てみたいわね」
忍術はあまり見世物にするものでもないのだが…まぁ、いいか
クスクス笑いながら、近くにいたリコの目を至近距離で覗き込んだ。
「わぁ…!素敵…!!」
リコの目には花畑が映っている筈だ。ウットリとするリコに、日向が面白くなさそうに目を逸らす。
(おっと、)
なるほどね。
触らぬ神に祟りなし、とはよく言ったものだ。リコにはあまり近づき過ぎないのが吉らしい。
内心で苦笑しながら、俺も俺もと群がる部員たちに、片っ端から幻を見せていった。
2013.9.22
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